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第15話 思い出のバッジ

 バラックの地区大会が行われた。

 地方の複数の高校で争われる大会に、マドウ高校もエントリーした。槙矢は部の一員として同行したが、転校生はその年は公式大会に参加できないという規則があるので見学だった。もっとも、それでいいと槙矢は思っている。

 参加しないとはいえ、初めての大会。少なからず緊張した槙矢だったが、それよりも遥かに緊張していたのが部の中で一人……。

ユリカである。魔力封じを解かれて初の公式戦となる今回。付き合いの浅い槙矢から見ても、彼女の緊張ぶりは異常だった。

「ただの地方大会だろ? 落ち着けよ」

 見かねて声をかければ、ユリカはヒステリックな声を上げた。

「ただの? わたしにとっては最後のチャンスなの!」

 聞けば、ユリカはバラック部にいられるかどうか、この大会での成績に掛かっているらしい。これまでの彼女は理由があったにせよ、お子様レベルの魔力しかなかった。それでこの先やっていけるほど世の中は甘くなく、氷見部長は退部を視野に入れるようユリカに言っていたのだそうだ。

「迷惑ばかりかけてたし……もう、後がないのよ」

 思い切り沈んだ表情のユリカを見て、槙矢は胸を詰まらせる。ふだん生意気で、槙矢をこき下ろしていても、そこは女の子。つい同情してしまう。

「お願いすれば、勝てるように魔力を強くしてよ。いざというときは頼れ」

「……ありがと」

 ユリカは答えた。初めてお礼を言われた。槙矢は思わずドキリとしてしまう。

(やば……なに、いまの……)

 謎の感動を受けている槙矢をよそに、ユリカはポケットから何かを取り出し、それをじっと見つめていた。どこかお守りに願をかけている仕草に見え、槙矢はそれを覗き込んでみる。

「! ちょ、見るな!」

 ユリカが慌ててそれを隠した。槙矢は首をかしげる。

「何故、隠す?」

「わ、わたしの宝物よ! そんなの簡単に人に見せるものじゃないでしょ」

「バッジか……?」

「み、見えたの?」

 ショックを受けたようにふらつくユリカ。彼女は薄い笑みを貼り付けた。

「笑いたければ笑えば? こんな子どもの玩具……でも、これはわたしにとってはとても大切なものなの!」

「……」

 槙矢は押し黙る。宝物、その響きに、どこか懐かしさがこみあげる。

(何となく、わかる……その気持ち)

貶すつもりはこれっぽちもなかった。考えたのは、自分にも宝物があったということ。それは勇者バッジ――

 小さな頃にやったゲームに登場する、キャラクターのバッジだった。地味で、むしろ外見で損をしているキャラだったが、その心には熱い魂と勇気があった。主人公ではなかったが、槙矢はそのキャラクターにとても憧れた。

 勇者のバッジは、ゲームのアイテムだから現実では手に入らないのだが、欲しいといったら、父親が作ってくれた。勘違いして表面にそのキャラクターの絵をつけてしまったために、オリジナルとは違うものだったが、幼い槙矢は気にしなかった。

(駄々こねて、作ってもらったんだっけ。自慢げにバッジしてたら、友達とケンカしちゃって……俺、負けちゃったけど、バッジは守り抜いたんだ)

 あれだけ大事にしてたのに……。

(なくしちゃったときはめちゃくちゃ落ち込んだっけ。親父はまた作ろうとしてくれたけど……俺にとってあのバッジは唯一無二のもので、代わりなんてないと思った)

 物思いにふける槙矢のそばで、ユリカがお守りのバッジを見つめる。 

「父さんの形見なのよ。おじい様からもらった唯一のもので、おじい様の形見でもあるって……これは勇気の証なの」

 形見とか、何てことを言うんだ――槙矢は何と言うべきかわからず、しばらく立ち尽くす。ユリカはバッジを愛しげに握り、胸のポケットにしまう。

「……がんばれ」

 槙矢はようやくそう声をかけ、見学のための観覧席へと足を向けた。

(あれ、おじいさん? それって……俺じゃね?)

 振り返ったが、ユリカと部員たちはその場にいなかった。


 ・ ・ ・


 会場は熱気に包まれていた。妹の応援にきたリリナの話によれば、バラックは人気競技らしく、部外者も多く訪れるのだという。地方大会では観客席すべてが埋まるほどではないにしろ、さらに上の大会ともなれば立ち見客が出るほどで、保護者たちは席を確保するのが大変だという。

「どうしてそんなに人気なんです?」

「魔法が珍しくなっていますからね」

 槙矢の問いに、リリナは答えた。ユリカ姉は穏やかな表情で会場を見回す。

「機械科学の発達は、魔法科学の衰退とも言われています。あなたのような悪魔はともかく、人間の魔力は低下する一方です。ご覧なさい。大会に参加する選手たちを――みんな女の子ばかりでしょう」

 リリナの言うとおりだった。マドウ高校バラック部は、入ったばかりの槙矢を除けば女子だけ。一年のメイナも確かそんなことを言っていた。

「バラック競技はとても激しいですからね。魔法使いたちにとってみれば将来を賭けて、観衆にとっては公式の場で見られる戦闘です。注目も集まりますよ」

「へー……激しい? 戦闘?」

 聞き違いかと思った。あのゴルフ+的当て=バラックのどこに、そんな要素があるのか。

 競技の場は、長さ三百メートル、幅百メートル。平らで細かな砂が敷詰められていて、中央部分には障害物らしいポールが無造作に立っている。

(なんだ、あの無意味な障害物は?)

 槙矢は首をかしげる。

(あんなもの、的の位置を考えたら、かすりもしないじゃないか……って的はどこだ……?)

 的はなかった。それどころか、競技の場の両端に五名ずつ選手が並んでいる。

 この時、槙矢はまだバラックという競技を真に理解していなかった。そしてそれを目の当たりにした時、見学の立場にいられることを感謝した。実際の競技は、槙矢の予想を遥かに上回り……度肝を抜いたのだから。

 女の子たちが戦っていたのだ。

 最初は両端で例の魔法球をぶっ飛ばして、相手目掛けて飛ばしていた。だが気づけば距離を縮めて魔魂杖まこんつえを振り回し、肉弾戦を繰り広げた。

 花も恥らう乙女たちが声を張り上げる。身軽そうなユニフォームには防御性能などなさそうだが、彼女たちはまさしく格闘戦の真っ最中だった。観客たちは早くからボルテージを上げ、戦う女の子たちに声援を送っている。

「な、んだ……これ?」

「シンヤさん、これがバラックですよ」

 リリナは笑みをこぼした。

「バラックは、バトレーザ・ラッケルス・クラーカ……魔法語で」

「戦球術でしたね。ユリカに聞きました」

 元は戦闘術だった、というユリカの言葉がよぎる。なるほど理解した。ユリカが家の庭でしていた魔魂杖の素振りも、近接格闘を思えば合点がいく。

(見学でよかった……)

 心の底からの安堵だった。

 女の子めがけて杖を振り回し戦うなんて、今の槙矢にはとてもできなかったから。女の子たちが鬼気迫る勢いで突撃してくる様を想像するといい。それを正面きって迎え撃つなんて……考えただけでも寒気がする。

 団体戦は、毎度の激しさだったが、いよいよマドウ高校の番となり、槙矢は心臓がキリキリと痛んでくるのを感じた。

 ユリカは、あんな激しい競技に参加していたのだ。

 魔法を使い、相手を倒す。それ自体厳しいことなのに、その中で周囲よりレベルの低い者がいればどういうことになるか。

(相手からは絶好のカモ……味方からは見たら単なるお荷物だよな)

 いままで魔力が低くて、悔しい思いをしていたのは想像するのは難しくない。

(それなのに……よく続けられるよな)

 痛い目にもいっぱいあっているはずなのに、それでも諦めない。いったい何が彼女を突き動かしているのか。

 競技が始まる。

 マドウ高校は実に危なげなかった。全国上位レベルといわれる氷見レンの力はすさまじかった。

 開始と同時の魔法球飛ばしで、相手校選手を次々に狙撃し――そう狙撃だ。一撃必殺とはこのことである。前線でぶつかるころには、相手校はほぼ戦闘不能になっていた。

 槙矢は、彼女たちの活躍をつぶさに観戦する。マドウ高校は順当に勝ちを収め、地区大会決勝に進出。そこでライバル校とささやかれるツジマ学園とぶつかったが、氷見レンの狙撃と格闘――近接戦でも彼女は強かった――に加え、魔力レベルの高くなったユリカの善戦で勝利した。相手大将である銀髪少女を仕留めたのは、ユリカだった。

 チームメイトからも祝福され、ユリカは非常に機嫌がよかった。

 彼女の姉であるリリナも、とても嬉しそうだった。活躍はもちろん、妹が怪我もなく、また味方から恨まれるようなこともなくて、胸を撫で下ろしたのだろう。

 恨まれるどころか大殊勲だが、以前ユリカが部室に向かう前に緊張していたのを思い出せば、リリナがひどく心配しているのも理解できた。部のお荷物だった彼女が、当然大きな顔などできるはずもない。さぞ居心地が悪かったことだろう。 

 だがそれもここまでだ。ユリカの充実した笑顔を見れば、それがわかった。


 ・ ・ ・


地方大会は終わった。

 退部の瀬戸際に立たされていたプレッシャーから解放されたせいか、ユリカは少しカドがとれたようだった。槙矢に対しても優しくなったような気がする。

 一方の槙矢はクラス委員長のカコと関係を持っていた。あの行き過ぎた変態には少し引くところもあるが、慣れというのは恐ろしい。

 ただそれをユリカに知られてしまった。彼女はその件で激しく槙矢を非難した。

 ユリカは、カコに槙矢が悪魔であることをバラした。彼女としては、付き合いをやめさせるため、クラスメイトを悪魔の歯牙から守ろうとした結果だったのだろうが、カコ本人がどうしようもないド変態であることを知らなかったのは誤算だった。

『あぁ、悪魔に魂を捧げる……なんてキュンとくる響きですか』

 信じる信じないは、すでに別の話だった。槙矢が閉口したのは言うまでもない。ユリカも目を丸くしてカコを見た。

『魂を貪り食われ、私はあなたに永遠に従属する奴隷になるのですね……』

『……すいません、考えさせてください』

 槙矢の方からお断りの言葉を口にする始末だった。

(そんな簡単にオーケーなんてしていいの? 奴隷だぞ、永遠に従わなくてはいけないって考えただけでゾッしないのかよ! ……って、しないよな、カコは変態だから)

 簡単に魂を手に入れられるのに、槙矢はそれができなかった。変態性に目を瞑れば、とてもいい娘なのだ。そういう娘を弄ぶというか、将来まで手に入れてしまうことに対する覚悟がなかった。つくづく悪魔に向かないと思う。殺しても憎いほどの相手なら、話は簡単なのだが。

 とはいえ、魂とかは置いておいて、槙矢はカコとのイチャイチャライフには何も遠慮しなくなった。そう、男と女の関係に進んだのだ。

(だってね、もう、遠慮とか逃げとか、みっともないからやめたんだ)

 カコはいい子だ。性格が変態なのがアレだったが、献身的で、どんな行為も基本オーケー。こんな恵まれた相手はそういない。

(相手が望んでいるのに、しないのは男じゃねえ!)

 初回へタレていたのは忘れてください――槙矢は、その点についての迷いは捨てた。

(ええ、彼女を抱きましたよ。童貞卒業しました。だからなんだ?)

 ある意味、開き直りだった。


 女の子とイチャイチャしていた槙矢は唐突に呼び出される。そこにいたのは氷見先輩とユリカ。

「シンヤ! 二つ目のお願い!」

 彼女の願いとは――次話、明日20時更新予定。

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