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三話 魔女の書 後編

 スターリの王子ルドルフは、一人の女性を伴って我が家へ訪れた。

 手入れの行き届いた綺麗な金髪の女性である。

 彼が言うには、その女性はダマスクスの王妃だという事だった。


「ダマスクスの王妃?」

「はい」


 私が問い返すと、女性が答える。


 ダマスクスの王妃。

 という事は、アルフレドくんの奥さんか。


「セシリアと申します」


 彼女は上品に一礼して名乗った。


「ベルベットです」


 私も名乗る。


「で……」


 私はルドルフを見る。


「どのようなご用件でしょうか?」


 ここに来るという事は、何かしらの願いがあっての事だろう。


「彼女には今、悩みがあるそうなのです。それをお聞き願いますでしょうか?」

「それはもちろん。ですが――」

「わかっております」


 そう言って、彼は小さな樽を差し出した。


「ウォッカです」

「おっふ」


 嬉しくて変な声が出る。

 ウォッカはスターリの名物だ。

 アルコール度数が高くて美味しいのだ。


 度の強い酒が好きなのでストレートで飲みたいね。


「あとで、オレンジを採ってまいります」


 とゲオルグが恭しく告げた。


 果汁で割ってカクテルにするつもりだな。


 うちの執事様は、私が強い酒を飲む事をあまりよく思っていない。


 まぁ、カクテルも嫌いではない。

 しかし、美味い酒を飲むためにもこの依頼を完了させなければ。


「いいでしょう。それで、何をお望みなのですか?」


 私はセシリアさんへ訊ねた。

 セシリアさんは、私の問いに答えない。


「?」


 しばしの沈黙の後、口を開く。


「あなたが、あの書の著者なのですね」

「えーと、それは『目指せ! 夢魔にも屈しない超健康体!』の事ですか?」

「はい」


 セシリアさんは深く頷いた。


「王は、あなたの書いたあの本をとても大事にしております」

「そうなんですか」


 今も持っているのか。

 ちょっと嬉しいな。


「王は幼少の頃より聡明な方ではありましたが、自分に自信が持てずに心身共々弱く儚げな印象のある方でした。思えば、その自分の虚弱さが劣等感になっていたのかもしれません」


 確かに、アルフレドくんは見た目も心も繊細な感じだった。


「ですが、あの本を手に入れたあの方は虚弱体質を改善され、今や自信に満ち溢れています。

 古参の家臣を相手にも怯む事無く、持ち前の賢明さにおいて優れた手腕で国を治めております。

 そして驕る事のない謙虚さで民達から愛され、今や賢王けんおうと称されるまでになりました」


 拳王けんおうじゃなくて?


 でも真面目な話、元々頭が良かった所に、肉体的な強さまで得てしまったのだ。

 その上、努力を重ねられる直向ひたむきさまであった。


 まさに欠点のない完璧超人である。


「それら全てはあなたの本のおかげです。王はあなたに感謝し、毎日あの本へ祈りを捧げております」


 崇拝されている!?


「それはようございました」


 本当に良い事かはわからんけど。


 答える私に、セシリアさんはさらに続けた。


「ですがどうやら、苦労して手に入れた物は何よりも貴い物のようで……。王は何よりもご自身の体を愛でるようになりました」


 ん?


「王は私の体にあまり興味を示されないのです。少しでも空いた時間があれば私に会いに来てくださいますが、話をする時はトレーニングをしながらです。私はプッシュアップの際に、王の上へ乗ってお話をする事になっております」


 王妃様、ていの良い負荷扱いじゃん。


「夜の営みにおいても私の胸を触るよりも、御自分の胸を触らせたがる始末。これらもあなたの本のせいです」


 もしかして、この人私へ苦情を言いに来たのかな?


「そうですか。それは申し訳ありません」

「まぁ、それはいいのですが」


 いいんだ……。


「問題は、御自分の体を愛されるあまり事態を見誤る事があるという事なのです」

「どういう事ですか?」

「実は……」


 セシリアさんは、最近あった出来事を語り始めた。

 それが本題のようだ。


 事が起こったのは一週間前の事である。

 王国にある商人が現れた。

 その商人は、どうしても王に紹介したい商品があるという。


 商人は流れ者ではあったが、目通りが叶う事となった。


 そして商人が王、アルフレドくんに見せた商品と言うのが……。


「これぞ、真の力強い者にしか見えない布で作りました服にございます」


 という物であった。

 そして。


「どこにそれがあるというのだ?」

「おや、お見えにならないというのですか? 賢王様は文武に優れた知勇兼備の方と聞きましたが……。そのような方が? まさか、見えないと?」


 というどこかで聞いたような事を言い出したらしい。


 賢王と名高いアルフレドくんは、そのような思惑にはひっかからないだろう。

 そう思われていたのだが。


「そ、それは……いや、冗談だ。しっかりと見えておるぞ」

「おお。では、お解かりになるでしょう? この服の意匠、その素晴しさが」

「ああ。なんと美しい服だ」


 と、あっさりだまされて服をお買い上げになったそうな。


 本当に、どこかで聞いた事のある話である。

 その後、服を見せびらかせるためにパレードしたりするんだろう。


「王は、明らかに騙されています」


 経緯を説明したセシリアさんが断言する。


「そうでしょうね。そうお思いになるなら、王にそう告げればよいのではないですか?」

「はい。それはもう私のみならず、家臣の皆でお諌めしました。ですが……「そなたらは、真の力強き者ではないから見えぬのだ」とお聞き入れにならなかったのです」


 うーん。

 誰の声も届かない状態なのか。


 セシリアさんは目を伏せる。

 表情は乏しいが、どこか憂いを帯びているように見える。


「元々、ご自分の虚弱体質に劣等感を覚えていた方です。今は十分に力強い方ですが、それを否定される事を極端に恐れておいでなのでしょう」


 なるほどなぁ。

 劣等感を衝かれたせいで騙されてしまったのか。


「その後、王は毎日その服を着ております」

「えっ?」


 でもその服、実在しないんですよね?

 非実在性衣服なんですよね?


「はい。常に黒のブーメランパンツのみの姿で精力的に政務へあたっておられます。家臣や使用人達はその姿で城を徘徊する王に気が気ではありません」


 うわお……。


「しかも、王はそれだけに留まらず」

「まだ何かしたんですか?」

「城内だけでは飽き足らず、近日中にパレードを行なって王都中へお披露目を行なうと」


 やっぱりか……。


「魔女様。どうかお知恵をお貸しください。どうにか、王に目を覚ましていただかなければ、王の痴態を国中へ曝す事となってしまいます」


 セシリアさんは、緊迫した声色で願う。


「このままでは、民衆はおろか諸外国にまでこの愚挙が知れ渡ります。賢王の名が愚王へと変わる事は免れないでしょう。だからどうあっても説得して、止めさせたいのです。どうか、お願いします」


 セシリアさんは、深く頭を下げた。


 アルフレドくんの乱心か。


 馬鹿みたいな話とはいえ、とても切迫した状況のようだ。


 とはいえ、アルフレドくんは頭がいいらしいからな。

 私で説得できるだろうか?


 そして、このままパレードを行わせてしまえばどうなるか。

 その光景は容易に想像できる。


 民衆に服を見せびらかすアルフレドくん。

 しかし、実際は裸である。

 そんな姿を見て、民衆は口々に言うのだ。


「見ろ! 王様は裸だ!」

「なんて筋肉だ!」

「何物にも屈しない屈強な体だ!」


 称号が筋王きんおうになるだけじゃない?


 それにしても、賢王と称される彼がいとも容易く騙されるとは……。

 アルフレドくんの劣等感はそれほどに強いものだったのだろうか。


 そして、彼はその劣等感を払拭するためにあえてその服を着続けているのかもしれない。


 自分が真に力強い者であると証明するために……。


 でも実際の所、証明しているのは自らの体の屈強さだけだ。

 他のみんなはその服が見えないため、彼のパンツ一丁姿を見せられているわけだ。


 …………。

 ………………。

 …………あれ?

 これっておかしくない?


 アルフレドくんは、自分以外に服が見えていない事を自覚しているんだよね。

 セシリアさん達が諌めた時にそう答えているからそれは間違いない。


 つまり、アルフレドくんはあえて裸の姿を見せているという事にならないか?


 だったら、服を見せるために服を着ているわけじゃないという事だ。

 なら、何故彼は誰にも見えていない服をあえて着ようとするのか……。


 むしろ、裸を見せたい?


 ああ、そういう事か。

 考えられる理由は一つだ。


「あの、王妃様」

「何ですか?」

「流れの商人から品物を買う事は普段からよくある事なのですか?」

「いいえ、まずありえない事です。ですが、今回は王家御用達の商家よりお墨付きがあったので……。特別に話を聞く事となったのです」


 なんとなく事件の全貌が分ってきたぞ。


「普通、王家の商家がそんな詐欺師を紹介するわけはありませんよね。その商人が変な物を売りつければ、責任を取らされる事があるでしょうから」

「……それは、そうですね」

「もしかして、その流れの商人はアルフレド王が商家に頼んで手配してもらった者だったのではないですか?」


 セシリアさんが眉根を寄せる。


「どういう事でしょう?」

「多分、アルフレド王は自分の体を見せる口実が欲しかったんじゃないでしょうか?」

「え?」


 セシリアさんは驚きの声を上げる。


 たしかに馬鹿馬鹿しい話だが、間違ってはいないはずだ。


「恐らく、今の王が最も誇れる物というのは自分の肉体でしょう。自分の持てる物で、一番誇れる物というのは見せ付けたいものじゃないですか?」

「それは、そうですが……。何の関係が……。まさか!」


 セシリアさんも気付いたようだ。


「それはつまり……王が公然と城内で自分の肉体を見せ付けるために、その商人と一芝居打ったと言いたいのですか?」


 セシリアさんの言葉に、私は頷き返した。


「はい。いくら劣等感があったとしても、賢王と称される方が容易に騙されるとは思えません。それも、妻や家臣に諌められてまで強行するとは考えにくいでしょう。だとすれば、全て承知の上で騙されたとしか思えません」


 そして、一芝居打ってまで何故見えない服を買ったのか……。


「何故そんな事をしたか。彼は服ではなく、方便が欲しかったのです」


 彼は、鍛え上げた自慢の体を多くの人に見せ付けたかった。

 しかし、彼も立場のある身だ。

 おいそれとそのような事はできない。


 場合によっては、乱心したと取られる可能性だってある。

 家臣や民達が不安になるだろう。


 けれど、騙されて見えない服を着ている体裁をとれば、公然と大勢の前で肉体を見せ付ける事ができる。


 騙されたという評判もあまりいい物とは思えないが、彼としては乱心したと思われるよりそちらの方がまだいいと思えたのだろう。


「王は、不自然ではなく肉体を見せ付ける機会が欲しかったのです」


 まぁ、裸で城を練り歩く様は十分に不自然だけど……。


「そうまでして……」


 セシリアさんは溜息交じりの声を漏らす。


「王というのは、それは責務の大きな仕事でしょう。なら、自分勝手な事はできないはずです。自分の体を見せ付けたいという欲求も、抑え込まざるを得なかった。それが我慢できなくなったのではないでしょうか」

「……そうですか。それは、夫なりのわがままだったのかもしれませんね」


 セシリアが呟く。


「王は、とても頼りになる方です。その体は何事にも負けないほどに強靭で……。だから、つい頼ってしまう……。民も、家臣も、そして私も……。その重荷に、疲れてしまったのかもしれません」


 彼女は一人ごちると、目を閉じて俯いた。

 不意に顔を上げて私を見る。


「では、パレードをするというのは?」

「思った以上に気分がよかったんじゃないですか? 筋肉を見せ付けるのが」

「……かもしれませんね」




「王の考えはわかりました。では、どうすればいいでしょう?」


 改めて、セシリアは私に訊ねた。


「そうですねぇ……」


 今回の騒動は、今までアルフレドくんが我慢してきた欲求を開放したために起こった事。

 だとすれば、その事を指摘して説得すれば聞いてくれるような気がする。


 でも、我慢させるのも可哀想だ。

 それに、我慢を重ねればまた同じ事が起こるかもしれない。


 要は、ある程度欲求を発散させる事ができればいいのだが……。

 そんな方法はあるだろうか?


 ガス抜きになるような事があればいいんだけど。


 アルフレドくんは自分の鍛え抜かれた鋼の体を人に見せたい。

 でも安易に見せられないから我慢せざるを得ない。


 ……なら、公然とそれが叶うイベントを用意するというのはどうだろう?


「王妃様。筋肉の品評会を行なってはいかがでしょう」

「……何の品評会ですって?」


 聞き間違いと思ったのだろうか?

 セシリアさんが訊き返す。


 残念。

 聞き間違いじゃないんです。


「筋肉です。王国主催で、誰が一番美しい筋肉を持っているかの品評をさせるんです。これなら、公然と多くの人に筋肉を見せびらかせる事ができます。いっそ、定期的に開催して国の名物にしてしまうのもいいかもしれません」

「そもそも人が集まるでしょうか?」

「案外、自分の体を誇りにしている人間は多いと思います。そういう人は、アルフレド王と同じく誰かに自慢の体を見てもらいたいと思っているはずです。それに、優勝者へ賞金を出せばそれを目当てに参加する人もいるでしょう」


 これならば、アルフレドくんも息抜きができる。

 鬱憤が溜まって今回のような事をする事もなくなるだろう。


「……なるほど。一度、提案してみましょう」

「はい。あ、そうだ」


 私はある事を思いつき、紙とペンを机へ引き寄せた。


 さらさらと文章を書いていく。

 内容は以下の通り。


『美しい肉体を作る時は、脂肪を極端に落とすべし。


 しかしながら筋肉を肥大させるためには栄養が必要なため、過剰な減量は控えるべし。


 これら矛盾した事柄を成すためには、入念な準備が必要となる。


 最初は筋肉の肥大に努め、品評の日に最高の体となるよう調節して減量を開始する。

 この際の調節には細心の注意を払い、筋肉を落とさずに脂肪だけを落とすように努める。


 減量によって筋肉は萎んでしまうが、パンなどの炭水化物を取るとある程度萎んだ筋肉を張らせる事ができる。

 よって、品評当日は炭水化物を取るよう心がける。


 筋肉を魅せる時、肌は暗い色の方が筋肉のカットを引き立てやすい。

 オイルによって体にテカリを出す事も効果的である。

 ポージングを取る事で筋肉の各部位を強調する事ができるため、魅せたい部位を際立たせるポージングを研鑽するべし』


 それらの内容を紙に記してペンを置く。

 セシリアさんに渡した。


「これは……魔女の書?」

「そんな大層な物ではありませんが……」


 さしずめ『目指せ! 夢魔にも屈しない超健康体! ボディビル編』と言った所か。


「アルフレド王はあの本を大事にしてくれているようですし……。何より、肉体に関する内容の物なので興味をそそられると思います。読めば実践したくなるでしょう。説得も容易になるかと」

「ありがとうございます」


 私が数枚の紙を渡すと、セシリアは丁寧にお礼を返してくれた。


「私の案が成功するとは限りませんので、これはお返ししておきます」


 私はウォッカのタルをルドルフへ差し出す。

 惜しいとは思うが、まだ結果がわからない以上受け取れない。


「いえ、これは手付け料です。お受け取りください。成功報酬はまた後ほど」


 ルドルフが答える。


「えー? 本当にいいのですか? 悪いですねぇ。えへへ」


 私は言いながら差し出したタルを抱き締めた。

 くれると言うのなら遠慮なくもらうよ。


「ベルベット様。涎が出ていますよ?」


 ゲオルグが注意を促す。


 おっといけない。

 口元を拭う。


「では、またお伺い致します」


 セシリアさんがそう言い、二人は帰っていった。




 後日。

 ルドルフとセシリアさん、そしてウォッカとウイスキーの樽を担いだアルフレドくんがお礼を持って家へ訪れた。


 セシリアさんが私の考察を話すと、アルフレドくんは素直に商人とのやり取りが仕組まれたものであると認めたという。

 そして、ボディビル大会の案を受け入れたらしい。


 ボディビル大会は無事に行なわれ、アルフレドくんは見事優勝したとの事である。


 大会は大盛り上がりで、来年にはさらに参加者が増えるかもしれないらしい。


 私が記した二つの書だが……。

 魔女の書 天の書・地の書と称され、王家の家宝として代々大事にしていくつもりだとの事だった。


 それらの話を聞き、束の間の談笑を楽しんだ後……。

 帰り際の事。


 ルドルフが私に話しかけてきた。


「あの……」

「何ですか? ルドルフ王子」

「あなたは、いつお戻りになってくださるのですか?」

「戻りませんよ。私は今の生活が気に入っていますから」

「そうですか……。それでも、あなたが帰ってきた時は、必ずあなたの居場所は用意すると約束します。だから……いつか帰って来てください。姉上」

 後に、アルフレド王は己の実体験を書に記した。

 これは「人の書」と呼ばれ、魔女の記した「天の書」「地の書」を加えた三冊を以って「天地人の書」としてダマスクス王家の家宝となっている。

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