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異世界家族 パパと僕、ときどき、ママ、わたし  作者: 芝大樹
第二部「魔法使い、ガイコツと踊る」
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第二部 第2章―8

 ――村に赴任したときもそうだったな……。

 思わずそんな言葉が浮かんできたが、いや違うかと、すぐに思いなおす。

 確かにルアンの村人達も、ハルヒコが赴任したばかりの当初は、両手では足りないほどの不満を胸の内に抱えこんでいた。だが、こんな怒号は初顔合わせの場でも飛び出しはしなかったのである。

 ――みんな、あきらめてたんだよな……。

 前任の村長に搾取され、みな疲れきっていた。声を上げる気力も失っていた。

 ――それに比べれば……。

 出るは出るは、文句の嵐。よくもまあ、こんなにため込んでいたものだ。

 ――みんな、元気なのは間違いなさそうだ……。

 教室内には厳しい言葉が飛びかい続けている。だがハルヒコは、まるで蚊帳の外からその様子を眺めている部外者のように、感情を昂らせることもなく冷静に、そして客観的に彼らの声に耳を傾けていた。

 これも元の世界で仕事をしていたときに、そして、この世界で村長を務めた経験の中で身につけた――身につけざるをえなかった――「技術」であった。要は、何でもかんでも好き勝手に難癖つけてくる奴らの意見なんて、真っ向から聞いてなんていられないということだ。

 そんなふうに、あまりにハルヒコが平然としているものだから、飛びかう怒声も内容も、

 ――あれ……なんかヒートアップしてきたか?

 他人事のように、そう感じるまでに高まってきていたのだ。

 皆の――というか、冷静に確認してみると、数名の限られた人物ばかりが声をはり上げているのだが――主張しているポイントはいくつかにしぼられる。

 理由もなく人を辞めさせるな。

 辞めさせた者達を復帰させろ。

 そして、

 私腹をこやすな――。

 ハルヒコは思わず、はあとため息をこぼしていた。

 ――ここでもか……。

 まったく……重責をになう者が、どうして自分の利益や保身のことしか考えられないんだろうな……。

 おそらく、この学院の前理事長とやらもどこかの貴族出身で、一族の末弟――要は家督をつげず、既得権益のうまみにありつくことができない、あぶれ者だったということだ。

 ――自分の身ひとつで成り上がらないといけない、それは大変だとは思うけど……。

 だったら、もっと上手くやればいいものを……。

 立場を利用して、いっときだけいい思いをしたところで、そんな人生の最大風速がいつまでも続くわけがないのだ。多くの場合、強烈な風は大切なものをなぎ倒してしまい、あとには荒涼とした風景がただ残るだけだ。そして、もはや取り返しのつかない事態におちいっていることも少なくない。

 ――人生は、瞬間風速じゃないだろうに……。

 だから、自分の立っている足場をこつこつと固めていかなければならない。生きていくための地盤を、じつくり育てていかなければならないのだ。

 ――それを壊してどうする……。

 しかも、周りの人達を巻き込んで――。

 あいかわらず、お構いなしに暴言はハルヒコの頭上を飛びまわっている。だが、ハルヒコの怒りはその言葉を発する彼らに対してではなく、こんな状況をつくり出した元凶――おそらくほ前任者――に向けられていた。

 よくもまあ、こんな状況にしてくれたな――。

 そして、

 よくも彼らに、こんな辛い思いをさせたな――。

 と……。

「この学院の理事になるんだ。魔法のひとつくらいは使えるんだろうな。見せてみろ!」

 不意に、怒号の中にそんな声が入り混じった。

 ――うーん……。

 さすがにそれは、あまりいただけない言葉なんじゃないか……。

 勢いに任せてのことだろうが、そんな悪態はこの場にそぐわない。それなりの魔法を使えるようになった自負はあったが、ハルヒコはその下手な挑発には乗らなかった。

「魔法は使えるんですが、小さな炎を出すことくらいしかできなくて……。とても皆さんの足下には及びません。できれば、ぜひ先生方だけでなく学生の皆さんにも、魔法のことをもっと教えてもらえたらなと思ってます。どうぞ、よろしくお願いします」

 突如、口を開いたハルヒコに、打ち合わせてもいないのに講義室は自然と、しんと静まりかえる。

 ――虚勢を張ってた部分もあるのかな……。

 さすがに理事長に向かって――立場的には学院のナンバー2か、下手をすればトップの役職だ――本気で盾つく度胸はないか……。

 ハルヒコは居並ぶ面々の胸中を理解しようと努めた。だが次の瞬間、感情が揺り戻したかのように、さらに怒りを増した叫び声が室内にとどろく。

「そんな人間が我々の上に立つのか! だんじて我々は認めんぞ!」

 ハルヒコは彼らを理解しようと努めた……はずだったのに、思わずカチンときてしまい、気がつけば教卓を蹴り倒し、講義室全体が震えるほどの大声で叫び返してしまっていた。

「ふざけんな! 上に立つとか、下に立つとか――。魔法が使えるか、だと? それが使えたら、この学校はよくなるのか? これだけ魔法の使える面々がそろっていて、この学校は本当によくなっているのか!」

 叫びながら、しまったとハルヒコは冷静さを取り戻していた。だが、そこまで言ってしまっては、もう後には引けない。

「マグタル様がどれだけの魔法を使えたか知っているのか? マッチの火ぐらいの炎だよ。それでも、あの方はルアンを――国をまるごと一つ立派に建て直してみせたんだ!」

 声を張りあげるハルヒコを、もう一人のハルヒコが冷静に見つめている。

 ――さて……どうやって着地したものか……。

 叫んでいる自分。そして、その自分の剣幕に圧倒され、一声も発せずに居並ぶ顔、顔、顔……。もう一人のハルヒコはその様子を離れた場所から俯瞰しながら、この状況に思わず吹き出しそうになっていた。表では激しい感情をむき出しにして、その裏では自身の演技を笑えるほどに冷めた思考で、理性的に課題を処理しようと努める。

 そんな静まりかえった、滑稽な――ハルヒコにとっては――場面で、彼は突然こう言ったのだ。

「上とか下とか、そんなことは関係ありません。私は皆さんと仲間になりたいんです。マギアという大きな一つの家族になりたいんだ――」

 我ながらナイスな着地点だと、ひとりハルヒコは満足した。


 解散後、ザインやアマンダが――見方によってはニヤニヤとした――笑顔をハルヒコに向けてきた。廊下ですれ違う一部の学生も、にこやかに挨拶してくれる。

 ――そんなに悪い印象はもたれなかったのかな……。

 みんなと仲間になりたい。大きな家族になりたい。我ながら、よくあんな言葉が飛び出してきたものだ。

 ――まあ……でも、悪くはなかったか。

「理事長、お疲れさまでした。なかなか大変でしたね」

 マルロが、やはりニヤニヤしながら近づいてくる。

「それと……」

 ――ああ、あの最後の言葉についてか……。

 どんな感想が――賛辞であれば嬉しいが――もらえるのだろうか、ハルヒコはマルロが発する次の言葉に期待した。

「理事長がおっしゃってた、あのマッチとは何なんですか?」

 ああ、そっちか……と、ハルヒコは思わずうなだれるのだった。


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