第7章―5
期待通りというべきか、馬車が出発して間もなく、さっそくシュウがやらかしてくれた。
「魔法――! それなら僕も……」
その瞬間、隣のクイールがとっさにシュウを肘で小突いて、会話に割って入ってきた。
「魔法って――すごい! 僕、見たことないよ。おじさん、何か簡単な魔法でいいから見せてくれない?」
シュウは最初、何を言ってるんだと怪訝な表情をしていたが、クイールの取ってつけたような演技を見ているうちに、ようやく理解したらしい。自らも大げさなくらいに――事情を知っているハルヒコから見れば、むしろわざとらしいくらいに――興味津々といったふうを装った。
――下手な演技だな……。
思わず、ハルヒコはふき出しそうになった。
自分の息子は、将来、人にだまされることはあっても人をだますことはなさそうだ。ハルヒコは気づいていなかったが、無意識に子どもの未来にほっとしている自分がそこにいた。
「おじさんって……。まだそんなに歳はくってないんだがなぁ」
サムザイは慣れた感じで、そうとぼけてみせた。きっと同じような場面を何度も経験してきたのだろう。
「みなさんはずっとこのキャラバンで護衛をされてるんですか?」
ハルヒコは話題を変えるために、そして彼らの素性を探るために、そう質問した。
「いえ、普段は――職業といっていいのか――ギルドが斡旋してくれる仕事を請け負う何でも屋みたいなことをやっているのです。私はあまり好きな呼び方ではないのですが、冒険者なんて呼ばれていたりもしますね」
「冒険!」
シュウがその言葉に食いついた。
これも、同じような反応を今まで何度も見てきたのだろう。サムザイは少し恥ずかしそうに答えた。
「冒険なんて、口にするのもはばかれるようなことばかりです。もう本当に何でも屋というのが正しくて――。でも、ときには真に冒険と呼ぶべき出来事に出くわすこともありますよ」
数少ないですけどねと、サムザイはにこやかに付け足した。
それからはもう子ども達の出番であった。好奇心にかられて、次から次へと矢継ぎ早に質問を投げかけていく。サムザイもまた人がいいのだろう。一つ一つ丁寧に子ども達に答えていってくれた。ときには、絵本を読み聞かせるみたいに、おもしろおかしく。
――子ども好きなのかもしれないな。
ハルヒコは緊張を解いていった。さすがに、あんな笑顔で子どもをだます人間はいないだろうと。
サムザイと子ども達の会話から、なんとなく彼らの全体像が浮かび上がってきた。
ギルドでは主にこのような護衛の仕事や、魔物・害獣退治などを斡旋していること。はるか南方の帝国領で彼らは活躍していたこと。隊商の護衛をしながら西方に――目的は教えてくれなかった――向かっていること。
――帝国か……。
まさかスパイってことはないだろうな。ふとそんな考えがハルヒコの頭をよぎった。
だが、こんなおしゃべりなスパイがはたしているだろうか。もちろん、ハルヒコはスパイの何を知っているというわけではない。ハルヒコのよく知るスパイは、銀幕の向こうで秘密道具を駆使したり、周囲の被害もお構いなしに派手に立ちまわったり、あるいは絶世の美女とラブロマンスを繰り広げたりするナイスガイだ。
――まあ、そうでなかったとしても、自分達の正体を知られるわけにはいかないが……。
誰にも――と、笑顔の裏でハルヒコはそう思った。
御者台に座っていたチロムという少年もまじえ、彼らの冒険譚は子ども達の尽きない好奇心を満足させていった。
町に到着する頃には、どっぷりと日は暮れていた。自分達の姿が薄闇にまぎれこむ。ハルヒコはむしろ好都合だと思った。
ロランは街道を行く隊商の経由地としての役割が大きいらしく、それほど広くない町には宿と馬車と人がひしめいていた。ハルヒコ達のキャラバンは迷いもせず一軒の定宿へとすべり込んでいった。
庭なのか、それとも公共の広場なのか分からない場所に、次々と隊商の馬車は停められていった。
「わしらはこの宿に部屋をとるが、ここでよければ、あんた達の部屋も都合をつけてやるよ」
キャラバンの隊長がそう申し出てくれた。もちろん最初の約束通り、ハルヒコ達の宿泊代は自分達持ちだ。彼もそして宿の主人もまた善人だったのだろう。ハルヒコ達の事情を――父親が危篤で、持ち合わせも少ないという偽りの情報だったが――隊長がかけあってくれ、二人部屋を五人で利用する条件で格安にしてもらえた。部屋を分かれずにすむことは、ハルヒコにとっても願ったりかなったりであった。
二階に上がり部屋に入ると、あかつき丸であてがわれた船室と同じく、壁際に二つのベッドが置かれていた。ベッドの間に空いた大きな窓からは、馬車で埋めつくされた広場が一望できた。そこかしこで焚き火の灯が見えたのは、キャラバンの荷物を見張る当番が野営の準備をしているからだろう。全員が壁と屋根のある屋内で一夜を過ごせるわけではないようだった。
「食事はどうしようか? 外に出たら食事ができるところはあるそうだけど」
「今夜だけの話なら、パンを分けあってもいいと思うけど。あまり外出はしない方がいいんでしょ」
トウコの言うとおりだった。
「でも、パンだけでは物足りないよね。宿の台所を使わせてもらえないか、聞いてみるよ。もしダメなら、魔法でなんとかできないか考えてみよう」
そう言いながら、すでにハルヒコは台所が借りられないだろうという前提で、どうにかして魔法を使って料理を作れないものかと思案し始めていた。いや、むしろ借りられないでくれと無意識に思っていたぐらいだ。
他人から見れば難儀な性格だったかもしれない。ハルヒコは困難な問題に直面したとき、自分が持ち合わせているものだけで――文字通りの持ち物という意味だけでなく、知識や知恵、能力といったものも含めて――なんとか解決できないかと考えるのが好きだったのだ。
――弱いフラーモでパンの上にのせた干し肉を炙ってみるか……。
鍋を直接フラーモの火で加熱してスープをつくってみるか……。
宿の主人に台所を貸してもらえるかを尋ねにいくまでに、ハルヒコはいくつかの調理法を思いついていた。
結論から言えば、宿の台所は貸してもらえた……。
材料が限られていたので、大森林で食べたイモと干し肉のスープ、そしてパンというメニューになったが、ハルヒコは自分が思いついたアイデアを試したくて、わざわざパンの上に干し肉を置きフラーモで炙ってみたのだ。それが思いのほかうまくいったので――しかも直火で焼いた肉はことのほか美味しかった――子ども達もやってやってとハルヒコにせがんできた。
シュウやカナだけでなく、クイールも同じようにやってほしいと言ってきた。その表情にはシュウ達と同じように笑顔が浮かんでいた。どこにでもいる、ただの子どものように……。
ハルヒコはぐっと胸がしめつけられた。
「あ、剣を馬車に忘れてきたかも……」
食事が終わってすぐ、シュウが誰に向かうでもなく、言い訳がましいことをつぶやいた。
――素直に言えばいいものを……。
誰かに気づいてもらって、誰かになんとかしてもらうのを待っている。
「どうしてほしいんだ?」
そんなとき、ハルヒコはいつもそう尋ねることにしている。こちらから積極的になんとかしてやろうとはしない。問題を解決するのは、あくまでも本人でなければならないのだ。
「ついてきてくれる……?」
「最初から、そう言え」
ハルヒコは笑いながら、シュウの頭をくしゃくしゃとなでた。
シュウはへへへとはにかんだ。その様子を眺めていたクイールは、笑顔を浮かべながらもどこか寂しげだった。
外に出るのはできるだけ避けたかったが、剣を誰かに気づかれると後々やっかいなことになりそうだ。だが、部屋にトウコ達だけを残していくのも気がかりだった。
――みんなを引き連れていくのも現実的ではないよな……。
逆に目立ってしまうだろう。
すべてが思い通りにはいかないか。短時間で馬車に行って戻ってくる。部屋の扉には鍵の魔法をかけていく。そんなところで手を打つしかないなとハルヒコは思った。
もちろんハルヒコは一人で行くこともできた。むしろ部屋にシュウを残しておいた方がなにかと安全のはずだ。だが、やはり自分が引き起こした問題は本人が解決しなければならないという思いがあったのだろう。ハルヒコはシュウをともなって宿を出ていった。
正直、危機感をそれほど抱いていたわけではない。すぐそこまで荷物を取りにいって戻ってくるだけだ。辺りはもうすっかり闇に包まれ、路地の奥まったところにある宿の庭も通りからはそう簡単にうかがわれることもない。
もっと気が抜けていたら、ハルヒコはちょっと通りでものぞきにいってみようかと言い出していたかもしれない。
広場に並んだ馬車は野営の焚き火に照らされていた。ハルヒコとシュウはその反対側、薄暗がりを極力目立たないように進んでいった。
声をかけられても問題ない。正直に馬車に忘れ物をしたと言えばいいだけだ。嘘ではないのだから。
このときのハルヒコは、すべてが上手くいくような気がしていた。今だけのことではない。明日のことも。みんながバラディンの町にたどり着き、笑顔で抱きあっている。そんな光景さえ思い浮かべていた。
ふと、誰かが笑った気がした。
その頃、トウコ達が待つ部屋の前――ハルヒコと入れちがうように、歩みよる影がそこにあった……。




