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十八話 魔女の悪魔祓い 前編

思いつきで書いたものなので前後編の更新後にまた閉じさせていただきます。

 私は悪魔を見た。

 いや、正確には悪魔の恐ろしさを知った。


 私の名前はシャロン。

 モリブデンの騎士団に所属する一人の騎士。


 モリブデンにある百三十二の騎士団の中でも、最強と名高い蒼獅子騎士団。

 その三番隊において副長の任を務めている。


 私には敬愛する上司がいる。

 隊長のヴィクトリア様である。

 彼女は騎士団一の槍の名手であり、騎士として、そして同じ女性として指針としたい偉大な方だ。


 だがその方は、悪魔の呪いに苦しめられていた。




 私がそれを知ったのは、ある日の訓練での事。

 寒い日の事だった。


 足を組んで椅子に座り、隊員達の訓練風景を監督していたヴィクトリア様。

 その尊顔がびっしょりと汗にまみれている事に私は気付いた。

 汗などかく気温ではないし、ヴィクトリア様はまだ一度も槍を振るわれていない。


 明らかに尋常な様子ではなかった。


「ヴィクトリア様、どうかなさいましたか?」

「……心配をかけたようだが、気にする事はない」


 心配から問いかける私に、しかしヴィクトリア様はそう言って笑いかけるばかりであった。

 何かしら言えぬ事があるのだろうと察して、私はヴィクトリア様の言葉を受け入れた。

 しかし、心中はヴィクトリア様への心配が募るばかりであった。


 それからも度々ヴィクトリア様は苦しげな表情を見せ、それを目にする私は何もできないもどかしさに打ちひしがれる事となる。


 様子のおかしさに何度も声をかけたが、それでもヴィクトリア様は何もおっしゃってくださらない。

 それどころか、差し出がましい私の問いにいつも笑顔で労わりを返してくださった。


 しかし言わずとも、些細な動きをとっただけでもうめき声を上げる様を見れば嫌でも苦しみをひた隠している事がよくわかる。

 もしかしたらそれは、病の類かもしれず……。


 それでも私は、ヴィクトリア様の心遣いにそれ以上踏み入る事はできなかった。


 そんなある日の事だった。


「うわああああああっ!」


 たまたまヴィクトリア様の部屋の前を通りがかった時、ヴィクトリア様の叫び声が聞こえた。


「ヴィクトリア様!」


 私はドアを叩き、名を呼ぶ。


「シャロン!? ダメだ、来てはならない!」


 普段とは違う、切羽詰った声。


「しかし……」


 葛藤があった。

 それでも逡巡を経て、私は今こそ踏み入るべきだと思いドアを開けた。


「失礼します!」


 隊長格の者にのみ与えられる広い部屋。

 開けてすぐに、ヴィクトリア様の姿はなかった。

 その姿を探し、部屋の奥へと入っていく。


「待て! 来てはならない!」


 声が聞こえる。

 その声を元に向かい、彼女を探し当てたのはバスルームだった。


 目に入るのは赤、鮮烈な血の赤。

 床には、おびただしい量の血が広がっていた。

 さながら、ここで戦いがあったかのようである。


 ヴィクトリア様は、血溜まりの中心に下着姿で座り込んでいた。

 その手には、ナイフが握られている。

 もしや自害を図ったのではないか、そう不安になって首と手首を確かめたが傷は見つけられない。

 安心して近寄ろうとする。


「来るな! 来てはならない」


 ヴィクトリア様に止められ、私は血溜まりの手前で止まった。


「これは……いったい……」


 動揺する私に、ヴィクトリア様は目を伏せた。

 そして一言を発するために口を開く。


「悪魔だ……」

「え?」

「私の身には、悪魔が宿っているのだ」


 ヴィクトリア様は、語り出した。


「代々我が家系には悪魔が取り付いている。私の父もまた悪魔の呪いによって蝕まれ、そして命を奪われた」


 ヴィクトリア様の父親は高名な騎士であり、この蒼獅子騎士団に隊長として在籍していた。

 私もその名を偉大な先達として聞き及んでいた。

 原因不明の病に倒れたと聞くが、まさかそれが悪魔の呪いによるものだと言うのだろうか?


「その悪魔の呪いが、私を蝕むようになったのだ」

「そんな……呪いを解く事はできないのですか?」

「……不可能だろう。父もあらゆる手を尽くしたと聞く。私に父ほどの人脈はない。父に取れなかった方法を試す事はできないだろう」


 何もかもを諦めきったかのような憔悴した様子に、私は胸を締め付けられる思いだった。

 それで私は納得した。

 ヴィクトリア様の様子のおかしさは、その呪いに蝕まれていたからなのだ。


 では、ヴィクトリア様もお父上のようにいずれ……。

 そこまで考え、あまりにも残酷な現実に思考を遮る。


 そんなのは嫌だ!

 何か方法はないのだろうか?

 私は必死に考え、ある魔女の噂を思い出した。


 その魔女は、対価を払う事であらゆる願いを叶えるのだという。

 強大な力を持つ魔女であり、それは彼のブロンゾ聖堂会の聖騎士団を返り討ちにするほどであり、そして魔女は悪魔を自在に召喚して操る、と。


「一度だけ……一度だけ、私の心当たりを試していただけませんか?」


 そう、申し出た。

 あくまでも噂。

 しかしそれでも、すがり付くしかなかった。


「きっと、無駄だ。この悪魔を倒す(すべ)はない……」

「一度だけです。お願いします」


 私は懇願する。

 その気持ちを汲み取ってくれたのか、ヴィクトリア様は「わかった」と一言答えてくれた。


「少し疲れた。すまないが、水と食べ物を持ってきてほしい。それと、身を清めるための湯も……」

「わかりました。食べ物は、唐辛子入りのソーセージでいいですか?」


 唐辛子入りのソーセージはヴィクトリア様の好物だ。


「いや、できれば果物がいい」


 だというのに、ヴィクトリア様はそう答えた。

 その答えにも、ヴィクトリア様の消沈が感じ取れ、私は悲しくなった。




 騎士団に休暇の申請を行い、私とヴィクトリア様は国境を越えてスターリへと踏み入った。

 目的の場所はその国の国境近くにあった。


 魔女が何を対価とするのかわからないが、たとえ魂を要求されたとしても私が支払う心積もりである。


 一応、手土産として実家から送られてきた最高級のバーボンを持参したが、こんなものを魔女が欲しがるだろうか?

 冷静に考えれば怪しいが、私の持ち物で一番高価だったのがこれなのだから仕方がない。


 教えられた通りに森で目印の木の実を辿り、私達は魔女の住処へと到着する。

 樹木と一体化したような不思議な家だ。


 すると、その家の前には異様な風貌の人間が立っていた。

 白と黒の執事服を着た、性別のわからない少年。

 執事服こそ着ているが、判断をつけかねるほどにその顔は整い、美しかった。

 白髪と白皙、執事服と相まってモノクロームの色合いを持つ少年は、瞳だけが赤かった。


 その風貌に思わず、私とヴィクトリア様は警戒した。


「わたくし、魔女様の執事を務めさせていただいております。ゲオルグと申します」


 ゲオルグと名乗る少年は、うやうやしくお辞儀する。


「魔女様への願いをお持ちの方かとお見受けしますが?」

「……その通りだ。目通りをお願いする」

「かしこまりました」


 ゲオルグは答えると、家のドアを開けて中へ招いた。


 案内された先では、一人の女性が待っていた。

 こちらに向いて、椅子に座っている。

 その対面となるように椅子が二つ用意されていた。


 知らせもしていないのに、私達が来る事をわかっていたようだ。

 その事実に、恐ろしさを覚える。


 魔女らしき女性は、全身を黒い衣服で固めていた。

 ケープにあしらわれた星型の模様が印象的であり、手にあるフィンガーレスグローブにもそれはあった。


「私はベルベット。森の魔女。ふっふっふ」


 魔女ベルベットは名乗り、不敵に笑った。


「騎士ヴィクトリアだ」


 ヴィクトリア様が名乗り返し、私もそれに倣って名乗る。


「じゃあ、座って」

「では、遠慮なく」


 逡巡していると、ヴィクトリア様が対面の椅子に座った。

 優雅な仕草で緩やかに、そして普段通りに足を組んで。

 ブロンゾ聖堂会すらも一人で退けた魔女を前に、ヴィクトリア様は余裕を示して見せたのである。


「さて、願いがあるようだけれど、対価は用意しているんだろうねぇ? ひっひっひ」


 不気味に笑って対価を要求してくる魔女ベルベット。

 気圧されそうであったが、私もヴィクトリア様の勇敢さを見習わなくてはならない。


 示された椅子に座り、荷物から取り出したバーボンを目の前に突き出した。


「これでどうだ?」


 威圧するように訊ねる。


「あびゃー!」


 何だろう?

 呪詛の類だろうか?


 不安に思ったが、ゲオルグは「大変お喜びでございます」と教えてくれた。

 本当だろうか?


「私の負けです。あなた方の言う事を聞きます」


 何か勝ったようだ。


「それで、願いは何でしょう?」


 さきほどまでと打って変わり、揉み手までして卑屈な態度で接する魔女。


「私に取り付いた悪魔を祓ってもらいに来た」


 ヴィクトリア様が答える。


「だが、これは代々私の家系に取り付いた悪魔だ。恐らく、あなたでも祓えぬだろう」

「悪魔、ですか……。詳しくお訊きしても?」

「それは……」


 ヴィクトリア様は言いよどむ。

 そこで、私が口を開いた。


「このような事があったのです」


 私はヴィクトリア様に代わり、ヴィクトリア様に起こった事を話した。


「血溜まり、というのは悪魔の血ですか? それともヴィクトリア様の体から出たものですか?」


 問いかけられ、そういえばどちらのものか知らない事に気付いた。


「私の血だ」

「どこから出血したんです?」

「……口からだ」


 ヴィクトリア様が答えると、魔女ベルベットは顎に手を当てて何やら思案する。


「なるほど。恐らくそれは悪魔ではありません。妖怪の仕業です」


 口を開いた魔女ベルベットは自信満々に言い切った。


「これは鴛鴦(おしどり)に違いありません」

「鴛鴦?」

「ある猟師が鴛鴦を撃ち殺した所、夢に出て猟師を鳴き責めたそうです。起きた猟師は口から血を吐き、死んでしまったという逸話が残っています。あなたの症状はそれに酷似しています!」


 実に躍動感のある口調で、饒舌に語り上げる。


「鴛鴦など殺した事はないが?」

「それにヴィクトリア様は死んでいません」


 ヴィクトリア様と私は口々に返す。


「お父上は亡くなられているのでしょう? それに代々の事だという。つまり、先代の誰かに鴛鴦を殺してしまった方がいる!」

「そのオシドリのせいだとして、どうすれば良いのですか?」

「逸話によると、その後猟師の妻が僧侶となって鴛鴦を供養したそうです。その供養を怠ったために代々祟るようになったのかもしれません。なので、鴛鴦を供養すれば霊障を退ける事もできるはずです! 間違いありません!」


 そこまで言い切って、むふーと魔女ベルベットは得意げな表情をした。


 な、なるほど……。

 自分では及びのつかない事柄である上、ここまで自信満々に言われるとそんな気がしてくる。


「……ベルベット様。差し出がましい事でございますが、他の可能性も模索した方がよろしいのではないか、とわたくしは愚考致します。はい」

「え、そうですか? 鴛鴦で間違いないと思うんですけどね」


 言いながら、魔女ベルベットはヴィクトリア様をしげしげと眺めた。


「食欲が落ちているとかありませんか?」

「ない。騎士は体が資本だからな」

「そうですか」


 普段の生活について魔女ベルベットは問いただす。

 それが何だと言うのだろうか?

 何かの役に立つとは思えない。


「体を魔法で調べたいので、触ってもいいですか?」


 何? ヴィクトリア様のお体に触るだと?


「……いや、断る。私はあなたを信用しているわけではない」


 少し気色ばんでしまったが、ヴィクトリア様がそれを断った。

 願い事を聞いてもらう立場だとしても、騎士として怪しげな魔女に体を許す事などないのだ。


「騎士団というからには、毎日馬にも乗るのですよね?」

「それはもちろん。ああ、でもヴィクトリア様はここ半年、任務でも教練でも馬に乗っていないはずだ」


 思い返してみればそうだ。

 それに、ここへ来る道のりも馬ではなく馬車だった。

 愛馬に乗って移動する事も十分に可能だったはずなのに……。


 ……ヴィクトリア様は、馬に乗る事を避けている?


「なるほど。そうですか……。どうやら、私の判断は間違いだったようです」

「何かわかったのですか?」


 ゲオルグが問いかける。


「ええ、恐らくこれは悪魔の仕業でしょう」

「ん?」


 ゲオルグはその答えに意外そうな顔をした。

 だが、これは当初から言っていた事である。

 何もおかしな事はない。


「今から、悪魔祓いをします。場合によっては長い時間がかかるかもしれません。なので、ゲオルグとシャロン様は外で待っていてください」

「ヴィクトリア様を置いて外にいろというのですか?」

「はい」


 魔女ベルベットは答え、ヴィクトリア様に向き直る。


「ずいぶんと長く痛みに苦しんでいた事でしょうね。押し込めたとして何度も頭を出す痛みには、それはそれはシリアスな気持ちにもなったはずです。ですが幸いにして、私はその対処法を知っております。血を流さずに対処できますよ」


 その言葉に、ヴィクトリア様は驚いた様子で魔女ベルベットの顔を見上げた。

 魔女ベルベットはその視線に頷きを返した。


「……シャロン。外へ出ていてくれ。私は、魔女様にこの身を託そうと思う」

「ヴィクトリア様……。わかりました」


 納得はできないが、それでもヴィクトリア様の望む事。

 聞き届けないわけにはいかなかった。


「ゲオルグ。悪魔祓いの間、誰も家の中へ入れないように。もちろん、あなたも入ってはなりません」

「かしこまりました」


 うやうやしい仕草でゲオルグは一礼する。


「ヴィクトリア様。悪魔祓いには大変な苦痛を要するかと思います。よろしいですか?」

「構わない。悪魔を祓えるのならば、どれほどの痛みであろうと耐えてみせる」

「では、二人共出てください。くれぐれも、何があったとしても私がいいと言うまで入ってきてはいけませんよ?」


 私とゲオルグに向けて、魔女ベルベットは言い放った。


「はい。行きましょう、シャロン様」

「う、うむ」


 ゲオルグに促されるまま、私は家の外へ出る。

 途端に鍵をかける音がドアから聞こえた。

 家の中を隠すように、窓にも一斉にカーテンがかかった。


 完全に中が伺えない様子となる。


 本当に家と外が完全に遮断され、中にいるヴィクトリア様の事を思うと不安になる。

 その不安を押し殺してしばらくはじっと待っていたが、すぐに中が気になって仕方なくなった。


 ついカーテンの隙間から中を覗けないかとして、ゲオルグに止められる。


「ベルベット様が必要だと断じた事なら、これは本当に必要な事柄です。ヴィクトリア様を想うならば、ここは堪えてくださいませ」

「……わかった」


 そうたしなめられては、聞かぬわけにいかない。


 それから少しして……。


「ア゛ッーーーーー! オ゛ッオ゛ッオ゛オ゛ーーーーーーウ!」


 何か人の物とも思えぬ凄まじい声が家の中から聞こえてきた。

 そもそも、声なのだろうか?


 まさか、悪魔の声か……!

 中でヴィクトリア様が戦っている?


 声は一度途切れ、それからも何度か聞こえてくる。


 これには待つ事を決意した私も、いてもたってもいられなくなった。

 ドアに向かって駆け寄る。

 が、その前にゲオルグが立ち塞がった。


「お待ちください。入ってはなりません」

「どけ! あの声を聞いて黙っていられようか!」


 私が威圧して怒鳴ると、ゲオルグは怯む事もなく肩を竦めた。


「致し方ありません。ベルベット様のご命令ですので」


 そう言うと、ゲオルグは構えを取った。

 明らかに形だけのものではない。

 隙が見出せぬその姿は強者のそれである。


 私は腰に佩いた剣を抜く。


「しばし、お眠りいただきます」


 ゲオルグの赤い目が、一瞬強く光ったように見えた。




「起きたか」


 目が覚めると、私を見詰めるヴィクトリア様と目が合った。


「ヴィクトリア様……。悪魔は!?」


 私は意識を失う前の事を思い出して問いかける。

 私はあの後、家の中へ入ろうとしてゲオルグと戦い……そして敗れたのだ。


 問いに対し、ヴィクトリア様は笑みを返した。


「ああ、魔女様が祓ってくださった。まさか、このように清々しい気分をまた味わえるとは思わなかった」


 本当に、憑き物が落ちたとしか言い様のない穏やかな笑顔だった。


 過程はどうであれ、ヴィクトリア様に憑いた悪魔は去ったようだ。

 なら、他はどうでもいいのかもしれない。


 一安心すると、私は自分が今どこにいるのかに気付いた。

 ゴトゴトと揺れるここは、多分馬車の上だ。

 恐らく、帰途に着く馬車だろう。


 ああ、帰るのだ。

 憂いのなかったあの日々へ。


「もう少し、寝ていてもいいですか?」

「仕方ないな」


 ヴィクトリア様に甘え、優しく返される言葉に安心し、私はまた目を閉じた。

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[一言] あの苦しみはおそらく経験者にしか分からないでしょう
[良い点]  また更新して下さるなんて…! [一言]  遺伝的な病か何かかな…?
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