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第2章―5

 マグダルは物で乱雑にあふれた机上を手で探った。

「どれにするかの……」

 ――ん?

 今、何かすごく適当な響きが聞こえたような……。

「おお、これじゃ、これじゃ!」

 ハルヒコが深く思案する暇も与えず、マグダルは透明なサイコロのようなものを二つ、机の上のガラクタをかき分けたスペースに重ねて置いた。それはあまりにも純粋で濁りがなく、この世界でよく使われている微小な気泡が混ざったガラスとはひと目で別物だとわかった。水晶やダイヤのような天然の結晶に特有の光がその奥に揺らめいている。立方体の角は収束された光によって鋭利に切り取られたみたいに、欠けたところなど何処にも見受けられない。それら二つの結晶は抽象的な幾何学の世界から抜け出し、この世界に具現化した完璧な立方体であった。

「マグダル様、それはいったい?」

 吸い込まれるように、ハルヒコはその立方体に見入った。

「このクリスタルはの、その者の潜んだ魔力をあぶり出すのじゃ。ハルヒコに問う。おぬしはこの輝きの中に何が見える?」

 先ほどマグダルがほのめかした言葉が気になったが、「さあ」とマグダルにうながされ、ハルヒコは素直にそのクリスタルの内部をのぞきこんだ。

 初め、その透明なキューブの中には屈折して透過してきた像が――要はズレた机の表面が――映っているだけだった。なんのことはない、物理法則から何一つとして逸脱のない常識的な見え方だ。

「どうじゃ、何かが奥の方に見えるじゃろう?」

 マグダルにそう急かされても、やはり見えるのは笑っているような机の木目ばかりだ。

「マグダル様、私には向こう側にある机の表面しか見えません。やはり、私には魔法は使えないということなんでしょうか?」

「何も見えない? そんなはずはない。魔力があろうともなかろうとも、誰にでもこの魔法のクリスタルの中には何かが見えるはずなんじゃ。その者に応じてな――。もっと目を凝らしてみるのだ」

 ――魔法の素質がなくても、何かが見える……?。

 確かに魔法のアイテムならば、自分に魔力がなくとも何かしらの反応があってしかるべきかもしれない。今、何も見えていないのは、きっと自分が大事な変化の兆しを見落としているに違いない。マグダルの言うように、もっと目を凝らして見つめれば――先入観のない目で、この結晶の奥底を深くのぞき見れば――きっとうごめいている何かを見出すことができるはずだ。

 ハルヒコはもう一度クリスタルの内部を凝視した。

 ……ん?

 結晶の奥深くで何かが――いや、これは闇だろうか?

 水に垂らした薄墨のようにもやもやと、奥底から浮かび上がってこようともがいている。まるで生き物みたいに……。

「マグダル様、何かが動いています!」

「何が動いておる?」

「黒い何か……。闇が……生き物みたいに……」

「闇か? そなたには闇が見えるのか?」

 マグダルも興奮しているようだった。

「闇の中に何かが光っています……。赤い光……いや、これは黄色……。ああ、白い光も……」

「ハルヒコ! もっともっと奥深くまで覗き込むんじゃ!」

 ハルヒコはうながされるままに、さらに目を凝らし、その闇の深淵を探ろうとした。

 ――!

 何かがいる。闇に見え隠れする光の明滅のさらに奥、何かが確かにそこに潜んでいる。だが、なぜ見えない?

 そのとき、不意にゾクっとハルヒコの背筋に悪寒が走った。その隠れている何かの正体を暴いてはいけないと、自分の本能が必死に押しとどめていた。

「マグダル様、私は恐ろしい……。これ以上は危険です。そいつはこちらをのぞいている! 取り返しのつかないことになると、そいつは警告している!」

「そいつ? そいつとは誰じゃ!」

 ハルヒコは答えられなかった。なぜなら、その深淵に潜むものには名前がなかったのだ。

 ただ、一つだけ分かったことがある。

 そいつは、どんな闇よりも深く暗く、光でさえ照らすことができない――。

 そう、あれは……。

 ――黒い光……。

 絶対的な永遠の実在としての――黒、そのものであった……。

「ハルヒコ! もうよい! 意識をクリスタルから外すんじゃ!」

 マグダルに指示されるままに、ハルヒコはその重なった立方体から目を逸らした。

 その瞬間、二つのクリスタルは勢いよく正反対に弾け飛んだ。内部に溜められていたエネルギーが行き場を失い、臨界に達し発散してしまった。不思議とそんな感触を覚えた。

 ハア、ハア、ハア……。

 ハルヒコは冷たい汗をかいていた。気づけば身体中からふき出した水分によって、服はぐっしょりと濡れていた。

「大丈夫か、ハルヒコよ?」

 マグダルが放心状態のハルヒコに声をかけた。息を荒げたまま、ハルヒコはなんとか声をしぼり出した。

「はっ……、はい。いえ……いや、はい……。大丈夫です……」

「びっくりしたぞい。まさか、これほどまでとは……」

 クリスタルが弾けた瞬間、ハルヒコはもう確信していた。それは誰に教えられたわけでもなく鳥が空を飛翔できるように、魂が原初から覚えていた実感であった。

 だが、ハルヒコは確認せずにはいられなかった。

「マグダル様、私には魔法の素質があったのでしょうか?」

「そんなもの、決まっておろうが。あるどころの話ではない。まさか、この兆しの試練でここまでの力を示すとは……」

 ただ単に小さな立方体を弾き飛ばしたにすぎない。だが、マグダルのこの驚きようはどうだろうか。

 ――確かに手を使わずに弾き飛ばしたのは間違いないが……。

 常識的に考えてみれば、それだけでも尋常ならざることに変わりはない。

「この最初の試練で、これほどの力を示した者を、わしはいまだ見たことがない……」

「しかし、それは魔法のクリスタルの力に寄るところもあるのではないですか?」

「クリスタルに……」

 マグダルは顎髭を手でさすりながら、どこか遠くを眺めているようだった。

「いや、それはない」

 それほど長くない時間の後、マグダルは断言した。

「なぜなら……」

 ハルヒコは固唾をのんでマグダルの次の言葉を待った。自分が持つ魔法の素質が普通ではないかもしれないことについて、今は嬉しさよりも恐ろしいと思う気持ちの方が優っていた。客観的に自分が置かれている状況をすぐにでも理解したかった。

「なぜなら……」

 マグダルはもう一度繰り返した。そして、遅々として語らぬマグダルがようやく発した次の言葉に、ハルヒコは絶句した……。

「なぜなら、あのクリスタルは魔法とは何の縁もゆかりもない、ただのおもちゃだからじゃ」

 ……は?

「魔法の素質を見抜く、魔法のアイテムではなかったと……?」

「もちろんじゃ。机に転がっておった、なんとなくそれらしい物を適当にみつくろっただけじゃよ」

「え、じゃあ、兆しの試練とは……?」

「ああ、それは別に何を使ってもいいんじゃ。そこらへんに転がっておる石ころでも構わん。試練を受ける者がその何かに意識を集中して、わずかにでも変化が生じれば、それが魔力の兆しの証となるのじゃよ」

 ――じゃあ、クリスタルの中に見えたのは……?

「この試練ではの、その被験者をうまく誘導してやらんといけないんじゃ。その点、ハルヒコは及第点だったの。本当にうまくノってくれた。闇が見えます、なんての。すっかりその気になっておったわ」

 ――あの見えたものは自分の思い込みだったと……。

 それにしては、やけに生々しく――。そして、

 ――恐ろしかった……。

「ハルヒコはあれじゃの。素直すぎてだまされやすい質じゃろ。向こうの世界だったらそれでもよかったんじゃろうが、こっちの世界では気をつけることじゃ。うまい話には、ほいほいついていかんことじゃ」

 ハルヒコは先ほどの現象をまだ完全に納得することはできなかった。だが、少し気持ちが落ち着いてくると、やはり一刻も早くマグダルに確認せずにはいられなかった。

「マグダル様、私に魔力の素質があったとして、すぐにでも簡単な魔法ぐらいなら使えるようになるのでしょうか?」

 マグダルは、ふぉっふぉっふぉと笑うと、本棚から重厚な革拍子の本を一冊取り出した。

「話はそう簡単ではない。魔力の兆しを見出された者は知識を身につけ、魔力を高める修練をしなくてはならぬ。これは魔法を志す者がまず最初に学ぶべき本じゃ。古代語や魔法を発動する概念が書かれておる。そうじゃの、どんなに才能があって――早い者でも、魔法学校で学んで一年。初歩の魔法が使えるようになるのはの」

 すぐにでも簡単な魔法ぐらいなら試せると期待していたハルヒコは素直に肩を落とした。だが、がっかりしたのも、ほんのつかの間。あらたに学ぶべきことができたことと、いつかは自分にも――もしかすると実は才能がなくて時間は人一倍かかるかもしれないが――魔法という夢のような現象を体験できるようになるのだと思うと、自然と嬉しさがこみ上げてきたのだった。

「分かりました。新たな目標ができたような気がします。その本はお借りすることはできますか? 頑張って、魔法を勉強していきたいのです」

「もちろんじゃ。わしも嬉しいぞ。もしかすると、未来の大魔導師の誕生につきあえるかもしれんのだから」

「いや、それはちょっと大げさな……」

 マグダルは分厚い魔法の書をハルヒコの腕にバンと勢いよくのせた。思っていた以上の本の重さに、ハルヒコは一瞬ひるんでしまった。だが、その重さの分、ふたたび嬉しさが込み上げてきたのもまた事実であった。

「マグダル様、無理は承知でお願いします。先ほど、マグダル様が唱えていた呪文を教えていただけないでしょうか? 一度唱えてみたいのです」

 マグダルは破顔して快く受け入れてくれた。

「構わんよ。試しに唱えてみるがよい。これで炎を生み出すことができたなら、わしは伝説が生まれる瞬間に立ち会ったことになるのう」

 だが、マグダルの大らかな笑みは、この後、すぐに蒼白に彩られてしまう……。


 これより数百年に渡り、恐れ、語られる――。

 黒の魔導師の物語が、ここに始まる。


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