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第21話 ユリカの願い

 バラック全国大会まで後二日。マドウ高校バラック部は今日も必死の練習に励んでいた。

 氷見レンのショットは今日も冴え渡り、ユリカも遠距離ショットの命中率はもちろん、近接戦での魔法に磨きをかけていた。それで、槙矢はというと……。

阿武隈あぶくま、君はショットの達人だ」

 部長の氷見は自身の魔魂杖まこんつえに魔力を注ぐ。

 魔力を糧に力を発揮する、それが魔魂杖である。持ち主が杖に魔力を注げば力も増すが、逆に言えば持ち主の魔力を吸い取っているということだ。氷見部長のクールな表情に疲労の色が重なる。

「だが近接戦では素人だな。足運びも、型もまるでなっていない……いい加減、本気を出したらどうだ?」

「あれが俺の本気ですよ」

「嘘だな。あれほど魔力に溢れ、不良も……容易く倒せる君のことだ。近接戦だってもっと強いだろう?」

 不良、というくだりで氷見の口調がトーンダウンしたが、一瞬のことだった。あの時負った心の傷は簡単に消えるものではない。

 槙矢は視線をそらした。

「……女の子は殴れないんですよ」

「馬鹿にしているのか?」

 言い訳がましかったか、案の定、氷見は食いついてきた。だが言葉に怒気はなかった。

「紳士なんだな、阿武隈は。好きだよ、そういうの」

 部長は小さく首を横に振った。さりげなくだが好意的な口ぶりに、槙矢は頬が赤くなる。氷見レンという女性が、滅多に人を誉めることがない人物だから余計にである。

「本気の君と戦いたかったが、まあいい。私が欲張り過ぎたのだ」

「申し訳ないです」

 槙矢は詫びた。氷見は苦笑する。

「向き不向きはあるさ……君は、人に教えるのが下手だからな」

 どれだけ魔力を持っていようが、教えることに関してはまた別の能力が必要だった。

 そもそも槙矢はバラックという競技を知ったばかりである。魔法球を遠くに打ち出すことはできてもそこは素人。近接戦や格闘の型などまったくわからなかった。先ほど、不良を倒したことを言われたが、それにしたってふつうの人間とは違う、魔法のアシストがあればこそだ。

「それより部長、少しハードワークだと思うんですけど」

「ん?」

「疲れてるんじゃないですか? 見ればわかりますよ」

「こんなに飛ばしたのは久しぶりだ」

 氷見は小さく笑った。

「焦っている、ああそうだな。私は焦っているよ。これで、あの依武頭ラナに勝てるかどうか」

「……」

ラナの名前が出るたびに、槙矢の胸が痛む。だが罪悪感が、いまの槙矢の姿を留めているのは皮肉といえば皮肉だった。ハッピーエンドはない――槙矢は思う。誰かを裏切り、失望させる。それがわかっている。

「……明日は練習はなしにしよう」

 氷見は、割とすっきりとした表情だった。

「休んで魔力を回復させないとな。それでなくても、部員たちが限界だ」

 いまだゲージでショットを打っているのはユリカだけだった。他の二年と一年の三人は、すでにゲージから少し離れた場所で座り込んでいる。おしゃべりする気力もないのか、膝に顔を埋めたり、魔魂杖の手入れをしたりしていた。

 槙矢は微笑んだ。

「部長もちゃんと休んでくださいよ。一番、疲れた顔をしてますよ」

「そうする」

 ありがとう――そう言い残し、氷見は離れた。

「全員聞け。今日はこれで終わりとする! 明日は休養日に当てる。各自、しっかり身体を休めておけ。解散!」

 部長の号令に、部員たちは頷いた。ふらふらとした足取りで立ち上がる者、まだしばらく座り込んでいる者、反応はそれぞれだった。

 槙矢はラナからもらった魔魂杖をじっと見つめる。

(せっかくもらったけど、俺には使い道ないな)

 大会に出れないなら、練習しても無駄である。

 物思いにふけっていると、ユリカがやってきた。彼女もここにきて少しやつれているように見えた。

「お前の場合、疲れている、じゃなくて憑かれているだな」

「あなたにね、シーンヤー」

 最近名前で呼んでくれるようになったユリカが久しぶりにそう呼んだ。槙矢の隣のベンチにどかりと腰を下ろす。

「そんなに酷い顔してる?」

「無理しすぎのように見える」

「悪魔に心配されるようじゃ、おしまいね」

 ユリカは皮肉げに口元を歪ませた。それからバラックのゲージを見て、さらに二百メートル先の的へと視線を向ける。

「ねえ、シンヤ。ラナってどれくらい強くなったのかな。わたし、彼女に勝てるかな」

 それは呟きだった。か細い声が、ユリカの心情を表していた。

「全国大会……いままで出ることさえ夢だった舞台。お父さんのような対魔戦闘士になるためには、ここでいい成績を収めないといけない」

「いけるだろ。部長もいるし」

 槙矢はさして気にしていないという風をよそおう。地方大会を見ただけだから、あまり大きなことは言えないが、氷見の実力が全国上位クラスなら、強くなったユリカが加われば、相当上位に食い込むのではないかと思える。……むろん、その前には槙矢の魔力で強くなったラナが立ち塞がる。

「一回の大会の成績だけではダメなのよ。安定した力こそ望まれる……一発屋じゃ、対魔戦闘士なんて無理」

 ユリカは首を横に振った。

「今まで、わたしはこの部にほとんど貢献できなかった」

「それは魔力を封じられていたせいだろう? 君のせいじゃ……」

「まわりはそう判断してくれないわ」

 ベンチの上でユリカは膝を抱えた。不安を感じているのが、ひしひしと槙矢にも伝わる。

「部長は三年で、今回の全国大会が最後。部を引退することになるから、そうなるとうちの学校は……いまより苦しくなる」

 ユリカの瞳に冷たいものが浮かぶ。

「少しでも将来のことを考えるなら、この大会は絶対優勝しないとダメ。優勝しないと」

「……」

「ねえ、シンヤ。わたし、ラナに勝てる?」

 最初の質問に戻った。強張った顔には、無理やりの笑み。勝てると言って欲しいのだ、きっと。槙矢は表情を硬くする。

「無理だな」

 そうなるように魔法をかけたのだから。いまのラナに勝てる高校生魔法使いはいないだろう。ユリカの表情がしぼむ。

「……勝ちたいのよ」

 ポツリとユリカが漏らした。それは小さな声だったが、彼女が望む大きな夢がかかっていた。槙矢は静かに告げる。

「なら、最後の願いを使ったらどうだ。たぶん、そうするしか手はないと思うけど」

それこそ、槙矢の狙い。ラナを上回る魔力をユリカが欲すればいい。そうすればユリカは無敵の高校生活を送れ、対魔戦闘士になるという夢も果たせる。ユリカにとって大万歳。そして三つの願いを叶えたことで、槙矢も元の世界に戻れる。万々歳。

「それは嫌!」

 ユリカは顔を上げた。眼を見開き、槙矢の言葉が信じられないとばかりの表情である。槙矢は驚いた。

「なんで――」

「嫌って言ったら嫌なのっ!」

 駄々っ子のようにユリカは激しく首を振った。いったい何が彼女をそうさせたのか、槙矢にはわからなかった。

「勝ちたいんじゃないのか?」

 心がささやき、それは口から出た。

「悪魔を呼び出したのは勝ちたいからだろう? 何故、それをためらう?」

 心の闇が問いを発する。変化しつつある心が顔を出す。

「勝ちたいわよ」

 ユリカはそっぽを向いた。

「でも、あなたを呼び出したのは、魔法封じを解いてもらうだけ、そのつもりだった。そこで力まで頼るつもりは……なかったもん」

 その言葉に、槙矢の闇が消える。ユリカは独白するように続けた。

「わたしの力ではどうすることもできないから、召喚したのよ。最善と思える方法をとっただけ。でも、自分でできることまで他に頼ろうなんて思ってない。バラックで強くなるのは、わたしが努力すればいいもの。対魔戦闘士になるのだって、自分の本気が出せるなら、とことんわたしが努力すればいい」

 なんて健気なのだろう。槙矢の心が疼く。後ろめたさが容赦なく胸を刺す。ユリカの真っ直ぐさに、血が熱くなる。ユリカが眩しかった。同時に、槙矢は自分が嫌になった。

「ごめん」

 ユリカが突然謝った。槙矢は顔を上げる。

「なんでお前が謝るの」

「勝手なことばかり言って、ごめん」

 少女は自嘲した。

「あなたを呼び出しておいて、あなたを飼い殺しにも近い状態でそばに置いて。あなたは悪魔の癖に、善意を見せる。それは見せかけだけかもしれない。裏では何を企んでいるかわかったものじゃないけど、少なくとも、わたしは嬉しかった。最後のお願いのことだって、わたしを心配してくれたんだよね?」

「……どうかな? 悪魔は自分のことしか考えてない」

 自嘲したいのは槙矢のほうだった。せっかくよい方向に解釈してくれたのに、素直になれなかった。だからそう振る舞ってしまう。彼女がいうような善意を持っている、というには、自分が汚れているように思えてならない。

(これじゃ、ほんとに悪魔になっちまったみたいだな、俺……)

 今度こそ自嘲した。

「まあ、君がしたいようにすればいいさ。これからは君がこの部を引っぱっていくわけだし」

 槙矢は励ました。その言葉に、ユリカはちらと視線を向ける。

「……わたしを支えてくれないの?」

「俺が?」

「今年は大会に出れないけど、来年の大会からはあなたも参加できるのよ。その意味、わかるわよね?」

 ここにずっといろ、と。槙矢はその事実に押し黙る。身体の変化、心の変化、不安定な自分――

「そうよね、あなたは早く家に帰りたいもんね」

 ユリカは視線を背けた。そうしていると拗ねた子どものようで、槙矢の胸はかき乱される。

「三つ目の願いに『わたしと一緒にこの部を支えて』ってお願いしたら、あなたは断るんでしょうね」

 矛盾したお願い。三つの願いを叶えたら、元の世界に帰れる。だがそれが果たされるのは一年以上先となれば、うんと頷けない槙矢がいた。ユリカの助けになりたいと思う自分がいる。だが精神を正常に保てる自信もなかった。長居すれば、周囲にどのような影響を与えてしまうのか。それを恐れている自分がいる。

「ごめん、また勝手なこと言った」

 どうしちゃったんだろ、わたし――ユリカは天をあおいだ。

「不安なんだ、きっと。……たぶんそのせい」

 バラック全国大会は、明後日。


すがるようなユリカの思い。それは槙矢の心に影を落とす――次話、明日20時更新予定。

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