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第13話 彼女ができました。

 槙矢は数日を過ごすうち、学校へ通っている理由を忘れそうになっていた。

 それというのも、槙矢の心情は、別のもので満たされていたからだ。

 つまり、リア充最高、である。

(なんだよ、意外とふつうに話しているだけで、こうも学校って楽しかったのか!)

 元の世界では、クール気取ったわけではないが、クラスに打ち解けようとしなかった。もっとも、いまの自信の根源は魔法の力が切り札として存在しているからで、果たして素の自分では、こうまで強気に出られるかといえば……そうでもないような気がする。

 先日の一件以来、クラスメイトの宮戸クラトからは隙あらばつきまとわれた。外見が可愛いので嫌ではないが、どこから聞きつけたのか、槙矢がバラック部に入ったことを知っていた。槙矢を魔法使いと認定し尊敬の眼差しを向けてくるようになったのだ。

 魔法使いになりたい、と言うクラトは、どうやったら魔法使いになれるか聞いてきた。 魔力? 才能?

 うまく答えられない。悪魔だからじゃないか――とはさすがに口に出来ず、その件をヘイゼルに相談すれば、彼女は能面のような無表情で言うのだった。

『魔力を供給して差し上げればいいのです。私がマスターにしているように――』

 つまり――

『キスしたり、エッチぃことしたりすればいいのです』

 ですよね――槙矢は閉口するのだった。

 クラトは女の子に見えるが男の子であり、エッチぃことをするというのは……その、BLとかいうやつになってしまう。槙矢は間違っても、男色家では決してない。

 それに、クラトだって嫌だろう。同性とそんな関係は。

 そこへ来て、アグレスが言った。

『なら、悪魔の契約持ち出したらどうです、閣下。魂と引き換えに、魔力を与えるというのは』

 もっともオーソドックスなパターンである。実際、それが目的で槙矢は異世界くんだりに来てまで学校に通っているのである。しかし、あの無垢なクラトに、悪魔の契約を結ぶというのは……彼の魂手に入れて奴隷にって気が引ける。……どうにもBL臭が。

 とりあえず、ユリカの家の魔術書を持ち出し、クラトに貸してやることで時間を稼ぐ。何か名案が浮かぶまで。


 ・ ・ ・


「……で、さっきの授業で、先生が言っていたのは」

 休み時間。清楚な黒髪美少女クラス委員長であるカコが、槙矢のノートを見ながら文章に線を引いていく。槙矢の席の前に椅子を持ってきて、まだこの世界の文章に不慣れな槙矢に勉強を教えてくれていた。

 カコの成績はクラスでもトップクラス。学年でも指折りの優等生である。だが当の槙矢は勉強よりも、優しくしてくれるカコと、彼女の豊かな胸に視線が釘付けだったが。

「ねえ、シンヤくん、聞いてる?」

「うんにゃ、全然」

「もう、シンヤくんったら」

 カコが頬を膨らませる。そうして怒っているところも可愛い――なんてベタな感想が浮かんだが事実だから仕方がない。槙矢が微笑むと、仕方ないなといわんばかりにカコも穏やかな表情で肩をすくめるのだった。

(これ、恋人っぽい!)

 槙矢はワクワクしてしまう。元の世界とは明らかに周囲の状況が違う。可愛い女の子とイチャイチャするのは端から見ていると何かいらつくものだが、いざ自分がそれをしているとこんなにも胸が弾むものとは思わなかった。ついでにカコの巨乳も弾む。

「ちょっといいかしら?」

 無粋な声が、槙矢とカコの邪魔をした。誰あろうユリカだった。ある意味、ふたりのイチャイチャぶりの被害を受けているユリカは、ずっと機嫌が悪い。殺気だった目で槙矢を見ているのは気のせいだろうか?

「カコさん、シンヤ借りるわ」

「じゃ、続きはまた後ほどということで……そうだ、シンヤくん、今日おうちへ行ってもいいですか?」

「来んな!」

 ユリカが怒鳴り、カコはドキリする。

「そういう言い方ないだろ」

 槙矢はユリカの態度をたしなめたが、彼女はいきなり肩をつかんできた。

「いいから来なさい!」

 教室の外へ連れ出される。ユリカが屋上まで槙矢を引っ張れば、空はよく晴れていた。ゆっくりと流れていく白い雲。穏やかな風が肌を撫でる。

「すっかり恋人気分? いい気なものね」

 ユリカは腕を組んで睨んだ。

「女の子をだまして喰ってやろうって魂胆みえみえなのよね、この変態悪魔」

「学校生活を楽しく過ごしてなにが悪い」

 槙矢は反論した。人間楽しみの一つもなければ生きていけない。アニメや漫画を取り上げられて……。

(って、俺は何回同じことぼやいてんだ)

 未練たらしくてため息しかでない。

「これは命令したほうがいいかしら? 他の女の子にちょっかいを出さない。たぶらかさない、襲わない……いいわよね? あなたのために貴重なお願い事を使うのは頭にくるけど、一回は一回。あなたも文句ないわね」

「断る」

「なんですって!」

 ユリカは目を回した。

「あれだけ使って欲しがってた願い事なのに、断るですって?」

「俺のささやかな楽しみを邪魔しないでほしいな」

 槙矢は空を見上げる。

「はじめて女の子と仲良くなれそうなんだ。それにカコさんはかわいいし、優しいし……俺に惚れてるみたいだし」

 思わず顔がにやけてしまう。クラスでもそうだが、バラック部での槙矢の評価もうなぎ昇りである。特に部長の氷見先輩も最初のよそよそしさが嘘だったように好意的だった。

「あなたの正体が悪魔だって知らないからよ」

 ユリカは正論をぶつけた。

「それに魅了とかって魔法があるって聞いたことがあるわ。それ使っているんでしょ?」

「使ってない」

 失敬な、と槙矢は口を尖らせた。何故、ユリカは言いがかりにも等しいことをポンポン口にするのか。

(恋人を演じたら駄目なのか。デートしたっていいじゃない、人間だもの)

「あなたが悪魔だっていうだけですでに問題なの!」

(だから俺は人間だって何度……)

「だいたい、学校にいられるだけでわたしの気の休まる時間がないわ」

 ユリカは頭を抱えた。

「……だからって家に放っておくのもゾッとするけど。あなたが何か騒ぎを起こさないか、何かよからぬ事を企んでいないか、ハラハラさせられるもの」

「さっきから聞いているとさ」

 槙矢は首をかしげた。

「お前、俺に気があるのか?」

「はぁ? 何を言ってるの? 頭生きてる?」

 ユリカは手厳しい。当然の反応だが、槙矢には別の考えがあった。

「だってそうだろ? 他の女の子に手を出すな、ってまるで恋人に『浮気するな』って釘刺しているみたいだし、ずっと俺のこと見てるんだろ?」

「悪さしないか心配なだけよ」

 ユリカはそっぽを向いた。

「心配っていってもあなたじゃなくて、他の人たちのね。あなたを呼び出したのはわたしだし……責任があるもの」

「そんなものか?」

「そういうものよ。当たり前でしょ」

 彼女は鼻で笑った。槙矢はがっかりした。何事もうまくいかないものである。ユリカも実は、槙矢に好意を抱いていて――というのは所詮、幻想ということである。

(でもいいもん。俺にはカコちゃんがいるもん)

 気を取り直すことができるのはいいことだった。槙矢の異世界ライフも、そう悪いものではなくなりつつあった。


 ・ ・ ・


「好きです! 付き合ってください!」

「……よろこんで」

告白された。顔を真っ赤にしたカコからのアプローチだった。

 初めてだった。女の子から恋愛感情を向けられたのは。

 有頂天か、はたまた混乱だったのかわからない。気づいた時には、槙矢はオーケーを出していた。よく考えもせず。美少女にコクられて理由もないのに断る奴なんていないだろう。

(いいのか、んなことして? 俺は悪魔なんだぞ! いや、人間だけど、ここじゃ悪魔であって――何も知らない女の子と、付き合ったりなんかしちゃって……)

 いいの?

罪悪感を覚える。これが元の世界だったら問題ないのだが、ここでは異分子。いつかはわからないが元の世界に帰る身であるわけで。

(俺、将来の責任とれないよ……)

「あの、シンヤくん。……もしよければ……今日、あなたの家に行ってもいいですか?」

「はい?」

(それはつまり……ええと、男の部屋に来るということは――そういうこと考えちゃってもいいのかな、かな?)

 はっきり言えば、この時の槙矢はパニクっていた。

 放課後、マドウ高校を出た槙矢は帰宅する。隣にはカコがいて、そのまま槙矢の家――麻桐邸へと上げていた。

 ドキドキしていた。元の世界でも女の子を自分の部屋に入れた経験などないのだ。中でカコを待たせている間、槙矢は廊下にてゴールデンレトリバーの姿の悪魔アグレスに事の次第を告げた。アグレスは、卑下た笑みを浮かべた。

「そりゃ、閣下。ゾッコンというやつですな、うん」

「……」

「魅了の技でも使ったんですかな閣下。さすがシーンヤー様、女子おなご一人を操ることなど簡単ですか」

 槙矢は口を閉ざす。アグレスはなおも厭らしく笑った。

「しかもお持ち帰りですか、閣下。今夜は寝れませんなー」

「ああ……」

 頭を抱えた。手に汗をかいている。

 部屋に、当のカコがいる。興味深そうに男の子の部屋――ということになっている――を眺めている。ついてきてしまった。いざ現実に思い当たり、夢から覚めた気分である。

 槙矢はアグレスを見下ろした。

「俺はどうすればいい?」

「女子がきているのです。抱けばよろしいかと」

「抱けって……」

 エッチぃことだ。男と女がベッドの上でギシギシアンアン。あのおっきな胸を持つカコさんと裸のお付き合いをするということである。

「相手がそれを望んでいるのに、喰わぬは悪魔の恥ですぞ」

 アグレスが唸った。槙矢は押し黙る。

「閣下のお邪魔をするのもなんですし、我輩はここで退散させていただきましょう」

 くるりと背を向けるアグレスに、槙矢は待ったをかける。

「俺を一人にする気か?」

「複数でのプレイをお望みですか、閣下?」

 アグレスが何気に恐ろしいことを言った。

「であるなら我輩はどの姿をとればよろしいですか? このまま犬の姿であの娘を……」

「やっぱり離れててくれるか」

 悪魔は鬼畜で、ド変態だ――槙矢は疲れた顔でアグレスを追い払った。

 カコはベッドの上に行儀よく座っていた。あの制服の下、ふくよかな胸。果たしてあの触りごこちは……。

(っていかんいかん!)

 槙矢は首を横に振る。しかし誘惑は心を侵食していく。今夜は眠れない。


 カコと一晩同じ屋根の下で過ごした槙矢。だが朝、目覚めると予想だにしない事態に陥っていた――無表情メイドのヘイゼルの視線が突き刺さる。

 次話、明日20時頃更新予定。

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