第二部 第6章―6
突如、ぼこっと地面を手が突き破った。それも一つや二つではない。そこかしこから、ぼこぼこぼこっと追いかけるように無数の腕が生えてくる。
腕にはすでに肉はついていなかった。朽ち果てた見事な白骨の腕が雨後のタケノコのように次から次へと林立していく。
ハルヒコは囲まれてしまった。
――まじか……。
自分のとった行動の浅はかさに、今になって後悔の念がぐるぐると渦巻く。やってしまってから後悔する――それはいつものことではないか。だが、今回ばかりはリカバリーのしようがないかもしれない。
――ああ、まったく……。
どうして自分は成長できないんだ……。
だが、今は反省している余裕などない。ハルヒコは一条の光にすがるがごとく、右に左に逃げ道を探し求めた。その間にも、次から次へと白骨化した腕が地表を突き破って出てくる。
――ああ……これはダメだ……。
ハルヒコは観念した。ぐるりと取り囲まれ、退路は完全に絶たれてしまっていた。
地面から手が伸びている程度であれば、その合間を駆け抜けていくこともできたのではないか――そう淡い期待を寄せていた。だが、すでにそのタイミングは逸していた。地面からは腕だけでなく、もはや全身がその姿を現しはじめていたのである。
白骨化した腕の様子から予想された通り、それは見事な――理科室に置かれているような――人体の骨格模型の姿をしていた。唯一救いであったのは、皮膚や筋肉は朽ち落ち、生々しいパーツはどこにも見られなかったことであった。目を背けたくなるような醜怪な容姿ではない。むしろ夜空を渡る銀盤に照らされ、その白亜の立ち姿はあたかも芸術作品であるかのように美しかった。
今宵は満月。月光に照らされ、自ら淡く光を発しているかのごとく、白磁の骸骨達がハルヒコの周囲を取り巻いていく。息をのむほど幻想的で美しく、そしてまた、息が凍るほど恐ろしい光景でもあった。
もはや逃げることはかなわない――。
ハルヒコは戦う覚悟を決めた。
――さあ……どこからでもかかってこい。
ハルヒコは身構えた。
――奴らはどんな攻撃をしてくる?
手に武器は持っていない。鋭い爪で引っ掻いてくるのか――。だが、あんな痩せっぽっちの体に、どれほどの力があるというのだろうか。
――いや、侮ってはいけない……。
常識ほど、この世界で当てにならないものはない。今まで、どれほど痛い目にあってきたことか――。骸骨達はすでに立ち上がっているのだ、筋肉もついていない体で!
それは普通のことではありえない。
――軽そうだな……。
動きは俊敏かもしれない。
――気をつけるべきは顎の力か……。
噛みつかれれば、容易く肉は噛みちぎられるかもしれない。一体や二体ならともかく、何百……いや何千の骸骨達に一斉に襲われたら、いったい自分はどうなってしまうのか。
ハルヒコの脳裏に、無数の骸骨達が自分の腹に群がり、はらわたを引き出し食いちぎるイメージが喚起される。ぱっくりと空いた腹の穴。ハルヒコの臓腑を口に咥える骸骨達……。
気づけばハルヒコの体は震えていた。手でもう片方の腕を押さえつけても震えはおさまらなかった。
――奴らに効く魔法は何だ……。
炎か? 光か? それとも土か?
土魔法で石つぶてを作って飛ばす。ハルヒコはそれをすでに実践済みだ。
――いや、ゴーレムを作る方が効果的か……。
だが、何体作ろうとも、この骸骨達の軍勢の前では焼け石に水のようにも感じてくる。
――雷は……まだ心許ない……。
――星の魔法は……今からでは間に合わない……。
星の魔法は下準備が必要なのだ。急に発動することはできない。
――闇は……。
だが、そのキーワードを思いついた瞬間、ハルヒコの背筋をぞくりと冷たいものが走る。取り囲まれた骸骨達に自分が切り刻まれていく――それよりも恐ろしい光景が思い描かれたのだ。
――いや……こればかりは使うわけにはいかないか……。
この世界がどうなってしまうか分からない。
――下手をすれば世界そのものが消えて無くなってしまうかもしれない……。
自分の危機的状況を打破するため、世界を道連れにするような真似はできない。
カタカタカタ――。
ハルヒコが迷っているうちに、そんな硬質な音が周囲から一斉にわき起こった。骸骨達がその身を震わせ、分かりやすく今にも襲ってやるぞと笑っているようであった。
――もう何の魔法でもいいか……。
思いついた魔法を、かかってきた奴にぶつけるまでだ。
覚悟を決めると、ハルヒコの体の震えはぴたりと止まった。今までもそうであったように、やれることをやってやる――。
――この命尽きる……。
最後の最後まで――。




