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第20話 ラナの願望

「まったくあなたと来たら、非常識もいいところね。いま何時だと思っているの?」

 ラナは、あからさまなため息をついて見せた。

 ツジマ学園内、ラナのプライベートハウス。その豪華な応接室に、槙矢は来ていた。

「悪魔に時間なんて関係ないよ。昼より夜のほうが力が増すみたいなんだ」

 気休め程度だが、夜のほうが魔法の効果が高いような気がしている槙矢である。

 今夜のラナは緑色のバスローブ姿だった。またも風呂上がりに邪魔をしたようだ。

「力はどうだ? ずいぶん活躍しているそうだが」

「あら、そんなにわたくしって活躍しているかしら」

 ラナは楽しそうに笑った。

「ええ、あなたのおかげよ。わたくしは力を得た。他人に打ち勝ち、勝利の美酒に酔っている、というところね」

 豪奢なソファーに腰を下ろし、槙矢の前で足を組んで見せる。きれいなおみ足が男を惑わす。

「あなたも酷い人ね。契約が終わったら、それっきり……もう来てくれないと思ったわ」

 上目づかいで誘うようにラナは言った。何だかやけに色っぽい。槙矢は胸がかき乱される。この女なら、悪魔としても十分やっていけると思った。

「はて、俺と君はそんな関係だったかな?」

「悪魔は欲望に忠実だと思っていたけれど、あなたはがっつかないのね。それともわたくしに魅力がない?」

「君の魅力に抗える男はいないよ」

「じゃあ、あなたは男じゃない?」

 ラナはクスクスと笑う。嫌味には感じなかった。

「あなたがマドウ高校にいるのはわかってた。だから氷見さんを呼んで試合を申し込んだの。彼女は試合を断ったけど……あなたは来てくれた」

「ふむ……」

 何だろう、この空気。槙矢は疑問に思った。

 力を望む者は、力に溺れる――もう自分の能力のことしか頭にないかと思えば、槙矢に会いたかったとさえ口にする。いったいこの状況はなんだ?

「力を得た君がどう変化しているか見に来ただけなんだけどね」

 それで嫌いなタイプになってくれていることを密かに願っていた。もしそうなら、槙矢自身が抱える後ろめたさが消えるから。だが、どうやら当てが外れたらしい。

「本当につれない人。わたくしの魂をあげたのよ。もう少し、誠意を見せてほしいものだわ」

「誠意?」

 悪魔には縁のない言葉だとは、心の中に留めておく。

「さらに力をよこせと?」

「まさか。いまのわたくしなら全国大会制覇も容易いわ」

 ラナは鼻で笑った。

「わたくしが、優勝したあかつきには一番の魔法使いになるのよ? そのときわたくしの魂はあなたのもの。つまりあなたはわたくしの主人なのよ。それらしく振る舞ってもいいと思う」

「魂を手に入れたら、めいっぱい可愛がってあげよう」

 心にもないことを口にする槙矢。この手のやりとりができるようになったのは、実はド変態のカコとの付き合いの賜物である。

(しかし……この女)

 悪魔に魂を捧げた者は、地獄に堕ち、悪魔の奴隷として永遠に従う。それがわかっていて、なおこの態度なのだろうか。それとも単に地獄に堕ちる程度にしか思っていないのか。

(俺だったら地獄行きって聞いただけで嫌なのに)

 こいつもカコと同じくMっ気があるのか、と思ってしまう。それとも槙矢――悪魔を出し抜こうと猫を被っているのだろうか。

 じつは悪魔のことに詳しくて、契約を無効にするための考えを張り巡らしているのかもしれない。だとすれば油断できなかった。現にこちらは悪魔なのだ。人間からすれば裏切っても良心はとがめないだろう。もっとも悪魔を出し抜けなかったときは、その報復を恐れなくてはならないだろうが。

「随分と余裕なんだね。悪魔に魂を売る、その代償が怖くないのか?」

「悪魔のくせに人間の心配? あなた本当に悪魔?」

 ラナはからかうように告げた。ソファーに寝そべり、その美しい形の胸元をちらつかせる。

「そうね……わたくしが人生を捨てたから、悪魔に魂を売り渡す気になった、と言えばいいかしら?」

「人生を捨てた?」

 槙矢は驚く。金持ちで、自由気ままに振る舞っているように見えるラナ。その女の発言とは到底思えなかった。

「わたくし、魔法使いになりたいの」

 ラナは小悪魔もかくやの笑みを浮かべた。

「対魔戦闘士になって、英雄みたくなりたいって言ったら、子どもっぽいって思う?」

 思う――だがあえて黙っておく。

「でもね、わたくし、依武頭一族の女なのよ。わたくしの将来は決まっているの」

「……」

「どこかの裕福な家のボンボンを婿養子に迎え、そいつと結婚して、そいつの子どもを産む。そして一族はさらに繁栄する……面白い人生でしょ」

 ちっとも笑えなかった。

「そこに魔法が絡む余地はない。ただ才能のない男にモノになるだけ。わたしの夢は? 才能は? そんなものに意味はなかったんだと未来が告げているのよ」

 ラナは目を伏せた。

「わたくしがバラックをやれるのは今年いっぱい。前から父は快く思ってなかったから……あれはとても激しい競技よ。顔に傷がつかないようによけているけど、擦り傷とか結構絶えないのよね。痛いけど、好きでやっていることだから我慢できる……」

(こいつもMか)

 だがそれも口にしない。空気を読んだのだ。

 バラックが激しいスポーツなのは認める。魔法球を飛ばし、避けて、さらに魔魂杖まこんつえを振り回しての肉弾戦。大富豪の令嬢には似つかわしくないスポーツである。家族が心配するのも無理はなかった。

「でも、バラックはわたくしの生き甲斐なのよ。その時その時で自分で判断して動く。決められた作法に縛られたり、好きでもない相手に愛想笑いを浮かべたり、お人形のように着飾って行儀よくする……そんな人生とは大違い!」

 ラナは叫んだ。ソファーから立ち上がり、槙矢を見つめる瞳は揺れていた。

「好きでもない殿方に尽くして生きるなんて真っ平よ! わたくしは相手を選びたいし、やりたいことをやりたい」

「魂を捧げたら、そのやりたいこともやれなくなる」

 槙矢はポツリと呟いた。ラナは声を落とした。

「ええ、結局はそうなるでしょうね。でもいいのよ」

「いいのか?」

「だって、そうでしょ」

 ラナは微笑んだ。

「わたくしの夢である最強の魔法使いの称号が手に入るんですもの。それに……」

 彼女は槙矢に手を伸ばし、その身体を預けてきた。

「父が選んだ相手ではなく、わたくしが選んだ相手のモノになるのなら、悪い気はしないわ」

「選んだ?」

「気づいてる?」

 少女のよく発育した胸が槙矢の身体に押し付けられる。柔らかな弾力、ふわりと漂う香り。槙矢はゴクリと唾を飲み込んだ。

「あなたって、結構いい男なのよ? あなたはわたくしの夢を叶えてくれる――白馬に乗った王子様なのよ。地獄にだってついていくわ」

「夢の見すぎだ」

 槙矢は正面からラナの顔が見れなかった。女の子が白馬の王子様に幻想を抱きがちなのは聞いた事がある。だが男は白馬の王子様に憧れない。槙矢自身、王子様なんてガラではないし、なりたいとも思わない。ラナの寄せてくれる感情は、本物なのだろうか。

(恋、か) 

目的のために手段を選ばない、高慢な物腰の娘が、信頼しきった態度を見せてくる。男冥利につきるが、同時に槙矢の中で後ろめたさがさらに大きくなる。

「わたくしはあなたの虜なのよ。この身体だってあげるわ。もう魂はあなたに捧げてしまったものね」

「光栄だね」

 女性にそうまで言わせてしまったら、こちらもそれなりの態度を見せなくてはならない。

「あ、そうそう」

 ラナは槙矢から離れ、部屋の端に置いてある机の上を指差した。

「あなたに渡す物があるわ。あなたの欲しがっていた物」

「へえ……?」

槙矢はそちらへ足を向ける。俺が欲しいと言ったもの――縦長のケースを開いてみれば、水晶球が先端についている杖が入っていた。

 魔魂杖まこんつえ

(そういえば言ったっけ。魔魂杖が欲しいって)

「これを俺に?」

「特注品。本当にお金だけはかけてあるんだからね。大事にしなさい」

「ありがとう」

 素直にお礼の言葉が出た。ラナは一瞬面食らうが、すぐに目尻を和らげた。

「子どもみたい……可愛い顔をするのね、あなたは。急ぎで作らせた甲斐があったわ。本当はもっと作るのに時間がかかるものなのよ」

「さすがラナ」

槙矢は魔魂杖を手にする。水晶球は黒く、何となく悪魔の持ち物っぽい。柄の部分には魔法でもかかっているのか金属のようでありながらとても軽かった。両手で持つことはもちろん、片手でも余裕で振り回せた。

「とてもよさそうだ」

「気にいってくれてよかったわ。ところで」

 ラナは少し不安そうに視線を落とし、しかしすぐに上げた。

「今夜は……一緒にいてくれる?」

 ラナの言葉に、槙矢はじっと彼女の目を見つめた。


思いがけずラナから好意を寄せられた槙矢。迫るバラックの全国大会。マドウ高校バラックもまた練習に明け暮れる。そんな中、ユリカは――次話、明日20時更新。

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