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第23話 宮戸クラト

 宮戸クラトにとって、阿武隈シンヤとは特別な存在だった。

 彼は魔法使いだった。男の、魔法使いだ。

 その彼がバラック部に入部した。彼は凄腕の魔法使いらしい……そんな噂を聞いた。だからクラトは、シンヤを観察した。自信に溢れ、女の子にもモテる。まさに憧れるに値する存在だった。

 バラックの大会にも行った。そこで活躍する氷見レンやユリカを見た。凄いなと素直に感心した。シンヤが大会に出られないのが残念だった。クラトは、彼の活躍が見たかったのだ。

 興奮と共に、家に帰ったとき、クラトにとっての悪夢が待っていた。

 姉たちだった。

 クラトには姉が三人いる。皆、かつてはマドウ高校バラック部に在籍していたOBだった。それはつまるところ、宮戸家も魔法使いの家系なのだが、男であるクラトに魔法の才能はなかった。

 彼女たちは、いまだ魔法使いに憧れを抱いている夢想家の弟に侮蔑の感情を抱いていた。

 はっきり言ってウザかった。同じ宮戸の名をもっていることが腹ただしくてしかたかなかった。魔法使いになれないことを受け止め、諦めていたら――姉たちもそこまで辛く当たることはなかった。むしろ、弟を可愛いがっただろう。

 だが魔法使いになりたいと執着するクラト。そんな惨めな弟は許せなかった。

 だから姉たちは、制裁に出た。

 クラトの部屋にある、魔法使いに関する本、資料、道具、思い出の品――そのすべてを破壊した。

 帰宅したクラトは、自分の夢、希望を打ち砕かれた場面に遭遇した。姉たちは、そんなクラトの心にとどめを刺した。魔法使いの女にとって、魔法の使えない男など価値がないことを――魔法を使って、クラトの心に刻み込んだのだ。

 絶望。

 憤怒。

 クラトは、すべてを憎んだ。

 だから決めた。

記憶を頼りに。怒りを胸に、宮戸クラトは、禁断の行為に手を染めた。

 悪魔召喚。

 幸い、知識だけはあった。阿武隈シンヤに借りた魔法書にも、その手がかりがあった

 入念な準備を行い、魔法陣を描いた。呪文を唱え――魔力こそ持っていなかったが、用意した材料がそれを補った――ついに、クラトは悪魔を召喚した。


 魔法使いは大嫌いだ。

 あいつらは自分の力を鼻にかけている。

 どうしてボクには、力がないんだ。

 ボクだって魔法使いになりたいのに。

 凡人は、夢を見るなと笑った魔法使いが憎い。

 魔法を使える人間のほうが少ないのに。

 夢見るのもダメなのか。

 復讐してやる。

 魔法なんて、魔法なんて――この世に魔法使いなんていらないんだ。


『貴様に問う。貴様は、誰か殺したい奴がいるのか?』

 響いたのは艶やかな女の声。悪魔の声だ。

 ――復讐したい。魔法使いに。あいつらをこの世から全滅させたい。

『全滅……。いいぞ、気にいった。望みを叶えよう、魔法使いどもを叩き潰そう……。粛清だ! この世に混沌をもたらせ。ふ、ははははっ!』


 ・ ・ ・

  

 バラック全国大会当日。

 地方大会とは比べ物にならないほどの規模だった。そこは一種のスタジアムであり、詰めかけた観客の数も、万を超えていた。高校生の大会とは思えないほどの規模と熱気が、そこにあった。

 うら若き女子が、魔魂杖まこんつえを手に戦う――その華麗にして、いまに残る魔法を駆使する姿を観戦するために、人々が集まっているのだ。

(盛り上がりすげぇ。……ちょっと引くぜ)

 槙矢は、マドウ高校バラック部の控え室へと足を向ける。だがそこではすでにひと波乱起きていた。

 見覚えのある銀髪が揺れていた。バラックのユニフォーム姿の依武頭いぶとラナが、魔魂杖を手に、マドウ高校バラック部の前に立っていた。難しい顔をしているユリカや氷見部長。ラナは槙矢がやってくるのに気づくと、肉食獣を思わす笑みを浮かべた。

「そうだ。もうひとつ条件を加えましょうか。わたくしが勝ったら、あなたのところの男子部員を頂いていくわ。そこの彼、わたくしが勝ったら、彼はわたくしのものよ!」

「は? なんでそうなるのよ!」

「何故、そうなるんだ!」

 ユリカと氷見が同時に、ラナに食い下がった。槙矢は目を丸くする。

(俺を、何だって?)

 自分のものになるのはラナの方では、と心の中で突っ込む。ラナがこの大会を優勝して最高の魔法使いと認められれば、彼女は交わした契約により、槙矢に魂を捧げることになっている。

「どうしてシンヤをあなたにあげなきゃいけないのよ!」

 ユリカが吼える。ラナは平然と返した。

「彼が気にいったから、と言ったら?」

「な……」

 動揺するユリカ。

「ど、ど、ど、どうして、あなたがシンヤを……」

面白いほどうろたえる彼女を尻目に、氷見は眉をひそめた。

「依武頭、お前は阿武隈の力に気づいているのか?」

「え……?」

 ユリカは氷見を見る。氷見は宿敵をにらみつけ腕を組む。

「そうとしか思えない。阿武隈の力を、ツジマ学園の戦力に組み込むつもりだな!」

「そ、そういうことですか」

 動揺からユリカが立ち直る。

「許すまじ、ツジマ! そうはさせるもんですか!」

「ああ、阿武隈は私たちマドウ高校のものだ!」

 氷見もふだんのクールさが嘘のように声を張り上げた。

(どうしてそうなる?)

 槙矢は蚊帳の外である。マドウ高校のものでも、ツジマ学園のものでもない。本人の意向を無視してヒートアップする三人。

「……モテモテですな、閣下」

「うわ、アグレス」

 ゴールデンレトリバーが隣で尻尾を振っていた。

「いつの間に」

「いや我輩も、閣下の企みの結果を目に焼き付けておきたいと思いまして」

「つか、よく入れたな」

「会場は、動物禁止ではないですからな」

「そうなんだ。ヘイゼルとレオは?」

「あの魔法人形は、リリナと一緒に観客席のほうにおりまする」

ユリカたちとラナの、お世辞にも穏やかとはいえない挨拶が終わったのか、彼女たちは別れる。ラナが去り際に色目を使ってきたが、何か言いたげなユリカの視線に気づき、槙矢は固まってしまう。

(なんだ、この空気は)

 結局、試合前に、声をかけることも敵わず、槙矢はアグレスと共に観客席の方へ足を向けた。


バラック全国大会開始。客席で見守る槙矢は――次話、明日20時投稿予定。

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