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生き行く者たちの戦歌2

「……」


 昇降口で、疲弊しきった顔で靴を履き替える光輝。


「光輝、そんな落ち込まないでください。大丈夫です、きっと良い事もありますよ」


「そうだぜ、コーちゃん。人生楽ありゃ苦もあるさってな」


「おう、クリスはいいとして後藤に言われたくはない。つか後藤、お前は馬鹿だな」


「何を今更。何も出ないぜ!」


 ああ。褒めてないから何も出さなくていい。こいつはなぜそうも脳天気に居られるのだ。


 後藤が何故かクリスのホームステイ先が光輝の家であることをクラスでバラしてから、非常に大変な事になった、あっちからこっちからと、質問攻めの嵐だ。

 まあ、全く想定をしていなかった訳ではない。しかし、こんなに早い段階で周知の事実となってしまうとは思わなかった。おかげで、言い訳にかなりの時間がかかった。


 結局、クリスと光輝は「家族同士の仲良し」という事にしておいた。勿論、光輝の親とクリスの親は面識などない。

 しかし、だ。クリスと光輝の母親は仲良しだ。だとすれば、半分合っているようなものだろう。半分合っていれば四捨五入して全部合っている。そういう事にしておけ。


 とまあ、かなり苦しい感じはするがそんなこんなでなんとか切り抜ける事が出来た。とりあえず後藤にはいずれお世話になろう。真面目にあの場面では心臓が破裂しそうだった。根暗系男子のガラスハートの脆さを舐めるなよ、お前。


「……ん?なんぞ、あれ。校門前にいっぱいいるぞ」


「あ?」


「あら、本当ですね。どうしたんでしょうか」


 光輝とクリスと後藤は下駄箱で靴を履き変え下校しようとすると、雨の中の校門前に複数の傘が固まっているのが見えた。一体、何があるのだろうか。


「ねえ、この学校にさー、岡本光輝って人居る?」


「岡本……ああ、あの一組のEレートの。あ、今昇降口に居る、あのぬぼーってした目の」


「あ、見つけた!ありがと!ねぇ、君ー!」


「……げぇっ」


 雨で濡れたアスファルトの上を、小型の折りたたみ傘を差しながら走ってくる一人の少女。この高校の指定のセーラー服ではなく、ブレザーを着ている。別の高校の生徒だ。

 そして、光輝はその少女を知っている。


「やっほっ!また、会えたね!」


「……一宮。どうして此処に居る」


 一宮星姫。俳優と歌手を兼ねる、話題のスーパースター。今を時めくシンデレラガール。

 あろうことか別の高校の生徒である彼女は、光輝の高校の校門で光輝を待ち伏せていたのだ。


「そんな邪険にしないでよう。君に会うために終礼フケてきたんだから」


 その少女の声を聞き、顔を見て、クリスは全身を小刻みに震わせている。信じられない、といった表情。だ。


「え……星姫ちゃん?あの、テレビに出てる?」


「ん?そだよー。もしかして貴方、私のファン?嬉しいな!ねえ、光輝君こうきくんのお知り合い?」


 ブリブリの営業スマイル中の星姫。少なくとも、光輝は彼女のこんな一面は知らない。いや、少ししか会話してないから分からなかっただけで、実はこういう人物だったってオチも。


「はい、そうですが……」


「うん、そう。あのね」


 星姫は自分の傘を地面に放ると、夜千代の傘に入りその耳に口を寄せ、小声


「私、光輝君は本気で狙うから。ゆっくりしてると持って行っちゃうからね」


「……っ!!?」


 途中まで本物の一宮星姫を見て輝いた表情を浮かべていたクリスの顔は、一瞬にして血の気がなくなる。

 そんなクリスをお構いなしに通り過ぎ、今度は光輝の傘の中へ。


「ふふ、来ちゃった」


「……なんのつもりだ」


 光輝は星姫を睨みつける。この少女は、何をしでかすか分からない。超視力で注視せねば。


「会いに来た、ってだけじゃ駄目かな?私だけの星の王子様」


「要件はそれだけか?帰るぞ」


「あっ、ちょっとちょっと!……もう、つれないなあ」


 星姫を置いて歩き出そうとする光輝。だが、星姫はその行く手を阻む。


「ねぇ、今週末空いてないかな。私、空けとくから。遊びに行こ?」


 それはまるで悪魔のような微笑み。可愛げなえみの裏には、きっと黒い何かが隠されているのだろう。光輝にはそう思えて仕方が無かった。


「……気が向いたらな」


「そう?ありがと。私ねぇ……」


 紡いだ言葉に織り交ぜるように、星姫は自身の顔を光輝の顔へ寄せてくる。光輝は超視力でそれを見据え、緩やかに、不自然でないように回避する。

 だが、星姫はさらにそれを読んでいたかのように光輝の首元、うなじへ口を寄せ、軽くキスをした。


「……君の事、知りたいな」


「……っつ、お前な……!」


「それじゃね、光輝君」


 まるで流れ星のように一連の出来事を終わらせると、星姫は地面に放った折りたたみ傘を拾い、雨の中を駆けていく。


「ようやく見つけましたよ、姫殿ひめどの!あれほどそれがしから離れてはいけないと!」


「あははっ!ゴメンね、ハク。んじゃ、帰ろっか」


 校門の人ごみを掻き分けて星姫の元に来た、白と呼ばれた少女。時代錯誤な口調と、長い髪をポニーテールの形でった姿がなんとも言い難い違和感を感じる。

 星姫と同じ学校のブレザーが、傘を差さず走ってきたためか濡れている。彼女は、星姫の本当の友達なのだろう。光輝はそれを見て、少し安堵した。


「……俺らも帰るぞ。とっとと騒ぎになる前にな」


「ん?どして?」


 疑問の表情を浮かべる後藤。

 まだ分からないのか。一宮星姫と顔見知りの生徒が居るという事実。あれこれと聞かれるに違いないだろう。


 ああ、今日はなんとも憂鬱な一日だろうか。雨に、クリスの件に、星姫がまさか会いに来るとは。苦難が続いて嫌になる。さあ、とっとと帰ってしまおうか--


--中央警察署セントラルの廊下で、外の雨を虚ろに眺めながら丹羽天津魔は煙草を吸っていた。


「……だるいねぇ、ナナぃ」


「どうかなされましたか、サー・ニワ」


 その隣には、金髪と碧眼が目を引く少女、イワコフ・ナナイが立っている。


「雨、やまないかなー。今日から僕ら、外回りなワケでしょ。あー、嫌だ嫌だ。ヤクザの抗争に巻き込まれて死んじゃうなんて、そんな悲しい結末嫌だよ僕ぅ」


「心配ありません。サー・ニワは私が護りますから」


「いいねぇ、よく出来た子だねぇ。今日の晩飯、何が食いたい?」


「アムールタイガーのステーキがいいです。ブルーが最高ですね。分厚いのを、がぶりと」


「……あったかなぁ、虎肉のステーキやってるとこ」


 無表情のままのナナイと、うすら笑いを浮かべている丹羽。傍から見ればまるで正反対の二人は、しくも仲が悪いわけではなかった。


「ねぇ、ちょっと、丹羽!」


 そんな風に二人で駄弁っていると、ふと横槍から声がかけられる。


「ん?ああ、ここ禁煙かい?大丈夫、窓開けてるし携帯灰皿もあるよ」


 そちらの方向を向かずに、スーツの胸ポケットからEVA材質の安物の携帯灰皿を取り出し、吸っていた煙草をねじ込んだ。


「っ、コッチを向け!」


「あでっ」


 声の主は、丹羽のネクタイの根元を掴むと、無理矢理引っ張り顔を向かせる。強制的に顔を向かされた丹羽は、怒りの表情で顔を引きつらせた赤髪の女の表情を見て、光の無い目をにっこり、と細めた。


「やぁ、奇遇だねぇ、凶獄きょうごくぅ。どしたい、なんか用かい人間?」


「巡回メンバーに私の名前が無くてアンタの名前があるってどういう事?アンタ本来課違うでしょ?また私を外したの!?」


 丹羽のよく分からない薄ら寒いギャグを無視して凶獄きょうごく夏恋かれんは鋭い眼差しで丹羽の目を見やる。

 昨日の事件、ヤクザの事務所の襲撃があってから一日。市民の安全を確保するために、警察と暗部組織の合同による夜の見回りが行われることになった。

 本来なら、凶獄はそのメンバーの中に入る予定だった。しかし、そのメンバーの中に凶獄の名前は無かった。


「ほら、夜の街って非行少年もいるわけじゃん?ついでに見回れるからお得かなーって。それに、ナナ氏も頼りになるし」


「とぼけないでよ!私が聞いているのは、私をメンバーから外したのがアンタかって聞いてるの!」


 論点のすり替え。丹羽は凶獄の質問になど答えていなかった。正確には、その横淵をなぞるように。そして緩やかに、カーブを描いて質問の本筋を逸らそうとした。

 しかし、凶獄は丹羽のやり口など分かっている。凶獄と丹羽は子供の頃からの付き合いだ。コイツが、どういう人間なのかを知っていた。


「……ナナ氏ぃ、人間が健やかに生きる上で大事な三原則、言えるよね?」


 丹羽は凶獄に言葉を直接返さず、ナナイに話題を振る。すると、ナナイは困惑の表情を一切浮かべずに淡々と語りだす。


無情むじょう無力むりょく無理むりの三つです」


 答えたナナイの頭を、丹羽は優しく撫でてやる。


「よしよし、偉いぞぉナナ氏。いいねぇ、いい言葉だよねぇ。言ってわかる子は頭がいい。逆に--」


 そしてそのまま、丹羽は続けていたうすら笑いを止め、冷たい目で凶獄の目を見る。


「--言っても分からない子は頭が悪い。そうじゃないかい?凶獄ぅ」


「……」


 その目線に対して、つい、凶獄は目を逸らして、顔を伏せてしまった。先程までの熱い怒りがめやるような、めた瞳。それはまるで、大人に怒られた子供が顔を俯かせるのに似ていた。


「世の中には向き不向きがある。頭が良い奴と悪い奴が居るように、力が強い奴と弱い奴が居るように。諦めって大事でさ、人間は自分が向いていないと思った事柄から逃げて別の得意な事をやる方が賢いんだよねぇ」


 丹羽は凶獄の顎に指をやり、クイ、と無理矢理顔を上げさせた。至近距離で凶獄の瞳を覗く。


「弱いんだから下がってろ。凶獄は僕が護ってやる」


「……っ」


 何も言い返せない凶獄。そんな彼女に背を向けると、丹羽は廊下を歩き出す。


「僕は間違っているかい?ナナ氏ぃ」


「人間としては。けれど大局を見る者としては一切間違っていません。正しさの塊です」


「あっはっは、キツいなぁ、ナナ氏は」


 丹羽の後ろを歩いていこうとしたナナイは、少しの間足を止め、凶獄の方を見やった。


「……すいません、キョウゴクさん。サー・ニワは、あれでも貴方の事を」


「五月蝿いっ!」


 廊下に怒声が鳴り響き、間を置いて凶獄は腹からひねり出すように声を発した。すでに、丹羽は居ない。


「……わかってるわよ。アンタに言われなくても、そんな事はわかってんのよ……!」


 それは誰に向けての言葉だろうか。答えるものも居なく静まった廊下に聞こえるのは、外で降り止まぬ雨の音だけだった。

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