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第7話 I Am Your Grandfather

 メイドさんが服を脱ぐのをやめ、一息ついた後、槙矢は運び込まれていた木製の丸テーブルまで行き、そこで席に着いた。

「さて、俺は魔力とやらの消耗でぶっ倒れた……という解釈でいいかな?」

「はい、マスター」

 ヘイゼルがティーカップにお茶らしきものを注いだ。

「ご自身の能力を把握せずに力を使うからそういうことになるのです」

(うわ、いきなり自業自得みたいな言い方……)

 槙矢は顔を引きつらせる。レオが向かいの席に座り、笑みをこぼした。

「魔力を使えば疲れもします。運動したらお腹がすくように自然なことです」

「うん、そういわれると、すげえ納得」

 カップを口に運ぶ。紅茶――のような感じだった。思ったよりちょっと苦め。

「でも今回は……失礼な言い方ですけどシンヤさん。ちょっとだらしなかったと思います。いつもなら、その程度の魔力消費で倒れるようなことはない」

 レオが言えば、ヘイゼルも頷いた。

「今回の召喚がうまくいかなかったということでしょう。記憶もあやふや、魔力もかなり弱い。悪魔戦争を収めたマスターとはまるで別人です」

「いや、この際だから、はっきり別人でいいんじゃないか?」

 何だよ悪魔戦争って。槙矢は目をそらす。周りは偉大な悪魔というが、東方悪魔なんたらの筆頭として悪魔同士の戦いに介入したなんて記憶はまったくない。

「あなたはシーンヤーです、マスター」

 ヘイゼルの声には咎めるような響きがあった。

「悪魔召喚の儀式で呼ばれたのですから、そうなのです。どこぞの馬の骨とも知れないものが間違って呼び出されることなどありえません」

「……ああ、そう」

 否定しても無駄だろうから、頷いておく。実際、呼び出されてしまったのは事実。関心をもつべきは、元の世界に帰ることだ。槙矢がそう口にすれば。

「それが問題ですよね」

 レオは、うーんと考え込んだ。少年の悩ましげな顔に、何故かちょっとドキドキする。男の子であるけれど、顔がいいせいだろうと思う。

「本来のシンヤさんなら、世界を飛び越えることなんてわけないんですよ。願い事なら大抵のことを叶えられるほどの力を持っているんですからね。自分の世界に帰るなんてわけないはず……でも、それができない」

「あれ? 願い事叶えないと、帰れないんじゃないの?」

「誰がそんなことを?」

「ユリカ」

「ああ、それ嘘ですね。ユリカさんに騙されたんですよ」

 レオはバッサリと言い捨てた。

(あの女ぁ!)

 槙矢はプルプルと拳を固めた。レオは続ける。

「三つの願い事を叶えてあげれば、無条件で帰れるそうですけど……マスターの場合は、ご自身の力で、戻れるはずですが?」

「でも、帰ろうとしたけどできなかった」

 槙矢は肩を落とす。レオは眉をひそめた。

「そうなると、シンヤさんは召喚者の願いを叶えなくてはいけない。でもそれを叶えるだけの魔力が発揮できないかもしれない」

「すると……どうなるわけ?」

「もしユリカさんが、途方もないお願いをしたら……シンヤさんは、それで魔力を使い果たして……最悪、死ぬこともありえます」

 レオは幼い顔に似合わず怖いことを口にした。槙矢の額には冷や汗が浮かぶ。

「……他人の願い事を叶えるのと引き換えに死ぬのは嫌だな」

 それは困る。本気で困る。

「じゃあ、どうすればいいんだ? いま俺は自分で元の世界に帰れない。そうなるとユリカの願いを叶えて戻るしかないってことになるだろ。でもそのために必要な魔力がないと……最悪、俺死んじゃうかもしれない」

「シンヤさんが本来の力を取り戻せば……なんてことはないんですよ」

 レオはお茶を口に運ぶ。

「魔力を蓄えればいいと思います」

「蓄える……」

「ええ。人間から魔力を頂くのです。契約の名の元に、相手の身体の一部とか、エッチなこととか、魂とか――」

 槙矢はレオに薄ら寒いものを覚えた。まるで子どもの姿をした悪魔だ。外見にだまされていると、そのうち手痛い目にあう気がする。言葉もない槙矢にレオは小首をかしげた。

「いままでもしてきたことじゃないですか。人間から魔力を奪ったり、手っ取り早く魂を手に入れたり」

「死神じゃあるまいし、魂なんて」

 人の身体とか魂とか、槙矢は欲しくもない。何故、悪魔がそういうのを欲しがるのか理解できなかった。 

「そもそも、魂なんかもらって……何か意味あるの? 悪魔って、やたら人間の魂欲しがっているみたいだけど」

 そう言ったら、レオとヘイゼルは顔を見合わせた。何かおかしなこと言っただろうか?

「魂とは人の根源です」

 ヘイゼルが事務的に告げた。

「肉と血――肉体という殻に入っている精神的な力そのものといってよいもの。それは輝く宝石にも等しいものであり、他者の魂と手に入れるということは、その力を手に入れることになります」

「……うん?」

「肉体を何十年ものあいだ、動かしつづけることのできるパワーを秘めている、と言い直した方がいいかもしれません。つまりそれ一つで、どのような魔法的結晶にも勝るエネルギーを持っています」

「だから……?」

 何となく凄そうとは思ったが、しっくりこない。

「人の魂を手に入れれば、次元を超えるだけの魔力を獲得できるということです。肉体が死ぬと、魂はどこへ行きますか?」

「本当かどうかは知らないけど、天国とか、地獄?」

「そういうことです。人の魂を手に入れれば、いまのマスターでも自分の世界はおろか、好きな世界に行けるほどの力を得ます」

「つまり、元の世界に帰れるってことか? ……魂に、そんな力が……」

 だから悪魔は魂を欲しがるのか。槙矢は考え込む。

「単純に、魔力の糧にするということもできますが、魂は魅力的なのです。ですから悪魔は、間接的に人を堕落させようとします」

「堕落?」

「名の知れた悪魔は、それはそれは嘘つきであり甘言で人を惑わします。甘い言葉にご注意――人間は欲深い生き物です。金、異性、地位、それらをちらつかされて心を動かさない者などいません。おいしいエサをちらつかせ、叶える代償に魂を獲得する」

「……詐欺師みたいだな」

 槙矢は尋ねた。

「仮に……人間の魂を手に入れたとして、その人間はどうなる?」

「悪魔の奴隷として、永久の労役につくか、あるいは地獄行きが決定です。マスターが元の世界に戻っても、悪魔に魂を売った人間はその世界で主人である悪魔の命令に隷属することになります」

(奴隷って……)

 重いな、と槙矢は思った。

(悪魔の誘惑に囚われた人間の末路は悲惨って話はよくあるけど……)

でも――しかしだ。人の魂を手に入れられれば、とりあえず元の世界に帰ることはできる。このわけのわからない世界にいなくても済むわけだ。だがそのために、魂を手に入れるということは、その人間の人生を奪うということになる。……そんなことが許されるのか?

「ねえ、シンヤさん」

 黙って聞いていたレオが口を開いた。

「女の人とヤるのも魂取るのも、いまさらためらうことないと思いますけど」

「やるって、何だ? つか魂とるとかふつう、ためらうだろう」

「またまたぁ、好きでしょそういうの」

(おおぅ! なんか断定されちまった!)

「いままでどれだけ異性を喰ってきたんですか、このエロエロ悪魔」

 レオは実に楽しそうだった。さすがの槙矢も耳を疑う。

「いや、まだ一人も……」

「はいはい、面白い冗談です」

(聞いてねえし……)

 冗談扱いされるのはいつものことである。レオは、さりげなく言った。

「だいたいですね、一人もヤッてなかったら、ユリカさんはこの世に生まれてないじゃないですか」

「は?」

 何だかさらりと、凄いことを言われたような気がした。槙矢が目を丸くすると、レオはポカンとした顔になった。

「え、まさか、それも覚えてない?」

 赤毛の少年は困ったように視線を彷徨わせ、青髪のメイドは嘆息した。

「やはりそうでしたか。どうにも自分の孫に会ったのに、他人行儀だったのでそうではないかと思っておりました」

「リリナさん相手に敬語だったのはお芝居だと思ってたんですが」

 レオが肩を落とす。

「え、え。え……ちょっと待って!」

 槙矢は慌てた。狼狽した。混乱した。

「なに言ってんの? 孫? 誰が? ええ?」

「……リリナとユリカは、あなたの孫ですよ、マスター」

 気の毒なものを見る目でヘイゼルは告げた。

「ま、孫ぉ? そんな……だって俺――」

 未成年だよ――と言おうとして、ヘイゼルが遮った。

「麻桐ユウヤ。彼はあなたの一人息子になります」

「うそぉおおっ!?」

信じられない。リリナは、麻桐ユウヤの友人としてシーンヤーと接していたと話した。相棒であって、親子とは言ってなかった。それが槙矢だと言われても、わけがわからなかったのに、そこへきて、親子、孫などと言われたら――相手の頭を疑うのは当然だった。

「そんなわけないだろ! だって俺、ここに来たのは初めてで」

「覚えてらっしゃらないだけでしょう。……何回同じやりとりをするおつもりですか」

 ヘイゼルは、きっぱりと言い放った。

(いや、覚えてないとかそういうもんでもないだろ……)

 突拍子もなさ過ぎて、信じられない。だいたい、槙矢はこの世界なんて知らないのだ。本人がそう言っているのだ。他人が「あなたはここにいた」といくら言おうが、本人が知らないのだから、どうしようもないのではないか。

「信じられないね」

 槙矢は席を立つ。真に受けたら馬鹿を見るのは自分だと思った。なにせ、こいつらは魔法人形なんて意味不明な存在だ。アグレスにしろ、自称悪魔のしゃべる犬。そっちの方がナンセンスだろう。

「あー、ユリカのやつに次の願いを聞くことにしようかな」

 深く付き合ったところでどうにかなるものでもない。さっさと願いとやらを叶えて、家に帰ればいい。

 とはいえ、槙矢は魔力や魔法についてはまだ素人。ユリカの願いにどこまで対応できるかわからなかった。だが聞くだけならタダである。もし途方もない願いだったら――それはその時に考えよう。そうでなければやってられなかった。

 願わくば、死なない程度のお願いでありますように。

(……無理か、やっぱ)

 何でも願いが叶うなら、人は底知れぬ欲望を露わにする。

 一生遊んで暮らせるだけの金。

 世界を支配する力。

 言葉にすれば簡単だが、そのために支払うだろう魔力は果たしてどれくらいなのか。そんな欲深い行為を願う人間のために、命を危険にさらすのなら……そいつを魂の奴隷にしても、許されるのではないか?

 槙矢の心はぐらつく。

 欲にまみれた奴のせいで苦痛を受けるなどあっていいのだろうか。

 優先すべきは、自分の命か、それとも相手の魂か。

 槙矢は漠然と思う。自分の命を捨ててまで、果たしたい願いとかあるのだろうか、と。 もしあるなら……自分は命を捨ててでもその願いを叶えてあげようとするだろうか。

 


 ユリカのもとを訪ねる槙矢だったが、彼女は何故か寝込んでいた。果たして彼女の身に何があったのか――次話、明日20時頃、更新予定。

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