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エモーショナル・バウンサー5

「配置はいいか」


 無線機を握り締めて警官服に身を包んだ若めの男が全体に指揮を送る。警官隊は揃って右耳に受信用の小型無線機を装着していた。


 場所はイクシーズ市街、旧教会前。今は跡地となった筈のその建物、使われていなかったそれだが、ここから逢坂緑が発する能力の電波を受信した。宗教団体「月の兎」の目撃情報とも一致している。時刻は夜九時、突入作戦が決行されようとしていた。この場には多くの警察官が静かに佇んでいる。ある者はポリカーボネートの透明な盾を、ある者は拳銃を、ある者は素手で。


 指揮官――(たき)聖夜(せいや)の言葉に警察隊は無言。即ち、問題ないの合図だ。突入の直前でわざわざ声を張り上げる事も無い。


「先陣で突入してもらうのはナナイ巡査率いる特攻部隊」


了解(ヤー)


 先頭に立つのは、若干20歳の少女イワコフ・ナナイ。その後にはナナイと同等、もしくは付いていける程の機動力の持ち主が並んでいる。その中にフラグメンツ所属は浅野深之介だけ。


「中距離の制圧支援はコード・フォースのジェネシス君率いる火力支援部隊」


「おう」


 その次に、シャイン・ジェネシス。フラグメンツ率いるその部隊は主に中距離型の火力系能力者が多く集い、足りない機動力を範囲と威力でカバーして特攻部隊を支援していく。その中には黒咲夜千代の姿も見受けられる。


「そして、殿(しんがり)――ケツ持ちは僕ら騎士隊が引き受ける。隊長は「聖騎士」事、この僕。瀧聖夜が務める。駄目だと思った者は()ず下がれ、負傷者は全て守る。その上で敵は全て通さん」


 最後に、瀧聖夜。イクシーズ警察隊の中でも継戦能力最高クラスの能力者が最後尾で待ち構えている。彼が此処に立つという事は、どんな敵ですら逃さないという事。この中で唯一の「特殊Sレート郡」だ。


 特殊Sレート郡とは、イクシーズの統括管理局(データベース)から「一戦力として一軍事力に勝ちうる程と評価された異能者」の事である。他に現警察官で該当するのは天領牙刀、丹羽天津魔、倶利伽羅綾乃の三名。それらは現在、イクシーズの端――三つのルートに分けて配置されている。

 理由は、大宮吾郎の空間移動能力を考慮して。イクシーズの周りには電磁によるバリアを張っており、このバリアの外には異能力が到達しない――つまりシャットアウトする機能がある。その機能があれば、空間転移能力すら通り抜ける事が出来ない。

 しかし、これは五大祭の会場のように生身を通さないわけではない。「能力は通さない」が、「人間は通す」のだ。バリア手前まで空間移動されて徒歩でバリアの外に出られたら終わりなのである。「月の兎」をイクシーズ外に出すためにはいかない。その為の三名の配置。


 白兵戦で無敵の天領牙刀はイクシーズから外への連絡通路、検問場での待機。どんな突破方法ですら無効化出来る。


 固定砲台として優秀な丹羽天津魔は海岸沿いへ。海に船があろうと空に飛び立とうと遠距離射撃でなぎ払う。


 空間移動を司る倶利伽羅綾乃は空路と電車の封鎖。対象が紛れ込んだ場合は直ちにそれを停止、最強の異能者を送り込んで制圧する。


 イクシーズの包囲網。月の兎に、シャノワール・ミュンヒハウゼンと大宮吾郎に逃げ場などない。


「突入合図、五秒前」


 聖夜がそう告げると、部隊の空気が更に張り詰めた。


「四、三、二、一……」


 そのタイミングの直前に空気が一気に鋭く尖る。


「零」


螺掌紋(らしょうもん)ッ!」


 最後の合図と共に、ナナイが教会のドアに対して拳を放った。拳が青い渦を纏ってドアに打ち込まれ、そのドアは衝撃で回転しながら吹っ飛んだ。こうなれば鍵も何も関係ない。


 そして、警官隊が乗り込む。特攻部隊が先陣を切った。すると、教会内には幾つもの「兎の仮面」を付けた人々が居た。


「警察だ!動くな!」


 ナナイの一言。しかし、その言葉に人々は応えなかった。座る者は立ち上がり、立っているものは歩き出し。ナナイ達の元へと向かう。交渉決裂。


「鎮圧する!」


『了解!』


 特攻隊が兎の仮面を付けた人々に向かう。しかし、兎の仮面達はそのまま取り抑えられる気など一切無いかのように特攻隊に襲いかかった。


 ナナイは三人に襲いかかられる。その三人の腹部を殴り抜けて吹っ飛ばし対処する。が、直ぐに違和感。


「彼ら……」


「ああ!」


 浅野深之介は自分の能力「妨害幻波(ジャミング)」を纏わせた握り拳の中指だけを突出させるような形で的確に兎の仮面達の顎を掠めさせた。受けた仮面はすぐにノックアウト……とは行かず、尚も深之介に襲いかかってくる。一般人ならこれだけで倒れる。


 また、特攻隊達が兎の仮面達と競り合うと、所々で競り負けている者も居た。


『これが、「アルテミスの加護」!?』


 アルテミスの加護。シャノワール・ミュンヒハウゼンの能力「シンパシー」の副産物。果たしてそれがシャノワールの意思なのか、人体がそれに対して呼応する現象なのかついぞ分からなかった。しかし、その状態になると、人間はおよそ「通常の三倍」程の身体能力を手に入れるとされていた。まるでドーピング。


 夢のようなパフォーマンス向上。しかし、いい事ばかりという訳でもない。この状態になった人間は……。


「キシャアァァァッッ!!?」


「……ッ!?」


 深之介に迫り来る兎。余りにも事前の予備動作からかけ離れた飛びかかりは、対応し難く奇を衒われた。


 そう、「マトモ」でなくなる者も居る。衝動、本能の赴くままに。破壊衝動を持つ者が「アルテミスの加護」を受ければ、普段温厚な少年少女ですらが他者に牙を剥くのだ。


 ザン!と横から一筋の光。深之介に到達する前に兎は吹っ飛ばされる。その腹部には光の剣がねじ込まれていた。刺さってはいない。


「冷静に行け、浅野ォ!ナナイに続け!目標は大宮とミュンヒハウゼンだ!」


「っ、ああ!」


 火力支援隊の制圧の手筈が整ったようだ。特攻隊のすぐ後ろにシャイン達が付いた。


「部隊ィ、特攻隊には当てんなよ!後は殺さねぇ程度にぶち壊せ!心配はいらねぇ、一度牙ァ向けられたんなら公務執行妨害だ!」


(オウ)!』


 そこから先は魔法や錬金術のオンパレードだ。特攻隊が突き進んだ後に残った兎の仮面達を吹き飛ばす。炎に水、雷や光の剣。何でもありだ。


「オラオラッ、もっと来んと押せんがね!」


 長い黒髪に軽く褐色の入った肌の女性が敵を吹っ飛ばす。その腕には、骨。骸骨が幾つも纏わりついていた。その様は、軽くホラー。


 巨大な骸骨の装甲。それを、女は振るう。振るう、振るった。距離こそそこまで広く見えないが、その制圧力はとてつもない。


「やるじゃねぇか、ババア!」


 シャインが笑って女に話しかける。


「「Miss(麗しき) El(エリザベス)(ミシェル)」様、だ!お前と同い年だよ!次言ったら44マグナムでそのドタマカチ割んぞ!アタイぁ休暇で来てんだ!」


「おお、こっえぇ!」


 シャインは「光の剣」を空中に放ち、それで兎の仮面達を薙ぎ払う。威力、数、範囲、小回り。どれをとっても申し分ない。


「……こりゃ、僕たちの出番は無いかもね」


「構わん。来たら迎え撃つ。それが俺たちの役割だ」


 そして、最後尾。盾と銃の「騎士隊」。先頭には素手の瀧聖夜が、その隣には角刈りで図体のデカく、身に付けた警官服なんかは腕周りや胸部、尻周りなどが筋肉でぱっつんぱっつんの男が両手にデザートイーグルを握って立っていた。


「久しぶりに呼び出しちゃって御免ね、やっぱ一番信頼出来るのはマモちゃんだけだからさ」


「調子の良い事を言うなよ聖夜。体育教師が冬休みに暇だと思ったら大間違いだ。可愛子ちゃんの店、期待してるぜ」


「安い安い、それで安心が買えるなら幾らでも出すさ」


 剛田(ごうだ)(まもる)。現体育教師だが、瀧聖夜の強い要望があって今回の作戦に参加した。元警察官であり、能力は「空間接続」。倶利伽羅綾乃の昔の師匠でもある。そのゴリゴリな見た目の裏腹に、戦闘行動においては理知的な行動を好む。


「……しかし、余り関心はせんな。この作戦」


 剛田は目を細める。今回の作戦を快く思っていない。


「そりゃね。誰もがそうだろうよ」


 そもそも無駄な争いを無くす為のこの街である。それがこんな形で崩されている時点で、理想的とは言い難い――


――兎を倒しながら突き進むナナイ。シャノワール・ミュンヒハウゼンを探す。


 何処だ……?何処に居る?


 もしかしてこれまで倒した兎の中に居たのだろうか。それならそれでいい。しかし、今は進むしかない。


 ここまでナナイ、ノーダメージ。体力も減っていない。この程度の戦闘、かつてシュヴィアタの雪原で戦ったアムールタイガーの方がよっぽど辛かった。当時は吹雪の中だった……。


岩越(イワコフ)無々(ナナイ)


「――」


 瞬間、ナナイは後ろに飛び跳ねた。前へ進むのを止めて。「そうせざるを得なかった」。


 それは野生の勘だろうか。目の前には、断裂した空間が目に見えていた。危ない、一歩間違えていれば「ああ成っていた」……!?


 ナナイの前に立ちふさがった兎の仮面。その兎が仮面を取った。すると、そこには坊主頭の知っている顔が。


「ゴロウ……!」


 大宮吾郎。統括管理局職員だ。白衣に纏ったの姿が、かつての彼を連想させる。


「ようこそ、偉大なる「太陽」。私は此処で貴方と決別する為に覚悟してきた!」


「何……?」


 いきなり何を言い出す?構えを止めないナナイ。すると、吾郎はその白衣を脱ぎ捨てた。白衣の下には筋肉質の上半身、そして其処には「アルテミスの加護」が浮き上がっていた。前情報と同じ、黒く下腹部から胸部へと繋がるように浮き上がったタトゥーだ。


「強すぎる光が目を焼く様に!貴方は眩しすぎた!此処でその報いを受けろ!」――


――深之介は駆ける。任務を遂行させるために。そして仕事を終えて、帰ったら……雨京が居る。安心できる生活だ。


 その日常の為に今日を頑張る。それが今の深之介だ。かつてのミカエル・アーサーという人間は今は鳴りを潜めている。それでいい。幸せならそれで。


 深之介が進む。次の兎がやって来た。拳を交える。此処で……!


 その兎の髪色。見覚えがあった。長い金髪。この身なり。


 腕を止めた。直ぐに分かった。


「雨、京……!?」


 兎も直ぐに腕を止めた。その言葉で、彼女は身体を止めて、その兎の仮面を取った。その下の姿は紛れもなく「賢島雨京」だった。


「深之介……さん……っ?あれ、私、なんで此処に……」


 立ち尽くす二人。お互いに目を見開き、信じられないといった顔で見つめ合う。


 そして、深之介は直ぐに雨京の手を引いて自分の後ろへとその身を隠れさせた。


「きゃっ……」


 驚く雨京。しかし、それで良かった。今雨京が居た場所の直ぐ先には、一人の白衣の男が立っていた。はだけた白衣の下には裸体の上半身が、そして特徴的なタトゥーが浮かんでいる。


『魔法ガ解ケタネ』


 耳を疑う機械音。ボイスチェンジャーか。深之介がその白衣の男を見る。すると、白衣の男がその兎の仮面を取った。


「ようこそ、当代「浅深者(コード・ゼロ)」。私が先代、佐之・R・ミュンヒハウゼンだ」

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