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黄昏のレグルノーラ~災厄の神の子と復活の破壊竜~  作者: 天崎 剣
第5部 《森の竜》と《白い竜》編/【26】未来を

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6. やり過ぎ

 頭が、ぼうっとする。

 手が、震えてる。

 力が入らない。地面の上に伏して、ただ無気力に目を開く。

 草と土の臭い。息をする度に口から漏れる炎が、目の前の草をチリチリと焼いている。

 うつ伏せから起き上がれないのが辛い。けど、位置を変える気力も今はない。


「大河は落ち着いたか」


 聞き覚えのある声。


「あ、シバ様。大丈夫。今のところは……、ですけど」


 シバ。

 ああ、シバも来てるのか。

 見えない。目を動かす余裕がない。


「半竜の姿で止まってる。これ以上は戻らないのか?」

「……分かりません。大河君の意思次第かも」


 リサが頭を撫で続けてくれるから、どうにか僕でいられてる気がする。

 人間の姿にも……、戻らなきゃならないのに、まだそこまで意識が回らない。

 ドタバタと、地面を伝ってたくさんの足音が耳に響いた。

 焦げ臭い。

 森が焼ける臭いが漂ってくる。

 ――僕が、焼いたのか。


「一週間前とは次元が違う。破壊力が増してる。これを、たった一人で……!」

「大河君は無茶し過ぎなんです。この短期間に五本も壊して。相当辛いはずなのに、全部一人で抱え込んだりするから」


 色んな人の声が、頭の上を飛び交っている。

 かなりの数の人間達が森に入った。

 暴れたことで、森に逃げ込んだ僕の位置が特定されたらしい。

 結果的に、良かったのか、悪かったのか。


「水魔法の得意な者は消火に当たれ!!」

「回復班! 怪我した竜達の治療優先して!!」


 頭の上を翼竜が数匹旋回しているのが見える。

 能力者達が地上に降りて、僕がめちゃくちゃにした森の生き物を救おうと動いているようだ。

 どれだけ被害が出たのか、考えたくもない。

 想定していたとはいえ、 やり過ぎた。

 意識は保ってたはずなのに、完全に、おかしくなってた。

 自分で自分が……、コントロール出来てない。

 身体中に、べったり血がこびり付いてる。

 口の中が血の味だ。何かを食った感触が残ってる。

 けど……、凄く満たされたような気持ちがあった。


「これ、本当にタイガなのか」


 二つの足音が、僕の直ぐそばで止まった。

 分厚い靴底の男が、僕の前にグンとしゃがみ込んだ。


「一本目を壊したときとは別の生き物みたいだ。前はこんなにゴツゴツしてなかった。角の数も増えてる。何より……、人間に戻れてない」

「これまで七本分の暗黒魔法を浴びてる。……あの頃のタイガとは、全然、違う」


 もう一人が言った。

 誰だ?

 声は覚えてる、けど。


「油断するなよ、ノエル。近付き過ぎると囓られる」

「うっせぇな、グレッグ。所詮タイガだろ?」


 僕は眼球をゆっくり動かして、そいつの方を見る。

 濃い茶のズボン、カーキ色の上着、迷彩色のインナー……。


「ノエ……ル……?」


 荒い息の合間に、僕はぼそりと呟いた。

 ノエルはハッとして地面に腕をつき、僕の顔を覗き込んだ。

 短めの金髪、赤に近い濃いオレンジの瞳。

 療養中じゃ……、なかったのか……?!


「うわぁっ! 何だこいつ。よだれ垂らしてやがる!」


 ノエルはビクッとして立ち上がり、そのまま後退った。

 右腕が、不自然にだらんと垂れている。力が入っていないらしい。僕が……、齧ったからだ。


「ゔぅ……、ゔぐぅ、ふぅ……、ふぅ……」


ヤバい。刺激が強すぎる。

 良い臭いが掠めて、もの凄く美味そうだと感じてしまった。

 ダメだ!!

 また食おうとする気か……ッ!!

 僕は慌てて、手で鼻と口を塞いだ。


「大河君、落ち着こう。良い子だから……!」


 リサが宥めるように、僕の肩を抱く。

 耐えろ、耐えろ僕。

 だらだらと垂れるよだれと、身体中に付いた何かの血が混ざって、地面にボタボタと滴り落ちた。

 頭を地面に擦り付けながら、僕はノエルを睨みつけた。


「はあっ、はあっ、はあっ……、ゔぐぐぐぐぐぐ…………!!」


 食いたくなる衝動を必死に抑える。

 絶対に食うな。

 何度も何度も、同じことを繰り返すな……!!


「やべぇ顔。化け物かよ……!」


 吐き捨てるようなノエルの言葉。

 ……心に、グサッとくる。


「ノエル、召喚魔法、直ぐに出来るようにしておいてくれ。グレッグも、遠慮なく攻撃準備を。大河が暴れたら即座に押さえろ」

「シバは息子にも容赦ないな。まぁ、準備は出来てる。我慢出来なくなったら多少暴れてもいいぜ、タイガ。今度こそちゃんと止めてやる……!」


 何カッコつけてんだ、ノエル。

 あの頃とは全然違うって、聞いてなかったのかよ。

 僕は湧き上がる衝動を必死に抑えた。

 地面に爪を立て、歯を食いしばる。

 身体が熱くなって、また炎が口から出てる。

 羽が広がり、尻尾がいきり立ってくると、益々興奮度が増して、じっとしていられなくなる。


「ぐぐぐぐぐぐぅ……!! ぐぁあぁっ!!」


 クソッ!!

 ダメだ。

 破壊竜にはなりたくないって言ったのに、身体はどんどんあいつに近付いてる。

 体力を消費し過ぎた。

 早く、何か食わないと、気が……、狂いそうだ…………!!


「大河君、大丈夫だよ。私が付いてる!!」


 人間の、美味そうな臭い。

 リサは人間じゃないってのに。

 空腹で身体が誤認してる。

 ちっくしょう! どうやって耐えればいいんだ、こんなの!!


「鎮静剤は追加しますか」


 と、グレッグ。


「前回は、四本打ちました。大河君、副反応で……、かなり大変そうだったけど」

「翼竜用の鎮静剤を四本て。完全に化け物だな。どうなってんだ、こいつ」

「……ノエルもさっき見ただろう? 石柱を壊す度に、身体が悲鳴を上げてるんだ。多分、身体が追い付く前に、どんどん石柱を壊した報いなんだと思う」


 シバはとても残念そうに、大きく息をついた。


「レグルは石柱一本に付き三十日の猶予を与えていたはず。なのに、大河は一週間で五本壊した。本来五ヶ月かけてやることを、たった一週間で。……やり過ぎなんだ。急いでどうなる。暴走して、この有様だ。何一つ、良いことはなかった。もう、一人にはさせられない。森だろうが砂漠だろうが、誰かが一緒にいないと、大河はもっと無茶をする」

「シバは、タイガが急ぐ理由、聞いてないのか」


 ノエルに聞かれて、シバは即座に「いいや」と言った。


「大河は何かを隠してる。それが何なのか、恐らく聞いても教えるつもりはないんだろう。近頃は自分一人で全部決めて、勝手に動く。もっと心を開いて貰いたいが、なかなか難しい」

「ぢん……せぃ、ざ、い……、持ってるの……?」


 僕は重い身体を必死に動かし、ゆっくりと頭を上げて、シバを見た。

 シバの後ろには、屍になった黒い鱗の竜。あれも、僕が……、やった。相当悲惨な殺し方をした。

 思い出すとまた、胸がムカムカしてくる。


「あるなら打ってよ……。早く……」

「分かった。グレッグ、頼む」

「了解しました」


 白い騎士団服のグレッグが僕のそばで屈んだ。

 手際良く、腰の鞄から鎮静剤の太い注射器を取り出す。

 いよいよ針を刺そうかというところで、


「待て」


 ノエルがグレッグの腕を掴んだ。


「ダメだ。鎮静剤は打つな」

「は……、はぁあ?! ノエルてめぇ、何言って!! 早く打てよ!! これ以上、暴れたくないんだって!!」


 頭を上げて、僕はノエルを怒鳴りつけた。

 ノエルは動じない。

 それどころか、グレッグから注射器を奪い、ニヤリと笑った。


「鎮静剤がないと、自我を保てない?」

「ふ……ざけんなよ。僕を……、怒らせるな……! これ以上誰も傷付けたくないから、必死に力を抑えてんだよ。分かんねぇのか!! ノエル!! 鎮静剤、今すぐ寄越せよ!!」

「そうイキるな、タイガ。力を抑えるので精一杯で、立ち上がることも出来ないクセに」

「ノエル、大河を見くびるな。自我を失うと、人間にも竜にも襲いかかる可能性がある。早く鎮静剤を」


 シバが前に出るが、ノエルは注射器を持った左手をグンと突き出して、シバを牽制した。


「今からタイガに全部吐かせる。何を考えてるのか、何をするつもりなのか。鎮静剤は、ちゃんと言えたご褒美にする」

「鎮静剤を取引の材料にするな」

「硬いこと言うなよ、シバ。そんなんだから、こいつは何にも言わないんだ。いいか? こいつはリョウと同じなんだ。誰にも、何にも喋る気がない。脅すくらいじゃないと口を割らないんだよ。――タイガ、言え。お前の目的は何だ。単独行動の、本当の意味は。破壊竜にはならないなんて言いながら、協力してくれる人間達を全部振り切って、一体何をしようとしてる」


 注射器をチラつかせ、ノエルは僕を煽った。

 倒れ込むような姿勢で、僕は胸を掻きむしった。

 爪が刺さって血が滲んだ。

 口から漏れる炎が勢いを増す。


「うるせぇ……。鎮静剤、寄越せよ……。ゥヴッ!!」

「大河君、落ち着いて」

「――邪魔だ、リサ!!!!」


 ブンッと、僕は無意識にリサを押し退けた。


「キャッ!!」


 弾き飛ばされたリサが、遠くに転がった。駆け寄るグレッグの姿が見える。


「その程度の脅しで、僕が全部喋ると思ってんの? はは。人間如きに話す訳ねぇだろ!!」

「人間如きって……。自分はもう、人間じゃないってか?!」


 ノエルは僕を鼻で笑った。


「そうだよ。僕は人間じゃない。白い竜だ!! 僕のこと、何にも分かってないクセに、偉そうなツラしやがって!!!!」


 暴発しそうな心を必死に抑えて、僕はのっそりと立ち上がった。

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「黄昏のレグルノーラ」より少し前の話です。
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