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㊉吉田製麺所  作者: あき
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3話

第2章 焼きそば


僕は今51歳だ。17歳と15歳の娘がいる。だから僕、でもないのだが、75歳の父とラーメンの話だから、何故か僕、がしっくりくる。

僕が生まれた1960年代の日本は、高度成長期であった。ラーメンにおいても普及期で、食堂や中華料理屋が乱立し、ラーメンをメニューに置いた。

父の作る麺は売れに売れた。作るそばから売れていき、売れるから作った。ひどい時には朝の3時くらいから夜の9時くらいまで休みなく働いていた。僕の夕食の原風景は、小学校に入る前の風景で、当時、今ある住居部分は無く、仕事が終わる8時過ぎにちゃぶ台を持ち込み、工場で食事をしていた。

父の好きな事は、釣りと酒。工場で食事をしていると、酒を飲んだ父と母はよくケンカをした。二人とも若かったのだろう。父が母を殴ったり、 母が鍋釜をぶつける、なんて夫婦喧嘩はしょっ中だった。子供達はそんな時、居住している二階に上がり下の様子を伺っていた。

母は僕が物心ついてからずっと、風呂に入ると僕のお尻の蒙古斑を指差し、「お前がお腹にいた時、父が蹴ったのだ。」と恐ろしい事を言い続けた。それは、あくまで蒙古斑で、父が蹴ったから出来たものではない事は中学になって知った。。

そんな夫婦喧嘩が毎日のようにあり、父は外に飲みに行く。体力的に余裕があると、岐阜一番の飲み屋街である柳ヶ瀬にも行っていたが、大抵は家の裏にあった飲み屋のキリヤマさんに入り浸っていた。

一度腰を据えて飲み出すと、トコトン飲むまで帰らない父を、明日の仕事にさわるから、と母は僕を迎えに行かせた。キリヤマさんに迎えに行くと、父は上機嫌で、決まって「こいつが家の跡取り息子だ。」と大声で言いふらす。とにかく母の命令なので、父に、帰ろう、と促すが、すんなりとは帰らない。「焼きそば食うか?」「食う!」てな具合。

キリヤマさんのおばさんが作る焼きそばはうまい。本当に家の裏にあり、昼は焼きそば屋をやっていた。僕がずっと大人になって、キリヤマさんの焼きそばの凄さ、に気付いた頃には、とうの昔にキリヤマさんは店を辞めていた。

キリヤマさんの焼きそばの麺は、家が卸していた。乾麺の焼きそば。今でも父が作っているが、ごく限られた店にしか卸していない。家の製麺所の製品のおよそ8割はラーメン。でも、うどん、そば、きしめん、ギョーザ皮、ワンタン皮、ひやむぎ、焼きそばなども作っている。

小学生も高学年になり、色気付いてくると小汚いキリヤマさんには行かなくなり、別の、中高生がたむろするお好み焼屋に行くようになり、高校卒業まで通い続けた。度々近所の人から、そのお好み焼屋に入って行くのを目撃され、「ラーメン屋の息子がお好み焼屋に入り浸っている。」と母にチクられた。今から思えば、全くバカな事をしてしまった。キリヤマさんの焼きそばをもっと食っときゃよかった。

僕は今、サラリーマンをしているが、五年位前、広島支店のみんなでバーベキューをすることになった。僕は、本当は父が現役のうちに、父が作ったラーメンを食べさせたかったが、生麺なので断念し、代わりに焼きそばを作った。父も喜んで麺を提供してくれ、作り方のアドバイスをくれた。当日のバーベキュー場。まずは大釜に湯を沸かす。グツグツと湯が沸いたら、乾麺を投入。家の焼きそばは太いので、きっちり5分間、茹でる。茹で上がったら、ザルに上げ、間髪入れずにサラダ油を回し入れる。これだけでもうまそうだ。茹で上がった麺をバーベキュー用の鉄板に即座に投入し、野菜や肉と共に、ジュージュー、焼きそばを焼く。仕上げは広島名物オタフクソース。

その日は広島支店の人が50人くらい集まったのだが、軟弱な麺の焼きそばを食い慣れた誰もが、硬派極太焼きそばに驚愕し、食った途端、「うまい」「うまい」の連呼であった。

本当にうまかった。何故か?。乾麺であることも一つの要因ではあるが、理由は、焼きそばという他の麺類とは違う特徴にある。ラーメンと比較するとわかりやすい。ラーメンの場合、麺そのものが不味ければ、本当に食えたものではない。だが、焼きそばだと舌を刺激するソース味なので、結構麺の味がごまかせてしまう。

この事は、最近のラーメンについても言える事で、スープが複雑化し、インパクト重視になる中で、麺そのものの味が味わえなくなってきている。

家の製麺所の製品の中で、粉の値段が一番高いのは、日本そば。通常、他の製麺所だと、焼きそばに使う粉は一番安い粉だ。あまり麺自体の味が関係ないからだ。今スーパーに行くと、たまに26円とかで、焼きそばの麺が売っていたりする。多分、信じられないくらい安い粉を使っている。では、家の焼きそばは、どんな粉を使っているか?その前に、そんなにうまい焼きそばなら、大量生産して大々的に売り出せばいい、と思うだろうが、大量に作れないのには理由がある。

前に書いたように、家の商品は、ラーメン中心に多岐にわたっている。乾麺もある。乾麺は屋上にある干し場で干す。乾麺は天日干しで、だからうまい、とも言えるのだが、手間はかかるし、クズも出る。たまに屋上に行くと、落ちたクズをスズメがつついていたりする。乾麺を含め、麺を作る時には、必ずクズは出る。そのクズを捨てる、ということはしない。井戸水にさらし、ふやかす。そうして再生したのが、家の焼きそばだ。

元はラーメンやうどん、ギョーザ、ワンタン、そば等が微妙な配合で混ざり合っている。そもそも粉の質は高い。更に手間暇かけて天日で乾燥させるので抜群の腰を生み出す。太めの麺でソース味にも負けず、噛むと、麺の味がしっかりする。逆にオタフクソースくらいドロッとしたのでないと、ソースの方が負けてしまい、バランスが悪くなってじまう。この家自慢の乾麺焼きそばはかなりクオリティが高い。

しかし、この焼きそばを使って、家でも母が焼きそばを作ったことがあったけど、うまい焼きそばにはならない。家庭では、どうしても水っ気が出てしまい、ベチャついた焼きそばになってしまうからだ。

10年位前、家から乾麺焼きそばを貰ってきて、ホットプレートで作ってみた。我が家のホットプレートは結構300度くらいまでは上げられる優れもの(28000円くらいした)なので、水っ気が飛び、うまい焼きそばができた。子供達も、「うまい!」と言ってくれた。でも、それ以来、家族では食べていない。面倒なのと、実家に帰っても何か焼きそばは貰いにくいからだ。

僕は密かに、ラーメン屋か焼きそば屋をやってみたいと思っている。少なくとも、父の作る焼きそばなら、人にうまい、と言わせる焼きそばを作る自信はある。焼きそば屋も今や日本全国でブームになっているが、負けると思えない。


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