終章―1
闇の底に落ちていく直前、ハルヒコは今一度シュウ達を見た。
魂の炎も人によって色味が違うらしい。目もくらむような、ひときわ眩しく輝く青白い炎は、おそらくシュウのものであろう。シュウが放つ魔法の炎と同じ色をしていた。
その隣に立つ鮮やかな純白の炎はクイール王子のものだろう。彼らしい誇り高い光を放っている。
彼らの背後にトウコとカナがいた。だが、シュウ達と重なり、彼女らの炎をはっきりと見ることはできなかった。ただ、彼女らの魂もまた、その色はシュウ達とは異なっているようであった。
――人によって、魂の色は違う……。
じゃあ、自分の魂は何色なのだろうか――?
自分の置かれた状況を理解しているのだろうか……。ハルヒコは最後の好奇心にかられ、自らの魂の色を確認しようとした。
――見えないな……。
沈んでいく深い闇を背景に、しかし、ハルヒコの魂は――命の輝きは、どこにも見当たらなかったのである。
考えてみれば、当然のことのようにも思えた。
自分の命は尽きたのだ――。
魂の炎が残っているわけがない――。
――本当に死んじゃうんだな……。
ハルヒコは、そんな寂しさを覚えた。
――!
だが、次の瞬間、ハルヒコの背筋に冷たいものが走った。戦慄が走った。
気がついたのだ。闇を背景に、自分のすぐそばで何かが蠢いていることに――。
――ああ……。
自分の魂が、命の炎がなくなったわけじゃなかったのか……。
ハルヒコは何に驚愕したのか。なぜ、すぐに自分の魂に気づくことができなかったのか。
――俺の魂の色は……。
ハルヒコの魂は失われてはいなかった。
だがそれは、闇よりも深く、濃く――そして、どこまでも光をのみ込んで逃さない――漆黒の鈍色を放っていたのだ……。
目覚めると、見知らぬ天井がそこにあった。悪い夢を見ていたようだ。
――ここは……?
瞳だけ動かし部屋を見渡す。金縛りにあったみたいに身体は言うことを聞かない。
部屋は天井だけでなく壁も――特に部屋の四角は念入りに――豪華な装飾で彩られていた。自分が横たわるベッドも深くやわらかく上等のものであった。
一瞬、リュッセルの商人ハサルの顔が思い浮かんだ。ここは彼の邸宅で、自分はハサルによって救われたのだろうか。
だが冷静になって考えてみると、彼はこのような見た目だけの豪華さをもっとも忌み嫌う人物ではなかったか。物だけでなく人もまた、その中身を、本質を重視する。そして、それらを見極める確かな目を持っていた。
――だとしたら……。
考えられる可能性は一つしかないだろう。
そのとき、部屋の扉が開いた。気をつかいながら絨毯を踏む足音がいくつか近づいてきた。
彼らと目があった瞬間、ベットの上の人物は、ばつが悪そうに小さく微笑んだ。
自分を犠牲にしてもと覚悟をしていたせいか、こうやって生き残ってしまったことに何か気恥ずかしさを覚えたのだ。つまりは――。
一人で何を盛り上がっていたんだ――。
一方で、もう会うことはかなわないと思っていた家族に、こうして再会することができた。
気づけば、ベッドに横たわる人物の目からは、涙が自然とこぼれ落ちていた。
シュウとカナ、そしてトウコ――。
部屋に入ってきたのは、間違いなく自分が命をかけて守った者達――ハルヒコの大切な家族であった。
一週間も昏々とハルヒコは眠り続けていたそうだ。
あの死闘の現場で、ハルヒコがいよいよ気を失おうとしていたそのとき、大地を蹴る馬の蹄の振動が地面を伝って近づいてきた。
アルベルトとサムザイであった――。
彼らの当初の目的が何だったにせよ、結果としてハルヒコ達の危機を救うことになる。
今まさにシュウ達を襲わんとする兵士を彼らは切り伏せた。そして、辺りを警戒しながら乗ってきた馬を馬車に繋ぎ、ハルヒコを拾い上げ、一路バラディンに向け疾駆したのだ。
後で城の兵士達が現場に赴くと、そこにはおびただしい数の焼死体が転がっていた。中には頭部をふき飛ばされた、無残な最期をむかえた屍もあった。
彼らの直接の死因はそのほとんどが炎による熱傷であった。だが、少数ながらも刃により亡くなった兵士達もいた。自害した兵士達であった……。
バラディンに運ばれたハルヒコは、城の医師達によって現在とり得る最善の治療を施された。また、神殿より遣わされた大神官による治癒の奇跡も行われた。
だが、ゲームの世界みたいに薬草や奇跡によって一瞬で傷を癒せるはずもなく、それらはただ回復の手助けをする程度のはたらきしかなかったのである。傷を癒すのは、あくまでも生物が備えている自然の治癒力による。そして、それゆえにハルヒコがもう助からないであろうことは誰の目にも明らかであった……。
シュウはハルヒコの枕元に自らのルーモを宿したランプを置いた。途切れることなく光を灯し続けた。かつて村の作物をリュッセルへ卸しにいく旅の途で、シドから自分の魔法の光には癒しの効果があるのではないかと言われたことを思い出していたのだ。
その言葉を信じ、すがるような思いで青白い輝きを灯し続けた。誰も止めようとはしなかった。皆、ただ黙って見守っていた。シュウが自らあきらめようとするまでは……。
数日が過ぎた。
奇跡が起こった――。
いや、奇妙なことと形容するのがふさわしいかもしれない。
それは最初、巻かれた包帯に隠され、誰にも気づかれることなく進行していた。包帯の下で、縫合された傷口の奥底で……。
毒を吐き出すように膿が流れ出ていき、まるで傷そのものが一個の生命体のごとく貪欲に細胞を再生していった。ハルヒコの傷は尋常ではない早さで塞がっていったのだ。
今やハルヒコの皮膚は隙間なくつながり、わずかな傷痕を残すのみとなっていた。その内側では、ずたずたに切断された筋肉も血管も、そして粉々に砕かれた骨さえも修復され、何事もなかったように温かい血が体中をすみずみまで巡っていた。
ハルヒコは若干の痛みを覚えるのみで、左腕は違和感なく元通りに動かせるようになったし、何かしらの後遺症に悩まされることもなかった。
多くの者が大神官の起こした神の奇跡を讃えた。シュウ達もその奇跡に心から感謝した。
だが、当の大神官は内心恐ろしくて仕方がなかった。それは真に人のなせる業ではなかったのである。
――これではまるで、不死の体ではないか……。
言葉にできず、大神官は胸の内でつぶやいた。




