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異世界家族 パパと僕、ときどき、ママ、わたし  作者: 芝大樹
第二部「魔法使い、ガイコツと踊る」
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第二部 第3章―6

「ほらほら、もっとまけとくれよ」

 アマンダはぎっしりと露天が並ぶ市の中、最初から目星をつけていた店へと直行した。いくつかの野菜の価格を店主と交渉しているところだ。

 うーむと店主が悩んでいるところを見はからい、アマンダは振り向いてハルヒコに耳打ちする。

「ここは他のところに比べて物がいいんだ」

 おそらく何度もこの市に足を運んで得た、経験に根ざした信頼のおける情報だろう。

「この食材は明日以降のメニューにも使えるんですか?」

「そうだね……何をつくるかによるかだけど、二、三日は余裕で持つんじゃないかね」

 そうか……と、ハルヒコは口に手をあて少し考える。それから、不意に露店の店主に向かって直接話しかけた。

「ねえ、店主さん。どうだろう、ここにある野菜を丸ごと買い上げたとしたら、どれくらい安くしてくれるかな?」

 アマンダに値切られたとき以上に、店主は困っているようだった。まさに指折り数えながら、しばらく思案する。

 売れ残って持って帰るよりも、あるいは店をしまう間際に安く売りはらってしまうよりも得になるのはいくらだろう――そんなことを考えているようだった。

「そうだな……これくらいでどうだろうか――」

「アマンダさん、どうですか?」

 アマンダに意見を求めようとすると、彼女は手招きをしてハルヒコの耳にささやいた。

「理事長さん、まとめ買いってのは悪くない考えだ。それに予想以上に安くしてくれている――」

「それじゃあ……」

 だが、アマンダは目をぎらりと光らせ、でもね――と店主に振りむく。

「そんなんじゃダメだよ。もっと安くできるはずだ」

 きつい一言を突きつけたのだった。

「理事長さん、別の店もあたってみよう。残念だよ、もしかするとマギアと定期購入の契約がとれたかもしれなかったのにさ――」

 それはハルヒコも考えていたことだ。毎朝いくつもの店をのぞいて、価格を交渉して――そんなことをしていては時間がいくらあっても足りないではないか。それよりも信頼のおける店を見つけて、定期的に購入する契約をかわした方が現実的というものだ。

 アマンダは店先から離れようと歩きだす。

「ちょっと待ってくれ!」

 もう少し相談させてくれないか――ハルヒコ達の背中に、店主が呼び止める悲痛な声がかかる。

 アマンダはハルヒコを見て、悪ガキのように、にやっと笑ってみせた。


 結論から言うと、アマンダが勧めてくれた店の商品は他の店舗のものも含め、どれも満足のいくものであった。さすが、マギアの胃袋達を一手に任せられるだけのことはある。食材の目利きに関しては確かな経験があった。

 そうやって得た戦利品と厨房の面々を乗せ、馬車はマギアへの帰路につく。往来の増えた坂道を上っていき、途中、馬車はふたたびハルヒコの家の前で停車した。

「パパさん、おかえりー」

 カナが待ちかねたといった様子で家から飛び出してくる。

「ただいま、って言いたいところだけど、今からみんなで学校に向かうんだよ」

 続けて、玄関からトウコとシュウが現れる。

「それじゃあ、出発しようか――」

「わたし、前の席に乗りたいな」

 カナがそう言うと、ガボットがぽんぽんと隣の席をたたいてくれた。

「ほら、お嬢ちゃん、ここにお乗り。特等席だよ」

「おじちゃん、ありがとう」と、カナは一番に馬車に乗りこんだ。続いて、シュウとトウコも御者台に上り、三人はガボットのいう特等席をしめる形となった。これで、馬車には子どもも含め総勢七名の人間が乗車していることになる。

「どうしたね? 理事長さん,早く乗らんかね――」

 ガボットにうながされるが、ハルヒコは何かためらっているようだった。

「さすがに、この人数を乗せて、しかも荷物もいっぱいで、馬が大変じゃないですかね……」

 自分で提案したこととはいえ、実際にこの状況を目の当たりにしてしまうと、マギアの年老いた馬に申し訳ないという気持ちがわいてくる。

 馬に何を気をつかっとるんじゃ――ガボットはまた穏やかに、ほっほと笑う。だが悪くはない――彼の表情はそうも語っていた。

「大丈夫じゃよ。急な坂道のところは迂回して上っていくつもりじゃ。それに年寄りの馬だからといってバカにしちゃいかん。こいつはまだまだ現役なんじゃから――」

 みんなのために、まだまだ役に立てる――。

 まるで自分に言い聞かせるようにガボットは小さくつぶやいた。

「そうですか……」

 ハルヒコは無理にでも自分を納得させなければならなかった。だが、やはり心配だったのだろう。

「じゃあ、せめて走り始めや急な坂道のところでは、降りて荷台を押すぐらいのことはさせてください」

 ガボットは微笑みながら「理事長さんがそれでええなら、そうしてくれ」と譲ってくれた。

「それじゃあ出発しましょうか」

 ハルヒコはぐっと力を入れて荷台を押す。ガボットも手綱をゆるませ、馬に出発の合図をおくる。

 ――ガボットさんは、ああ言ってくれたけど……。

 本当に、これだけの重量物を動かせるのか――そう疑ってしまうほどに、ハルヒコは力を込めなければならなかったのだ。だが不意に、その瞬間は訪れる。あるときを境に車体が嘘のように軽くなり、馬車はすっと前に進み出す。それ以降、馬車はみずからの質量を忘れたかのように、するすると前進していった。

「ほら、理事長さん。乗った乗った――」

 最後尾からアマンダが手を伸ばし、ハルヒコを荷台へと引き上げる。

「パパさん、やったね」

 御者台に陣取っていたカナとシュウが振り向き、手を振っていた。ハルヒコも微笑みながら手を振りかえす。

 だが、このとき、ハルヒコは頭の中で、皆が想像もつかないようなことを考えていたのだ。どうして、このタイミングでと、本人も笑ってしまうような内容であった。

 ――そうか、摩擦力の違いだよな……。

 どうしてこんなときに、二種類の摩擦力のことを思い浮かべてしまうのか――。

 止まっているものは動かしにくい。

 ――でも、動きだしたら……。

 あっけなく物事は進んでいくんだったな――。


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