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異世界家族 パパと僕、ときどき、ママ、わたし  作者: 芝大樹
第二部「魔法使い、ガイコツと踊る」
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第二部 第2章―3

 シュウとカナを連れ添い、ハルヒコは町の公共の井戸に向かって歩いていた。背中には、半地下に置かれていた水瓶の半分ほどの大きさの陶製のつぼを背負子で背負っている。まだ空っぽの木製バケツをシュウが、ひとまわり小さなバケツをカナが手に持ち、ぶんぶん振り回しながら街路を進んでいく。

 途中、人でにぎわう通りを横目に通りすぎた。ハルヒコ達の家からほど遠くない場所に市場があるのだ。

 肉や野菜といった食料品。衣服や食器などの日用品。数は多くないが、イスやテーブルなどの家具を扱っている店もある。

 ファンタジー世界の定番、武器や防具はというと……残念ながら、この市場では購入することはできない。それらを公に扱っているのは、このバラディンでは冒険者ギルドに併設されている店に限られていた。バラディンでは――その他、多くの国々でも――一般市民が武器を所有することは固く禁じられていたのだ。アクラ国はルアン国に負けず劣らず豊かで、そこに暮らす人々から不満の声はほとんど上がらない。だが、為政者にとっては、どんな状況においても市民が突然蜂起する、そんな事態だけは絶対に避けなければならないのだ。ならば、人々が武器を手にできないようにするのは至極当然のことであったろう。

 その代わりにというわけではないが、市場には鍛冶屋があった。そこでは鍋やフライパンなどの調理器具、包丁などの刃物が作られ、また修理されていた。

「門の前の広場にも馬車がたくさん並んで、いろんなものが売られていたよね」

 バラディンの町で暮らすようになってすぐのことだ。家の屋上から見えた黄金の海――どこまでも続く麦穂の大海原――を探し求め、城外に出たことがある。すでに日は暮れはじめ、ほとんどの店が撤収し始めていたが、城門前の半円形の広場では大規模な市が立っていた。シュウはそのときの光景を覚えていたのだ。

「そうだね。たぶん近隣の村から、収穫した作物なんかを持ってきてるんだと思うよ」

「そこには買い物しにいかないの?」

 ハルヒコは、うーん……と少し考える素振りを見せた。

「きっと、この市場よりは安いんだろうけど……やっぱり遠いからなあ。それに……」

 近所の人達が口をそろえていうことがある。

「下町の方には、あまり行かない方がいいみたいなんだよ。結構、危ないところらしい……」

 市場でのスリは日常茶飯事。強盗や傷害といった事件も下町では毎日のように起こっているそうだ。

 結局のところ、城門前広場の市は下町に暮らす貧しい人々を対象に開かれている。今、通り過ぎた近所の市場も、この近辺に暮らす中流家庭の人々を相手にしているのだ。

 ――人に聞いた話ではそうだけど……。

 家族と一緒にというのはともかく、自分の目で一度は確かめてみないとなとハルヒコは思った。

 そんな感じで目につくものについて子ども達といろいろ話をしているうちに、いつしかハルヒコらは公園が併設された水汲み場に到着していた。

「シュウちゃん、鬼ごっこ。シュウちゃんが鬼ね!」

 有無を言わさず、カナが遊びもルールも決めていく。シュウは何でだよと不服そうな顔をしたかと思うと、いきなりカナにタッチしようと不意打ちをしかけた。

「うわああああ!」

 大げさに声をあげ、そして心から楽しそうに満面の笑みを浮かべ、カナは間一髪のところでシュウの手をかいくぐった。

「つかまらないよーだ」

 脱兎のごとく、カナは狭い公園を逃げていく。シュウも笑顔で追いかける。

「二人ともバケツは置いて遊びなさい」

 そう聞くや否や、二人は立っていた足元の地面にバケツを置いていった。

 ――まったく……。

 ハルヒコは、そのバケツを回収しにいった。

 シュウとカナの二人鬼ごっこは、すぐに公園の端っこに追いつめられ、目まぐるしく鬼が入れ替わっていく。

 ――こんな鬼ごっこが楽しいんだろうか?

 いや、楽しいんだろうな……。

 それは二人の顔を見ればすぐに分かる。

 ――不自由な思いをさせているんだ……。

 他の子ども達が誰も遊んでいない公園で、はしゃぐ我が子たちの姿に胸が痛む。

 そうやってシュウとカナが遊んでいる間に、ハルヒコは担いできたつぼとバケツに水を汲んでいった。井戸には屋根がかけられており、そこから吊るされた滑車からつるべが伸びている。だが、それは井戸の底から直接、水を汲み上げるために使われるのではなく、併設されている手押しポンプに呼び水を入れるためのものであった。

 ポンプの簡単な原理を説明しておくと、ピストン可動する弁のすき間を呼び水によってふさぎ、井戸の底まで伸びたパイプの中を真空状態に近づける。その真空の空間を埋めようとして――厳密には大気圧との圧力差によるのだが――水が上がってくるという仕組みだ。

 ハルヒコは水を汲みながら思い出していた。

 ――村の井戸にも、少し奮発してポンプを取り付けたっけ……。

 誰かがまだ使ってくれているのだろうか。想像は飛躍する。

 誰かがまだ畑を耕してくれているのだろうか――。

 新たなリーダーが皆を率いて、村を動かしてくれているのだろうか――。

 だが、そんなことは知りようがない。

 もし誰も畑を耕す者がおらず、誰も井戸を利用していないのなら――。

 ――今頃、こんなポンプは錆びついて、もうぼろぼろになっているかもしれないな……。

 そんな感傷的な気持ちがこみ上げてくる。水を汲み終えたのは、ちょうどそんなタイミングのことであった。

「さあ、二人とも、もう帰ろうか――」

 ハルヒコが振り返った。だが、そこにシュウとカナの姿はなかったのである。

 ――!

 さあっとハルヒコの顔から血の気が失せていく。

「シュウ!」

「カナ!」

 そのとき、この世の終わりかと言わんばかりに焦るハルヒコの背に、ぽんと触れる手があった。

「タッチ! パパが鬼だよ!」

 そこに、うししと笑うシュウとカナの二人が立っていた。

 ――こいつらは……。

 ハルヒコは、はあと長い息を吐き胸の鼓動を落ち着かせた。それから、おもむろに襲うように手をかかげ、食べちゃうぞーと二人の子ども達をいつまでも追いかけまわした。


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