分析部らじお『お悩みプチッとさいころじー☆』
首都近郊にちんまりと構えられた学び舎、丸丸学園。
どこにでもあるようなコンクリート製の校舎では今日も、社会科の教科書や伝記で見た事があるような無いような、そんな名前を持つ若人たちが自由気ままに生活している。
ある者は勉学に励み、ある者は身体能力を競い、芸術活動に打ち込み、恋愛に溺れる。じっと座禅を組む者、誰かを笑わせようとする者、惰眠をむさぼる者。
個性豊かな生徒たちが居れば、必然的に種々雑多な『お悩み』が存在する。
これは、そんな丸丸学園に設立された『精神分析部』に所属する三人の少女たちが織り成す、お悩み解決の記録である。
「はい、それでは今日も分析部ラジオがはじまるよぉ」
打ちっ放しのコンクリート壁で囲われた七畳程の室内。壁際には本棚とソファーが置かれ、部屋の片隅には校内放送用の機材が寄せ固められている。そして中央には数枚の畳とちゃぶ台、その上にマイクが三本立っている。その内の一本に向けて、緩やかな癒しボイスがふんわり漂う。
声の主であるところの彼女、ゆんぐうは周囲にふわふわと小花柄を振りまきながら、薄い桃色のロングヘアを波打たせた。
「いえーい。どんどんぱふぱふー!!」
その右隣で特に意味の無い掛け声を発したのは、精神分析部の部長、ふろっぴぃだ。
明るいセミロングの髪と、血色の良いぷるんぷるんの頬っぺたが特徴的な彼女は、口を”ω”にしながら更に右隣の人物を肘で突っついた。
「ほらー、あどらんもっ」
テンション高めで水を向けられて、『こいつマジウザいわ〜』とはっきり顔面に表記している彼女はあどらん。マットな黒髪が今日も元気に飛び跳ねている。なかなか腰のある癖っ毛をお持ちのようだ。
眉間に日本海溝並みの深い皺を寄せて、口元はまるで富士山のような逆三角形。これは部長のふろっぴぃが鬱陶しいから、ではなく普段からこんな顔だ。本当に嫌がっている時の彼女はこんなものではない。
「オープニングは明るさが大事だよん? ほら、せーのっ!」
「……はいはい。どんどんぱふぱふ」
言った瞬間、ふろっぴぃの頬が嬉しそうに跳ねた。
「ぬふふ。ところで『どんどんぱふぱふ』ってなんかエロいよね〜」
ふろっぴぃが唐突に品のない事を宣った。どろ〜っとした顔でニヤニヤしている。反対にあどらんの眉間は、プエルトリコ海溝並みの深さを刻んだ。
「わざと言わせたな、このエロ河童!」
「むふふ、そうだぜ。『ハメて』やったぜぇ」
「言い方っ!」
富士山な口がキラウエアした。噴火寸前だ。
そんな二人の会話にするっと割って入ったゆんぐうが、小花柄全開で一言。
「『ふろっぴぃ』改め、『えろっぴぃ』だねぇ」
「……」
「……」
静寂が部室内を包み込んだ。
「……さて、今日も皆さんのお悩みをどんどん解決していきますよぉ〜!」
「いやいや、生放送だから。編集点作っても消せないから」
「はうっ!」
「むふふ。焦ってるゆんぐうも可愛いなぁ」
生暖かい視線を頂戴した彼女は、照れ隠しに両手を突き出してぶんぶん振っている。が、校内放送に映像配信の機能はない。無意味だった。
使い物にならなくなった司会進行を置き去りに、あどらんがスマホを取り出す。
「仕方ない、今回は私が準備しよう」
ロック画面でパスコードを入力、途端に現れる複数のアイコンたち。その中で一際目立つ、3つの円が描かれたものを迷わず押した。風と白雲を連想させるBGMと共に、“集合的無意識ちゃん”と書かれた簡素なタイトルが浮かび上がる。
画面をタップしてね、の文字が浮かんだところで彼女はタイトルに触れた。すると風音と共に映像が遷移し、メッセージ投稿画面が表示される。
今この時も次々とお悩みが寄せられ更新されるそれは、ゆんぐうが開発したメッセージ投稿アプリであった。このアプリに届いたお悩みを分析して、勝手に解決したりしなかったりするのが精神分析部の活動だ。
ちなみにその開発者であるところのゆんぐうは、未だにひょこひょこと手を振って慌てている。
「ほら、そろそろ復活してきんしゃい。
じゃないと、すんごい事しちゃうぞぉ〜」
ふろっぴぃが五指をぬるぬると動かした。
冗談なのか本気なのか、変態チックに弛んだ顔面でズンズンとゆんぐうに迫る。
「はうっ! じゅ、純潔だけはご勘弁を!!」
「よかろう。純潔以外は全ていただきます」
「ひゃうう!?!?」
想定外の返答を受けて頭とお腹を手で隠すゆんぐう。そこには一体、どのような「純潔以外」があるというのか。謎である。
「二人とも、遊んでないでそろそろ進行しろ」
冷静なツッコミに「あぅ……」とちょっぴり小花柄を萎れさせながら、それでも彼女はなんとかマイクの前に座り直した。
「そ、それでは今日もアプリ『集合的無意識ちゃん』に寄せられたお悩みを解決していきますよ!」
「学園のホームページで手に入るから、まだの人は是非是非ダウンロードしてねん」
どうにかこうにかテンションを上げて決まり文句を口にするゆんぐう。と、それをニヤニヤ眺めながら追従するふろっぴぃ。
後者の方は、怒られた事など意に介していないようだ。なかなか図太い。
我が道を行くエロ河童に半眼を向けつつ、あどらんもお決まりの台詞を口にする。
「それでは『表層化』スタート!」
あどらんが設定画面から開発者コマンドを入力し、現れたボタンをタップする。
これにより、投稿時に『分析部宛』のタグが選択されたお悩みの中から、ランダムに一つが選出されるのだ。
「さて、読み上げるぞ」
『ペンネーム 恋多き乙女、織田ノブ美
好きな人に告白したらまた振られたんですけどww
マジありえないしwwww
てか、ちょっと振られすぎなんですけど!
友達は高望みし過ぎとかいうけど、そんなの意味わかんないし。
一体どうすればカレシが出来ますか??』
「むふふ~。リビドーちっくなお悩みですなぁ」
「ふむ、まあそうだな」
あどらんの落ち着いたコメントに対して、ふろっぴーは不服そうにぐんにょりとちゃぶ台にもたれ掛かった。
「え~、わたしが色っぽい話する時と反応がちがう~」
「当たり前だ。お前は相談者じゃないだろうが」
素気無く扱われて、余計にぐんにょりするふろっぴー。その様にあどらんの眉間が僅かに硬く、深くなる。
「そもそも相談される側が一方面にばかり偏った言動を取るのは良くないだろう」
「え〜、でもエロは全ての原動力だから仕方ないし、むしろ妥当だと思うな」
「まあまあ二人とも。今は相談者の声に耳を傾ける時間だよぉ」
熱を帯び出した二人を、ゆうぐうがやんわりと窘めた。寄り添うようなその声に、二人は我に帰った。
「うむ、すまん」
「にょろ〜ん」
軽いようで、けれど誠実な反省の声に頷いて。
彼女はこう言った。
「そうだ、そうだんに乗ろう! なんちゃって」
「……」
「……」
「あ、あれ? なんですかこの空気??」
いつも放出している小花柄の代わりにクエスチョンマークを浮かべ、あたりをきょろきょろと見回している。
「……さて、まずは私から意見を述べるぞ」
「よっ! 待ってました〜」
「え、まさか、わたしのダジャレはスルーされちゃうんですか?!」
何に驚いているのか分からないが、とにかく驚愕をあらわにしているゆんぐうを置き去りに、二人はラジオの進行をよどみなく行ってゆく。
「そも、ノブ美さんの相談は彼氏が欲しい、ではない」
「ほうほう、その心は?」
「うぅ……本気でスルーのパターンですぅ」
ちらっ、と二人から目線が飛ぶ。無言の「ちょっと黙ってろ」にしょんぼりとするゆんぐう。
「ノブ美さんは、ただ彼氏が欲しいのではなく、その恋多き心を奪ってくれる魅力的な男性を求めている」
「まあ、高望みし過ぎっていう周りの意見を一蹴してるからねぇ。一理あるかな〜」
「……わたしも同意見ですぅ」
それでもなんとか復帰してきた彼女に頷きかける二人。なんだかんだで、仲良しな三人である。
「恋多き乙女、大いに結構。その妥協せずに高みを求める心は素晴らしい! あとはその向上心に従って努力し、ハイスペック男子を落とせるハイスペックな自分になれば万事解決だな。以上」
「まあ、それもひとつの解決策だよね〜。否定はしないよん」
「そうですね。頑張るのは良いことですぅ」
「その意見に付け加えるなら、上手く行かなくて苦しくなった時は自分がいつからどうして恋多き乙女になったのか、その始まりを思い返してみるのもいいかも〜。実は彼氏を作る以外にも欲の求めを満たす方法があるかもねん」
ちらり。あどらんとふろっぴーの目線が交錯し、軽く火花が散る。
と、放送終了の時間が迫っていることに気付いたゆうぐうが番組を畳み始める。
「……という分析結果でしたが、いかがでしたかノブ美さん。もし声を掛けてくれれば直接の相談にも乗るよぉ。昨日はこんな夢を見たとか、今日はこんなことがあったよぉとか、ただの雑談でも大歓迎!」
「この番組で取り上げてほしいお悩みは、投稿時に『分析部宛て』のタグを設定してねん」
「それでは、」
「「「また明日もお悩み聞かせてねー!」」」
つつがなく放送は終了し、三人は放送機材などの後片付けを行ってゆく。
「今回の悩みは解決策が考えやすいものだったな」
あどらんがマイクを片付けながら、残る二人に水を向ける。
こうして作業をしながら、ちょっとした反省会を行うのが恒例なのだ。
「まあねん。分析するまでもなくリビドーが前面に出てたし」
「……リビドーねえ」
あどらんの懐疑的な呟きに、
「なにか不満でもあるのかにゃ〜?」
ふろっぴーが頬をぷるぷるさせながら噛み付いた。
「そりゃあ、無いと言えば嘘になる。そもそも悩みの原因は100%が人間関係に起因するんだ! なんだよリビドーって」
「にゃにお〜う! 人と人の間にはリビドーがあるんだよっ。だからあどらんの理屈で言っても、悩みの種は100%リビドーなんですぅ〜!」
「むむむ!」
「ぬぬぬ!」
おでこをぐりぐりとぶつけ合いながら、かたやぷるぷるほっぺを波打たせ、かたや眉間にマリアナ海溝を刻む二人の間に、小花柄の空気をまとった天使が舞い降りた。
「まあまあ二人共、ちょっと落ち着いて」
「うるさい下がっていろ。ここは譲れん」
「はぅ。で、でも……」
「わたしもリビドーに関しては譲れないよん。寒いダジャレしか言わないやつは引っ込んでてちょ」
「ひどいっ!?」
精神分析部の三人はその真剣さ故にぶつかり合いながら、それでも、いやだからこそ仲良く、今日もどこかで誰かが抱える悩みの種を、彼女たちは動き出しプチプチと潰している。
「おかしいですぅ……あのダジャレ、絶対に面白いはずなのに」
「「それはない」」
「なんでこんな時だけ息ぴったりなんですかぁ!!」
裏テーマとして、主役三人娘は二頭身キャラのつもりで書いております。
明記せずに伝わるのか、という試みです。
読んでみて『二頭身っぽいな』『全然二頭身じゃない』『そもそもつまらない』などなど、一行でも感想・コメント頂けると無上の喜びです。