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夜更けの来訪者

「でぇーいっ、クリス!もうそろそろ俺の布団に潜り込むのはやめい!」


 夜十時頃、いつもより少し早めに床に入った光輝は、およそいつも通りの感触に気付き、自分の布団を引っペがした。するとそこには、光輝に寄り添うようにクリス・ド・レイが同じベッドに居た。


「だって、こうでもしないと光輝は私を意識してくれませんから」


 潤んだ目でこちらを覗くクリス。


「いつだってしとるわい!お前の、そのっ……体を押し付けられる方の身にもなってみろ!」


 クリスは事あるごとに光輝に体を寄せてくる。クリスは光輝の事を好きだと言ってくれたが、恋人では無い。光輝が保留にしたからだ。友達からで、と。

 だから、その、そういう事はやめてほしい。光輝もクリスも、もう高校生だ。子供同士の微笑ましい仲良しじゃない。16歳ともなれば、いけない遊びに耽るような年頃だ。

 そう。クリスが体を押し付けるということは、光輝は嫌でもいけない妄想を膨らませてしまうわけで。消極的で根暗な岡本光輝ではあったが、そういう事を考えない訳ではない。むしろ、興味もあるのだ。この年頃で、無い方のがおかしい。


 要するに、そろそろ辛抱たまらないのだ。


「だって、それが目的ですもの。光輝に、私の体に自発的に触れられたい……愛する人には、触れて欲しいものなのです。そのように仕向けるために、必死に日本文献で勉強しました」


「その日本文献は盛大に間違っている。いいか、「貴方を愛しています」を「月が綺麗ですね」と言うような、奥ゆかしい、侘び寂びの心が日本人の魂だ。だから日本人はもっとさり気なく、儚く訴えゆく人種なんだ。解釈を間違えるな」


 文豪による有名な意訳を持ち出した、光輝による理詰め。


「そうですね、ギンギラギンにさり気なくということわざがありますものね。では私はギンギラギンに行くことにします」


 しかし効果は無かったようだ。クリスはベッドの上から退いてくれる気配が無い。それどころか、より体を絡めてくる。

 光輝のこめかみにビキッ、ビキッと筋が入った。


「ほー、そうかそうか、ならばこっちにも考えがある」


 光輝はベッドから起き上がり、携帯電話と小さめの小説を持つと部屋のドアを開けた。


「友達の家に泊まってくるわ。お前は付いてくんなよ」


「……えっ」


 その言葉を聞いた瞬間、クリスの顔が青ざめた。それは、まるでこの世の終わりの絶望のような。


「そ、そんな殺生です光輝っ!私に貴方無しでどうやって生きろと!?」


「明日の朝頃には多分帰るから。そんじゃ」


 バタン、と懇願するクリスを無視するようにドアを閉め部屋を出た光輝。そのまま、家を出た。あの表情。まるでいい気味だ。


 さて--どうしよう!?


『坊主も結構考えなしに行動しよるのう』


 見栄を切って家を出たものの、行く宛は無い。ムサシのそれは的を得ている為、反論出来ない。とりあえずどうするか。

 携帯電話を開く。アドレス帳を流して見ると、そこには「後藤征四郎」の名前が。まあ、最大候補だよな。どうせアイツも暇だろう。小説の話題を語り明かして寝落ちするのも楽しいかもな。


 後藤に電話をかける。呼び出し音がなり、電話が繋がった。


『あ、もしもしどしたん?』


 いつもどおりの、後藤のお気楽な声。よし、いけそうだ。


「あー、わりぃ、後藤。今日ちょっと家に泊めてくんねーかな」


『あー……ごめん、今俺東京に居るんだわ。すまん、無理だー』


「東京!?」


 なん……だと……。まあ、お盆の時期だし実家帰りだろうか。これはやられた、まさかの状況だ。


『征四郎ー、うるさいよぉー』


『あ、すいません師匠……というわけでコーちゃん、すまんな』


 電話越しに他の人物の、恐らく女性の声が聞こえて直ぐに電話はブツっと切られた。まあ、仕方ないか。もういい時間帯だもんな。


 ……じゃなくてだな。どうするよ。


 思考回路を巡らせ、俺。ホリィの家は?駄目だ、兄との二人暮らしって言っていたし年頃の男と女がひとつ屋根の下など言語道断!瀧と龍神の家は?駄目だ、遠い!まあ、最終選択肢にしておこう。いざとなったら、という事で。


 他には……あれ、俺、居たっけ、友達。……少ねーな。


『坊主、もう一人居るぞ。坊主と似たような人種の嬢が』


 あ、そうか。丁度家も近いし、今のとこそれが最善択か--


--六畳一間の、小さなその部屋。


「んで、だ。お前はなんで私の家に来てまで小説を読んでいる?」


 家主の黒咲夜千代は、部屋の端の布団の上で我が物顔で寝そべって小説を読むのに勤しんでいる岡本光輝という少年に異を唱えた。


「なんでって……他にやることがないから?」


 疑問を浮かべる様な顔で光輝は答えると、すぐさま目線を小説に戻した。


「何もなくて悪かったな」


 確かに、夜千代の家には何も無い。精々、テレビとコンポと買いだめした缶コーヒーくらいか。家庭用ゲーム機も、ウノもトランプも無い。

 さて、どうしてこうなったのだろうか。夜千代は思い返す。


 夜千代がいつものようにコンポで音楽を聴いていると、ヘッドホン越しにインターホンが鳴るのが聞こえた。音楽を遮られた軽いイライラを抑えつつ、玄関に向かう。

 こんな夜更けにはたして誰だろうか。心当たりは枝垂梅ぐらいしか無い。他は、土井さんとか?


「はいはーい」


 鍵を開け、そのままギィッと音の鳴るドアを開けると、そこには見知った顔の少年が居た。忘れもしない、暗く、憎らしく、かつ不思議な安堵感を抱かせる形容しがたい少年。それは、岡本光輝だった。


「わりー、今日泊めてくんねーかな?」


「……は?」


 と、まあ、それで今に至る。


 他に行く宛が無いと言われたのでつい家に上げてしまったが、夜千代はそれほどまでに光輝と仲が良かっただろうか?それこそ、光輝も夜千代と仲が良いと思ったのだろうか。少なくとも、気は合うようだが。

 なら、まあいいか。彼にどんな理由があったのかは知らないが、夜千代を頼って来てくれたのは確かなのだ。それは、少し嬉しいことでもあって少し暖かい気持ちになる。


 しかし、特に何を話すわけでもなく、二人の若者はそこに居た。元々、会話を進んで弾ませるような二人でもない。


「何か飲むか?つっても冷蔵庫にプレボしか無いけど」


「あー、コーヒーか。いいや、眠れなくなるし」


「そっか」


「……」


「……」


 お互い、ただひたすら無言。けれど、これくらいが丁度いいのかもしれない。夜千代も特に何も思ってないし、また光輝もそうだった。


「……コンビニでアイス買ってくるけど、何かいる?」


「チョコモナジャンボを頼んだ」


「あいよー」


 ふと、思い立った夜千代。夜千代の部屋も、クーラーがあるとはいえうっすら熱い。その為に、少し、アイスが食べたくなったのだ。それに、少し、な。

 なので、近所のコンビニにアイスを買いに行ったのだ--


--週刊誌を立ち読みしてたら遅くなってしまった。コンビニとは卑怯だ、週刊誌を窓際に配置することによってコンビニの中に人が居ると思わせ、人を呼び込むのだから。夜になればなるほど、その効果は大きい。


 そんなこんなでコンビニで少しばかりの時間を過ごし、いざ夜千代は自分の家に帰ってきた。もちろん、光輝に頼まれたアイスも買って。しかし。


「……すぅ……すぅ」


 光輝は眠っていた。あろう事か、夜千代の布団で、だ。


 夜千代の家にはそもそも布団は一式しか無い。まあ、それは夜千代は分かっていた。自分の家なのだから。一番最初の予定としては、光輝には畳の上に何も敷かず寝てもらう予定だった。本当に最初の予定では。

 だが、夜千代はある「可能性」を考えていた。コンビニへ行ったのも、その布石だ。実はさっきから心臓の鼓動が高鳴って止まらない。ある事を、意識してしまっている。岡本光輝がこんな夜更けに、一人暮らしの少女、黒咲夜千代の家に来るという事態を。


 夜千代はコンビニの袋からアイスを二つ取り出し、冷凍庫に仕舞う。そして、もう一つ、ある物を取り出す。それは、「密着ゥゥ---ッ!!0.02m」とパッケージに書かれた、箱入りの「避妊具」だった。


 なんっでだよぉぉぉぉぉ!!?違うのかよおぉぉぉぉぉ!??


 夜千代は光輝がこの家に泊まりに来たとき、「男が女の家に!?」と感じていた。それもそうだ、夜千代にだって貞操の概念はある。それも、年頃の男子が女子の家に泊まるとはそういう意味合いが大きいだろう。いや、大きいはずだ。


 夜千代は期待していた訳じゃない、と自分の中で言い訳をする。いや、実際はそういう事を期待していた節がある。そもそも夜千代は、これまで人付き合いを積極的にしてきた訳じゃない。だから、異性である光輝が友達として仲良くなれた時、意識しないわけがなかった。夜千代も、そういう事には興味がある。一人でだって、した事があった。


 だから、光輝が泊めてくれと言った時、そういう意味だと思った。夜千代だって、自分の容姿に自信がないわけではない。ボディラインこそ控えめなものの、ではない。それに、男子によく告白される。性格は最悪だが、顔は良いと自負していた。そして、他の男ならお断りだが、岡本光輝ならそれでもいいと、思ってしまったのだ。彼になら、自分を捧げていいと。繋がってもいいと。


 が、しかし。爆睡。圧倒的、爆睡。


 夜千代は悩む。自分が間違っているのか?そうだよ、落ち着け。あの岡本光輝が性行為をしたいが為に私の家に来た?違うだろ、相手は岡本光輝だぞ?人を嘲笑う、道化師のような男だ。それこそ、からかっているまである。


 しかし、光輝は寝ている。いや、待て。本当に、光輝は「寝ている」のか?


 もしかしたらそれは狸寝入りで、実際は夜千代を「誘っている」のではないか?


 すやすやと、寝息を立てている光輝の顔を見る。普段あんなにも憎らしい人を疑うことしかしないような彼の顔は、こうして見るととても可愛らしい。男らしい、というよりは少々童顔か。普段の彼は年相応ではない言葉遣い、対応、そして魂。それらに溢れているが、こと眠っている彼の顔は、年相応でかつ抱き締めたくなるような顔だ。


 閉じられた瞼を見る。普段の彼は濁った目をしているが、今はその面影なく可愛い。

 息を吐く唇を見る。憎らしい言葉を吐くそれが、今はとても、甘そうに見えた。

 呼吸で膨らむ躰を見る。夜千代よりも少し大きいその躰は、かと言って大男ではなく、小男でもなく、年相応の、優しい体つき。標準的な男子の肉体よりも、筋肉は少し控えめだろうか。


 その純粋無垢な肉体に、夜千代は劣情を催し、欲情した。脳内で何かが、分泌される。心臓が跳ねる。えも言われぬ、何かが昂ぶる--!


 夜千代は仰向けの光輝の腹部を、Tシャツに手を潜り込ませるようにして軽くまさぐる。


「……んっ、う……」


 寝息を漏らすが、起きない。その寝顔はとても安らかで、しかし夜千代の脳内は決してそうではなかった。


 触っている!岡本光輝の腹部に!犯罪?やられたことはあるしノーカンだろ!興奮!当然のようにしている!背徳?いや、それが堪らないっ!!


 夜千代の脳内である言葉が流れる。


『愛がある』


 夜千代のこの感情は、愛なのだろうか。歪んではいれこそ、それは愛なのだろう。


『哀しみもある……』


 この行為に対して、確かに自分に情けなくなる。もし光輝が本当に寝ているのなら、光輝が全くそういう事を意識せず夜千代の家に来たのだとしたら。それは光輝への裏切りとなる。そういう状況への、哀しみ。このまま、進んでいいのだろうか。


『しかし』


 夜千代はそこで手を止めた。本当に、そのままで満足なのだろうか。人が人を「襲う」という行為。はたして、そんな淡白な物でいいのだろうか。あっさりとして、薄味でいて。いや、違う。絶対に違う。もっと豪快に、もっと激しく!


『凌辱がないでしょッッッ!』


 夜千代の脳内ブレーカーが飛ぶ。光輝のズボンの中にそのまま手を入れたらどうなるのだろか。さわって、でて、さすって、にぎって、しごいて。たせ、ふくんで、しめらせ、ころがして、いて、先走さきばしらせ。解放いて、らして、てがって、すべらせ、らして、らして、れて、こすって、こすって、こすって、こすって、こすって!!--


--朝の日差しと共に、光輝は体を起こした。睡眠は十分に取れて、体の調子はすこぶるいい。やはり、クリスとの添い寝をしなければ体は万全だ。


 と、少しして気付く。そういえば、昨日は夜千代の布団で小説を読みながら寝落ちしてしまった。あれ、実は結構まずいことをしたのではないかと周りを見渡す。


「……あ」


 すると、部屋の隅で正座の状態で手を組み、禅をしている黒咲夜千代の姿があった。


「やあ、岡本……起きたか?」


「あ、ああ……」


 目の下にはクマがあり、寝不足でとても不調のようだった。


「あのさ、私を頼ってくれるのは嬉しいんだけど、泊まるのだけは、勘弁な?」


「お、おう……」


 そう呟くと夜千代は、その言葉を最後に組んでいた足を崩し畳の上に倒れふした。

夜千代ちゃんは、結局シていません。すんでの所で理性との折り合いが着きました。思春期って大変ですね。

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