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第5章―8

 森の中に入り込んだシュウとクイールは、ただちに吹き飛ばされた兵士を捜索した。

 二人の左手、森の外ではトロールと軍が今も戦闘を続けている。木立の間から、その様子が兵達の鬨の声と共に――そして、獣の咆哮と共に――見え隠れしていた。

 不思議と、それはどこかシュウ達とは違う世界の出来事のように――まるで舞台の上で演じられている劇のようにさえ――感じられた。

 だが、その舞台の上からトロールが気まぐれにシュウ達に向けて棍棒を振り下ろせば、二人は一瞬にして砕き潰されてしまうだろう。

 死がすぐ隣で舞い踊っている。言われなくとも、そんなことは森の中の二人は嫌というほど肌で感じ取っていた。それでも――やはりどこか遠い世界の出来事のように感じてしまうのだ。

「灯りがいる。シュウ、できるだけ抑えて光を出せないか?」

「足元が見えるぐらいの光でいいんだよね」

 シュウは小声で「ルーモ」と呟いた。シュウとクイールの靴に青白い光が蛍光を発するように弱く灯った。

 シュウの狙い通りになった。そのほのかな光は二人の足元を中心に地面だけを数メートル先まで浮かび上がらせたのだ。決して目立たず、負傷した兵士を探索するには最善の選択であったかもしれない。

「僕はこっちの方を向こうに歩いていく。シュウはそちら側を並んでついてきてくれないか」

 クイールは少し離れた場所を指差しそう言った。二人は森の縁に沿って兵士を探そうとしていた。

 シュウは気づいていた。森の縁、戦場にほど近い場所をクイールは自ら進んでいこうとしていることを。シュウを戦場からできるだけ遠ざけようとしていることを。

 ――クイールの思いに応えないといけない……。

 シュウはクイールの指示に黙って従った。自分の足元だけを、とにかく何も見逃さないように注意深く探ることだけに意識を集中した。

 壮大なスペクタクルの上演を左手に、二人は黙々と兵士を探し続けた。

 静かだった。森の外で繰り広げられている戦いの喧騒はもちろん届いていたが、森の空気は沈んで不思議と静かだった。

 二人が目を凝らし地面を探っていると、破壊された石垣の砕片が至る所に転がっていた。それはまるで幾つもの頭骨が静かに眠る墓場のようにも見えた。森の木立に目を向けると、その幹にはえぐられ粉砕された傷跡が幾筋も刻みつけられていた。どれも飛んできた石塊によって傷つけられたものであった。

 ――ん……?

 クイールは違和感を覚えた。視界の片隅に、そこかしこで認識していた石や灌木とは異なる『素材』をとらえたような気がしたからだ。

「シュウ、こっちだ!」

 二人は祈るような気持ちで駆けつけた。

「いたっ!」

 シュウは思わず叫んでしまった。

 ――!

 シュウは大声を出したことを悔やんだ。だが、それは実際には囁いた程度でしかなかったのだ。気持ちとは裏腹に、肉体は嫌というほどこの危険な状況を理解しているらしい。自らに危害が及ぶような行為は無意識のうちに避けているようであった。

 はたして、そこには探し求めていた兵士の姿があった。ぐったりと地面に横たわり――いや、転がってと言うのが正解だろう――身動き一つせず、息をしているのかも定かではない。

 シュウとクイールは息をのんだ。

 二人が予想していたよりもその兵士の状態は悪かったのだ。

 腕がぼろ雑巾のようにしぼられ、見る影もない。トロールの棍棒がかすめただけでこの有様だ。そして、足は二本ともあらぬ方向に向いていた。何本か白い棒が突き出ていた――皮膚を突き破った骨であった。

 ――もう助からないんじゃないか……。助けられないんじゃないか……。

 そう、シュウは思った。

 だが、クイールは躊躇うことなくその兵士の傍らに膝をつくと、顔を近づけ彼の容態をつぶさに観察し始めた。

「シュウ。すまない、もう少し明るい光をくれないか――」

 シュウは自らの手のひらに光を灯し兵士に向けた。そうすることで、光は周囲に広がらず、兵士だけを照らすことができた。

 兵士はかろうじて息をしていた。だがそれは今にも消え入りそうな灯火に似て、あまりに淡く弱々しかった。

 クイールが膝をついた地面には血溜まりができていた。粉砕された腕を肩から手の先にかけて入念に調べていくと、兵士の鼓動に合わせ血が噴き出している箇所を見つけた。

 シュウも光を照らしながら、その損傷に気づいた。もう手の施しようがないのではと素直に思った。

 シュウがそんなことを思っていると、クイールは、おもむろに自らの袖口を引っ張った。袖は肩のところから破れ、高貴な人物が着る衣服から――やはりどこかにまだ高貴さを残した――ロープができ上がった。

 クイールはそのロープを兵士の脇に通し、肩口を強く縛った。幸いにもと言うべきか、兵士は痛みに小さく呻き声をもらした。

 ――命はまだ繋がっている……。

 だが、その命をつなぐ糸のどれほど、か細いことか……。いつ切れてしまってもおかしくない。

 二人は震えた。ぷつっとその糸が切れたときのことを思い浮かべて……。一人の人間の人生が事切れる、その瞬間を目の当たりにすることを思い浮かべて……。

 ――助けてみせる。

 クイールはそう意気込んだ。自らを奮い立たせるかのように。

 だが、その気持ちとは裏腹に、

 ――自分達にこれ以上何ができるのか……。

 次に取るべき行動に自信が持てない。

「この場所にとどまっているのは危険だ。シュウ、どこか避難できる場所はないだろうか?」

 シュウが真っ先に思いついたのは自分の家だった。だが、ここからでは距離がある。それに、はたして二人でこの兵士を運ぶことができるのだろうか。

 ――そうだ。あそこなら……。

「ここから少し行ったところに広場があるんだ。川も近いから、そこから大声で叫べば助けを呼ぶこともできるかもしれない」

 クイールは即断した。

「連れていこう」

 シュウは戸惑った。自分の提案をそのまま鵜呑みにされて、人の生死を左右する次の行動が決まってしまうことに。

 だが、クイールは何も考えずにそう決断したわけではなかった。シュウの提案を、今の自分達ができる最善の策であると合理的に納得した上で下した決断だったのだ。そして、なによりもシュウのことを信頼していた。

 ――そうは言っても……。

 大の大人をどうやって子ども二人で運べばいいのか――。

 クイールはその手段を考えあぐねていた。

 引きずることなど論外であろう。さりとて、クイールが担ぎ後ろからシュウが支えたとしても不安定になることは避けられない。下手をすれば落下の危険性もあるのだ。

 本当なら動かしたくはない。ここで安静にして、救護の兵を待つ方がいいに決まっている。あまりに激しく動かせば、兵士をより危険な状態――骨折した骨がさらに皮膚や臓器を突き破り、失血死の可能性も否めない――取り返しのつかない事態にもなりかねないのだ。

 だが、ここにいていいはずがない。すぐ隣の舞台では、死神達が機嫌よく死の舞を踊っている最中なのだ。彼等が気まぐれに舞台を飛び出せば、この場所は一気に地獄と化してしまう。

 ――時間はかかるけど、やはり骨折したところを固定するべきか……。

 クイールがそう決断しようとしたときであった。

 がさっ……。

 不意に、二人の背後で灌木の葉が揺れた。


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