第二部 第3章―2
ザインには、これからハルヒコが行おうとしている改革案はすでに伝えてある。好きなようにやってくれ――あいかわらずの答えがただ返ってくるだけではあったが。
その日、はじめてハルヒコは家族を伴い学院を訪れていた。マルロやアマンダといった顔見知りには事前に教えている。ハルヒコ達が本棟の玄関に入ると、マルロが待ち構えていた。
「みなさん、おはようございます」
トウコとシュウは戸惑いながらも挨拶を返す。だが、カナだけはハルヒコの背後に隠れて、おずおずとその初対面の青年の顔をうかがっていた。
「おはよう、カナちゃん」
すでにハルヒコに家族の名前を聞いていたのだろう。マルロはにこっと微笑みながら、幼い少女の名前を口にした。すると、安心したようにカナは姿を現し、まだはにかみながらも、おはようございますと何とか挨拶を返せたのだった。
ハルヒコは家族にマルロを紹介する。
「――僕の仕事を手伝ってくれている、とても心強い仲間なんだよ」
ハルヒコの言葉を聞いて、マルロは、そんな大したことはまだできてませんけどねと、照れながら謙遜していた。
「ねえねえ、パパさん――」
シュウがハルヒコの服をひっぱる。カナもシュウが言おうとしていることを察して、同じようにハルヒコの袖をひっぱる。
「わかってる、わかってる――。探検だろ?」
二人はにやっと顔を見合わせた。
「じゃあ、お日さまが真上にくる頃には、必ずここに戻ってくるんだぞ。それと、絶対に学校の敷地の外には――この学校をぐるっと囲んでいる壁の外には出ないようにな。あと……」
シュウとカナは、心ここにあらずといった感じで、ずっとそわそわしている。
「二人とも話はしっかりと聞いてよ――。あと、この建物の中で勉強している生徒さん達もたくさんいるから、絶対に迷惑をかけないように。静かにしておくんだぞ。できれば、建物の外を探検してきなさい」
言い終わると、二人は、はーいと軽い返事をして、今にも飛び出しそうな勢いでハルヒコに背を向けた。
「ちょっ……待って……」
――本当に大丈夫かな……。
「それなら、私が付き添いましょう」
そう言いながら、マルロが前に進み出てくれた。二人のそばへと近づいていく。
「でも、午前中は講義があるんじゃないか……?」
「今日は講義をとってない日なので大丈夫なんですよ。それに――」
田舎にいる弟と妹とも、よく探検したものです――そう言いながら、マルロはしゃがんでシュウとカナに目線を合わせた。
「どうだろう? シュウくんとカナちゃん。僕も一緒に探検に連れていってくれないかな?」
二人は確認するような目をハルヒコとトウコに向けた。ハルヒコが小さくうなずくと、ぱあっと花を咲かせたような笑顔になって、マルロの袖を両側からひっぱった。
「マルロさん、本当にすみません。子ども達のこと、頼めますか?」
「お任せください」
すでに子ども達にひっぱられながら進みはじめていたマルロは、顔だけ振り向いて、笑いながらそう言った。
三人が玄関の扉の向こうに消えていくのを見送ると、じゃあ厨房に行こうかとハルヒコはトウコをうながした。
本来なら学長にまず挨拶をするのが筋だが、今日はザイン自身の講義があり、午後にあらためて学長室を訪ねる約束になっている。
ハルヒコとトウコが厨房に入ると、ちょうどアマンダ達が朝食の片付けを終わらせたところであった。
「アマンダさん、おはようございます。妻のトウコです」
「今日から、どうぞよろしくお願いします」
アマンダは身につけていたエプロンで手を拭うと、にかっと太陽のような笑顔を見せた。
「ああ、こちらこそ。よろしく頼むよ。そういや、子ども達も連れてくるって話だったけど?」
「マルロさんと、学校の中を探検しにいってます」
それはいいと、アマンダは豪快に笑った。
「アマンダさんにも、お子さまが?」
トウコが尋ねる。パラディンの町の子ども達がどんなふうに一日を過ごしているのか、機会があれば実際に子を持つ誰かに聞いてみたかったのだ。
「わたしには二人の子がいるよ。どちらも男の子でね。今頃、下町で何か仕事をもらって、お駄賃でも稼いでるんじゃないかね」
駄賃という言葉に、トウコは引っかかるものがあった。
「アマンダさんのお子さんの歳は、おいくつなんですか?」
「六歳と十二歳になるかね」
学校は――と聞こうとして、トウコはその言葉を引っこめる。村の子ども達がそうであったように、おそらく町の子ども達も学校などには行っていないのだろう。
村では、子ども達は朝から家の仕事を手伝っていた。食卓の準備や後片付け、洗濯、小さい弟や妹の世話。農作業も当たり前のようにこなしていた。だから、ハルヒコは村で出た収益を、子どもも大人も分けへだてなく一人分として分配したのだ。パラディンの町の子ども達も、家の手伝いや何かしらの仕事をもっていても不思議ではない。
この子どもに関する事情は、また後で詳しく聞くべきだなとハルヒコは思った。すでに、そのことについて新たなアイデアが彼の頭の中には生まれていたのだ。




