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八話 魔女との契約 中編

 誤字を修正致しました。

 ゲオルグを仕えさせるというのは、実の所方便でしかなかった。


 しかし、我が家に来たゲオルグはその方便を生真面目に果たそうとしているようだった。

 そのまま普通に暮らしてくれてもよかったのだが、率先して私の世話をしたいと言い出した。


「どうすればいいのですか?」


 解らない事があると、そう遠慮がちに訊ねる彼に、私はその都度やり方を教えていった。

 最初こそいろいろと失敗もあったが、元々物覚えの良い子だったのだろう。

 すぐにそつなく家事をこなせるようになった。


 同居する事になったゲオルグに、私が初めて贈ったものは自分の部屋だった。

 その次に贈ったのは、彼のための新しい服だ。


 久し振りに王都まで飛んだ私は、パブリチェンコ先生を頼った。

 薬の入ったビンを握り、魔力を流し込んで霊薬を作るという簡単なお手伝いをしてお駄賃を貰った。


 お駄賃とは思えないくらいの額を貰ってしまった。

 どうやら、私が魔力を込めた霊薬はとても品質がよかったらしい。


 役に立てたなら幸いである。


 そのお駄賃で、服を仕立てた。


 小さな執事服である。


 せっかく一生懸命に仕えてくれようとしているのだから、そちらの方が格好つくだろうと思ったのだ。

 服には、一種の保護魔法をかけた。


 アルビノというのは紫外線に弱く、皮膚がんを患うリスクが高い。

 なので、紫外線をある程度シャットするバリア的な物をかけたのだ。


 その服を着て、彼は毎日家事をこなしている。

 小さな子がバタバタと家の中を動いているのはなんだか可愛らしい。


 栄養が行渡るようになったからか、最近の彼は少しずつ肉がついてきた。

 血色も良い。


 こけた頬がふっくらとして、今にも折れそうだった手足は健康的な太さになった。


 そうなって初めてわかったのだが、この子はかなり可愛らしい顔立ちをしていた。

 チープな表現ではあるが天使のようである。


 ここでの生活にも慣れてきて、少なくとも表面上は彼の態度から不安と怯えは消えていた。

 そう思っていたのだが、人の心という物は外から見えない。


 わかっているつもりでも、それは思い込みであるという事が常だ。

 その常に漏れず、私は彼の事を見誤っていた。


 ある夜の事だった。


 ゲオルグが眠り、私は一人でお酒を飲んでいた。

 そんな時に、ゲオルグの叫び声が聞こえた。


 すわ、枕返まくらがしでも出たか!

 それとも加牟波理入道かんばりにゅうどうに排便を応援されたか!


 と思い、彼を探した。

 プライバシー保護のため、この家には結界を張らないようにしているのだ。

 外からの魔法による覗き見もきっちり防止している。


 家の中を探し、私はゲオルグの部屋へ向かった。

 するとゲオルグは、そこにいた。

 ベッドの上で震えている。


 ベッドの上に座り込み、頭からすっぽりと毛布を被って。

 顔を俯け、自分の体を抱き締めるように両手で肩を掴んでいた。


「何かあった?」


 声をかけると、彼はゆっくり顔を上げた。

 私を見つけると、彼の目にじんわりと涙が滲み出てきた。


「どうしたの?」


 私は驚いて、彼の近くへ寄る。


「夢を、見ました。怖い、夢を……」


 ゲオルグが答える。


「何もかもから見放されて、一人ぼっちになるんです。父上からも、魔女様からも……」


 そう言って、ゲオルグはすがる様な目で私を見上げた。


 その表情からは、不安と怯えがうかがえた。

 この家へ来てすぐの頃、よく見せていた彼の姿だ。


 最近はそんな様子もなかったから、もう彼がそんな感情に苛まれる事はないだろう、と私は思っていた。

 それは、その感情の原因が今まで育った環境にあると思っていたからだ。


 でも、それは違ったらしい。


 どうやら、彼に植え付けられた不安と怯えは、その矛先を変えられただけのようだ。

 彼がその感情を見せるのは、誰かに見放される事に対してだったのだろう。


 ゲオルグは、それが恐ろしいのだ。


 前は、父親に捨てられる事に彼は不安と怯えを覚えていた。

 けれど今は、私に捨てられる事を恐れているようだった。


 彼は私を強く求めていた。


 子供に懐かれるのは悪い気分じゃない。

 でも、これは懐かれるというよりも依存じゃないだろうか。

 それは良い事なのだろうか?


 どう思えばいいのか、私にはわからなかった。

 どう接するべきなのかも。


 ゲオルグが、私に向けて手を伸ばす。

 躊躇いがちに、ゆっくりと。


 私はその手を取った。


 どうするのが良いか私にはわからない。

 だから私は、思うまま自分のしたいようにしようと思った。


 すがるなら、すがらせてあげようと思った。


 ゲオルグの頭を撫でる。


「夢は夢だよ」


 横になるよう、ゲオルグを促す。

 大人しく従うゲオルグ。

 それでも、まだ不安そうだった。


「怖いなら、今日は一緒に寝てあげるよ」

「え?」


 そう言うと、私は一緒にベッドの中へ入った。

 顔を合わせるように、横臥おうがする。


「怖い夢で起きてしまっても、私がそばにいれば怖くないでしょう?」

「……はい」


 小さく、ゲオルグが答えた。


 ゲオルグはそれ以来黙り込む。

 けれど、目は開かれていた。

 私の顔を見ている。


 静かな時間、布団が二人の熱で温まっていく。


 温かくなってくると、少しずつ意識がぼやけてきた。

 アルコールも入っているからか、私の方が先に眠ってしまいそうだった。

 そんな時に、ゲオルグが小さな声で私に囁いた。


「ベルベット様……。大好きです……。だから、ずっとおそばにいさせてください……」

「……あなたは私の物だから。ずっと一緒だよ」


 半分眠った頭でそう答えると、私はそのまま眠りに落ちた。




「お断りします」


 私は、ヴィルヘルム陛下に突き放すような固い声色で答えた。


 その言葉を受けたヴィルヘルム陛下は、不機嫌そうに顔を顰める。

 私を睨みつけた。


「なんだと?」

「これでご用件はお済でしょうか? なら、お帰りください」


 訊ねる声に、私はまくし立てる。


「貴様、陛下に逆らおうと言うのか! 無礼であろう!」


 護衛の兵士が吠える。

 剣を抜こうとしたので、魔法で動きを止めた。


「か、体が動かぬ!?」

「大人しくしていてください。他の方々も」


 他の兵士達にも視線を向けて言う。

 剣に手をかけようとしていた兵士達が、剣から手を放す。

 動きを止めた兵士の魔法も解いた。


「自分が何を言っているか、わかっているか?」


 ヴィルヘルム陛下が威圧するような声で訊ねる。


「陛下こそ、前に来た時の事を憶えていますか? 言ったはずですよ。一度捧げたからには、決して返さないと」

「無償で引き渡す事が不服か? なら、酒と引き換えではどうだ? 我が国の黒ビールだ」


 外にある荷車。

 そこに積まれた四つのタルがそうだろう。


 彼らが持ってきたものだ。


 黒ビール。

 おいしいでしょうね。


「論じるまでもない事です。私に、ゲオルグを帰すつもりはありません」


 私が答えると、ヴィルヘルム陛下は目に見えて不機嫌な表情となる。


「この森ごと、貴様を焼き払ってもよいのだぞ?」

「できるんですか?」


 挑発するように私は返した。


「ふん。一介の魔女如きが傲慢にも大きく出たものだな。覚悟する事だ。そして知るが良い、六国最強の軍事国家に逆らった自らの愚かさを」


 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ヴィルヘルム陛下は椅子から立ち上がった。

 家から出ようとする。


 そんな時、家のドアが外から開かれた。

 開いたのは、ゲオルグだった。


 私は思わず顔を歪める。


 できれば、会わせたくなかったのに……。


「おお! お前は、ゲオルグか!」


 先ほどの不機嫌さはどこへやら、弾んだ声でヴィルヘルム陛下はゲオルグを呼ぶ。


「あなたは……」

「お前の父だ。喜べ、迎えに来た。また、国で共に暮らす事ができるぞ」


 ちらりと、ゲオルグは私を見た。


 私は、この皇帝が好きになれない。

 しかし、ゲオルグにとっては自分の父親である。


 何より、ヴィルヘルム陛下はゲオルグを迎えに来た。

 ゲオルグにとっては、国へ帰る事のできるチャンスだ。


 どういう経緯があるのか知れないが、この様子なら再び幽閉される事は無いだろう。

 ゲオルグにとっては、そちらの方が良いのかもしれない。


 私は、何も言わない事にした。

 彼がどうするのか、成り行きを見守る。


 ゲオルグが、ちらりと私を見る。

 それから、ヴィルヘルム陛下を見た。


「御用はお済でしょうか、お客様」

「な、に……?」

「なら、お帰りください」

「ゲオルグ、父に向って――」

「お帰りください」


 ゲオルグは声を荒らげるでもなく、至って落ち着いた様子で言い放つ。

 しかし、その声色には有無を言わせぬ威圧感があった。


「くっ……。帰るぞ」


 ヴィルヘルム陛下は吐き捨てるように言うと、兵士達を供だって家から出て行った。




「よかったの? 別に、帰りたければ帰ってもよかったんだよ」

「帰りたくなければ、帰らなくてもよかったのでしょう?」


 二人きりになってから言うと、ゲオルグはそんな言葉を返した。


「そう」


 ゲオルグがそうしたいなら、それでいいのだろう。


「それにしても、どうして今更迎えに来たのだろう?」


 私は疑問を口にする。


「推測はできます」


 ゲオルグが答えた。


「国には多くの皇位継承者がいますが。その内、現皇帝の実子は兄と私しかいません。皇帝としては、他の親戚に皇位を渡したくないのでしょう」


 どうして、子供が二人しかいない事が、親戚に皇位を渡したくないという話になるんだろう?

 ゲオルグの兄がいるなら、皇位を渡すような事にはならないはずだ。

 ゲオルグを連れ帰ろうとする理由にならない。


 それでも連れ帰ろうとしたという事は……。


「……つまり、現皇太子であるゲオルグのお兄ちゃんが皇位を継げない可能性が出てきたって事?」

「私はそう愚考致します」


 ゲオルグは恭しく頷いた。


「ゲオルグを新たな皇太子として擁立しようという思惑なわけだ」


 なるほどねぇ。

 ゲオルグは次期皇帝になれたかもしれないわけか。


 ……ゲオルグは、あの時にそこまで考えてあの話を蹴ったのだろうか?


「よかったの?」

「私は、ベルベット様の物ですから」

「そう……。ねぇ、ゲオルグ。もしもあの時、私があなたを帰していればすんなりと皇帝になれたかもしれないんだね」


 私は、その可能性を潰してしまったのかもしれない。


「私には、双子の妹がいたそうです」


 唐突に、ゲオルグがそんな事を言った。


「そうなんだ」

「でも、生まれたばかりの頃に間引かれたらしいです」


 重たい話だった。


「無論、それは妹も私と同じ姿をしていたから……。私だけが生かされたのは、皇位継承者のスペアとしてでしょうね。ですが、それも必要ないと思われたのでしょう。だから、あの日私をあなたに引き渡した」


 報酬として、だ。

 確かに、いらないと思ったから置いていったように思えた。


「たとえあの日、あなたが私を国に帰したとしても、私は間引かれたのだと思います。妹と同じように」

「じゃあ……」


 私があの時に取った行動は、正しかったんだ。


 少し、安心した。


 ……安心したら、お酒が飲みたくなった。


「ゲオルグ。シードルをて」

「昼間からの飲酒はお止めください」

「昔のあなたなら、ホイホイと言われた通りに出してくれたのに」

「あの時はまだ、分別もつけられませんでしたので」

「まったく、あの頃の素直で可愛いゲオルグはどこへいったのか」


 あの頃のゲオルグは本当に天使のようだった。

 私の元へ笑顔とお酒を届けてくれるお酒の天使だ。


「本当に、あなたは可愛げがなくなったわね」

「可愛いと、思われたいわけではありませんから」

ヴィル「ゲオルグェ! お前は兄のスペアだ!」

ゲオ 「やめろォ!(そうでもないけど)」

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