第二部 第2章―6
昼食時、約束通り食堂でマルロと落ち合う。
「自分の勉強もあるのに、本当に申し訳ないね」
「いえ……正直言うと、最初はあまり乗り気ではなかったのですが、理事長とご一緒に、このマギアを良くしていくことを想像してみたら、なんだか楽しくなってきて……。もしかすると、自分はすごいことに関わっているんじゃないかって――この学校の歴史の節目、何か転換点のようなものに立ち会うことになるんじゃないかって――興奮してきたんです」
そう言って、マルロは目を輝かせた。
――それは少し大げさだろう……。
ハルヒコは胸の内でそう思ったが、もちろん口には出さない。
この青年が本当にそう思えるような仕事をしなくては――新たに決意を固くする。
「期待にそえるよう頑張るよ。マルロさんも自分の勉強を大切にしながら、可能な限り手伝ってください」
「はい!」
気持ちのいい返事が返ってきた。
「まあ、でもとりあえずは、お昼ご飯だね」
学院では朝昼晩と三度の食事が用意されている。それは、この世界では珍しいことであった。一般的な家庭では――いや貴族階級の人々でさえ――昼と夕の二食が当たり前の時代だったのである。例外としては、肉体労働者などがその日の過酷な労働にそなえて朝食をとることはあった。それでもパンと飲み物だけといった軽食だ。マギアの朝もまた、そのような軽めの食事が提供されていた。
――学生も多いからだろうか?
若いときは、いつもお腹をすかせているもんな……。
食事は学生だけでなく教師の分も用意されている。
「でも、あんまり人が集まってきてないね」
「食事をとらない者も結構いるんですよ。食欲がなかったりとかで、一日一食しか食べない人も多いんじゃないかな。そもそも体をそんなに動かさないですからね。みんな頭ばかり使っているんだから」
家族持ちの先生なら自宅で食事をとられている方もいますよと、マルロは付け加えた。
「食べられなかった分はどうするんだろう?」
「さあ……そのまま次の食事に出てくることはないように思いますが……」
おそらく廃棄されるのだろう。
――もったいない話だな……。
今から食べようとしている昼食は、一日の食事の中でも最もしっかりとしたものだ。それなのに食堂は閑散としていて、一度に二百人が収容できるスペースに、今は必要以上の間隔をあけ、ぽつぽつと二十名程度の学生や教師が席につき食事をとっている。
――まさか、本当にこれで全員っていうわけじゃないよな……。
ハルヒコの表情を読みとってマルロが答える。
「いえいえ、学内にもっと人はいますよ。先生達も含めたら、今は八十名くらいの人間がここで暮らしているんじゃないかな」
――それでも、この敷地に八十名だ……。
マギアが隆盛をきわめていた時代には、いったいどんな光景がひろがっていたのだろうか。
ハルヒコ達はそんな会話をしながら、配膳カウンターに近づいていった。
「なんだい、あんた。見かけない顔だね」
カウンターの向こうで待ち構えていたみたいに、恰幅のよい、いかにもお母さんといった雰囲気の女性が声をかけてきた。
「どうも、はじめまして。今日からお世話になりますハルヒコと申します。これから、どうぞよろしくお願いします」
かたわらのマルロが、新しくお見えになられた理事長ですよと、言わなくてもいい情報を補足する。
――あまり警戒されたくはないんだけどな……。
だが、その女性はまったく物怖じする様子もなく、
「わたしゃアマンダっていうんだ。理事長さん、これからどうぞよろしゅうお願いします」
と、大口をあけてガッハッハと豪快に笑った。その笑い声があまりにでかくて、食堂にいた学生や教師達がいっせいにこちらに注目する。
――いや、こんな感じで目立ちたくないんだけどな……。
アマンダは料理の配膳されたトレーをハルヒコ達に手渡した。ちなみにメニューは、ローストされたチキン、大量の豆が入ったスープ、そして結構なボリュームのパンといった内容だ。
「ご飯を食べ終わったら、また寄りなよ。厨房にいる連中も紹介してあげるよ」
ハルヒコはにこやかに会釈し、それではまた後でと、カウンターからほど遠くないテーブルの席にマルロと向かい合って腰を下ろした。
「理事長、もしかすると、お気を悪くされませんでしたか?」
どうして、そんなことを聞くのだろう――ハルヒコは心底そう思った。
「全然そんなこと思わないよ。とても気さくな感じで、私はああいう方は好きだな。村にいたときも、みんな、あんな感じで、良い人ばかりだったよ」
マルロは、ほっと胸を撫で下ろした様子を見せた。
「人によってはアマンダさんの言葉遣いを嫌う人もいて……。でも、本当にいい方なんです。ここで暮らす学生にとっては、お母さんみたいな存在で……」
その言葉を聞いて、ハルヒコは心の中で微笑んだ。良いお母さんに巡り会えたねと――。




