第17話 依武頭ラナ
氷見先輩を送り届けたあと、麻桐邸に帰宅した槙矢はのんびりと過ごしていた。
まずヘイゼルが帰ってきた。彼女いわく、レオに任せてきたということで、晩御飯の仕度を始めた。
そのレオは、槙矢とユリカ、リリナが食事を終えた後に帰ってきた。部屋に戻った槙矢は、そこで少年型魔法人形の報告を受ける。
「イブト、ラナ?」
槙矢はおうむ返しした。レオはコクリとうなずいた。
「ツジマ学園の二年、依武頭ラナ――彼女があの不良たちをそそのかして、氷見さんとユリカさんを襲わせました」
「ツジマ学園?」
どこかで聞いた名前だ。ここで学校の名前を聞いた場所といえば、バラックの地方大会――
「ひょっとして、決勝戦で、ユリカたちと当たった学校か?」
「はい、シンヤさん。マドウ学園と同じ地区にある高校です。お隣のお隣の学校……と言ったところでしょうか」
レオはパラリと手帳を開く。調べてきたことがメモしてあるらしい。
「依武頭ラナさんは、バラック部の部長であり、先の地方大会で、ユリカさんに討ち取られた方です」
「あー、あの銀髪の可愛い子か」
槙矢は思い出していた。決勝戦、相手校でえらく動きのいい選手がいた。銀髪をなびかせて戦う彼女の姿は、まるでアイドルのような鮮やかさと派手さがあった。最後の最後でユリカに魔魂杖を突きつけられて敗北したが、その実力は、氷見部長といい勝負できるほどという話だった。
「何故、彼女が氷見先輩を襲うんだ?」
「それについては不良たちは知りませんでした」
レオは何事もなかったような顔をしていた。槙矢は腕を組んだ。
「……あまり手荒なことはしてないだろうな?」
「言いつけどおり、手加減しましたよ。赤ん坊みたいに泣きじゃくってましたが……名だたる悪魔の方々がどう評価されるかはわかりませんけど」
「……生きてるよな?」
「五体満足ですよ……いちおう」
「……話の続きを聞こうか」
突っ込んだら負けな気がした。世の中には知らなくてもいいこともある。
「ラナさんのことを調べました。大富豪である依武頭家長女。かなりプライドが高い女性です。将来の夢は世界一の魔法使いになること」
「よくそんなことまでわかったな。将来の夢なんて……」
「小学の頃の卒業文集を見ましたから」
「……」
(突っ込んだら負け……)
槙矢は耐える。他人の卒業文集を――プライベートも過去も筒抜けである。
「性格は、勝つためには手段を選ばないタイプです。勝ち気で傲慢、他人を見下しています。要するに、わがままで自分最高な人ということです」
「イタイ……」
思わず天をあおぐ。
「目的のために、不良を使ってライバルを襲わせる?」
「あの不良たちは遊ぶ金欲しさに、この企みに乗ったそうです」
「……部長やユリカが怪我をしていたかもしれない」
「もっと酷い目に遭っていたと思います」
レオは静かに付け加えた。
「あの男たちには下心がありましたし、ラナさんも特に注意しなかったと。どこまでするかは彼らに任されていました」
「……信じられない」
槙矢は呟いた。
「どうやったらそんな……」
ユリカは夢を持っている。父のような対魔戦闘士になるという夢だ。氷見部長の夢は知らないが、あれだけ才能のある彼女のこと、何かしらの夢や目標はあるはずだ。その将来を踏み躙る行為を画策し、実行した人間がいる。
頭にきた。
(俺は元の世界に帰りたい。だけどそのための手段は選んでいるつもりだ……単に、俺が甘いだけなのか? ラナって女のように、やる方が正しいのか)
いや、それはない。正しくない。絶対にだ。
槙矢は視線を落とした。
「警察に突き出せないだろうか?」
「難しいと思います。不良たちの証言はありますが、物的証拠がありません」
レオは直立不動のまま答えた。
「それにラナさんは依武頭家の力によって守られるでしょう。罪に問うのは難しい状況です」
「……」
「シンヤさん?」
怪訝な顔になるレオ。槙矢は口を開いた。
「君はどう思う? 依武頭ラナという女の行動は悪魔の視点からして正しいと思うか?」
「マスター、彼女は人間です」
少年は神妙な面持ちで告げた。彼が槙矢を名前ではなくマスターと呼んだのは初めてである。レオは槙矢の怒りのようなものを敏感に感じ取っていた。
「人間の視点からすれば、正しくはありません」
「話をすりかえるな」
槙矢は首を振った。
「正しいか、悪魔としては?」
「……何を持って正しいとするかは悪魔の個性にもよります」
レオは静かに、だが確かな口調で告げた。
「掟を別とすれば、悪魔にはそれ以外のルールはありません」
「俺が何をしようと、それは俺の自由だということか?」
「はい、マスター」
少年型魔法人形を頷いた。槙矢も頷き返す。
「俺は、ラナという女が気になる。うん、気にいったと言ってもいい」
もちろん皮肉である。本心から言えば、好きにはなれないタイプだ。
「人の不幸を望む趣味は無いけど……初めてだ、こんな気持ちは」
「……」
「ラナの家はどこだ?」
出かけよう――槙矢は立ち上がった。
槙矢が乗り込んだ先はツジマ学園。相対するは美しい銀髪をなびかせる絶世の美少女のラナ――次話『悪魔の囁き』明日20時投稿予定。




