第二部 第6章―8
彼女は首を小さく傾げ、そのか細い腕をハルヒコに伸ばしていた。まるで、この手をとってダンスに誘ってと言わんばかりに。
気づけば、彼女に向かってハルヒコは歩を進めていた。これも人を誘惑する一種の魔法なんだろうか――そんな疑念も頭をよぎる。だが、足は止まらない。彼女の手をとってあげなければと、心が強く叫んでいた。
――あっ……。
近づくにつれ驚くべきことが起こる。眼前に立つ線の細い骨格に、うっすらと生前の彼女の姿が浮かび重なっていったのだ。
小柄で可愛らしい娘だった。着ている衣服は素朴なもので、片田舎の村娘といったところだろうか。
ハルヒコは彼女の前に立ち、差し出された手をとろうとした。
――本当にこの手をとっていいのか……?
何かの罠ではないか――どうしても疑ってしまう自分がいる。だが一方で、この手をとらなければならないという使命感のようなものも感じていた。
いったい、この気持ちはどこから来るものなのか――ハルヒコには彼女の手をとればそれがはっきりと分かるような、そんな予感がしていた。
そして、いつものごとく、ハルヒコは自分の中で結論が出ないうちに、彼女の白い手をとってしまっていたのである。
――ああ……そうだったのか……。
『ねえ、一緒に踊りましょう』
娘の名はネーヤと言った。
娘は村でも取り立てて器量が良かったわけではない。
「なあ、ネーヤ。祭りで踊る相手はもう決まったのかい? まだなら俺と一緒に踊ろうよ」
「あなたが私の足を踏まないようになれたらね」
「練習してくれる相手がいないんだよ」
「それなら、私が練習相手になってあげるわ」
だったら祭りで踊ってくれよ、そうなだれる青年に、ネーヤは舌をぺろっと出して愛嬌のある笑顔を向けた。
誰ともすぐに打ち解けられる。その気やすさと、笑うとえくぼの浮かぶ可愛らしい表情、村の男衆は誰もが彼女に恋心を抱いたのであった。
だが、ネーヤの関心はそんな色恋沙汰にはとんと向かなかった。年頃の娘なら胸を焦がすであろう恋愛話に、彼女はまったく興味を示さなかった。
――そんなことよりも、歌って踊っている方が何倍も素敵だわ!
まだまだ心は幼かったのかもしれない。
――もうすぐ村のお祭りがあるのよ。
私は上手く踊れるだろうか。
――お祭り、無くなったりしないよね……。
村の外では不吉な影が蠢いていた。呪いとやらで次から次へと人が亡くなっている。世間はどんどん暗いムードに包まれていっているようであった。
幸い町から遠く離れたこの村には、まだ一人としてその呪いにかかった者はいない。辺境と呼ばれても不思議ではない片田舎だ。だから、豊穣を願う祭りを取りやめようなどという気配も気運も持ち上がらず、ネーヤはその祭りの日を心待ちにしていたのであった。
みんなと一緒に踊る。皆の視線を一身に浴びて舞い踊る。ネーヤは村の誰よりも踊ることが好きだったし、村の誰よりも上手く舞うことができた。それは自他ともに認めるところだ。踊っているときだけは、ネーヤはただの田舎娘ではなく、特別な何者かになれたのであった。
――町に出たら、私は売れっ子の踊り子になれるのかしら……。
そんな素朴な娘の夢は、だが――そう遠くない未来に、突如、打ち破られる。
呪いによって、すべての村人達がその命を失ったのである。
意識を失うその直前まで、ネーヤは踊っている自分の姿を思い浮かべていた。
――でも、もう踊ってくれる相手もいないんだね……。
そう思うと、ネーヤはひどく悲しくなったのだった。




