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差別のない国  作者: 薬うり
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episode 2 狼の街

 羊の街を抜け出した二人は、少しの寂しさと期待感と好奇心を胸に走りました。


 丸一日歩き続け、夜になってやっと、二人の前に街の入り口が見えてきました。


 そこには、やはり大きな門があり言葉が掲げられていました。


『運命とは、自らの力で切り開くもの』


 門をくぐると、そこはもう音と光の洪水です。


 鳴り響くクラクションや喧騒、音楽やCM。沢山の外灯やネオンが不夜城の様です。


 様々な姿の人が沢山居て、思い思いに着飾っています。


 あまりの賑やかさにアユムは、クラクラしてしまいました。


 キーユは、目を輝かせてキョロキョロしています。


「あんたら移民かい?だったら、この街の事を教えてやるよ」


 おのぼりさん丸出しの二人に、小汚いホームレス風の男が声をかけてきました。


 キーユは、背中にアユムをかばいながら不敵にも答えました。


「へー、えらい親切ね。いったい何を教えてくれるのかしら?」


 男は、嫌らしい笑みを浮かべながら言います。


「ひひひ、ここは狼の街だ。大人しく金出しな!お嬢さんみたいな可愛子ちゃんは、オジサンが気持いいこと教えてあげるよ」


『ボクッ!』


 小気味の良い炸裂音と共に、キーユの正拳を喰らった男は、道の端まで飛んで行きました。


 キーユは、カツカツと男に近付くと、その腕をとった。


「ひー!ゆ、許して下さいっ、移民は、まず知事に会わきゃいけないんだ。場所は、あそこだ。許して下さい」


 驚きと恐怖のあまり、震えている男の手にキーユは、チャリンチャリンとコインを二枚落としました。


 きょとんとしている男へ、女神のような微笑みと優しい声が降りてきました。


「ありがとう、教えてくれたお礼よ。あんまり悪さしちゃダメよ」


 そう言うとキーユは、アユムの手を引いて行ってしまいました。


 男は、涙を流してキーユをいつまでも見ていました。      

                     


「ようこそ、我が街へ!」  

                                    

 この街を治める知事に迎えられました。


 なんでも、この街では、移民は全て知事と面談して初めて居住を許されるらしいのです。


「この街では、力がすべてだ。力と言っても腕力だけじゃない。才能や賢さ、権力も力だ。努力も立派な力だ。ここでは個人の力量が尊重される。誰にだってがんばれば知事に成れるチャンスがある。チャンスの街なんだ。私のような人外の者とて例外では無い。私は、見ての通りの人狼だ。しかしそれ故に、この力でここまで登り詰めたのだ」   


 そう言うと、狼の顔をした知事は握り拳を二人に自慢げに見せ、軽くウインクしてみせました。


 キーユは、にやりと笑うと同じように握り拳を作りました。


 アユムは、ハラハラしていました。が、心配するようなことは、起きませんでした。


 二人は、住む場所を教えてもらい、その場を後にしました。仕事は、自分の力でみつけろと言われました。


「ふふ、いい街ね。気に入ったわ」


 キーユは、不敵に笑います。アユムは、不安で仕方がないのでした。  

                


 翌日から、二人は、職探しに出かけました。


 しかし、この街で二人ができるような仕事は、なかなか見つかりません。


 数日が過ぎて、だんだんと手持ちのお金が少なくなってきました。


 今日も職探しに奔走していると、いつかのホームレスが声をかけてきました。


「ひひひ、お嬢さん。ひさしぶりだね」


 キーユは、不敵な笑いと握り拳をちらつかせながら答えます。


「あら、この前はありがとう。今度は、何を教えてくれるのかしら?」


 ホームレスは、おどけた仕種をしてキーユを手招きしました。  

               

「お嬢さんは、腕っぷしに自信がありそうだ。その力を活かしてみないか?」



「どういうこと?」

 キーユは、イマイチ理解できて無いようでした。


 ホームレスは、路地裏のゴミ箱を退かすと、そこに隠されていた鋼鉄製の扉を開いて二人を中へ促しました。


 歩きながらホームレスは、長い地下への階段を降りながら説明してくれました。


「お嬢さん、ここはなこの街の一番、この街らしいところだよ。純粋な力と技のぶつかり合い・・闘技場さ」


 その時、丁度、階段を降りきったところの扉をホームレスが開きました。


 歓声と怒号、熱気と絶叫、血と汗が一気に押し寄せてきました。


 大きなフロアの中は、沢山の人が、中央のリングを囲んでいました。


 端の方では、なにやらオッズが書いた大きな黒板が掲げられています。


 アユムは、恐くて逃げ出したくて仕方ありませんでした、ずっとキーユの後ろに隠れています。


 キーユは、というと血が騒いで今にも飛び出して行きたい衝動を必死で抑えていました。


 そのとき、ちょうど一際大きな歓声があがりました。


 リングを見ると、巨漢の男が吹き飛ばされているところでした。


 巨漢の男は、リングの外まで飛んで行き、立ち上がろうとしましたが膝からくだけて運ばれて行きました。    


 ホームレスが再び口を開きます。歓声にかき消されないように必死の大声です。


「お嬢ちゃん!わかるだろっ、ここは賭け試合をするところさ。誰でも腕に自信がある奴は参加できるし、ファイトマネーも、たんまりいただける」


「どうして、そんなことを教えてくれるの?」


「簡単なことさ、俺は、お嬢さんにぶっ飛ばされてあんたの強さを知った。だからさ。お嬢さんは、闘って金を稼ぐ。俺は、お嬢さんに賭けて儲けさせてもらうのさ。お互い金に困っている。そうだろ?」


 ホームレスは、野卑な笑いを浮かべています。


「なるほどね。ただでは、転ばないってことね」


「そういうことだ。どうするね?無理強いは御法度だからしないが?」


「もちろんやるわ!」

 キーユは、拳を打鳴らして答えました。


「そうこなくっちゃ!そしたら俺がエントリーしてきてやるから、呼ばれたらリングにあがんな」


「了解。アユム、ここで大人しくしているのよ?」


 ホームレスは、人混みの中に消えて行きました。

 アユムは、心配で心配で泣きそうになっていました。


 アユムは、意を決してキーユを止めようと決めました


 しかし、キーユの名がアナウンスされるとキーユは、リングへ飛んで行きました。


「心配しないで、軽くひと捻りくしてるわ!」


 彼女の、女神のような笑顔が印象的でした。  

                            


 キーユがリングに上がると、場内から笑い声やら歓声やら野次が上がります。


 未だかつて、このリングにキーユの様な少女が上がることは、ありませんでした。


 続いて、対戦相手がリングに上がりました。


 体格が優にキーユの二倍はあろうかという、大男です。


 ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべています、自分の勝利を確信している様でした。


 オッズの当然のように跳ね上がり、200対1.5というとんでもない差が開きました。


 場内の誰しもが、大男の勝利を確信していました。たった4人を除いて・・・。


 さぁ、試合開始です。


 アナウンサーが金切り声をあげました。


 キーユは、半身で左の拳を軽く前に出し、右の拳を腰にためた構えをとりました。


 ゆったりとした構えですが隙がありません。


 ひゅっ。


 キーユが、鋭く息を吐きました。と、同時に彼女の拳が三つになって、弾丸のように撃ち出されたました。


 突きのあまりの速さに、肘から先が見えません。


 残像となった三つの拳が襲い掛かります。


 ドンッ


 三つの突きに対し、強烈な打撃音が一つ場内に響き渡りました。


 大男は、試合前と同じようにニヤニヤとしています。


 そして、そのまま崩れ落ち動かなくなりました。


 場内は、シーンと水を打ったように静まりかえっています。


 キーユは、悠々とリングを降りていきます。


 残された大男の体には、三ケ所大きな窪みができていました。


 キーユがリングを降り切ると、場内は割れんばかりの大歓声です。


 キーユとアユムの所へ、ホームレスが走ってきました。   

                     

「やったな!お嬢さん!まさか、あそこまで強いとは思わなかったぞ!ほら、あんたの取り分だ」


 そう言ってホームレスは、ファイトマネーとして、信じられないくらいの大金をキーユに渡しました。


「こんなにもらっていいの?」


「ああ、いいとも。俺も十分に稼がせてもらったしな。家が買えちまうよ」


 ホームレスは、すこし興奮していました。


「胴元がぼやいてたよ、賭けに勝ったのは二人だけだとさ!いやー、いい気分だ。ありがとよ」


 キーユ達は、興奮覚めやらぬホームレスと別れ、家路につきました。


 正直、二人ともホッとしていました。


 アユムは、キーユが無事だったことに。


 キーユは、明日からしばらくは、お金に困ることも無くアユムを養えることに。


 しかし、二人とも黙っていましたが、なんとなく気になることがありました。


 あの、ホームレスの他にキーユに賭けたもう一人が。



 キーユの活躍のおかげで平穏な日々が過ぎて行きます。


 キーユは、力が認められ、街の中で有名になり皆に称えられ尊敬されていました。


 反対にアユムは、力もなくキーユに養われていると陰口を叩かれるようになってしまいました。


 ある日の事、街の中で懐かしい声に出会いました。


 小さな人だかりを覗いてみると、一人の青年が路上で歌を歌っていました。


「アパス!!」


 キーユが、思わず叫んでしましました。


 観客の無言の抗議に小さくなってしまいました。


 歌が終わると、アパスが笑顔で近付いてきました。


「ひさしぶり、二人とも」


「心配したんだから・・・」


 キーユがめずらしく泣きそうです。   

                              

 アパスは、優しくキーユの頭を撫でました。


 アパスは、今迄のことを話してくれました。


 羊の街で拘束された後、追放されて狼の街へ辿り着き、今ではストリートミュージシャンとして生活しているのでした。


「そうそう、生活に困って闘技場へ行った時にキーユを見つけてびっくりしたよ。しかも勝っちゃうんだもん。おかげで生活費稼げたけど」


 アパスとキーユは、照れくさそうに微笑みました。


 それからアパスとキーユは、二人で路上に立ちました。  

                      

 二人で歌を歌い始めました。


 二人の想いに満ちた歌は街を包み始めました。


 しだいに観客が多くなり、歌う場所も路上から、ライブハウス、ホールと大きくなっていきました。


 アユムは、少しずつ自分の居場所がこの街に無いことを感じ始めていました。


 キーユは、自分のパートナーを見つけ自分の道を歩き始めていたからです。


 アユムは、街を出て行く決意をキーユへ伝えました。


 キーユは、何も言わず、ただアユムを少し眩しそうに微笑んで送りだしてくれました。


 女神のような笑顔で。


 アユムは、狼の街を後にしました。


 街を出て行く時、門の裏に書かれている言葉に気がつきました。


『狼でない、負け犬は去れ』


 しかし、アユムは、そんなこと気にも止めず歩き始めました。


 自分で選んだ道ですから。


 彼の後ろ姿をアユムとアパスが見送っています。二人で手をつないで。


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