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十七話 魔女と教皇

 聖騎士団との戦いの後。

 自宅にて。


「まさか、一人で倒してしまうとはな……。未だに信じられん」

「切り札を切ったからね」

「聖印の効かない百体の悪魔か……絶望的だな」


 そう呟くと、キアラは頭をぐしぐしと掻いた。


「見極めたつもりだが、その判断が正しかったのかわからなくなった」

「何で?」

「悪魔は邪悪な存在だ。聖印が効かないとはいえ、その悪魔を百体も使役する者はどうなのか……」

「何体使役しようが、私自身は悪魔じゃないからね」

「……じゃあ、お前は何故、百体も悪魔を使役している? 何か意図があるんじゃないのか?」


 訝しげな表情でキアラは訊ねる。


「そりゃあ……何回も召喚すれば、もしかしたら妖怪が召喚できるかもしれないと思ったから」

「何?」


 だってそうだろう。

 こんなファンタジックな世界だ。

 妖怪が実在してもおかしくない。


 そんな存在を召喚できないかと思い、私は召喚魔法を覚えたのだ。

 でも、千回くらい召喚しても妖怪らしき存在は一切出なかった。


 渋いどころではない。

 多分、この召喚ガチャに妖怪は入っていないのだ。


「くだらない」

「あ゛あん?」


 キアラの言い草に低い声が出た。


「だが、お前らしい。少し安心した」

「そう」

「しかし、これからどうしたものか……?」


 キアラは椅子に腰掛け、背もたれに身を任せた。


「村で暮らすなり、別の国へ移住するなりすればいいと思うけど」


 幸いにしてツテはいくつかある。

 ダマスクスなどどうだろう?


「自分の身を案じているわけではない。また来るぞ、ブロンゾの人間は」


 私の事を案じてくれていたか。


「あれが最大戦力だとしたら、もう何が来ても負けないと思うけどね」


 聖騎士団を破った事で気負いが消え、私は余裕の態度で答えた。


「そんな気もするがな」


 そしてそれから数日後、実際にブロンゾからある人間がやってきた。

 それは私にとって、思いがけない事だった。




「ベルベットォ!」


 今まで見た事がないほどに慌てた様子のキアラが我が家のドアを開けた。


 森に入った時点で彼女達の来訪に気付いていたため、私は平然とそれを迎え入れる。


「おはよう、キアラ」

「おはよう! それより、お前に客だ!」


 そう言って、キアラは背後にいた女性を示した。

 ふわりとした金髪と顔にある柔らかな微笑が、上品な雰囲気を醸し出している。


 そして、その手にはバスケットがあった。

 中からは、コルクで栓をされたボトルの口が見える。

 私はそこに釘付けとなった。


「この方は、ブロンゾ聖堂会の現教皇レジーナ様だ」

「それはそれは……」


 大変な大物である。


「ここまでの案内、ありがとうございます。聖騎士キアラ」

「い、いえ、私はもう聖騎士と呼べるものでなく……」


 キアラは胸に拳をそえる敬礼をして言葉を受けたが、すぐ後ろめたそうに俯きがちで答える。


「いいえ、あなたはまだ聖騎士ですよ」

「え、どういう事でしょうか?」


 本当にどういう事だろうか。

 今回の発端は、キアラが聖騎士に相応しくないという事から始まっているはずだ。


「ブロンゾが邪悪に屈する事はありません。聖騎士であるあなたも、邪悪には屈していない。そうでしょう?」

「はぁ……」


 レジーナの言葉に、キアラは要領を得ない返事をした。

 それ以上何も答えるつもりがないらしく、レジーナは口角を若干上げて黙り込む。


 えーとつまり、全部なかった事にするつもりかな?

 キアラが処分されそうになった事も、私に聖騎士団を壊滅させられた事も。

 強引過ぎる……。


「さて、聖騎士キアラ。私はこれから、ベルベット殿と個人的な話があります。席を外してくれますか?」

「え、は、はい。わかりました」


 キアラは姿勢を正し、敬礼してから外へ出て行った。


「私はどうしましょう。ベルベット様」


 ゲオルグが訊ねてくる。


「ここでの会話は口外を禁止します」

「かしこまりました」


 ゲオルグなら、ちゃんとこの言いつけを守ってくれるだろう。


 念のため、私はキアラの様子を感知魔法で探る。

 彼女は家から少し離れた場所で、ご丁寧に両手で耳まで塞いでいた。


「聞き耳などは立てられていませんよ」

「彼女は誠実な方のようですね。今のブロンゾでは珍しい……」


 自嘲気味に、彼女は言う。


「苦労しているようだね」

「立場には、往々《おうおう》にして責務が付きまとうものですよ」


 そう言うと、レジーナは改めて私を見た。


「それより、お久しぶりですね。ベルベット様」

「そうですね」




 あれはまだ、ゲオルグがいない頃だった。


 一組の男女が、森へ訪れた。

 男性の方は武装しており、女性の方を護衛するように振舞っていた。


 女性はフードを目深に被り、あまりその顔を衆目に晒したくない様子である。

 森の中に入ってまでそうする徹底振りだ。

 余程顔を見られたくないのだろう。


 二人は目印を頼りに、私の家へ迷わず進んでいた。

 誰かの紹介を受けた人物だろう。


 家のドアが叩かれる。


「どうぞ」


 私が答えると、ドアが開かれた。

 女性を庇うように男性が前に立ち、中へ入ってくる。


「生憎と来客用の椅子は一つしかありませんが」


 私は魔法で一脚の椅子を動かし、二人の前へ置く。

 その様子に少し驚きながらも、男性が女性に椅子を勧めた。


「ありがとう」


 女性が椅子に座り、深く息を吐いた。

 男性は視界こそ妨げる事はなかったが、私から女性を守れるような位置に立ち続けた。

 そして女性も、依然としてフードを取る様子がない。


 恋仲というわけじゃなさそうだな……。

 むしろ主従関係のように見える。


 二人の様子を見て私はそう判断した。


「それで、ここへ来たという事は願いがあっての事……ですよね?」


 私が問うと、女性は頷いた。

 そして、願いを口にする。


「はい。私の腹に宿る子供を処分してほしいのです」


 自然と私の眉根が寄った。


「私に頼らずとも、好きになされば良いと思いますが」


 少しばかり、自分の声がとげとげしくなるのを感じながら私は答えた。


「産まれる前の子供は魔女にとって薬の材料になると聞きます。対価として取り上げた子供を――」

「お断り致します」


 まだ産まれていないとはいえ、自分の子供の進退をここまで酷薄に扱う女。

 正直、共感も好感も持てなかった。


 私のにべもない答えに、女性はしばし沈黙してから口を開いた。


「対価が足りませんか?」

「対価としての魅力を感じない。何よりやりたくありません」

「何故?」


 問われる事か? とも思うが、世間一般的な魔女にそういうイメージがあるからかもしれない。

 実際、胎児を対価に堕胎を請け負う魔女はいるらしいから。


 ただ、私は御免被ごめんこうむる。


「意に沿わぬ妊娠というものもこの世にはある。そのような身の上の方にとって、堕胎は救いになるのかもしれない。それが悪いと非難する事はしません。ただ、私にはできない」

「どれだけ求められていたとしても?」

「私は極力命を奪いたくないんですよ。……命を奪った経験がないわけじゃありませんが、気分の良いものじゃないので」


 答えると、彼女は深く息を吐いた。


「……ここしかもう、頼る所がないのです。子供ができた事も、子供を処分する事も、誰にも知られるわけにはいかないので」


 だから、こんな辺鄙な場所まで足を運んだと。


 答える女性の声には、若干の感情の揺れがあった。

 依頼内容は気に入らないが、切羽詰っている事には違いないようだ。


「別の方法でそれを叶えるのならお受けしても良いですよ」

「別の方法?」

「産んでしまいなさい」

「それは……」

「生きていようと死んでいようと、子供の存在が知られなければいいのでしょう?」

「それはそうですが……。膨れる腹を隠す事はできません。務めにも差し支えます」

「じゃあ、誰もそれに気付かなくしますよ。そういう魔法も使えます。産むというのなら、それまで診察も受け付けましょう」


 そう答えるが、まだ決めかねているようだった。

 そんな彼女に加えて言葉を紡ぐ。


「ここ以外に頼る場所がなかったのでしょう? なら、方法を選り好みする余裕などないのではないですか?」

「そうですが……」

「私が信用できなくとも、私があなたに提示できる選択肢はその一つだけ。本当にもう頼る場所が無いのなら、その賭けに張る以外あなたに道は無いでしょう」


 女性は苦悩を顔に刻み、しばし考え込んでいた。

 やがて。


「わかりました」


 と返事をした。


 それから数日、二人は村に滞在した。


 私が提案した、目晦ましの魔法。

 それを付与した魔法道具の完成を待つためだ。


 魔法道具が完成すると、二人はそれを受け取りに家へ来た。


「これです。長期的に効果を発揮せねばならないので、使用者の魔力を使って発動するものにしています」


 魔法道具はブレスレットである。

 飾り気のないシンプルな物だが、腕に接触する裏の部分にはびっしりと魔法陣を刻み込んである。


「使用者の魔力ですか……。なら、大丈夫でしょうね」


 と彼女は呟いた。

 何を懸念しての言葉だろうか?


 私はその疑問を口にする事無く、続ける。


「できるなら、週に一度は経過を診たいと思います。本当はこの村に滞在し続けてくれると安心なのですが……」

「ここ数日の滞在もできれば控えたかったくらいです。それは出来かねます」


 本当に、些細な事まで気をつけているようだ。

 それだけ彼女にとって、子供の存在は危険なのだろう。


「……ですが、そうですね。手は打てるかもしれません」


 しばしの思案を経て、彼女は答えた。




 それから数週間、何度か彼女が来訪して診察を受けていった。

 悪阻つわりが辛いという話だったので、その嫌悪感を消す魔法薬を処方する。


 経過は良好であり、お腹の子はすくすくと育っている。

 三ヶ月経ち、お腹も少し目立ち始めた頃だった。


「うん。母子共に健康です」


 診察を終えて答えると、私の口元は知らず綻んだ。


「そうですか。よかった」


 そんな私に釣られたのか、彼女も表情を緩ませる。


 あの日、子供を処分して欲しいと言った人物とは思えなかった。

 今の彼女は、子供が育っていく事に喜びを覚えているように見える。


「栄養のある物を食べて、無理にならない程度の運動を心がけてください」

「わかりました。それで……お酒はいつ頃から飲んでもいいのでしょうか?」


 あと、彼女はかなりののんべぇである。

 今までの付き合いでそれはよくわかった。

 彼女の気持ちは大変よくわかるが……。


「産まれるまで絶対にダメです」

「そんなー……」


 彼女は心底残念そうに言った。

 今までに見た事のないとても感情的な態度だった。


「では、今日の診察はこれで終わりです」

「あの……」


 彼女に声をかけられ、それに続く言葉を待つ。

 すると、被っていたフードを外して口を開いた。


「私の名前はレジーナです」


 頑なに名乗らなかった彼女の初めての自己紹介だった。

 そんな様子に、彼女の背後で立っていた男性が驚きを見せる。


「そうですか。ではレジーナさん。お大事に」

「はい」


 彼女が立ち上がり、玄関へ向かう。

 しかし男性は一緒に出ず、私の方を向いた。


「私の名はエドアルドだ。あの方があなたを信用しようと決めたのだ。私もそうしよう」


 そして、彼はそう名乗った。




 あれから少しして、村に教会が建ってレジーナさんとエドアルド神父が駐在するようになったのだ。


 エドアルド神父は今も教会にいるが、レジーナさんは子供が生まれるとすぐに村を離れた。


「度々、村へ足を運ぶ事を怪しむ人間がいたので、あの時は教会建設のための下見という事にしたのですよ」

「へぇ」


 懐かしそうに話すレジーナさんに、私は相槌を打つ。


「それで教皇様ですか」


 ブロンゾの関係者だというのはわかっていたが、そんな身分の方だったとは思わなかった。


 あの頃と比べ、雰囲気が変わっている。

 ここに来て終始表情を微笑から変えない所に、一種の老獪さが感じられた。

 そうならざるを得ないような環境で過ごしているのだろう。


「あの頃はまだ、ただの候補者でした。だからこそ、弱みを掴ませるわけにはいかなかった」


 ブロンゾでは子供ができる事が弱みになるらしい。

 教義に関する部分でそうなのかもしれない。


「なるほど」


 私は相槌をついてから、ゲオルグに向く。


「お客人です。ここへお通ししてください」


 その言葉に、レジーナさんの微笑が深まる。

 訝しんでいるのだろう。


「大丈夫ですよ」


 そんな彼女を安心させるように、私は答える。


「いや、だから今はまだ入れるわけには……」

「えー、どうしてー? お客さんがいるなら、それまでヘルガ、良い子で待ってるよ」


 ゲオルグがドアを開けると、そんなやり取りが聞こえてくる。


「ヘルガ様、中へお入りください」


 ゲオルグが言うと、ヘルガちゃんを止めていたキアラは「いいのか?」という顔でこちらを見る。

 大丈夫、と頷いておいた。


 ヘルガちゃんが家に入ってくる。

 彼女は見知らぬ人物がいる事に怖じる事無く、それどころかむしろ興味深そうにレジーナさんを見詰めていた。


 レジーナさんの微笑に固まった表情が、かすかに崩れた。

 少しの驚きが、表情の亀裂からのぞく。


「あ、お客さんだ」

「そうです。お客さんですよ。ヘルガちゃん、今日は何の用事ですか?」

「納屋がとんでもない壊れ方したから直してってお母さんが言ってた」


 本格的に魔女の仕事ではない。


「へぇ納屋が……それは妖怪の仕業かもしれませんね」

「そうなの!?」

「はい。家鳴りかもしれません。本来なら建物を壊せるような力がありませんから、きっとマッチョな家鳴りがやりすぎてしまったんですよ。もしかしたら、ダマスクスから来たのかもしれませんね」


 ほえー、とヘルガちゃんが感心した様子で声を上げる。


「じゃあ、妖怪退治しに来てくれる?」

「ええ。対価はいただきますが」

「はーい」


 ヘルガちゃんは果実酒の入ったビンを、持っていたバスケットから取り出す。

 ゲオルグに渡した。


「取引は成立です。あとで家に伺います」

「ありがとう!」


 お礼を言うと、ヘルガちゃんはレジーナさんを見た。

 レジーナさんはそんな彼女に、にっこりと微笑む。

 そこにもう、動揺や驚きは見られない。


「おばちゃん、ヘルガとどこかで会った事ある?」

「いいえ、ありませんよ。初めまして」

「そうなの?」

「そうなの」


 ヘルガちゃんは首を傾げる。

 私の方へ向いた。


「じゃあ、お客さんがいるからヘルガ帰るね」

「はい。いつでも遊びに来てください」

「うん」


 ヘルガちゃんは返事をして家から出て行った。


 彼女が出て行くと、しばらく家の中に沈黙が満ちる。


「今の子は……元気な子でしたね」


 不意に、レジーナさんはぽつりと呟いた。


「そうですね」

「あの時、私には選ぶ事ができなかった。選ぶための選択肢に、あの子はいなかった。でも今は……」


 そう語るレジーナさんの表情からは、微笑が消えていた。

 憂いにも見える表情を俯ける。


「その選択肢を完全に消さなくてよかった……。今、心からそう思いました。あの子は、私がいだいた愛の証明……。感謝します、ベルベット様。私に、新たな選択をくれて」

「私はわがままを言っただけです」


 次にレジーナさんが顔を上げた時、そこには再び微笑が浮かんでいた。


「そろそろ、ここへ来た用件を済ませましょう」

「そうですね。それで、何の御用ですか?」

「率直に言いましょう。ブロンゾに所属していただけませんか?」


 ん?


「どういう事でしょう?」

「今回の事で、ブロンゾの権威は酷く傷つけられました」


 そりゃあ、魔女特攻を持つ一万の戦力が一人の魔女に負けたというのは外聞がよろしくない。

 邪悪を滅するために存在する聖騎士、ひいてはそれを要するブロンゾの存在価値すら揺るがしかねない事件だ。


 なかった事にするつもりでも、爪痕は深く残っているだろう。

 目撃者も少なくなかった。


 目に見える形で、権威を回復する何かが必要だ。

 暴れた当の本人の恭順は、それに丁度いいだろう。


「だからあなたが改心し、ブロンゾに恭順を示したという形にしたいのです」

「それは構いませんけれど」

「ただ、そうなると教義に沿って、魔女であるあなたは火刑に処されますが」

「それは流石に構います」


 多分、私の説得に当たった教皇様は更なる声望を得るんだろうな。


「私もそんな事はしたくありません。なので、それを丸く治める方法を模索する目的もあって相談に来た次第です」

「そういう事ですか」


 私としては、今後ブロンゾに敵視される事がないならどう思われようと構わない。


「何か良い案はありますか?」

「単純に、魔女という呼び名を変えてしまえばいかがです? 詭弁に近いですが」


 呼び名が変われば、印象も変わるものだ。

 要は、ブロンゾがこれまで邪悪の象徴としてきた『魔女』でなければいい。

 魔女ではない別の存在ならば、取り込んでも反発は少ないだろう。


「単純ですが、悪くないかもしれませんね。こういう前例ができれば、今後は他の魔女を取り込むという事も視野に入るかもしれません。……悪くない」


 思案しつつ、レジーナさんは笑みを深めた。


「……では、ブロンゾに恭順する魔女は、今後賢者とでも名を改めましょうか」

「悪くないと思いますよ」

「さしあたって、あなたの事は森の賢者とでも呼びましょうか」


 ゴリラかな?

 いや、フクロウだっけ?


 某山犬の姫のせいでどっちだったかわからない。


「お好きなように……いや、やっぱり妖怪賢者にしてください」

「わかりました」

「それから、今後この事でキアラに害が無いよう約束してください」

「罰せられるような事はそもそも起こらなかったのですよ?」

「念のためです。破れば、ブロンゾの本拠地に五百体の悪魔を投下しますからね」

「それは恐ろしいですね」


 小さく笑うと、レジーナさんは椅子から立ち上がる。


「では、これで失礼します。これをどうぞ。対価としてお受け取りください」


 そう言ってボトルの入ったバスケットを差し出すレジーナ。

 ゲオルグがそれを受け取ると、彼女は一礼して家を出て行った。


「ボトルの中身は?」

「早速ですか……」


 ゲオルグが苦笑しつつ、中を改める。


「ワインです。……かなり良いものですね」


 それを聞くと、思わず口角がにょーんと上がった。


「それにしても……いえ、私は何も聞かなかったのでしたね」

「ええ。私だけの問題ではないので、それくらいの用心をしていてください」

「かしこまりました」


 恭しく頭を下げる彼に、私は言葉をかける。


「こういう事情から、あの子には護衛がついているのです」


 エドアルド神父の事だ。

 あれ以来、彼はずっと村の教会にいる。


「護衛……まさか、前にアンナさんが言っていた窓からの声は……」


 私は無言で頷いた。


 子供を見ていろ。


 私としては残念だが、片輪車ではない。

 恐らく、エドアルド神父だ。


 賊の暗躍があったため、安否確認のため声をかけたのだろう。

 かなり怪しい行動だが、その後のアンナさんの反応から安否を察してすぐにでも動くためだ。


 もし誘拐されていたら、犯人が手の届く範囲にいる間に動かねば取り返しがつかなくなる。

 初動が大事だ。

 やむを得なかったのだと思われる。


 キアラが家に入ってくる。


「教皇様が帰られたが、もう入って良いよな?」


 おずおずと訊ねてくる。


「大丈夫だよ」

「何の話だったか訊かない方がいいか?」

「いえ。全部不問にして手打ちにしようぜって話だった」

「そうなのか」

「あなたの事も、今後は何も言ってこないはず」

「それは別に構わないんだ。今は、ブロンゾへ帰ろうと思っていないからな」

「そう」


 私はワインの入ったバスケットを手にとって、キアラへ見せる。


「万事丸く収まった事を祝して、乾杯しようか。すごく良いワインが今しがた手に入った事だし」

「そうだな」


 キアラは小さく笑う。


「いえ、せめて夜にしてください」


 と、ゲオルグはバスケットからボトルだけを取り上げた。


「そりゃないよ、ゲオルグ」

「そうだぞ、祝いの時なのだからいいじゃないか」


 二人でゲオルグに抗議する。


「私は知っています。祝宴という建前があった時の魔女様は、タガが外れて際限なく呑まれてしまいます。なので、祝宴は夜からにしてください」


 こうなった私の執事は、頑として飲酒を許してくれなくなるのだ。

 諦めるしかないだろう。


 ……いや、簡単に諦めていいものか?

 今の私は一人じゃない、仲間がいる。


 立ち向かおう。


 そう思ってキアラを見ると、彼女は無言で頷いた。

 通じ合った瞬間である。


 しかし、二人であれやこれやと説得を試みたが、結局ゲオルグは許してくれなかった。




 あれから、本当にブロンゾの人間がちょっかいをかけてくる事はなく、平穏な日々が続いた。


 キアラはたまの訓練以外で鎧を着ける事がほとんどなくなり、修道女としてエドアルドの教会で暮らすようになった。


 そして暇があれば酒を飲みに我が家へ通うのである。

 私が教会に行って、エドアルドを交えた三人で宴会する事もあった。

 とんだなまぐさ坊主達である。


 そもそも、酒を飲むなという教義はないので特に問題ないそうだが。

 般若湯? 何それ? おいしそう。

 という感じだ。


 私の方も、時折訪れる依頼人を相手にして日々を過ごしている。

 私の依頼人に手を出すな! と悪魔の手によって妖怪を調伏する日々だ。


 ……まぁ、実際の所は納屋を修理したり、お薬を渡したり、で解決してしまうのだが。


「あー世に不思議なしぃ……」


 そんな事を言いながら、私はテーブルに突っ伏した。


「退屈しているご様子ですね」

「まぁねぇ」


 依頼人も来ない。

 キアラも来ない。

 暇である。


 はぁ、と一つため息を吐いた時だった。


 森に一人の男が足を踏み入れた。

 多分、村の人間だ。


「お客様だ」

「良いタイミングですね」

「そうだね」


 村人が私の家に訪れる。


「何の御用でしょう?」

「はぁちょっと困りごとでして。実は、どっかのじじいが我が家に居つきまして――」

「爺? まさか、後頭部が妙に長かったりするんじゃありませんか?」

「あー確かにちょっと奇妙な頭の形をしとりますが」


 それを聞いて、私は目を見開いた。


「ぬらりひょんだ!」


 まさかそんな大物が現れるとは……。

 妖怪総大将を相手に、私はどこまでやれるだろうか?


 水木先生。

 京極先生。

 どうか力をお貸しください。


「行きましょう。見事に退治してみせます!」


 そう言って、私は立ち上がる。


「え、いや」


 依頼人が何か言っているが、ぬらりひょんがいるなら早く見に……じゃなく退治しにいかなくちゃならない。


「ゲオルグ。個人的にはコスプレしてついてきてほしいですが、留守をお願いしますね」

「はい。お気をつけて」


 そういうゲオルグの声を背に、私は村へと向かった。

 あとがき

 ベル「出荷よー」

 ヘル「そんなー」

 レジ「そんなー」


 蛇足。

 レジーナがわざわざ魔女の所へ足を運んだのは、討滅対象である魔女が相手ならば何かあっても消してしまえると思ったからです。

 闇医者などに頼れば、密告や賄賂で転がる可能性がありました。

 なので、ブロンゾの手が届かない魔女に頼むのが安全だとレジーナは考えました。

 接触する事そのものが危険なのですが、それ以上の危険を既に抱えていたためそうせざるをえなかったのです。


 これで聖騎士編は完結です。

 今後どうなるかわかりませんが、一応シリーズを閉じておきますね。

 またいずれ、話を思いついた時に会いましょう。

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