第16話 俺の拳は鋼の拳!
事件は起きた。カコと学校で放課後のイチャイチャライフを過ごしていたとき、突然身体が瞬間移動したのだ。
気づけば『見るからに不良です』といった風貌の連中がいる路地裏に立っていた。それも目の前に。
天国から地獄? 孔明の罠?
槙矢がキョトンとすれば、背後からガッチリと肩を捕まれた。
ギョッとして振り向けば、怖い目をしたユリカがいて、さらにその後ろにバッグを抱え、半泣きになっている氷見部長がしゃがみこんでいた。
(え、あの氷見部長が泣いてる?)
槙矢は激しく動揺した。いったいこれは何だ?
「シンヤ! ふたつ目のお願い!」
ユリカが叫んだ。
「わたしたちを守って!」
「守って、てお前……」
と、とりあえず状況を整理しよう。
後ろには二人の女の子がいて、目の前にはガラの悪そうな連中――歳はだいたい槙矢と同じくらいに見えた――がいる。
場所は路地裏。推理するに、ユリカと氷見部長は、この連中にからまれて、ここまで追いつめられてしまったのだろう。不純なナンパ――ついていったらロクなことにならないような連中に見える。ユリカが助けを呼んだのもうなずける話だ。
では、ここで槙矢がすべき事は何だ?
わたしたちを守って――つまり目の前の不良たちを何とかしろ、ということだ。
(何その無茶ぶり……)
槙矢は本気で困ってしまう。生まれてこのかた、不良という人種とやりあったことはない。関わりあいになりたくないとも思っている。
(それが……ええっと一、二……三……七、九人?)
これはマジでヤバイ。何とか荒事にならないように済まないだろうか。不良たちの目が怖い。身体が震える。こういうことは得意ではないのに。
「どっから現れたんだ、ああん?」
一人がふらりとした足取りで近づいてくる。と思いきや、拳を振り上げ急接近!
「邪魔だよ、クソが!」
(殴られる!)
身体が固まった。全身から汗が噴き出す。
(俺は空気です、どうか無視してくださいっ!)
切羽詰ると何を考えるかわからない。思わず目を閉じる――しかしいつまでたっても衝撃がこない。
「あれ?」
妙な声を上げたのは不良だった。拳を空ぶったような態勢。たぶん槙矢は殴られたのだろうが、まったく痛くなかった。まさに空気になったように、攻撃をかわしたのだ。
(……そうだった、俺、悪魔なんだった)
想像力が魔法の源。いまの槙矢は魔法の力で、常人とは異なる能力を持っているのだ。それはどういうことかというと。
(なんだ、恐れることなんてなかったんだ……)
当たらなければどうということはない。痛みというものに弱いのが人間というものだ。死なないとなれば銃だって怖くなくなるのと同じ。
途端、槙矢は目を細める。目の前の不良に拳を叩き込む。
(俺の拳は鋼の拳ぃぃっ!)
腹部に直撃した一撃に、不良は呻き声とともに昏倒する。
(俺のパンチが効いた! やれるっ!)
不良たちを見据える。仲間がやられ、三人が前に出てきた。
「この野郎!」
一番近くの男が殴りかかってきた。槙矢はとっさに身を引く。思っていたより速い自分の反応。いや――
「お前らが遅すぎる!」
右ストレート――は空を切った。男がかわしたのだ。だが槙矢はすぐさま半身を捻り、左肘を叩き込む。それは顔面をえぐり、二人目をダウン。
(うはっ、俺すげぇぇ……!)
テンションが上がってくる。あるいはケンカに巻き込まれたせいで感情が昂ぶっているのか。慣れないことをするとパニックを起こすというか、自棄になるというのか……そんな感じだ。
「ユリカ、これが二つ目のお願いって言ったな!?」
槙矢は不良の懐へ飛び込む。
「承知したっ!」
三つの願いの一つとして受理。槙矢の身体は魔法のアシストのおかげでよく動いた。
そもそも性能が違うのだ。プロの格闘家ならともかく、素人が相手をするには槙矢の力は強すぎた。学年一の運動能力、その脚力はすさまじく、瞬発力はまさしく砲弾のごとく、である。
素早く動き、さらに二人を瞬時に撃破。これで四人。あと、五人だ。
「次はどいつだ!?」
不良たちは恐れおののいた。
「こ、こんなことして、ただで済むと思うなよ!」
不良のひとりが声を張り上げた。だがそれは明らかに虚勢だった。
「てめえの制服、マドウ高校だろ? 暴力事件を起こすと色々マズくないのか?」
(……脅しか?)
大会前に暴力事件が発覚し、その部員が所属している学校が大会の参加を辞退した、というのが元の世界にもあった。巻き込まれた、というのは、きっと言い訳にしかならないと思う。
はっきり言って、卑怯だ。形勢が有利なときは高圧的だが、不利になると脅して動きを封じようとする。それでタコ殴りにするつもりなのだろう。
これが元の世界だったら、脅しは効いたかもしれない。だがここは槙矢にとっては別世界なのだ。
「あいにく学校に愛着はないんでね。でもこれは正当防衛だよ」
「だとしても、氷見はどうだ?」
リーダー格と思われる不良が、槙矢の後ろで震えている氷見部長とユリカを見た。バラック部の部長にして全国クラスのエース。その彼女が暴力事件に巻き込まれるのはイメージ的によくない。
(待てよ、いま、部長を名前で呼んだ?)
槙矢の眉間にしわが寄った。相手が誰かわかってちょっかいを出しているのだ、こいつらは。ただのナンパ、ではない。何かとても嫌な予感がした。
「確かにあまりよくないな」
槙矢の言葉に、不良たちはニヤリとした。弱味を握った、とでも思ったのだろう。だが次に目にしたのは不敵に笑う悪魔の顔だった。
「お前らをタダで帰すわけにはいかなくなったな」
不良どもをにらむ。
「誰に喧嘩を売ったか、あの世で後悔させてやんぜ!」
「ひっ……」
不良たちの一人が怯み、背を向け逃げ出す。
(おいおい、逃がすわけないだろが!)
「ヘイゼル! レオ!」
槙矢は吼えた。逃げる不良。だがそいつは路地を出ることはできなかった。何故ならそこに青髪のメイドさんと、赤毛の少年が立っていたからだ。
「召喚に応じました、マスター」
メイドさんは一礼する。名前を呼べば現る、何とも便利な魔法人形だ。
逃げる男が手を出す。
「どけよ!」
「ヘイゼル! そいつを潰せ!」
「承知しました、マスター」
ヘイゼルが身構えた。
「セブンスエポン――手甲!」
両の拳に装着される手甲。ヘイゼルの髪が風のごとくなびく。
「疾風!」
目にも止まらぬ風の舞。ヘイゼルに手を出しかけた不良が、空中を跳ね、そして落下した。
「何だかよくわかりませんが、シンヤさん」
レオが両手を突き合わせた。
「この人たちを動けなくすればよろしいですか?」
そこで不良たちがわめく。
「女ひとりとガキがなんだって言うんだっ! うらあああぁっ!」
叫べば強くなるというものではない。不良が声を張り上げ――しかしヘイゼルに潰される。青髪メイドによって、たちどころに三人が、殴られ吹き飛ばされた。
「メリナ・サキュナ……雷の鎖!」
レオが唱えれば、地面から魔力の束が出現し、残る不良たち捕らえる。
「うわっ、なんだこりゃ?」
「お兄さんたち、地面と接吻したことありますか?」
あどけない笑顔でレオが呟けば、雷の鎖に囚われた不良たちはそのまま地面に身体を引き寄せられ激突する。
「終わった……」
槙矢は、忠実な魔法人形たちの手際に感心するとともに、倒れている不良を見下ろす。わずか数秒のことなのに、不良たちは半殺しにも似たひどい有様だった。
「とくにヘイゼル。お前、殴りすぎだよ」
「これでも手加減したのですが」
美貌の魔法人形は、機械さながらの冷徹さで答えた。ちょっと目の前の不良が気の毒に思えてきた。
九人いた不良たちは皆、意識を失っていた。とりあえずユリカと氷見先輩を守ることはできたわけで、槙矢は安堵する。
しかし今の自分の立ち回りはなんだ、と考える。この世界では強くなっている。初めて人を殴り、勝った。元の世界ではこうはいかなかった。何だろう、胸の中が熱い。
「シンヤ!」
ユリカが駆けてくる。
「大丈夫? さっき、殴られたみたいだったけど痛くない?」
「当たってないからな。……心配してくれるのか?」
「べ、別にそういうわけじゃ……」
ユリカが顔を赤らめた。
「あ、あなたは悪魔だし。まあ、大丈夫でしょうけど、わたしは人間だし、その……助けてもらったわけだし」
「どうしてそこで、素直にありがとうっていえないかなぁ」
槙矢は口にして、恥ずかしくなって視線をそらした。どうにも素直になれないのは自分も同じだった。
「ありがとう、阿武隈」
氷見先輩が、すっとお礼を言った。ユリカは目を丸くし、槙矢も呆然とした。
(あれ……部長?)
氷見は目を潤ませ、頬を染めながらはにかんだのだ。魔魂杖入りのバッグを胸元に大事そうに抱えているその姿は、いつもの堅物クールな印象は微塵もなかった。ボーイッシュな顔立ちに浮かんでいるのは少女の表情。
「あ。まあ、無事でよかったです、部長」
照れくさくなる。可愛い……。不覚にも萌えた。
「とりあえず、ここを出ましょう。送ります」
槙矢は二人の少女を誘導する。不良たちを見下ろすヘイゼルとレオの傍らに来たとき、小声で告げる。
「……こいつら、何かの目的で部長を狙ったみたいなんだ。締め上げて吐かせてくれないか。何が目的なのか」
「承知しました、マスター」
ヘイゼルは礼儀正しく頭を下げる。レオは答えた。
「任せてください。拷問は得意です」
少年らしからぬ言葉を口にする。槙矢は顔を引きつらせた。
「お手やわらかに頼むよ」
「御意」
レオはとても楽しそうだった。
暗躍する銀髪美少女。槙矢は報復に動き、悪魔の第一歩を踏み出す――次話、明日20時更新予定。
 




