第二部 第6章―7
ハルヒコは全方位に神経を集中して、いつ襲ってくるやもしれない骸骨達に備えていた。魔法の発動には、どうしても詠唱というタイムラグが発生してしまう。敵の攻撃をいなしながら唱える――必然的にもっとも使い慣れた炎の魔法で撃退することになるだろう。
――炎の魔法が効けばの話だが……。
魔法は術者の精神力を削っていく。周囲を警戒し続けなければならないハルヒコは、ダブルで精神をすり減らしていくことになる。
――かかってこい……。
今一度、ハルヒコは己れの魂を鼓舞した。
……。
だが、ひとり奮い立つハルヒコをよそに、骸骨達は一向に動く気配を見せない。そして、はたと気づいた。
――もしかして……苦しんでいるのか……?
ハルヒコは愕然とした。カタカタと嘲り笑っているものと思っていた骸骨達の震えは、実は思い通りにならぬ自らの心に悶え苦しんでいたのだ。
――魂の魔法に縛られているのか……。
ハルヒコは自分の罪深さに胸が締めつけられた。
ハルヒコの唱えた魂の魔法は失敗などではなかった。それどころか、初めてにしていきなり数千の魂を呼び起こしたのである。
――確かに相性はいいと感じていたが……。
まさか、ここまでとは――。
最初に習得した炎の魔法は、長い年月をかけ様々な試行錯誤を経て磨いてこなければならなかった。そのかいあって今では並び立つ者がないほどの――少なくともハルヒコの知る限りにおいては――比類なき威力の炎を操れるようになったのである。炎の魔導士という二つ名で呼ばれる由縁だ。
だが、この魂の魔法はそのような修練を積まずして、いきなりこれほどの効果を表した。もちろんハルヒコが魔法というスキル全般に馴染んできたことも大きく関係しているだろう。それでも、ハルヒコはこの魂の魔法に秘められた潜在的な力を考えると――それを行使した未来の光景を思い描くと――どうしても空恐ろしくなってくるのだ。言い方を変えるならば、突如としてハルヒコは数千の軍隊を生み出すことができるようになったということなのだから。
魂の魔法の本来の力――。
――死者の魂を使役する……。
強制的に――。
ハルヒコの目の前に居並ぶ骸骨達が悶え苦しむ理由が分かったような気がした。彼らは自らの意思を根こそぎ奪われ、自分ではない何者かになることを恐れているのだ。そして、眼球を失って落ちくぼんだ眼窩の奥で涙を流すこともできず悲しんでいる。
――分かってはいたことだが……。
この魔法はやっぱりダメだ――。
ハルヒコの目的、それは当然、軍隊を作ることなどではない。ゴーレムにはできなかった畑の繊細な作業を任せられるアンデッドを生み出そうと考えただけなのだ。
ゴーレムに宿る擬似的な人工の魂では、その場その場で細かな判断ができない。要は自分で考えることができないのだ。人が生み出した魂では、刻々と変化する状況には対応できない。
だが、元々、人であった魂にはそれができてしまう。様々な状況に臨機応変に対応できる思考回路、すなわち経験が備わっているがゆえに。
――しかし、これは……。
魂の尊厳を、その人が生きてきた人生を、土足で踏みにじる行為以外の何物でもない。
――ダメだ、この魔法は自分には使えない……。
ハルヒコは目覚めさせた魂をふたたび眠りにつかせようと、懐からあの地下室で発見した魔導書を取り出した。
――みんな、本当にごめん。
静かに眠りについていたのに……。
ハルヒコは魔導書のページをめくる。魂を鎮める魔法を再確認するために。彼ら彼女の魂を正しく鎮めるために。さらなる混乱が生じぬよう、細心の注意を払わなければならない。
『ねえ、踊りましょう……』
――?
突如、ハルヒコの耳元に――いや、それは直接頭の中にであったかもしれない――呼びかける声が響く。
――幻聴……?
『ねえ、踊りましょう』
――!
それは幻や錯覚などではなかった。声は自分の魂に直接語りかけてきているのだと、ハルヒコは理解せざるをえなかった。
右に左にとハルヒコは顔をめぐらす。声の主を探そうと懸命に見渡すが、どこもかしこも似た姿の骸骨達が凍えるように震えているばかりだ。
それでもハルヒコはその声の持ち主を探し続けた。それが自分のなすべきことだと直感が告げていた。
――この魔法の正しい使い方……。
自分なりの使い方――その糸口が見つかるかもしれない。
『ねえ、踊りましょう……』
ついにハルヒコは見つけた。
『ああ……君か……』
ハルヒコの真正面、彼女はそこにいた……。




