第二部 第1章―3
後日、指定された日時に、ハルヒコはマギア魔法学院に赴いた。とはいえ、一人――しかも徒歩で――である。
王城やマギアから迎えの馬車がやってきて、多くの関係者が参列する歓迎ムードの中、ハルヒコは学院の土を初めて踏む。そんな甘い想像を正直しなかったわけではない。だが、それにしても……である。
ハルヒコの自宅には、王城から一通の手紙が届けられただけであった。そこには『何月何日いつ頃に学院へ赴かれたし』とだけ簡潔に書かれていたのだ。
――いや、そんなもんだよ……。
この世界に、そして何より自分自身に、過度な期待をするべきではない。
そんなわけでハルヒコは今、バラディンの山手とも呼ぶべき一等地、途方もないスケールの邸宅が居並ぶ高級住宅街の一角を、一人とぼとぼ歩いているのだった。
バラディンは丘陵に築かれた町だ。丘の上の王城を要とし、下っていくごとに町は扇のように広がっていく。城に近い土地は貴族達が居を構え――当然、貴族の序列と住む土地の高さや広さは相関している――そこから低い場所へと、大商人、中流家庭、貧者の順に、住まう区画がきれいに色分けされていった。
色分けされる――これは比喩などではない。彼らの暮らす家を見れば、その境目は誰の目にも明らかであったろう。大商人は貴族らと遜色のない――有力貴族に目をつけられないよう、あえて控えめにしている者も多い――大邸宅を構え、中流家庭は一軒家――比較的裕福な家庭には小さな庭もある――に住んでいる。だが、貧しい人々は古く狭い共同住宅に住まい、暮らしている街区もゴミがあふれ不衛生であることが多かった。
マギア魔法学院は、その貴族達の邸宅が連なる高台の一角にあるという。ハルヒコは褒賞の一つとしてあてがわれた自宅――一般的な中流家庭の街区――から、汗をふき出し息を荒げながら、ここまで坂道を上ってきたのだ。
――城に行ったときも大概だったけど……。
これじゃ軽い登山だ――。
マギアで働くことになれば、この毎日登山を繰り返さなければならなくなる。
――まあ、健康にはいいか……。
できるだけ前向きにポジティブに捉えるようにしておく。
――お、もしかして、ここかな……?
馬車が二台は優に行き交うことのできる、あまり華美ではない、どちらかというと堅牢で質実な格子門がハルヒコの目を引いた。門衛所も併設されている。
門から中をうかがうと、よく手入れされた庭園が広がり、その向こうには眩しいぐらいに輝く白亜の豪邸が建っていた。ハルヒコはすでに違うだろうとは思いつつも、立っていた門衛に声をかけた。
「すみません。ここはマギア魔法学院ではありませんか?」
どこの田舎者だ――門衛は遠慮のない、人を小馬鹿にするような目を向けてきた。こんな場所を徒歩でうろついている人間が貴人であるはずがないと分かっているのだ。
「どこをどう見れば、ここがマギアのような場所と見間違えるのか。ここは宰相サイアス様のお屋敷である。マギアは隣の敷地だ」
ハルヒコは頭に手をやって「ああ、すみません」と、はにかみながら、そそくさとその場を離れていった。高圧な門衛には深く関わらない方がいい――ハルヒコが痛い経験から学びとった教訓の一つであった。
――王の隣にいた、あの人の屋敷か……。
一国のナンバー2だけのことはある。この広大な敷地を見れば、その実力は一目瞭然だ。
ハルヒコはサイアスの屋敷の塀に沿って街路を進んでいった。まだ続くのか……途中、何度うんざりしたことか。
やがて、境界線がきれいに引かれたみたいに塀の色が変わる。
――ここまで、あの宰相さんちの敷地なのか……。
確かにそう思いもしたが、実のところ、ハルヒコの注意を引きつけたものは、もっと他のところにあったのだ。
――やっぱり魔法を学ぶところだからなのかな……。
少し、おどろおどろしい感じがする――。
良く言えば、歴史を感じさせる。悪く言えば、手入れも行き届かず、汚れ放題。いや、もっと簡単な言葉で言い表した方が手っ取り早い――。
――ボロい……のか?
塀の向こうから顔をのぞかせる木々も、もしかすると魔物ではないかと疑ってしまうほど、くねくねと枝を折り曲げ絡みあっている。盛大に塀が崩れている場所も一ヶ所や二ヶ所ではすまされない。
歩を進めていくごとに、理事などと持てはやされた気分はどこへやら、ハルヒコの不安は否応なしに増していくのであった。




