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「ねえ、龍神さん。今日の放課後、空いてない?みんなでカラオケに行こうと思ってるんだけど」


 1年1組の教室で、複数人の女子が帰り支度中の龍神王座に誘いをかける。放課後の遊びへの誘いのようだ。

 しかし、龍神はそれを断る。


「ゴメンね、最近忙はしくてさ」


「えー、ざんねーん」


「また今度誘うね?絶対行こうね?」


「ああ、また今度にね」


 女子達に惜しまれつつ教室を去る龍神。前は瀧と一緒に帰っていく姿をよく見たが、最近はさっさと帰ってしまう。何か用事があるのだろうか。


「いいよなー、龍神。あんなモテモテに俺もなりてーな」


「諦めろ、お前にゃ無理だ」


 龍神を羨ましがる後藤と、それは無理だと諭す光輝。ちなみにクリスは何やら学校の手続きがあるとかでもう教室には居ない。


 最近後藤が気がついたらこの教室に来ているんだが気のせいか?お前他の友達はどうしたよ。

 というか、あれは龍神だけの特権のような物だ。なんだろう、そもそもが発している雰囲気というか、帯びている物が違うんだよな。龍神と似たような喋り方の瀧が女子に特別人気かと言われればそうでもない。だが、龍神の人気度は異常だ。あれかな、服装かな。女子なのに赤シャツに学ラン、しかもボタン前開けという前代未聞の格好良いスタイルが人気なのか。

 まあ、俺は別に龍神に憧れているわけでもないので、深い考察は必要なしか。よし、帰ろう帰ろう。


「なあ、お前。今日空いてるか?ちょっと面貸せ」


 光輝もまた帰り支度をしていると、横から夜千代に声を掛けられた。何の用だろうか。しゃーない、後藤とは帰れないな。


「ん?ああ、いいぞ。悪い、後藤。ちょっと一緒に帰れねーわ」


「コーちゃんまで俺を除け者にするのか……。いいさ、俺は俺でビッグになってやるのだ!」


 断りを入れられた後藤は、少し拗ね気味に教室を出て行った。おう、頑張れ。声には出さんが応援してるぞ--


--建物と建物の間の路地裏。あろうことか、夜千代はそんなよくわからない場所に光輝を連れてきた。周りに人影は全くない。


「どういうつもりだよ。まさか面貸せって、対面でもやるつもりじゃないだろうな」


 光輝は自販機で買った缶コーラを飲みながら夜千代に尋ねる。対する夜千代もまた、壁に背中を預けて缶コーヒーを飲んでいた。戦闘の意思は一切見られない。


「いや、違う違う。まあ、とりあえず……あれよ。なんつーのかな」


「なによ」


 なにやら目をつぶり、首を捻ったり頭を唸らせたりして考え込むような仕草をする夜千代。一体何なんだろうか。


「……床屋のアレあるじゃん、クルクル回るやつ。あれさ、昔どこまで登ってくのかなー、何処に消えてくのかなーなんて思ったりしたわけよ」


「ああ、サインポールか。確かにあの視覚攪乱効果は目を見張るものがあるな。……そんな事を言いたかったのか?」


 だとしたら世間話も良いとこだ。まさしく駄弁。まあ、付き合えといえば構わないのだが。


「じゃなくてだな。……まあ、良いか。今から喋ることは他言無用だ。お前にだから、この場で、話す。私の憶測も含む、内容はどう捉えてもらっても構わない」


 神妙な、悩むような表情で光輝に念を押してくる夜千代。先程のは考えあぐねてつい繋ぎで発してしまったもののようだ。どうやら本題は大事な話らしい。


「分かった。約束する、信用してくれ」


「オーケイ、信用した。いきなりだが、今イクシーズの街は非常に物騒なんだ。報道こそ控えられてるが、警察は大忙しだ。理由は「ヤクザの抗争」らしい。なぜ私が知ってるのかは察せ」


「……ああ」


 黒先夜千代が何者であるか、その正体を未だ光輝は知らない。しかし、彼女には彼女の事情がある。だから、あえて聞かないが、彼女を信頼はする。

 そしてにわかには信じ難いが、イクシーズの街が危険な状態にあるかもしれない、という事だ。

 確かに栄えてる街なら、そういう物はあるのだろう。東京、大阪、名古屋。どこでだって似たような話はあるだろう。それはイクシーズでも同じらしい。

 だが、そんな話を聞いて俺にどうしようというのか。ただでさえ危険な話なのに、この街じゃその度合いは外とは段違いになる。なぜなら此処は異能者だけが住む社会だからだ。そんな所で抗争が始まったりしたら、それは只事じゃない。それは俺なんかにはどうしようもない。


「と、まあ。本題はここからだ。そんで初日の目撃情報があってな……。赤い髪の少女を見た奴が居るんだとよ。それがヤクザとどんな関係かってな」


「赤い髪の少女……。女、それも子供か」


 光輝は脳内で一人の人物を思い浮かべた。光輝が知っている赤い髪の少女と言えば心当たりは一つしかない。

 龍神王座。彼女がその能力を使った時、髪の色が丁度、黒から赤へと染まる筈だ。


 視界よりも脳内へ意識を集中させる光輝の眼前へ、夜千代は指を差した。


「お前の思ってる人物。最近様子はおかしくなかったか?」


 夜千代のまさかの言葉。その言葉に光輝は胸中でドキリ、とする。


「……って、お前、まさか」


 彼女が何を言いたいか、なんとなく分かった。そうだ、そうだった。

 思えば、夏休み最終日。いつも一緒だった瀧と龍神が、何故か瀧だけ光輝の家へ来て、龍神は居なかった。

 最近、龍神は他人との付き合いが悪い素振りもあった。いつもなら、誘われた物事には瀧と一緒に進んで行くような奴だった。

 一体、どういう事だ……?


 さらに、光輝の脳内へもうひとつの言葉がぶつかる。


「ちなみに、ヤクザの抗争があったっつーその日に、私は夜の街で龍神王座を見ている」


「……」


「龍神王座には、何か、大きな秘密があるんじゃないか」


 わからなくなる。龍神王座という少女が、ふと、いきなり。


 本来一歳年上という事実からかいつもは優しめの態度でいて、言葉遣いは貴族っぽく、荒っぽさのある瀧とは正反対で落ち着いていて、よくわからないファッションを好む、女子から人気のある、大人びた少女。それが光輝の中での龍神のイメージだ。


 それが、靄がかかったかのように霞む。一体どういう事だ。今、何が起きているんだ。


「……と、まあ。これが杞憂ならそれでいいんだがな。今の話は全部、重要機密トップシークレットだ。他人に匂わせる発言や行動も無しだ。けれど、私と龍神と、両方仲が良いお前だから聞きたい」


 夜千代は光輝の目を見る。お互いに、似たような目をしている。改めて感じる。俺たちは似ているんだと。


「お前はどう思う」


 希望や願望など無く、その目にはただ問いかけがあるだけだった--


--夜のイクシーズの街を、光輝は彷徨う。


 悩んでいた。龍神王座が、本当に関わっているのか?もし関わっていたとしたら、自分はどうすべきなのか?

 無視でいいのだろうか?自分に何かできるか?お前はそんなに何かを成せる程に立派な人間か?


 夜千代からの問いかけ。答えは直ぐには求められなかった。しかし、答えを出さなきゃいけない日が来るとしたら、それは直ぐだ。先延ばしには出来ない、だから早く答えを出さなければいけない。


『坊主よ、不安なのは分かる。しかし、考えすぎても気疲れするだけぞ。いっそのこと、嬢に聞いてみてはいかがかな?夜の街で、何をしていたのかと』


「そんな事出来んならとっくにやってるぜ……」


 背後霊のムサシが心の中で語りかけてくる。流石に夜の市街を、それも抗争があると噂の中でムサシの魂結合無しで歩くのは憚られた。今は仕方なく、魂結合を維持する。


 光輝は目が良い。それは「超視力」があるからだ。もし、この眼で今日、龍神を見たのなら。その時は絶対に聞く。現行犯だ。しかし、夜千代からの情報だけで龍神を疑い、聞くわけにはいかなかった。


 だって、そりゃそうだろ。俺とアイツは友達だから。


 岡本光輝の、数少ない友達。そんな友達は、大切にしなければいけない。

 しかし、この選択は合っているのだろうか。ムサシの言うとおり、もう確証も無しに本人に問いただしてしまえばいいのだろうか。それで違うと言ってもらえば、何の問題も無い筈だ。


 けれど、聞けない。


 後ろめたい?そりゃそうだ。もし違ったら。俺は安堵するだろう。けれど、申し訳なさもあるはずだ。人を疑うというのは、それを本人に言ってしまうのは、相手に不快感を与えるわけで。そうだよな、それは相手も自分も嫌だよな。


 ……違う。嘘をつくな、自分を騙すなよ。怖いんだ。もし、本当に、龍神がその件に関わっているのが。


 もし聞いて、龍神が本当の事を言って。それがそうだったとしたら。俺はどうする?止めるのか?何をどうして?俺は俺、アイツはアイツだ。友達だとはいえ、別人だ。アイツにはアイツの理由があるんだ。だとしたらどうする?


 クソ、クソ!どうすんだよ、俺!


「お、1年1組の岡本じゃんか。こんな夜中にどうしたんだ?」


「……え」


 気が付けば、目の前に複数の男達が立っていた。考え事で全然気にしてなかった。6人程の彼らは、カラオケかなんかの帰りだろうか。夜の街を歩いているとは遊んでいたということだろう。それともこれから何処かへ行くんだろうか。分からないが、なぜ俺の素性を知っているんだろうか。


 ふと、思い出す。彼らの顔を、光輝は見たことがある。同じ学校の生徒だった。


「……ちょっと、散歩を」


「へぇ、こんな夜中にねぇ。……お前、転校生のクリスさんや芸能人の一宮さんと仲が大分良いんだってな。なんでお前みたいな奴があんな美人様と仲良くなってんだ?」


 今の光輝はイラ付いている。龍神の事だけで精一杯なのに、そんな事をいちいち聞いてくるなよ。ああ、分かってる、理解わかってんだよお前らが言いたい事は。


「……それはどういう意味でしょうか」


『待て、坊主。落ち着け、いつもの主じゃないぞ』


 光輝は分かっててそう言った。普段ならヘコヘコして勝手に下がって、合法的に逃走ルートを確保する。しかし今は、相手にその言葉を吐き出させたかった。もう導線は用意してある。後はお前らが勝手に火を着ければいい。今は感情を爆発させたかった。


「Eレートで底辺のようなお前よりも俺らのが相応しいって事だよ」


「ははっ、ちげぇねえ」


 ゲラゲラと笑う男達。楽しいねぇ、嗚呼、とても楽しいねぇ!


『……好きにせい。それもまた、主の道よ』


「お前らみたいな馬鹿が彼女らと釣り合う?ナマ言うんじゃねぇよ」


「--」


 ビキリ、と男達のこめかみに筋が浮かぶ。いかれ、もっと怒れよ。俺はめちゃくちゃキレてんだ。お前らが怒らねえと釣り合いがとれねぇ、キレ損だ。


「あ?」


 男達は扇状に光輝の前に立ちふさがった。光輝は今、喧嘩をふっかけたのだ。


 今の光輝は止まらない。感情のコントロールは出来ていない。ムサシとの魂結合がいずれ外れるかもしれない。けれど、そしたらそしたでジャックが居る。その気になればお前らみたいなミジンコを小微塵こみじんにすることだって他愛ない。


「ぜんっぜん、釣り合ってねえ。クリスも一宮も、立派な奴らだ。そんな彼女らがお前らと釣り合うわけがねぇ。雲の上、天と奈落だ。住む世界が次元超えてちげぇんだよ」


「てめぇ……」


 男達の怒りが頂点に達しようとしていた。しかし、光輝の沸点は既に振り切れている。


「んで……そんなアイツ等に好かれてる俺がこんなにも情けない事にクソ腹が立つ!」


 光輝は二本の特殊警棒を抜いた。今の光輝は収まりが付かない。対面上等、六対一でもいいからかかって来い!


「おーおー、ロクイチか。懐かしいねェ、俺の時はジュウニイチだったっけか。まあ勝ったけどな」


 いきなり背後からかけられる声。皆がその方を向いた。そこには白金髪が特徴的な、一人の青年が。男たちはその姿を見て、怒りの状態を一気に萎縮させる。


「光輝、お前も度胸があるねェ。ま、助太刀するわ。つれェだろ」


 白銀雄也。対面グループ「白金鬼族」を纏める総長ヘッドがそこに居た。

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