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第14話 天使になっちゃった

 翌朝。

 何だかんだ言っても眠れた。槙矢は寝ぼけ眼をこする。ただ槙矢は服を脱いでいたし、隣で寝るカコもその白い肌をさらしていた。

(はい、俺はカコさんと寝ました、それが何か?)

きっとどうかしてたんだ、と思う。カコは全面的に好意を寄せ、しかも一晩を共にすることになった。だがカコの魅力的な肢体を前にしても――そこから先に槙矢はいけなかった。

(はい、覚悟が足りませんでした。……俺の馬鹿っ!)

 男になる絶好の機会にも手が出せなかった。よく自重したと自分を慰めてもいいだろうか。それとも男の風上にも置けない意気地なしか。

 このヘタレめ。

 誰かの声がしたような気がした。

(たとえ彼女を抱いても、誰も文句はいわなかったんだろうな……要するに……)

 うつむいた槙矢はそこで違和感を覚えた。なんだろう、この胸の突起は。なだらかで丸みを帯びた――乳房。

「はあっ?」

 ありえないところにそれがあった。槙矢の胸に、ふくよかな肉の塊がふたつ……。

 自分の身体に触れる。腰回りがほっそりしている。肩にさらりとした感触を感じ、手を持ってくると髪の毛に触れた。誰の? 自分の。長くなった髪。

「な、なんじゃこりゃぁあああっ!」

 槙矢は絶叫した。

 結論、男になれなかった、ではなく、男ですらなかった。


 ・ ・ ・ 


「で、昨夜の話を総括すると」

 アグレスは鼻を鳴らした。

 夜、槙矢くんはカコさんと添い寝しました。槙矢くんは、カコさんのあのふっくら巨乳を触り……背中をなで、それで終了しました。

「閣下、ヘタレが過ぎますぞ! 人間の男だってベッドの上では野獣と化すのに、悪魔であるあなたがそれでは……」

「悪魔の風上にもおけない、か?」

 皮肉げに槙矢がいえば、少年型魔法人形のレオが口を開いた。

「ソフトなもので逃げたかったんですね、シンヤさん。最近、夢にリィリスさんが出てきたと伺いましたし」

「リィリス……」

 アグレスが頭を垂れた。

「……確かにあの売女とヤッた翌日は、静かにしたいと思う気持ちになります。何でもリィリスは、西方悪魔軍の堕天使どもと軒並みヤッているほどの好色。百合ゆり百合ゆりん」

「……」

 言葉もない。

「――それでこのザマですか」

 メイド型魔法人形ヘイゼルが、物凄く冷めた視線をむけてきた。

「女の子になっちゃった――」

「棒読みやめてっ!」

 槙矢は頭を抱えた。一晩明けたら、なんとびっくり、槙矢くんは槙矢ちゃんになっていたのだった。

「女の子!」

「きっと悪魔らしい振る舞いをしなかったせいですね」

 レオが哀れみの視線を向けてくる。

「悪魔らしい振る舞いって……。じゃあ、この世界ではいいことすると女体化すんの!?」

「いいことしてねええぇでしょうが!」

 アグレスが吼えた。

「なんですか閣下、目の前に裸の女がいて、同じベッドに入ってお腹一杯ですか? あなたは女の親か! 閣下じゃければバカヤロウと叫びたい!」

「……もう叫んでるよ」

 槙矢は剥き出しの自身の胸に触る。柔らかな感触。吸い付くような肌、弾力。

「……巨乳さんですね」

 レオが小さく笑みを浮かべた。

「スタイルいいし」

「つーか、閣下、我輩ムラムラしてきました。閣下は女になっても素晴らしいですね。我輩としましょう! すぐしましょう! ここでヤりませう!」

「って、犬とやる趣味ねえよ! 変態じゃねえか!」

「我輩、悪魔ですから。背徳と肉欲には正直なんですよ」

「却下だ、犬ッころ!」

 槙矢はぶち切れる。

「どんな展開だよ! 最近流行りのオトコの娘かよっ! 女の子になったら美人になるって――」

「自分で美人というなんてイタイですね」

 ヘイゼルは無表情。

「だから棒読みはやめてー」

「可愛いですよ、シンヤさん」

 レオは反対にとても楽しそうだった。

「ところで、股間にアレはついてます?」

 昨日、結局使うことがなかった男の証。布団の下に手を突っ込み、股間を確認。

「……ついてる」

 槙矢は安堵する。だがヘイゼルは容赦なかった。

「ふた〇りですね、わかります」

「こらこらこら……」

「いちおう男のモノはついてるわけですね。ならここで悪魔らしく振る舞えば、まだ男の子に戻れるかも」

 レオが顎に手を当て考え込む。この中途半端な女体から、元の姿に戻れるなら何でもする気だった。槙矢は期待を込めて少年型魔法人形を見やる。

「というと?」

「そこのカコさんをレ〇プして……」

 前言撤回。それは無理。

「ふざけんな! んなモンアウトだろうが!」

「いや、セーフでしょう閣下。この場合」

 アグレスが言った。

「マスターは悪魔ですし」

 ヘイゼルも言った。

「天使になりたいとおっしゃるなら別ですが。天使=女子ですけど」

 レオの言葉がトドメだった。槙矢は天に吼えた。

「のぉおおおおおぉ。……なにそれ悪魔ならなにやってもいいのかよ」

「人間の作った法律に悪魔が従う必要がございますか」

 少年型魔法人形は実に楽しそうだった。

「レ〇プなら一発で、悪魔に戻れますよ」

「俺は人間だ!」

 槙矢は怒鳴る。

「自称悪魔なんてイタイやつだ!」

 そこでふと我に返る。

「レオ。いま天使になりたいとか言ったか?」

「はい、シンヤさん。あなたは東方悪魔の筆頭ですが、同時に天使でもあります。お忘れですか」

「いや、知らんが」

 そう言ったところで、そういえば前に、ユリカの姉のリリナがそんなことを言っていたのを思い出した。

「何で天使=女体化なんだ?」

「それはあなたが性を超越した存在だからではありませんか?」

 ヘイゼルは淡々と告げた。

「かの悪魔王サタンも、両方の性別をもっているとか。確かに希少な例ではありますが、マスターほどの悪魔ならそれもありえるかと」

「……えぇ……」

 絶句する一方、そう言われてしまえば、そういうものなのかとも思った。何せ初めてのことなのだ。だいたい、こうなると誰が予測できたのか。……少なくとも槙矢は予想できなかった。

「とりあえず、俺は悪魔らしく振る舞わないと天使……女の子になってしまうと、そういうことだな」

「はい」

 ニコニコとレオが微笑んだ。ショタ萌えはないぞ――と内心で毒づきながら、槙矢は途方に暮れる。

「そういうことはもっと早く言うものじゃないか?」

「ご自分のことですから、ご存知かと」

「知らないよ、そんなこと」

 仮に知っていても、悪事に走れたかは別問題だが。

「つまり。俺は悪いことをすれば、元の身体に戻れるわけだな?」

「外でお待ちします」

 ヘイゼルが一礼し、レオとアグレスも部屋を出て行く。残されたのは槙矢と、いまだベッドで熟睡中のカコのみ。本気でレ〇プさせるつもりなのか。槙矢は陰鬱な気分になる。

(でも同意の上ならレ〇プにはならないよな……)

 果たしてその度胸があるのか、槙矢は思う。そもそもこの身体になった槙矢をカコが受け入れるか、それが問題だった。いや、それを無視するのが、レ〇プではあるまいか。同意の上なら何も悪くないわけで、それでは意味がないのではないか。

 ため息がこぼれた。どうしたらいいんだ……。

(そうか、何もマジでヤることはないんだ。悪いことをすればいい)

 思いたったら何とやら。槙矢はレオを呼んだ。そして恥ずかしながら、あるモノを用意させた。

 カコが目覚める前に、罪悪感でいっぱいのことをしよう。

(でもきっと嫌われるんだろうな)

 だが仕方ない。自分が女の子でいるのは受け入れ難いことだ。自分は悪魔なのだ――そう思うことで心のバランスを保つ。

(ごめんよ、カコさん)

 せっかく好意を寄せてくれたのに、こんな裏切るようなことをして。


 ・ ・ ・


 いたずらとしては度を越していると思う。

 何せ、生まれたままの姿の女の子を縄で縛り、ペットのように首輪をつけて、しかもその白くなめらかな肌に、インクで落書きをしたのだから。

 生真面目な優等生であるカコには、到底受け入れ難い屈辱になるに違いない。目隠しをかけたのはお情け――というか、目覚めた時、カコの目を直視できないからだった。

 槙矢の中で広がるいっぱいの罪悪感。女体化していた体が、ムズムズしてきた。ボリュームのあった胸がまな板になり、体つきも元に戻りつつあった。髪も短くなっていく。

 やがて、とても人前には出せない、いたずら書きをされたカコは目覚めた。だが視界を奪われ、全身が拘束されていることに気づき、びっくりする。

 だがそこからの反応は、槙矢の予想を裏切った。

「ああっ、私、縛られてるっ!」

 何だか声に艶があった。

「あの、そこにいるの、シンヤくん……ですよね? これはいったい」

「ごめん、カコさん」

 理由は告げない。言えるわけなかった。女の子になっちゃいました、なんて。

 目隠しした保険が生きていた。答えられず、ただ謝ることしかできない槙矢。やがてカコは、小さくもがき始めた。

「痛い?」

「いえ……気持ちよくて」

「は?」

 聞き違いかと思った。だがカコの口には小さく笑みが浮かぶ。

「すごい……まさかシンヤくんが、イジメてくれる人だったなんて……。私、うれしい」

「ええーと、カコ、さん……?」

「私、イジメられると興奮しちゃうんです。やだ、こんな――私たち、すっごく相性よくありません? うれしい」

 うれしいを連呼するカコ。

「いつか、自分の性癖を告白しなくちゃって思ってたけど……よかった。これなら嫌われないですね。私もこういうことしてくれるシンヤくんのこと、もっと好きになりました! ご主人様と呼ばせてくださいっ!」

「う……あ」

 ひょっとしなくても、カコはMな人か。

「あぁ……胸がキュンときます。……どうぞ私を罵ってください。変態な私をいじめてくださいっ!」

 リアルに変態だ。表情が引きつっていく槙矢。カコは上気した顔のまま言った。

「私、大抵のことできますから。例え、シンヤくんが私の想像の上を行く変態でも、望むとおり何でもします。縛り、はしてますね。ろ、露出ですか、それとももっと先も……」

 全裸落書き、おまけに縛って、首輪つけて露出って――何というハードルの高さ。筋金入りの変態だ。だがそうお膳立てをそろえたのは槙矢自身で。

(ダメだ、俺も変態を否定できないっ!)

 槙矢は呆然となった。返事のないそれに、さすがに引かれていることに気づくだろうと思いきや、カコは自らの大きな胸を揺らし、恍惚とした吐息を漏らした。

「ほ、放置プレイというものですね。私、もう……」

 この子も人の話を聞かないタイプか。槙矢にもはや言葉はなかった。それにしても――

(なにやってるんだ、俺は……最低じゃないか……)

 好意を寄せてくれる女の子に対して、自分が男に戻るためとはいえ、縄で縛って、その身体にいたずら書きなんて。思わずため息がこぼれる。本当に、何をやっているのか。

 異世界でもいいなんて、思い始めていたのが仇になった。

 この世界で悪魔として生きている以上、槙矢は超常の力を振るえる一方、悪魔らしからぬ振るまいを続けていると、身体が女体化し天使へとなってしまう。逆に悪事に手を染めているあいだは、男のままでいられる。

 ほんと、何でこうなるんだ……。


マドウ高校バラック部は地区大会に出場する。天才魔法使い麻桐ユウヤの娘、ユリカは自らの進退を賭けた大会へ赴く。槙矢はそこでバラックという競技の真の姿を目の当たりにする――次話、明日20時更新予定。

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