第二部 第7章―1
こんな場所で落ち着いていられるはずがない。マルロは眼前にそびえ立つ町の城壁を何度も見上げながら、あちらこちらへと意味もなく動き回っていた。足を止めておくことができなかったのだ。
ここは城壁に守られた町の内側。ではあったが、辺りは明かり一つ灯らぬ荒れ果てた原野が広がっている。目に入る景色は壁向こうの荒地と大差はない。それにはもちろん理由があった。ここは町の中でも、あの呪われた丘にもっとも近い場所だったからだ。
町の者は当然のこと、城壁の上で監視の任につく衛兵でさえ寄りつこうとはしない。そうとは知ってはいても、いつ何時、誰かに通報され衛兵に職務質問を受けるやもしれない。マルロは気が気ではなかった。
――理事長、早く戻ってきてください……。
何度もそう思いながら、極力目立たないようにしなければならないというのに、どうしても立ち止まっていることができない。
このとき、マルロ自身は気づいていなかったが、彼はハルヒコが遅くなろうとも戻ってくると疑ってもいなかったのである。あの呪われた丘から生還する、そんなことは当然のことで、それがいったいいつになるのかとやきもきしていたにすぎなかったのだ。
はたして、それからいったい何度、城壁の前を往復したことだろう。見上げる首もそろそろ悲鳴を上げはじめていた頃であった。
ゴゴゴ……。
石臼で麦をひくときのような硬質な音が――あるいは振動が――小さく控えめに壁向こうから伝わってきた。マルロは直感した。理事長が戻ってきたのだと。
頭上を見上げていると、しばらくして城壁の上に人影が現れた。だが、その瞬間マルロは不安にかられてしまう。口の中でやけに唾液がねばつく。
城壁に現れた人物がハルヒコであるのは間違いない、その確信がマルロにはあった。だが、そのこととは別に、マルロはそこに不穏な兆しを見つけてしまったのである。。
――あの二人はいったい誰なんだ……。
理事長はいったい誰を連れてきたっていうのだろう――?
マルロが胸騒ぎを覚えているところに、ゴゴゴと目の前の城壁がうなり声を上げはじめた。
――間違いない、これは理事長の土魔法だ……。
城壁を形成する石材のブロックが、ところどころ規則性をもってせり出してくる。瞬く間に、そこにカンティレバー、片持ちの階段が出現したのであった。
「おーい、マルロー」
城壁の上にいる人間が手を振った。声をひそめながらの呼びかけは、間違いない、ハルヒコのものだ。
「理事長ー」
マルロも声をひそめ、それに応じる。呼応するかのように、ハルヒコは二人の連れを伴い軽い足取りで階段を降りてきた。
「マルロ、待たせてすまない。本当にありがとう」
ハルヒコはマルロに労いの言葉をかけてきた。だが、そんなものは当のマルロに届くはずもない。彼の視線はハルヒコの背後、連れの二人組に注がれたまま貼り付いて離せなかったのである。
そして、思わずマルロはこう口にしていた。
「なにやってんですか、あなたは――!」
そう言ってしまってから、あ……とマルロは口に手をあてておさえる。
「あ、やっぱり?」
言葉には出さなかったものの、そんなニュアンスの表情がハルヒコの顔に浮かぶ。それが何だか、にやにやしているようにも見え、マルロはふたたび無性に腹が立ってきた。
「本当になにやってんですか、理事長!」
マルロが怒るのも無理はない。なぜならハルヒコの背後には、あまりに異質な存在がさも当然のように立っていたのだから。
皮膚も肉もそげ落ち、むき出しの白い骨格だけの二人組。
マルロは、はあとため息をつくと、今度は幾分、声と感情をおさえてつぶやいた。
「もう……本当になにやってんですか……」
また笑みがこぼれそうになっているのを、ハルヒコが意識して自重しているのがよく分かった。




