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第4章―1

「すまないねー。もうちょっと待ってておくれ」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません。突然お邪魔してしまって」

 城の厨房で、サムとマロニーは昼食の後片付けで忙しそうに動き回っていた。

 ハルヒコが皿洗いでも手伝おうかと申し出たが、二人は頑なに遠慮し、それどころか、その忙しい最中にお茶まで用意してくれたのだ。

 ハルヒコは本当に申し訳ない気持ちで、二人の働いている姿を居心地悪そうに見守っていた。

 リュッセルから村に帰ってきたのが二日前。エオラ城を訪ねてきてはいるが、マグダルやクイールはまだリュッセル城から戻ってきてはいない。今日、城に寄った目的は、リュッセルの土産をサムとマロニーに届けるためであった。

 リュッセルを発つ日、ハルヒコ達は約束通りハサルの店に寄った。もちろんタバコの代金を受け取るためである。

『気をつけて、お帰りください』

 そう言って、ハサルは代金だけでなく、ハルヒコ達の昼食まで用意してくれていたのだ。

『村の方々へのお土産はもうお求めになりましたか?』

 ハルヒコは村の集会所に置く本――その大部分は絵本であったが――を前日に古書店で購入していた。だが、村人達への土産はまったく考えていなかった。

 そもそも薬草やタバコを売った代金は村人達のものである。また、皆が喜ぶような土産で、ハルヒコが納得できるような物も思いつかなかった。欲しくもないものを貰うより、やはりお金という形で渡した方が村人達には喜ばれるだろうと判断していたのだ。

『もし、まだお買い求めになられていないなら、砂糖などはいかがでしょうか?』

 ピンとくるものがあった。それはいいとバルトも賛成した。

 砂糖はこの世界では高級品だった。庶民にはなかなか手の届かない代物だったのだ。

『すでにご用意しております』

 ハルヒコは舌を巻かずにはいられなかった。昨日の会話の中で、ハサルはさりげなく村人の人数まで確認していたのである。

 さすがに高級品である砂糖を無料でというわけにはいかなかったが――たとえハサルがそう申し出てくれたとしても、ハルヒコは慎んでそれを辞退しただろう――なんとハサルは大量の砂糖を卸値で提供してくれたのだった。

 輸送費や流通に関わる利益が上乗せされ、エオラの町にたどり着く頃には庶民が気軽に購入できるような代物ではなくなってしまう。ハサルが提示してくれた価格は、その市場価格の半値だった。

 ――どこまで先を見て、どこまで人の心を読むのだろう……。

 もしかすると、こんなふうに自分が思っていることも想定の範囲内なのかもしれない。そう考えると、マグダルがハサルに抱いている恐ろしいという感情もあながち分からないでもなかった。

 ともかく、村人達にその土産は好意的に受け入れられた。しかも世帯ごとにではなく、大人も子どもも分け隔てなく、一人ずつに砂糖の入った壺が配られたのである。これはハルヒコの提案だったが、さすがにハサルもバルトもやり過ぎだと呆れていた。

 ――そんなにおかしなことでもないだろう。むしろ子ども達にこそふさわしいお土産だと思うけどな。

 こんな調子で、タバコや薬草の代金までハルヒコは村人達に均等に分配していったのだ。まず説明をつくして村の運営に必要なお金を村人達に納得してもらい、その残りをやはり大人子どもの区別なく村人の人数で頭割りにした。子どもの分はその世帯主にもちろん手渡したが、ただしそれは半額だけであった。残りの半分は、子どもが将来独り立ちをしたときに、本人に渡せるように積立金として金庫の中で預かることにしたのだ。

 これには多くの批判を受けた。だが、ハルヒコは頑として譲る気はなかった。このお金はあくまでも子ども達のもの――子ども達の労働に対する報酬――であることを何度も説得した。だが、結局は村人全員の理解を得ることは叶わず、ハルヒコは村長の権限でこれを押し通した。口の中に苦い後味が残りはしたが……。

 ただ、その際に金庫の取り扱いについての説明――二種類の鍵をハルヒコとバルト・ヤンガスがそれぞれ管理し、村長であっても村の財産を勝手に使うことはできない――をしたことで、その場は大きな反発にまで発展することなく収まっていった。子ども達のお金はそれぞれ袋に入れられ、名前と出入りした金額を記載する出納帳を付け、村のお金と一緒に内側の金庫に保管された。

 ハルヒコがそんな回想にふけっていると、サムとマロニーが入れ直したお茶を持ってきてくれた。

「お待たせしたね。リュッセルの町はどうだったね?」

「想像以上のスケールで圧倒されました。どんな世界でも、人が何かを作り上げる力ってすごいですね。あらためてそう思いました」

 サムとマロニーは、まるで自分達が褒められているかのような、誇らしげな笑みを浮かべた。

「これ、お土産です。今日はこれを渡しにきたんです」

 マロニーが壺を受け取って蓋を取ると、ぱっとこぼれるように笑顔が咲いた。

「あんた、これ見て」

「おお、こりゃすごい」

 ハルヒコは二人の笑顔を見ることができて嬉しかった。自分の選択は間違ってなかったと、あらためて達成感のようなものを噛みしめることができた。

「砂糖です。ぜひ、お二人で楽しんでください」

 わざわざ二人でと注釈を加えたのは、人の良い彼等のこと、一口も自分達の口には入れず、誰かをもてなすためだけに使ってしまうのが容易に想像できたからだ。しかし、ハルヒコが言ったところで、おそらくそのほとんどが、やはり誰かに振る舞われることになるだろうことも予測できた。

「わざわざ、これだけのために来てくれたんかね?」

 確かにそれだけのことなら、マグダルがエオラに戻ってきて、彼の仕事を再び補佐するタイミングでもよかったはずだ。

「実は、私達がこの世界に来て、初めてお世話になった村の方にお礼をしにいこうと思ってまして。せっかく砂糖も手に入ったので、それで何かを作って持っていけたらいいかなと――」

 突然訪ねていき、砂糖のような貴重品をはいどうぞと渡そうとしても、相手は気兼ねして受け取りにくいのではないか。それならば、とハルヒコは考えたのだ。

「ああ、それはいい」

「だったら、ビスケットなんかどうかしら?」

 そう言うや、マロニーは立ち上がり、小麦粉を取り出し、砂糖の壺と一緒に台の上に並べ始めた。

「あなた、牛乳を少し分けてもらってきてくださる?」

 サムは二つ返事で、容器を携え外に出ていった。

「今から実際に作ってみるから、しっかりメモを取っておいてね」

 こうして、ハルヒコの予想をはるかに超えたスピードで、彼等に手渡した砂糖はハルヒコの家族への土産へと変わっていった。

 できたてのビスケットは、どちらかというとスコーンと呼ぶべきもので、外はさっくりと、中はしっとりとしていた。一口食べただけで、ハルヒコはこのお菓子が気に入ってしまった。

 ――これなら、きっと誰にでも喜んでもらえるだろう。

 ハーブティーの爽やかな香りに包まれて、リュッセルでの出来事や自分達がこの城に来たばかりの頃の思い出話をしながら、午後はゆるやかに過ぎていった。

 ――なんだか田舎に帰ってきたみたいな感じがするな……。

 元の世界では、ハルヒコにはもう田舎と呼ぶべき場所はなくなっていた。懐かしい気持ちがほのかに呼び戻され、ささやかな幸せを感じずにはいられなかった。

「これは持って帰って、みんなで食べてね。作り方だけじゃ、どんなお菓子なのか想像もつかないものね。実物を食べてみるのが一番よ」

 そう言って、マロニーは籠に入った山盛りのビスケットをハルヒコに手渡した。籠の中には、材料となる牛乳とバターまで入っていた。

「何から何まで、ありがとうございます」

「いいのよ。気をつけて、いってらっしゃい。あなた達が帰れる、何か手掛かりでも見つかればいいわね」

 ハルヒコは一瞬ためらった後、笑顔をつくって小さくつぶやいた。

「ええ、そうですね……」

 ――自分は、上手く笑うことができていただろうか……。

 もうそれは叶うことはないのかもしれない。どこかで諦めかけている自分がいることを、ハルヒコ自身、認めざるをえなかった。


 城の主塔から出て空を見上げる。澄んだ青空がまだ広がっていた。だが、これから太陽は駆け足で山の端の向こうへ隠れていくだろう。

 乗り合い馬車が出発するまで間もない。ハルヒコは城門へと急いだ。

 だが、先ほどサム達とこの城で過ごしていた頃の話をしていたせいだろうか、いつもならただ通過していく城のあちこちが、懐かしい思い出を映し出しハルヒコを引きとめた。

 ――ああ、初めて城に連れてこられたとき、ここでみんな不安になりながら待っていたな。

 ハルヒコが見つめていたのは、衛兵が待機する城門脇の詰め所だった。

 ――マグダル様が息を切らして、走ってこられた。

 そこから城での生活が始まったのだ。

 最初は身振り手振りで城の仕事を手伝い、言葉や文字を少しずつ覚えていった。マグダルやクロム王の計らいもあったかもしれないが、城のみんなは本当にハルヒコ達に親切にしてくれた。シュウが、そうと気づかずクイール王子と出会っていたのもこの頃だった。

 ある日、ハルヒコがマグダルの仕事を手伝うようになってしばらくのこと、突然クロム王との謁見を言い渡された。

 ずっと謝意を伝えたいという思いがあったものの、その唐突な謁見はハルヒコを不安にさせた。

 ――まさか、いよいよ役立たずとみなされ、追い出されてしまうんだろうか……。

『本物の王様に会えるなんて、元の世界でもなかなか経験できない……というか、絶対に経験できないことだよね』

 謁見の前日、家族には努めて明るく振る舞ってみせたが、ハルヒコの脳裏から不安を拭い去ることはできなかった。

 ――ここにいられなくなったら、家族をどう守っていけばいいんだろうか……。

 その晩、ハルヒコはさまざまな事態を想定し何度も考えを巡らした。結局、朝まで一睡もできなかった。だが、それでも眠たいなどと思う余裕はどこにもなかった。

 いよいよ謁見の間の扉が開かれる瞬間、ハルヒコの頭はその処理能力の限界を越えてしまったのか、逆に何一つとして考えることができなくなっていた。

 視線の先、遠くの壇上に玉座があった。そこに今、どっしりと腰を下ろした人物が、取り巻いた幾人かの重臣らしき人物と共にこちらを眺めていた。

 無理に進むようには促されなかったものの、ハルヒコ達はいつまでもその場で寄り添い、足を前に踏み出すことができないでいた。

 玉座の傍らに控えていたマグダルが、笑みを浮かべて手招きをしているのに気づいた。それぐらいには、まだ状況を判断できる余地が残っているようだと、もう一人の自分が他人事のように冷静に考えているのを感じた。

 決心などついたわけではなかった。ただ何かに背中を押されるようにして、ハルヒコは一歩を踏み出した。その何かは、もはや後戻りのできないこの状況であったかもしれないし、家族を守らなければならない父親という立場であったかもしれない。

『こちらから声をかけられるまでは、一言も発せず、片膝をついてうつむいておくのだ』

 事前にマグダルから受けた注意は、昨晩から家族で何度も確認しあっていた。

 玉座の前へ押し合うようにハルヒコ達はゆっくりと進み出て、王の眼前にひざまずいた。

「そなたらが異世界より来たという家族か。マグダルより話はよく聞いておる。そんなに緊張せず、顔をあげるがよい」

 威厳を感じさせるというよりも、穏やかで優しい、人をどことなく安心させる口調であった。

 言葉にしたがい、ハルヒコは壇上のクロム王を見上げた。

 豊かな髭をたくわえ口元の様子はうかがい知れない。だが、目を細め、こちらをまっすぐに見つめる瞳には、ハルヒコ達のことを気遣っている色が見てとれた。

 ――マグダル様と、どこか雰囲気が似ていらっしゃる……。

 その瞬間、ハルヒコは昨夜から張り詰めていた緊張の糸がようやく緩んだような気がした。

「家族ともども不自由な思いはしておらぬか? 何かあれば遠慮せず申すがよい。元いた場所とはずいぶんと勝手の違う世界じゃ。不安も多かろう」

 ハルヒコは口を開いていいものか迷った。だが、王に会えば伝えたかった感謝の言葉が自然とこぼれ出ていた。

「私達家族へのお心遣い、ありがとうございます。この世界に放り出され、右も左も分からないでいた私達に手を差し伸べていただき――また、マグダル様を始め、この国の多くの方々にも親切にしていただいて、本当に感謝しております。あらためて、お礼を申し上げます」

 マグダルだけでなく、並んだ他の重臣達の顔もほころんだ。

「マグダルより間接的には話を聞いておるが、今日は直接、ハルヒコの住んでいた世界のことを聞かせてほしいのだ。こんなふうに話しができるのを、ずっと楽しみにしておった」

 その姿勢ではしんどかろうと、椅子が運ばれてきた。

 そこからは、王だけでなく他の重臣からも質問が相次ぎ、ハルヒコのみならず家族全員で元いた世界の生活を説明していった。

「この短い期間で、よくぞここまで言葉を、それに文字まで修得できたものだ。その勤勉さには頭が下がる思いだな」

 ずいぶんと話し込んだ頃、クロム王の口からそのような感嘆の言葉がもれた。

「見知らぬ世界に来て、まずしなければならないと思ったのが、言葉と文字を覚えることでした。この世界の人達とコミュニケーションをとる。そして、この世界のことを知る。それができれば、進むべき道が見えるようになると思ったのです」

 その機会を与えてくれたことを、ハルヒコは心の中であらためて感謝していた。

「マグダルの仕事も手伝ってくれていると聞いておるが」

「大したことはしていません。ただこつこつと、間違いがないように書類を確認しているだけです」

 クロム王はふむと何かを考えている様子だった。マグダルが王の耳元に何かを囁いた。

「ときにハルヒコよ。私から一つ頼みごとがあるのだが」

 その場の雰囲気のせいか、ハルヒコは「何でもおっしゃってください」と深く考えることなく口にしてしまった。

「ここより南に下った所にずっと手付かずの荒れた土地がある。今、その荒地を開拓しようと人を集め、新しい村を建設しているところなのだ」

 その村の建設に手を貸してほしいという申し出であることを、ハルヒコはすぐに理解した。もしかすると城を出てその村で暮らすことになるかもしれない。城の人達とはもうお別れになるかもしれない。早くもそんなことを思い、ハルヒコは寂しさを覚えた。だが、王からの申し出は、ハルヒコの想像をはるかに超えるものだったのだ。

「ハルヒコには、その村の村長を務めてほしいのだ」

 ハルヒコは耳を疑った。間違いなく自分は聞き間違えたのだと、自信を持ってそう思った。それどころか、聞き間違えてしまい、あらためてクロム王に聞き直しても失礼に当たらないだろうかと真剣に迷ったぐらいであった。

「パパさん、村長だって。なんか、かっこいいね」

 シュウがそう話すのを聞いても、ハルヒコは息子まで聞き間違えたのかと頑なに思った。いや、そうであってほしいと祈っていたのかもしれない。ここまでくると、さすがに疑いの余地はないなと観念せざるをえなかった。

「村長……でしょうか?」

「ああ、新しい村の指導者として赴任してほしいのだ」

 ――無理だ……。

 真っ先に思い浮かんだのは、ただその一言――。

 後ろで子ども達は村長だ村長だと、その言葉に背負わされた責任の重さも知らず、はしゃいでいた。しかし、横に並んだトウコは、ハルヒコと同じように不安の色を浮かべ、すがるような目でこちらを見つめていた。

「私などより、もっと適任の方はいらっしゃらないのですか……」

 ハルヒコの口から思わず本音がもれ出ていた。

 その瞬間、それまで和やかだったその場の雰囲気が突如として凍りついた。重臣達の顔はみるみる蒼白になり、マグダルでさえ言葉を失ったように困惑の表情を浮かべていた。

 ――しまった。これは断ってはいけないとこだったか……。

 やってしまったと、ハルヒコは軽率な自分の言動を悔やんだ。国王の権力というものを理解できていなかったのだと、取り返しのつかない選択をした自分が腹立たしかった。

「ハルヒ……」

 マグダルが静かに諌めるような声をかけようとした、そのとき――。

「よい、マグダル」

 クロム王は手でそれを制して、ハルヒコを見つめた。

 ハルヒコの顔からは血の気が失せ、むしろ寒気を覚えるにもかかわらず、身体中のいたるところから、ねっとりと絡みつく冷たい汗が吹き出していた。

「ハルヒコよ。村長の任をためらう理由を聞かせてはくれぬか?」

 クロム王が尋ねた。含みを込めた口調ではなかった。先ほどまでと同じ穏やかな調子で、そこには不思議と人を安心させるものがあった。

 そのクロム王の声を耳にして、ハルヒコは幾分落ち着きを取り戻していた。

 ――今さら、どう取りつくろったところで、この王には見透かされるだろう。

 不意に、ハルヒコは人間の格の違いというものを見せつけられたような気がした。それは地位や権力といった類のものではなく、その人間が持つ生き方であり考え方――信念と呼ぶべきもののように思えた。

 ハルヒコは偽りなく自分の思いを吐露すべきだと判断した。

「私は今までに村長などと大それた仕事をしたことがないのです。開拓ということなら、土木工事や農作業をする必要があるでしょう。私にはその経験もないのです」

 クロム王はハルヒコの話にまだ続きがあると察して、静かに次の言葉を待っていた。

「私は何かを深く経験した者が、他の誰かを指導するべきだと思っています。そうでなければ、その者を信じて付いてくる人達が報われない。中身がないのに、ただ言葉を振りかざして人を翻弄するのは、裏切り以外のなにものでもない。そんな行為を、私自身が許すことができません……」

 言ってしまったと思った。だが、不思議と後悔はなかった。自分が言葉にしたことに何一つ偽りはなかったと、晴れ晴れとした今の気持ちがそれを証明してくれていた。

「誰もが最初は未経験であろう。それでは、いつになったら物事は前に進むのだろうか。困っている者達がいたとして、彼等はいったい、いつになったら救われるのか。ハルヒコよ、そなたの考えは間違ってはいないのかもしれん。だが、正しくもないのだ」

 王の言葉は柔らかかった。だが、ハルヒコは頭を殴られたような衝撃を受けていた。

 ――自分の言葉は、生ぬるい世界に浸りきっていた者の戯言なんだろうか……。

 自分が言ったことは、信念として間違ってはいないと思っている。真に能力がある者が人を率いていくべきだと、ただ大きな声を上げるだけの人間が人の上に立つべきではないと、そう信じている。

 ――でも、確かにそれでは世界は進んでいかない……。

「その者の能力も、もちろん大事であろう。だが、もっと大切なことは、その者の志なのだ。自分のためではなく、誰かの幸せを願う心。そのために尽力し続ける――努力を怠らない姿勢。その志を自ら信じてこそ、人を率いていこうとする者は迷いながらも進み続けることができるのだ」

 ――そうかもしれない……。

 元の世界で、かつての自分も自信などなく――それでも、勇気を振りしぼって足を踏み出したことがあったのではないか。そこにいたみんなのために、自分ができる精一杯を、毎日くたくたになるまで続けていたのではなかったか。頑張り続けることができれば、あきらめない心がありさえすれば、自分はここにいていいのだと信じていたのではなかったか。

 ――いつのまにか、自分は心ではなく、小手先の技術で人に接していたのかもしれない……。

「やってみたらいいのだ、ハルヒコ。失敗しても、責任はそなたを薦めたマグダルがすべてかぶってくれるわ。のう、マグダルよ」

 クロム王は傍らのマグダルを見た。マグダルは胸に手をやり、うやうやしく頭を下げた。

「能力がと言っておったが、マグダルはそなたに可能性を見出し、村の指導者の話を提言してきたのだ。村を治めていく能力があると、マグダルは信じておる。マグダルが信じる者なら、私も信じよう」

 マグダルがクロム王の言葉を引き継ぐように口を開いた。

「ハルヒコよ。わしはそなたがどのような村をつくるのか見てみたいのじゃ。村には不遇な境遇から避難してきた者も多い。その者達のために、王がおっしゃられた志をもって、どうか力を貸してはくれんだろうか」

 もはや断る理由はどこにもないように思われた。むしろ、その村長としての役目に興味を抱き始めている自分に、ハルヒコは我ながら驚きを覚えた。

 言い方は悪いが、要は乗せられてしまったのだ。その意図はなかったにせよ、クロム王とマグダルの言葉に。

 この場にハサルがいたら、ちょろいなとハルヒコのことを苦笑していたかもしれない。

「上手くやれる自信なんてありません。でも、もし私の力で何かお役に立てるなら、精一杯頑張らせてもらいます。村長のお話、引き受けさせてもらえるでしょうか」

 クロム王とマグダルは満足そうな笑みを浮かべた。

 子ども達は「村長だって」「パパさん、村長さんになるんだって」とあいかわらず無責任にはしゃいでいた。だが、トウコだけは先行きに不安を覚えているようで、愛想笑いも引きつり上手くできない様子であった。

「ときに、ハルヒコよ。もう一つ頼みがあるのだが――」

 クロム王がすかさず付け加えた。場の空気を読み取って、今しかないというタイミングで話を持ち出してきたのだ。

「私の息子のことなのだが……」

 クロム王が合図すると、衛兵が謁見の間の奥にある扉を開けた。そこには一人の少年が立っていた。

 少年はにこやかに皆がいる場へと歩み寄ってきた。

 ガタッと、ハルヒコの背後でシュウが席を立った。

「びっくりした? シュウ」

 その少年は、ハルヒコも度々会ったことのある、城の中でできたシュウの友達であった。

「クイール……」

 こうして、ハルヒコ達家族の新たな生活が始まっていったのである。


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