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四話 魔女の森の惨劇

 私の名前はルドルフ。

 この国、スターリの王子である。


 その日の私は、自国の王城に周辺諸国の王族を集めて親交を深めるための交流会を主催した。


 今私のいるサロンには、他にシルバニアの兄妹、モリブデンの王子、ハディードの王子などがいる。

 皆、思い思いに用意された料理や酒を楽しみ、または部屋の調度品を眺めたり、音楽団の演奏に耳を傾けたりしていた。


 このように他国の王族との親交を図る事は、六国同盟に連なる王族にとって大切な事である。

 各国の友好をおろそかにしていては、いつ国家間に亀裂が走るかわからないからだ。


 とはいえ、密に友好を重ねる事が常に絆を強固にするとは限らないが……。


 しかし、ここにいる者は皆六国同盟の王子達だ。

 いずれは国の王となる可能性のある者達である。


 同盟の重要性は十分に理解しているはずだ。

 それを崩そうとする事が如何に愚かしい事か十分に解っている。


 あえて和を乱そうとする者はいないだろう。


 あったとしても、誰かが間を取り持ってもくれる。

 そのための集まりでもあった。


 昔はダマスクスのアルフレド王もよくこの集まりに参加していたが、今や彼は王子ではなく王として国を治める立場だ。

 おいそれと他国へ向かう事もできないだろう。

 まぁ、時折出歩く事があるようだが。


 ゴルト帝国の皇子にも招待状は出したが、体調が優れぬという事で今回は辞退した。

 ……とはいえ、ここ数年であの皇子はめっきりと弱っていた。

 長く病を患い、最後に会った時も大層辛そうな様子だった。


 もう長くないのかもしれない。

 そんな噂まで囁かれている。


 そんな事を考えていた時、シルバニアの兄妹がこちらへ近付いてきた。

 レネ王子とリア王女である。


「よろしいですか?」

「どうぞ」


 答えると、私が座っていたソファーの隣に二人は腰掛ける。


「あの方をご紹介いただき、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 レネ王子が礼を言うと、続いてリア王女も礼を言った。


 この感謝は、私ではなく私の姉へ向けられたものだろう。


「私はただ、紹介しただけの事。その感謝は、かの魔女へ向けられるが良いでしょう」


 私はそう答える。

 とはいえ、我が姉であるあの方が感謝を受けるというのは、弟として嬉しい事でもある。


「それは無論の事です。しかし、ルドルフ殿に紹介していただけなければ、妹は今も暗黒の世界をさ迷っていた事でしょう。重ねて、お礼を申し上げます」


 レネ王子は深い感謝の念を表情に表した。


「あなた方のおかげで、妹はこの通り光を取り戻しました。ありがとうございます」


 リア王女は快活な可愛らしい笑みをこちらに向けていた。

 その目は、ぱっちりと大きく見開かれている。


「魔女様に助けてもらって、本当に嬉しいです。ありがとうございました」


 彼女は控えめに小さく頭を下げた。


 私の知るリア王女と、目の前にいる少女の印象はあまりにも違っていた。

 その違いは、ただ目を閉じているか瞑っているかの違いだけに留まらないだろう。


 前に会った時の彼女は、瞳を閉じてずっと兄のそばを離れなかった。

 腕を抱き締め、不安そうにしていたのを憶えている。


 今も兄のそばにいるが、その表情に不安は感じられない。


 あらゆる物に怯えていた少女は、もうどこにもいない。


 どのような手法を用いたかは知らないが、盲目を治すとは流石姉上だ。


 ゴルトの皇子も姉上に診てもらえば治るかもしれないな。

 しかし……。


 病について、ゴルトの皇子にも何度か姉上の事は紹介したのだが……。

 どういうわけか、ゴルト帝がそれを許さなかったそうだ。


「しかし、まさか本当に酒で願いを叶えてくださるとは思いませんでした」


 レネ王子が言う。

 その声には軽い呆れが含まれていた。


 わからないでもない。

 姉上の酒好きは度を越している所がある。


「あの方が何よりも愛している物ですから」

「とはいえ、誰にも治せなかった妹の目を治せる程の医療術。その代償としてはあまりにも安価過ぎる気がします」

「そうお思いでしたら、またお酒を持っていってあげてください。それが何よりも嬉しい事でしょうからね」

「そうします」


 その言葉に目を輝かせたのは、リア王女だった。


「また遊びに行けるの?」

「遊びに行くわけではないよ……。それから、言葉遣い」


 リア王女は「あっ」と声を上げた。


 ここは各国の王族が集う場所だ。

 そんな場所では物言いにも気をつけなければならない。

 相手国への礼儀を示さなければならないからだ。

 それに、何が原因で不仲になるかわからない。

 国を背負うかもしれない立場の者として、後の遺恨となるかもしれない物は徹底的に排除しておく必要があった。


 ただ、リア王女の年齢にはその堅苦しさも苦痛だろう。


「構わないよ。砕けた口調の方が、親しみやすいからね」


 リア王女はパッと表情を和らげた。


「ご配慮、ありがとうございます」


 レネ王子は礼を言う。


「何なら、レネ王子も」

「いえ、そうすると私はむしろ落ち着けないので」


 レネ王子は真面目な方だ。

 そんな王子がリア王女へ顔を向ける。


「遊びに行くのではなく、お礼に行くという事です」

「でも、またあそこに行けるんだよね?」


 リア王女の言葉には期待があった。

 どうやら、彼女はあの森の家がお気に入りのようだ。


「リア王女は、ずいぶんとあの場所が気に入ったようだ」

「うん。魔女様は優しいし、妖怪の話も面白いから」

「ふふ」


 王女の話に私は思わず笑いを漏らしてしまう。


「妖怪もまた、あの方の愛する物だからね」


 懐かしいな。

 私もかつては、よく妖怪の話をしてもらった。


「それに……ゲオルグの出すお茶も美味しい」


 ゲオルグ、か……。

 いつの間にかあの家に住み着き、姉上の世話をしている使用人の少年だ。


 あれはいったい何者なのだろうか。


 ずいぶんと歳若い……。

 というより、幼いと形容すべき少年だが。


 そしてあの容姿……。

 あらゆる色が抜け落ちてしまったかのような異常なまでの白い肌。

 血の色をそのまま映したような紅い瞳。


 どこか不気味さのある少年だ。

 整った顔立ちは作り物めいていて、まるで人間ではないようだ。


 姉上は異界から魔物や神を召喚する事ができるという。

 もしや、魔界からさらってきた悪魔の子供ではないだろうな……。


 姉上ならばやりかねないが……。


 正直、私にはあの少年が不吉な何かに思えてならない。

 弟としては、あまりあんな人間をそばにおいてほしくない所だ。


「興味深い話をしているな」


 不意に、私達の会話に別の声が割り込んだ。

 そちらを向いて声の主を確かめる。


 そこにいたのは、褐色の肌をした青年だ。

 黒髪に、猫のように嗜虐的な目つきが特徴的である。


 彼は、我が国の南東にあるハディードという国の王子だった。

 円を描くように存在する六つの国。

 その中でも、位置的に我が国の最も遠くにある国の王子だ。


 あまり話をした事がないので、どのような方かはよく知らないが。

 名前は確か……。


「カシム殿か」


 名を呼ぶと、カシム王子は笑みを作る。

 その表情には妙な色気があった。


 交流のない彼が私に話しかけた事は意外だった。

 私とシルバニアの兄妹の会話に興味を持ったという話だが。


「興味深い、とは?」

「魔女の話をしていただろう?」

「ええ」

「知恵に富んだ魔女らしいな。誰も知らぬ知識を持ち、あらゆる事を解決するとか。噂では、ダマスクスのアルフレド王も世話になったと噂だ」

「そのようですね」


 私が答えると、カシム王子は笑みを深めた。


「とても興味深い。未知の知識を持つ女。しかも魔女だ。是非、我が国に欲しい人材だ」

「欲しい、ですか?」

「ああ。何なら、俺の後宮ハレムに加えたい所だ。そんな女が一人くらいいてもいいだろう」

「どういう事か?」


 私は強い口調で問い返す。


「ふふ、何を怒られる? ただの自国民、それも魔女ではないか」


 さながら、私の心の中を見透かすような目でカシム王子は問う。


「怒っているように見えますか? かもしれませんな。……大恩ある方ですゆえ。無下に扱われようとするのならば、怒りもしましょう」

「俺は何もおかしな事を言っていないぞ。俺からすれば、そのような優秀な人材を放置しているあんたの方が奇妙に思えるな。大恩があるというのなら、手厚く遇するべきだ。たとえ、その言い分が建前だったとしても」

「建前だと?」

「建前だろう?」


 私は、彼とのやり取りを不愉快に思い始めていた。

 そのためか、口調が荒くなる。


「能力のある物を国家に従事させず、在野に置くなど愚かしい。為政者としては罪悪の謗りを受けて然るべき所業だ。だというのに、国へ招かないのは理由があるのだ。違うか?」


 好き勝手言ってくれるな。

 私だって、姉上が戻ってきてくれるならこれほど嬉しい事はない。

 だが……。


「あの方は、国家の一部となる事を望んでおられない」


 姉上は王家に戻る事を望んでいない。


「それに、今でも十分に国のためとなっておられる」


 姉上がいたからこそ、私はシルバニアの兄妹、そしてダマスクスの国王王妃両陛下と友好を築けている。

 だから、これ以上望むべきではない。


「いや、それでも愚かしい。何のための権力だと思っている? 何のために俺達は権力を持っている? 人より上に立つ人間としては、下の人間のために最大限できる事をするべきだ」


 カシムの言葉は正論だった。

 ただ、その表情には今も笑みに包まれている。

 どこか詭弁めいている。


 その言葉が心から発せられたものではないだろう。

 だから、いい気分がしない。


 彼はなおも続ける。


「望んでいないだと? そのようなわがままに付き合い、国への奉仕を怠るなど怠慢の極みだ。そう思わないか? 俺ならばそのような様は見せない。……スターリが国に招き入れないなら、俺が貰う。構わないだろう?」


 私は不快感に眉根を寄せる事を我慢できなかった。


「あの方があなたの国へ行きたいというのなら、それも良いでしょう。……では、ご教授願いたいものだ。あなたはその権力で、どのようにあの方を取り入れると言うのか?」

「簡単な事ではないか」


 自信たっぷりにカシム王子は続ける。


「魔女が何を望んでいようと関係ない。力尽くで連れて行けばいいだけだ」

「!」

「幸い、帰り道だからな。たかが魔女が一人、護衛に連れてきている五百名の兵士だけでも十分過ぎるだろう。抵抗もできまい」

「我が国で軍事行動を起こすおつもりか!?」


 私はカシム王子へ怒鳴りつけた。


 周囲の王子達がこちらに注目する。


「何を言う。五百の兵士で国を攻めるとでもお思いか? 何より、戦いなど起きないだろうさ。俺は話をしにいくだけだからな。言わば、五百の兵士は交渉の道具だ」

「兵力で威圧するだけだ、と?」


 カシム王子はゆっくりと頷いた。


「それでも、軍事行動と見做みなしたいのならそれもいいさ。その時は開戦する事となろう」


 戦争も辞さないというわけか……。


 六国において、ハディードはゴルト帝国に次ぐ軍事力を誇っている。

 それゆえの自信があるのだろう。

 この王子様には……。


 そして、六国の和平同盟をスターリの責任で壊すわけにはいかない。

 たとえカシム王子が軍事行動を取ったとしても、町村への侵略行動でも働かない限りは父上も見逃す事だろう。


「……いいでしょう。なさりたいようになさればいい」

「言われずとも」


 王子は例の嗜虐的な笑みを私へ向けた。

 私の悔しがる様でも見たいと思ったのかもしれない。


 しかし、私は特に憤りを覚えていなかった。

 王子がそのような行動を起こすなら、心配する必要もない。


 それを見て取ったのか、カシム王子はつまらなさそうに「ふん」と鼻を鳴らした。

 そのまま去って行く。


 この王子は気付いていないのだろうな。

 自分がもっとも愚かな手を選んだ事を。


「よろしいのですか?」


 今まで黙っていたレネ王子が、心配そうな様子で訊ねてきた。


 感情を隠す事は王族としての美徳だ。

 だから、その心配を隠そうと努めているのがわかる。


 それでも隠し切れていない所に、私は好感を持った。


 この方は、姉上を真剣に心配してくださっている。


「このままでは、魔女様が……」


 言葉を続けるレネ王子に、私は微笑みかけた。

 そんな私に、レネ王子は呆気に取られた顔をする。


「折角です、レネ殿。カシム王子の活躍を遠くから見物しようではありませんか。その帰りに、魔女殿にも挨拶していきましょうか」


 私が笑顔で返した言葉に、レネ王子は呆気に取られた顔をした。

 それとは対照的に、リア王女は姉上に会えるという事で表情をパッと明るくした。




 交流会の翌日。

 各国の王子が、自国への帰途へ着く事になった。


 カシム王子もまた、さきほど五百の兵を連れて出立した所である。


 出立した際も、彼は私達がついていくと知っていやな笑みを向けてくれた。


「我々も行きましょうか」

「はい」


 未だに心配そうなレネ王子に声をかけ、私達も馬車に乗って森へと向かった。


 王都から森までは、馬車で二日程かかる位置にある。


 カシム王子の行軍スピードが思いの外速かったので、それについていくと一日半で近隣の村へ辿り着いた。


 少しの休憩の後、森の前へ向かったカシム王子。

 それを追って、私とシルバニアの兄妹も森へと向かった。


「ここでいいでしょう」


 どうやら、カシム王子は部隊を半分に分けるつもりらしい。

 一方を森の前で待機させ、半数は魔女の捜索に使うつもりのようだった。


 兵士達が次々に森の中へ入っていく。


 カシム王子は待機した兵士達、その陣の奥で持ち運びできる小さな椅子に座っていた。


 その様子を一望できる丘の上で、私はレネ王子に告げた。


「よろしいのですか?」

「ここでいいと思います」


 かすかな驚きを込めて聞き返すレネ王子に、私は答えた。


 どうやら、レネ王子は私が姉上を助けに行こうとしていると思っていたようだ。


「さぁ、見物しましょうか」


 私はそう言って、前もって用意していた双眼鏡をシルバニアの兄妹に二人に渡す。


「すごい! 遠くまで見える!」


 リア王女が双眼鏡を覗いてはしゃぐ。

 どうやら気に入ってくれたようだ。


 その様子に、レネ王子も双眼鏡を覗いた。


「これは、不思議だ」

「昔、ある方が作ってくださってね」


 まぁ、姉上なのだが。


「リア王女は大層お気に入りのようだし、一つ進呈しましょう」

「やった!」


 リア王女は大喜びである。


「よろしいのですか?」

「流石に、私の使っている物は渡せませんが。それは私が真似て作った物ですからね」

「ありがとうございます」


 レネ王子は丁寧に頭を下げた。


「それより、そろそろではないでしょうか」


 もう既に、兵士達の姿は森の中へ飲み込まれていた。


「さて、魔女様はどのように対応するか……。当然、兵士が森に入った事を察知しているだろう」

「そうなのですか?」

「あの方の魔力は人の域を超えている。さながら何でもない事のように、宮廷魔術師ですら使えない高度な魔術を容易く操る。あの森には、彼女の結界が張り巡らされ、中で何かあればすぐに察知する」

「私達が訪れた時にも、気付かれていたのかもしれませんね」


 間違いなくそうだろうな。


 私は、双眼鏡を覗いてハディードの兵士を見た。

 というよりも、カシム王子を見る。


 姉上がどう対応するか。


 まぁ、わかり切っている事だ。

 カシム王子は、姉上と気が合うようだ。


 明らかに相手が友好を欠いていた時、姉上の取る行動もまた力尽くなのだから。


 その時だった。


 森の中から、轟音が響いた。

 いつも余裕のカシム王子が、その音に驚いて椅子から飛び上がる容姿が見えた。


 森から離れたこの場所にも響いたのだ。

 森の前ならさらに大きく響いた事だろう。


 カシム王子は、緊迫した様子で森の入り口を見ていた。

 私も森の入り口へ視線を移す。


 森には、何の変化もないようだった。

 しかし、それは嵐の前の静けさのように思えてならない。


 いつしか、私もカシム王子と同じように緊張を覚えていた。


 しばしあって、森の中から兵士達が駆け出してくる様子が見えた。

 兵士の表情は必死そのものだ。

 時折つまずきそうになりながら、転がるようにして兵士達は森から出てきた。


 さながら、その姿は何かから逃げようとしているかのようだ。

 その姿に、森へ入った時の精悍さはない。


「あの兵士達、何をあんなに慌てているのでしょう?」

「恐ろしいものにあったのでしょうね」


 それがどれほどの恐ろしさかは、姉上の怒りの度合いによるな。


 そんな事を冷静に考えていると、森から逃げ出す兵士達が森から近い順に倒れていった。

 よく見れば、倒れる前に何かをぶつけられているらしい。

 倒れ方がおかしかった。


 明らかに吹き飛ばされている。


 そして、森から逃げ出した兵士達は全て倒れて動かなくなった。


 兵士の数は、明らかに入って行った人数よりも少ない。

 恐らく、残りは既に森の中で倒されている事だろう。


「来るぞ」


 私が言うと、レネ王子とリア王子は息を呑んだ。

 双眼鏡で森の方を見る。

 私も同じように双眼鏡を覗いた。


 一度、森全体がざわめいた。

 そして森から、ゆっくりと黒いローブの女性が歩み出してくる。

 悠然と、ひたすらに堂々とした様子で女性は森から歩み出た。


 姉上である。


 その歩む姿には強者の……いや、超越者の風格があった。


 カシム王子が命じたのだろう。

 数名の数十名の歩兵が姉上へ殺到する。


 対して、姉上は黒いフィンガーレスグローブをはめた両手の指を相手へ向けた。

 裾が翻り、姉上の白い指先が次々に発光した。


 すると、姉上の前方にいた兵士達が次々と倒れ伏していく。

 どうやら、発光のたびに何かが姉上の指から発射されているようだ。


 息を吐く暇もない攻撃の前に、兵士達は抗する事もできずに次々と倒れていく。


 そして最後には、誰も恐れて近付こうとしなくなった。


 なんという凄まじい威力だろう。

 知らず、私は手に汗を握っていた。


 私は、あの技に心当たりがある……!


「はっ! あれは指鉄砲!」

「知っているのですか? ルドルフ殿」

「ああ。あれは妖怪族と幽霊族のハーフが使ったとされる技の一つだ」

「よ、妖怪?」


 幼い私に、姉上が話し聞かせてくれた物語に出てくる主人公の技だ。

 その者は人間が成しえぬ、奇怪にして強力な技を使って多くの妖怪を打ち倒した戦士である。


 まさか、姉上がその技を修めているとは思わなかった。


 続いて、ハディードの兵士達は姉上に弓矢を射掛けた。


 すると、姉上の体が青白く発光し、周囲へと無数の光線がほとばしった。


 轟音と共に発生した光線は、迫る弓矢を全て絡め取り燃やし尽くした。


 これは、雷……いや、これは!


「あ、あれは体内電気だ!」

「体内電気? 何ですか、それは!?」

「あれは妖怪族と幽霊族のハーフが使ったとされる技の一つだ」

「あれもですか?」


 流石は姉上だ。


 姉上の魔法に打つ手なしと見たのか、カシムは弓矢を止めさせる。

 弓矢は効かぬと悟ったのだろう。


 が、その攻撃の手を緩めた瞬間、次には姉上が攻勢をかける。


 姉上の目から、赤い光線が迸る。

 兵士達の足元を光線がなぞった。


 それから一拍置き、兵士の足元から爆発が起こる。

 数十名の兵士達が吹き飛ばされて、地面に伏した。


「あれは何ですか!?」

「わからん!」


 あんなの見た事も聞いた事もないが、とにかくすごい魔法だ!


 しかし、なんという凄まじい魔法の数々だ。

 姉上一人の前では、人の力など何の意味もないという事なのか……。

 あれでまだ、切り札を残しているというのだから底知れない。


 なるほど……。

 父上が恐れるわけだ。

 あの力だけを見れば、確かに恐ろしいのかもしれない。


 しかし、父上はあの方が人であり、そして慈しむべき家族である事を忘れている。

 姉上自身は、家族を慈しんでくれているというのに……。


 私達が見守る中、ハディードの兵士達が姉上の多彩な魔法によってバタバタと倒されていく。


 そして……。

 最後にはカシム王子だけが残った。


 姉上は重力を無視するように、ふわりと高く跳躍する。

 カシム王子の目の前に降り立った。


 姉上はカシム王子と言葉を交わしているようだった。

 カシム王子は怯えを表情に貼り付けたまま、腰を抜かして倒れ込んでいた。


 その状態のカシム王子に、姉上は一方的に言葉を投げている。


 しばらくそれが続き、カシム王子は最後に何度も頷いた。

 それを見届けると姉上は満足したらしく、彼に背を向けた。


「行きましょうか」

「あ、はい」


 声をかけると、レネ王子は返事をする。


 私が姉上の方へ歩きだすと、リア王女もついて来る。

 遅れて、レネ王子もついてきた。


「魔女様ー!」


 声を張り上げると、姉上はこちらに気付く。

 カシム王子との距離を詰めた時と同じように、ふわりと跳んで私達の前に着地した。


「これはルドルフ王子。それに、レネ王子とリア王女。ご機嫌麗しゅう」


 恭しく頭を下げる。

 先ほど、魔神の如き攻勢で五百人の兵士を蹴散らした人物と同じだとは思えない。


「今日はどのようなご用件で?」

「遊びに来ただけですよ」

「そうですか。なら、歓迎いたします。ゲオルグにお菓子を焼かせましょう」


 姉上の言葉に、リア王女が「やったぁ!」と歓声を上げた。


「しかし、これはまた派手にやりましたな」

「派手ではありましたが、殺してはおりませんよ」


 あれほどの雷撃や爆発を受けて、それはそれでおかしい気がする。


「非殺傷設定です」


 そんな事ができるのか。

 流石は姉上。


 その後、私達三人は姉上の家で手厚くもてなされた。

 カシ「許してくれ!」

 ベル「じゃあ酒を寄越せ!」


 執筆中、シルバニア家族(英訳)とか書きそうになりました。

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