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十四話 魔女と工房

 来客があったのは、午後を過ぎて間もない頃だった。

 森の中に入ってきた人物は杖を突いて歩く老人であり、木の実の目印を確認しながら歩く姿から私への客だという事はすぐにわかった。


 私は昼食を手早く済ませ、老人が家へ訪れるのを待った。


 しかし、彼の様子を見ているとどうにも辛そうだった。

 息も絶え絶えで、こまめに座り込んで休んでいる。

 流石にただ待っているのは気の毒に思えた。


 多分、害のある人間ではないだろう。


 例外もあるが、基本的に私は自分の信頼できる人間にしかここへの訪れ方は知らせていないのだ。

 見知らぬ人間が来たとすれば、それは自分の信頼した人間からの紹介に他ならない。


 一種の一見様お断りシステムである。


 ゲオルグを向かわせてここまで連れてきてもらおうと思った時、老人の背後から近づく人物に気付いた。


「ご老体。大丈夫でしょうか?」


 キアラである。


「その鎧と盾……聖騎士様ですかな?」


 老人はキアラのいでたちを見ると、そう問い返した。


「ありがとうございます。この歳となれば、体も思うように動かぬもの……。お気になさいますな」

「左様ですか」

「……聖騎士様は、魔女様を退治に?」


 問われて、キアラは即答しなかった。

 間を置いてから、口を開く。


「何故、それを問うのです?」

「私は、魔女様に願いがあって訪れましたゆえ。滅せられると困りますな」

「……致し方ありません。今日は、挑まぬ事としましょう。ご老体、案内致します」


 キアラが答えると、老人は意外そうな表情をキアラに向けた。


 そんなやり取りがあって、キアラは老人を背負って歩き出した。


 それから十分ほどして、キアラと老人は我が家に辿り着いた。

 ノックが響き、私は「どうぞ」と促す。

 二人が家の中へ入ってきた。


「客人だ」


 老人の身なりはよく、そこから生活の裕福さがうかがい知れるようだった。

 近所の村人ではありえない上品ないでたち……。


「お初にお目にかかります。魔女様。私はゲルハルトと申します」


 そして振る舞いだ。

 しかし、こうして近くで顔を見るとやはり顔色が悪い。

 ここへ来るまでに疲弊した、というだけではない気がする。


「初めまして。ベルベットと申します」


 私の対面となる形に魔法で椅子とテーブルを動かし、席へ着くようゲルハルト老に促す。

 用意されていたお茶が、私とゲルハルト老の前へ置かれた。

 その後、部屋の壁に寄りかかっていたキアラにも、ゲオルグは茶を振舞った。


「それで今日はどのような用件でここへ?」

「はい。実は……」


 そこまで口にし、唐突にゲルハルト老の体がかしいだ。

 そのまま立ち直る事もなく、椅子ごと彼は床へ倒れこむ。


「!」


 思わぬ事に私は立ち上がり、キアラが近寄った。

 私もすぐに、ゲルハルト老の体に触れる。


「どうした?」

「今診てる」


 熱中症か……?

 いや、体内の水分量、脳の状態共にその形跡は無い。


 ただ、別の形跡が見つかった。

 血栓がある。

 ゲルハルト老が倒れた症状としては脳梗塞が正しい。


 とりあえず、魔力を使って血栓を細かく砕く。

 また詰まらないように血管を補助した。


 発症から早期の対処ができたから、多分後遺症は残らないだろう。

 とりあえずこれで安心だけど……。


 でもそれだけじゃないな。

 調べてみてわかったけれど、血流そのものがおかしい。

 血流に異常があるなら心臓。


 そう思い、心臓をスキャンする。


 すると案の定、心臓が正常とは言いがたい動きを見せていた。


 心房細動……。


 端的な話だが、人間は電気で動いている。

 動力としての話ではなく、体の制御に電流を用いている。

 その電流の乱れによって、人は簡単に体調を崩す。


 心房細動はその乱れの一つ。

 心臓が乱れ、正確に鼓動を打てなくなる病だ。

 症状としては動悸や息切れ、そして血栓ができやすくなるというものがある。


「どうなんだ?」

「倒れた原因は取り除いたから一安心だよ。ただ、ちょっと根の深い病が残っている」


 さて、どうしたものか……。

 投薬治療はそもそもの薬がないので不可能。


 いや、魔法薬ならあるいは……。

 でも、確実性に欠ける。


 私の作れる魔法薬は、殆どがパブリチェンコ老から教わったもの。

 オリジナルの効能で心房細動を治められるようなものができるか不安だ。

 やっぱり薬は使えない。


 なら手術しかない。

 メイズ手術だ。


 心房細動の原因は電流の乱れによるもの。

 それを根治させる方法として、乱れた電流を切除などの物理的な手段によって遮断するというものがある。

 そうする事で誤った心臓の動きを正常に戻すのだ。


 迷路メイズのように余計な電流を行き止まりへ封じてしまう手術である。


 例によって実行面においても衛生面においても手術は難しい事であるが、幸いに私は魔法を使う事で体を切り開く事無く狙って患部のみを治療する事ができる。


 スキャンによって、電流の乱れもなんとなく感じられる。

 どこを切ればいいかも正確にわかるし、焼き切って出血を抑える事もできる。


 と思っている間に施術完了だ。

 何箇所か焼き切ったが、心臓はちゃんと動いている。

 出血も最小限。


 治癒魔法で焼き切った部分も完全に治しておく。


「ふぅ……」

「終わったのか?」


 安心から息を吐き出すと、キアラが問いかけてくる。


「うん。上手くいった。もう、同じ症状で倒れる事はないと思う」


 答えると、キアラも安心した様子を見せる。


 さて……。


「どうしたものかな……。うちには余分な寝台がないんだけど」


 魔法でちゃちゃっと作ろうか。


「なら、私が村へ連れ帰ろう。教会には余った寝台があるだろう」


 キアラが提案する。


「じゃあ、お願いする」

「ああ」


 キアラはゲルハルト老を負ぶって、村へと帰っていった。




 翌日、キアラに付き添われるようにしてゲルハルト老が我が家へと訪れた。


「魔女様。昨日は醜態を晒し、申し訳ありません」

「病なら致し方ありません」

「それで……ここへ訪れた理由なのですが」


 言い辛そうに、ゲルハルト老は切り出す。


「この病の事だったのです」

「つまり、期せずして私はあなたの願いを叶えたわけですね」

「はい」

「ふむ……。では、もうここに用はなかったのでは?」


 ゲルハルト老は小さく驚きを見せた。


「魔女様は対価を求めると聞きましたが?」

「対価については願いを叶える前に取り決めています。今回は私が勝手にやった事。ならば必要ありませんよ」

「そうですか……。しかし、それでは気がすみません。対価ではなく、謝礼を贈るという形ならば受け取っていただけますか?」

「それなら喜んで」


 ゲルハルト老の申し出に、私はニコリと笑んで応じた。


「魔女様は、何を好まれます?」

「お酒です」


 問われ、私は即答した。




 後日。

 ゲルハルト老が我が家へ再訪した。


「ご機嫌麗しゅう、魔女様」

「これはゲルハルト殿。お久しぶりです。その後、お体の加減はいかがですか?」

「あれ以来、悩まされていた症状もなりを潜め、まるで生まれ変わった気分ですよ」


 よかった。

 経過は良好。

 どうやら、手術は成功したようだ。


「それはよろしゅうございます」

「それで、前に話した謝礼についてですが」


 お酒でも持ってきてくれたんだろうか?

 対価は辞退したが、それでもお酒をもらえる嬉しさは抑えきれるものではない。


 なんだろうなぁ。

 そろそろテキーラとかほしいなぁ。


「実は、近くの土地を買いましてね」


 土地?


「そこをブドウ畑にするつもりなのです」


 ブドウ畑?


「それと同時に工房も造り、そこをワインの酒蔵とするつもりなのです。その一切を魔女様へ差し上げます」


 マジで?


 あまりにも規模の大きな贈り物に、思考が停止する。

 喜び以上に驚きが勝った結果だ。


「え、えぇ? 工房ですか?」

「喜んでいただけますかな?」

「どちらかと言えば……嬉しいですけど……嬉しいんですけど……!」


 対価としても謝礼としても度を越えている。

 しかしながらやろうと思えば、比喩でなく浴びるほど呑む事もできるというのは魅力的に過ぎる。


「ううーああー……やっぱり受け取れません。流石に謝礼としては高価に過ぎます」


 そう、言葉を搾り出す。

 頑張ったよ、私。


「そうですか……残念ですね。では工房の経営は私が致しますので、代わりに好きな時に好きなだけ、ワインをお持ち帰りください」

「それなら、まぁ……いいですね」


 ワイン工房。

 それもいつでもタダでお酒が飲める。


 これはキアラも誘って行かねば。

 彼女も良く飲むからな。


 バー・アンナを在庫切れに追い込んでしまったが、きっと工房ならそんな事にはならないだろう。


 そこまで考えて、高揚した気分がすぐに冷めた。


 ……でも、彼女はもういないんだよね。

 どうしてるかな、キアラ。

 多分、ベルベットの生前は医大生。

 著者の知識が乏しいので、あんまり専門的な事は書けませんが。

 今後話の都合で変わる事もあるので、あくまでも「かもしれない」というふうに思っていてください。

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