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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~  作者: 天崎 剣
第2部 異世界《レグルノーラ》編/【12】レグルと古代神教会

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11. “神の子”

「時が経つにつれ、リョウの人格が表に出ることは、極端に減っていきました。小さな子どもを連れてきたあの日も、リョウの言葉を聞くことは出来ませんでした」


 ウォルターさんの声は、どんどん沈んでいった。

 話しづらい。

 思い出したくない。

 そういう思いが膨らんで、賓客室の中はどんよりと暗い色に覆われていた。




………‥‥‥・・・・・‥‥‥………




 大聖堂に、大小二つの人影があった。

 一人はリョウゼン。もう一人は幼い子ども。

 赤茶の柔らかい髪をした、小さな男の子だ。

 レグル神像の周りを無邪気に回り、柱に隠れては出てきたり、手を振ったり。

 リョウゼンに、とても懐いていた。


『“神の子”……、ですか』


 リョウゼンは静かに笑い、子どもを抱き上げた。


『世間ではそう呼ぶらしい。息子のタイガだ。髪と目の色はミオ譲り。顔は、リョウに似ている』


 リョウゼンの白い髪の毛や尖った耳に手を伸ばして、男の子はキャッキャと声を上げている。

 昨今教会が危険視する“神の子”は、未だ二つか三つ。

 脅威などとはほど遠い、無垢な存在に見える。


『不用意に連れてきてはいけませんよ。言うなれば、教会は、あなたとその子の命を狙っている、敵の本陣ですよ。勿論、密告したり、手を貸したりする気は毛頭ありませんが……』

『大聖堂は信者にとって、心のよりどころ。……私にとっても、とても大切な場所。こんなところで騒ぎを起こすような愚かなことはしないだろうと分かっていて、連れてきた。どうしても、ウォルターに会わせたかった』


 リョウゼンはタイガを抱き直した。顔を見せようとしているようだ。

 しかしタイガは少し恥ずかしそうに、リョウゼンの肩に顔を埋めた。


『教会は私を幽閉しようとしているらしいな』


 ――息が、止まるかと思った。


『何故、それを』

『お前の顔に書いてある。森の古い遺跡に閉じ込め、弱らせようという魂胆か。殺すことが適わねば、それしかあるまいな。血を見ぬ解決策を探っただけ、褒めてやるべきか』

『そ、それは、その。私は決して、賛同など』

『分かっている。お前は決して私を裏切らない。アーロンに迫られたのか、可哀想に。随分悩んだだろう。……やはり、私は人間社会に馴染めない存在なのだな』

『リョウゼン……!』


 思い詰めたようにタイガを抱きしめるリョウゼンを、見ていられなかった。


『今幽閉されれば、この子は路頭に迷う』


 リョウゼンは、ポツリと言った。


『最近は、リアレイトで姿を具現化することさえ辛くなってきている。リョウが向こうでの生活を失えば、ミオが一人でタイガを育てることになるが、それだって簡単じゃない。女が一人で子どもを育てることに対し、決して優しくない世界だ。その中で、竜の血を引いた子どもを育てていくのは難しい』


 愛おしそうにタイガの頭を撫でると、タイガは気持ちよさそうにニッコリ笑う。


『教会の血迷いごとに踊らされた何者かが、私とタイガの気配を辿り、リアレイトでも攻撃を仕掛けてくるようになってきた。今後も、こうしたことが増えてくるだろう。高い干渉能力を持ち、濃い竜の血を引く子どもを、事情の知らない互いの家族に預けるのはあまりに酷だ。ミオとは何度も話し合った。今、養子縁組の話が少しずつ進んでいる。知り合いの干渉者夫婦に、力と記憶を封印した上でタイガを預ける約束だ。……幽閉の話は、もう少し待って欲しい』


 思ってもみない展開だ。

 毎日あんなに話をしていて、これまで一度も、そんな話はされなかった。


『ただの、小さな子どもに見えるだろう』


 トンと、リョウゼンは優しく、タイガの額に自分の額を寄せていた。


『タイガは今、この世界に“干渉”してきている。私が連れてきたんじゃない。この子が自分でやって来たんだ。この年齢で、既に何度か竜化しかけた。恐らく、私よりもっと強い力を秘めている』


 優しそうな表情と裏腹に、リョウゼンの声は酷く、苦しそうだ。


『私の封印は、いずれ破られる。成長し、膨れ上がってゆくタイガの力に、耐えられなくなる。どうにか普通の生活をさせてやりたいと、養子縁組の話と並行して、力を封じ続ける方法を探っているところだ。道筋は見えている。あと少し、全てが落ち着くまで、待って貰えないだろうか』

『リョウゼン、あなたは……』


 見ているのが、辛くなる。

 どう声を掛けたら良いのか、分からなくなる。


『封印が解けたとき、タイガは苦しむだろう。白い竜の血や、自らの置かれた立場に、正気ではいられなくなるかも知れない。その時お前が、ウォルターがタイガのそばにいてくれたら、とても嬉しい』


 淡いステンドグラスの光が、リョウゼンとタイガを照らしている。

 言葉に詰まり、顔を手で覆った。


『孤独は、憎しみを生む。憎しみは、闇を生み出す。もし、ドレグ・ルゴラが孤独でなかったら、破壊竜にならなかったのではないかと、リョウは言った。タイガは……、どうか、孤独とは縁遠い世界に生きて欲しい。そう願うのは、私の我が儘なのだろうか』




………‥‥‥・・・・・‥‥‥………




「“あの方”は、私に完全に心を開いていると、どこかで過信してしまっていました。悲しいこと、辛いこと、嬉しいこと、楽しかったこと、何でも話してくれていると。だから正直、驚きました。知り合いの干渉者にタイガを預ける話、タイガの力が大きすぎる話、“あの方”がタイガに対して考えていたこと、……何もかも遅くなってから聞かされたところで、私には何の助言も出来ません。アーロン枢機卿に事情を話し、ギリギリまで幽閉を待っていただくことにしました。それが、私に出来る、最後の務めでした。リョウが最後の干渉を終え、完全にリアレイトと決別したと知らされた日も、リョウゼンは私のところに来ていました。既にタイガの力の封印も、養子縁組も終えていたようでした。幽閉なら、いつされても構わないと、リョウゼンは静かに笑いました。私はアーロン枢機卿にことの次第を伝え、その日を待つことにしました」




………‥‥‥・・・・・‥‥‥………




 荒れ放題の廃墟にリョウゼンを幽閉しなければならないことを、心苦しく思う。

 神教騎士団の面々が、現地の森に詳しい学者や猟師らと共に廃墟に向かい、整備を始めたようだが、やっと草やツタが払われ、人が通れる程の通路が確保できた程度と聞く。

 魔物を封印するのと同じ。

 敬意を払うべき相手を閉じ込めておくような場所ではなかった。

 ニグ・ドラコの北にある、通称“古代樹の森”は、古くから野生の竜の住処になっていた。

 都市をグルッと囲う森にも、深いところと、そうでないところがあり、通常木こりや猟師は、森の手前だけで仕事をする。うっかり森の深くに行けば、思いがけず竜や魔物に襲われてしまう可能性があるからだ。

 どうやって建てられたのか、人里から遠く離れたその地にある神殿跡は、古くから聖地とされ、古代神教会が長らく管理していた。だが、破壊竜ドレグ・ルゴラが動きを活発化させ、竜や魔物が凶暴化していくと、神殿への道は絶たれ、ついに廃墟と化してしまった。

 写真に写っていた神殿跡は、大工事でもしない限り美しくはならないだろうと断言できる程、荒れに荒れていた。


 化け物扱いだ。


 リアレイトでの生活も、リョウとして生きていくことも、タイガさえ、――リョウゼンは失った。

 そして更に、レグルノーラでの生活も、尊厳も、立場も、生きる場所も、何もかも奪われようとしている。

 リョウゼンがもし仮に古代神レグルの化身ならば、このような(むご)い仕打ちはされないのではないか。

 とすれば、やはりリョウゼンは破壊竜ドレグ・ルゴラで、その恐るべき力を封じた器でしかないのだろうか。


『死刑囚のような気分だ』


 リョウゼンは変わらず、大聖堂に現れる。

 以前のように、修道僧やシスターがリョウゼンと接することは、殆どなくなっていた。

 教会内部には、リョウゼンを早急に幽閉すべきという考えが広まり、数名の修道僧、シスター以外、リョウゼンと話す者はなかった。


『あなたは、咎人ではないでしょう』


 力なく笑って答える。

 幽閉されることをリョウゼンが了解してから先、まともに眠ることすら出来なくなっていた。


『数え切れない程、たくさんの人間を殺した。街を破壊し、地面に穴を開け、空を割った』

『それは、かの竜が破壊の限りを尽くしていたときの話です。今のあなたは違う』

『ドレグ・ルゴラの罪は、私の罪だ。罪を犯した者は、裁かれなければならない』

『罪を償えば、神はお許しくださいます。あなたは十分、償ってきました。神もそれを、天上から見守ってくださっているはずです』

『……温いな、ウォルターは』


『温いでしょうか。私はあなたを、リョウゼンを信じていますから。あなたのような慈悲深い方がどうして苦しみ続けなければならないのか、ずっと考え続けているのですが……、答えが出ません。リョウゼンは、どうお考えですか? 自身が救われる道は、どこにあると』


 リョウゼンは、ウォルターと目を合わせなかった。

 じっと、古代神レグルの像を見つめていた。


『全てを終わらせるのは、やはり白い竜だろうな。白い竜の罪を裁くことが出来るのは、白い竜なのではないかと、私は思う』




………‥‥‥・・・・・‥‥‥………




「幽閉は、聖魔法を得意とする聖職者十名が、廃墟に同行する形で行うことになっていました。お忙しい方々であったため、日程の都合が付かず、延期に延期を重ね、どうにか日取りが決まったのを、何となく覚えています。日一日と幽閉の日が迫ってゆくと、リョウゼンはどんどん無口になっていきました。塔は教会を激しく非難しました。それでも、教会は譲らず、幽閉は強行されることになっていました。……何事もなければあと五日と迫ったあの日、深夜に事件は起きました」

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「黄昏のレグルノーラ」より少し前の話です。
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