第24話 バラック全国大会
全国大会ともなれば、地方大会とは比べ物にならないほどレベルが上がる。
五対五のチーム戦。個々の技量はもちろん、チームワークも試される。地方大会は楽勝ムードだったマドウ高校も、初戦から強豪校とぶつかり激戦を展開した。
「相手は、遠距離特化型チームですね」
客席で観戦していた槙矢は、リリナから説明を受ける。
「近接戦を避けて、魔法球による遠距離砲火と狙撃で、敵チームをすり潰す戦術です」
「こういう場合は、どう対応するんですか?」
「同じ遠距離型チームなら、ショットの正確性と打ち出すスピードが速い方が有利なのですが……それ以外のチームなら、シールド魔法で守りを固めて距離を縮め、近接戦に持ち込むのがベターですね」
地方大会では魔法の技量でケリがついていた雰囲気だった。それが全国ともなれば、戦術も求められるようだ。バラック、深い競技だと、槙矢は唸る。
「それでうちの高校は……」
「ええ、バランス型……あらゆる戦況に対応できる代わりに、ある意味、選手の能力に左右されるチームです」
リリナは顎に手を当てた。
「スピード型のように避けることも、防御型のように硬い守りがあるわけでもなく、近づくまでにかなり消耗を強いられます。さてさて、どうでるやら……」
何だか楽しそうなリリナ。槙矢は戦場に目を向ける。
マドウ高校チームは氷見と三人の部員がシールド魔法を張り、相手チームから降り注ぐ魔法球の爆撃を防いでいた。最後尾にはユリカがいて、彼女はシールドを張っていなかった。仲間たちがユリカ一人を守っていた。
競技場の半分地点にマドウ高校チームが到着したとき、彼女たちはそこで停止した。すると、ユリカが魔法球を魔魂杖に繋げ、仲間たちが盾になっている間にショットを放った。ユリカのショットは、相手チームの中央へ突入するかに見えた。だが相手もシールド魔法で防ごうと移動する。魔法球がシールド魔法に弾かれ――
魔法衝撃波が炸裂した。その凄まじい衝撃は暴風の如く相手チームを巻き込み、木の葉のように吹き飛ばした。
突撃!
氷見の掛け声に合わせ、ユリカを除く全員が態勢を崩した相手チームに殺到した。
勝敗は決した。
ユリカの馬鹿みたいな魔力の一撃と、統制のとれた連係でマドウ高校は初戦を突破したのだ。
「……ほんと、あの子変わらないな。あの力……」
チームメイトたちと勝利を喜んでいる妹の姿に、リリナは小さく微笑んだ。槙矢は首をかしげる。
「変わらない?」
ユリカは魔法封じをかけられていた。本来の力を発揮できるようになったのは、つい最近だ。いったいいつの話をしているのだろう。
「伊達に麻桐ユウヤの娘ではありませんよ、彼女は」
「そういえば、どうしてユリカは魔法封じなんかかけられていたんです?」
純粋な好奇心がなせる技だが、問われたリリナは目を伏せた。
「……家族なら、身内に人殺しなどさせたくないと思うのが当たり前ですよね?」
「人殺し……」
思いがけない言葉にショックを受ける。槙矢の動揺をよそに、リリナは言った。
「あの子は、物心つく頃、初めて触った魔魂杖で人を殺しかけたんですよ。もちろん彼女は覚えてないでしょうけど。……私は覚えてる」
リリナの双眸に冷たいものが走る。
「他ならぬ、殺されかけたのは私ですから」
息が詰まった。言葉もない槙矢に、リリナはいつもの笑みを浮かべる。
「ユリカの力が暴走することを恐れ、父とその友人の魔法使いは、妹の身体に魔法封じをかけた……」
「リリナさん……」
槙矢はうつむく。ユリカの魔法封じを解いたのは、槙矢だ。理由があったとはつい知らず、解いてしまったこと。リリナは好ましくは思っていないだろう。
「シンヤさんが解かれたのですから、私から何もいうことはありませんよ」
リリナの目には、侮蔑や蔑みはなく、むしろ尊敬にも似たものがあった。
「あの魔法封じのおかげで、妹を殺人者にすることもなかった。それに分別のある今のユリカなら問題ありませんよ。むしろ、もっと早く何とかしてあげるべきだったと後悔しているくらいです。……もっとも私の力ではあの封印は解けませんでしたけどね」
さすがにかけた本人は違いますね、とリリナは微笑んだ。
(かけた本人?)
首をかしげる。そういえば、シーンヤーは麻桐ユウヤの友人だという。つまり槙矢本人だ。で、ヘイゼルいわく、そのユウヤは、槙矢の一人息子――
(んー……友人で父親ってどうよ。つか、それが俺だなんて、やっぱ信じられない)
槙矢は視線を会場に戻す。
麻桐ユリカ。父ユウヤは魔力の才に恵まれていたという。その父と比べられ、才能がないと肩身の狭い思いをしていたに違いない娘。
(つらかったろうな、ユリカ)
部においてもチームメイトに迷惑をかけ、また追い出される寸前だった。夢である対魔戦闘士になることも諦めさせられるところだったのだ。
槙矢は、休憩所へ引き上げるユリカたちを言葉もなく見送った。
・ ・ ・
あれだけ体力と魔力を使う競技にも関わらず、一日で優勝まで決めようというのはハード過ぎると槙矢は思った。ただこの世界ではそれが普通らしい。
思えば元の世界でも祖父たちの世代では、肉体の限界を精神でカバーしていたという今では信じられない常識がまかり通っていたという。今のスポーツ学に否定的な見方をされるそれらも、この世界ではそこまで発達していないのだろう。
ともあれ、試合は進み、マドウ高校は順調に勝ちを収めていた。試合を見た限りでは、他校より一歩、実力が上という印象である。決勝進出も見えてきた。
一方、この大会のダークホースとも言うべき勢いで進撃しているのは、マドウ高校と同じ地区から出てきたツジマ学園――依武頭ラナである。
彼女には華があった。銀髪をなびかせ、華麗に戦う姿は観客を虜にした。チームメイトは、すべて彼女を引き立てるために存在した。守りを固め、サポートに徹する――それで十分だった。ユリカ以上の魔力による爆撃、かと思えば針を通すような正確な狙撃で、相手チームを崩す。近接戦に持ち込んできた選手はわずかだったが――そこまで近づくことさえ稀だった――それさえも、簡単に退けた。
そして決勝戦は、同地区から出てきたマドウ高校とツジマ学園の戦いとなった。地区が同じためにトーナメントで対極に位置した二校の激突である。
控え室前。槙矢は立っていた。視線の先には、例のお守りのバッジを手に、祈っているユリカ。
「……とうとうここまで来た」
彼女はバッジをしまう。魔魂杖を手にするその表情は暗い。感情が欠如したような硬さ。疲労と最大限の緊張が、いまのユリカを支配していた。
「ラナは強い」
赤毛の少女の視線が、槙矢に向く。
「勝てる、よね……?」
やるのは君だろう――そう口にしそうになったが、槙矢はそれを飲み込んだ。最後の最後でわざわざ声をかけにきたのは、皮肉を言うためではない。
だが『がんばれ』と言うわけでもない。それはあまりに白々しい。何故なら、槙矢は諸悪の根源だから。
「俺はここにいる」
自身の胸を叩き、槙矢はようやくそれだけ告げた。好意的に解釈したのか、ユリカは小さく口元を歪めた。
「なにそれ」
ユリカは背を向けた。
「行ってきます」
行ってらっしゃい――だがその言葉は槙矢の口から出なかった。そのとき浮かんだ言葉が、『さよならというべきかも知れない』だったからだ。
身体がぞわぞわした。よくない前兆である。槙矢は自身の髪に手を伸ばす。心なしか、さっきより髪が伸びているような気がした。
あまり、時間がなかった。
・ ・ ・
決勝戦は始まった。
マドウ高校チームは開始早々、氷見とユリカが魔法球をセットし、ショットを打った。狙撃と爆撃の先制攻撃を仕掛けたのだ。
だがラナも速かった。彼女の放ったショットは、空中で氷見とユリカの魔法球と交差し、そのまま氷見に直撃した。
「部長!」
ユリカが驚愕する。腹部に魔法球が直撃した氷見はそのまま倒れて気を失った。狙撃されたのだ。衝撃波を放つ爆撃なら、もしかしたら今の一撃でマドウ高校は全滅していたかもしれない。ユリカはそれを悟り、瞬時に歯噛みした。
ラナはあえて、氷見部長を狙撃した。マドウ高校の精神的支柱を叩き潰し、その後に悠々と一人ずつ叩くために。……彼女は、そういう女だ。
一方、氷見の放った狙撃は、ツジマの盾役を一人、正確に打ち倒していた。ユリカの爆撃は、ラナを除く取り巻きたちの態勢を崩したがそれだけだった。
四体四。
「ユリカっち先輩! 指揮を!」
一年の柿宮メイナの声にユリカは我に返る。バラックは競技であると同時に、戦闘なのだ。氷見部長が倒れた今、ユリカに指揮が回ることになっていたが、これまで部長が倒れることはなかった。初めての実戦での指揮。戸惑いと、しかし負けたくないという心。
「散開!」
ユリカは叫ぶと、猛然とツジマ学園チームへと駆けた。
それを見やり、ラナは嘲笑した。
「まとめてやられないために分散かしら? わかってるのかしら、ユリカ。わたくしが一対一を望んでいることを」
ラナは魔法球と魔魂杖に魔力の糸を繋ぐ。残る三人は、ラナの周りをシールド魔法で固めている。城塞である。姫を守るために存在する壁。
「あなたは最後にとっておくわ、ユリカ」
魔魂杖が風を切る。鋭いショットは、マドウ高校チームの最後尾の選手へと飛ぶ。シールドを展開、だが遅い!
「一人ずつ刈り取ってあげるわ!」
マドウ高校、一名ダウン。残り三人。
その瞬間、ユリカの放ったショットが至近で炸裂した。魔法の壁が衝撃からラナを守ったものの、壁役の二人が態勢を崩される。
凄まじい威力。それを目の当たりにして、ラナはゾクリとした。敵ながら惚れ惚れとする力。……それでこそ倒しがいがある。
突然、起き上がろうとした二人のチームメイトに魔法球が炸裂した。あっさりと二名ダウンさせられる。
氷見やユリカに隠れがちだが、なかなかマドウ高校バラック部の実力は高い。一人が犠牲になっているあいだに残りの選手が、一斉にショットを仕掛ける。一名を引き換えに二名を倒す。これで二体三。
「面白いわ。それでこそ、最後にふさわしい戦い!」
ラナは魔魂杖を構え、正面からユリカを迎え撃つ。
近接戦闘。
見つめる観衆が声を上げたそのとき、強烈な落雷が会場を襲った。
次話、明日20時更新予定。




