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ロンドンからの留学生 クリス・ド・レイ2

「それで、クリスさんと光輝さんってどうやって知り合ったんですか?」


「私も気になるな」


 空港内での喫茶店で、4人席で座る光輝とクリス、瀧とホリィ。そして脇に置かれた存在感のある黒い棺桶。

 それぞれが隣同士で座っているのだが、クリスは光輝に肩をもたれ掛からせている。光輝はひたすら無表情だ。なぜこんなにもクリスからの好感度が高いのだろうか。自分でもよく分からない。


「クリスとはな、俺が中学3年のときの修学旅行で出会ったんだ。俺私立中学だったから」


「はい、今思えばあれが運命の始まりでした」


「ほうほう」


 淡々と話す光輝と、赤面しつつ話すクリス。そして興味深く聞いているホリィ。が、これ以上話すのは不味い。俺とクリスの間には、言ってはいけない秘密があるのだ。


「言っとくがホリィ、別にこれ以上話すことはないぞ。クリス、言うなよ?」


 クリスを睨めつけて脅す光輝。それに対して、クリスは身をくねらせる。ええい、その反応やめろ。


「光輝がそう言うのなら……」


「えーー」


 残念がるホリィ、特に反応は無くエスプレッソを味わう瀧。まあ、ここまで言えばホリィと瀧は多少の事情を察してこれ以上踏み込んでこない。それでいい。


 小休止して光輝は注文したウィンナーコーヒーを頂く。ぶっちゃけ上に乗っかっているホイップクリームを食べたいが為に頼んだ物だ。うん、優しい甘さが嬉しい。コーヒーの味はわからん、似た字体ではコーラのが美味い。断然に。


「あの、私決めたんですけど……ホームステイ、光輝さんの家にします!」


 ブーっと、ホイップクリームとコーヒーと唾液が混ざった液体を向かいに居る瀧に吹きかけてしまった光輝。コイツは何を言っているんだ?それと、瀧が怒らないか心配だ。瀧が怒ったらそれは尋常じゃないことになるだろう。それは困る。


「す、すまん、瀧」


「いや、構わないよ。クリスのその話、いいね。クリスも初対面の人間の家より知人の家のが安心できるだろう」


 ハンカチで顔を拭く瀧。良かった、許してくれるようだ。って、ちょっと待て。なにもよくねーよ。


「いやいや、俺が困るって」


 俺の家に他者を宿泊させる施設など無い。狭いし窮屈で、とてもじゃないが人を泊めれる家じゃない。というか、男と女がひとつ屋根の下って。貞操が危ないだろうに。流石にそれは不味いだろう。相手はロンドンのSレート異能者様、しかも名家である「レイ」家だ。国際問題にもなりかねん。


「あ、もしもしお父さん?今日から家に泊める予定だったクリスなんだけどね、知り合いを見つけたからそっちでお世話になるってさ。あはは、じゃ、またねー。さて、岡本クン。準備は整ったよ。クリスを頼んだ」


「おいぃぃぃ!?」


 気が付けば瀧は電話を終えていた。どうやら父親に即効で話を通したみたいだ。というか瀧の父親も飲み込みはえーな、俺の了承無しに話を決めないでくれ!?

 チラっ、とホリィの方を見る。期待しているぞ我が友達、俺の意図を雰囲気で汲み取ってくれ……!


 そんなホリィはまた光輝の顔をチラッと見て、苦笑した。


「あ、私の家は兄が居るので……ごめんなさい」


 ですよねー。わかってた。うん、諦めた。


「光輝、よろしくお願いしますね」


 こちらを熱い眼差しで見つめてくるクリス。……しょうがない。


「……クリス……」


 光輝はクリスの頭に手を伸ばし、その顔に自分の顔を近づけた。


「え、ちょっ、こんなとこでこまります光輝っ!あっでもっ、光輝がしたいのなら」


 しどろもどろとし顔を真っ赤にさせるクリス。見ていて面白い反応だ。そして--


「そりゃっ」


 グォン、と音をしてぶつかる額と額。光輝は、クリスに頭突きをかました。少しイラっと来たのだ。


「ふわぁっ!?何するんですか光輝、痛いです!」


 人類の一番硬い部分で一番硬い部分を叩いたんだ、痛くないわけなかろう。かといってこっちも痛いのだが。


「俺を無視して勝手に話を進めた罰だ。まあいい、ウチには泊めるよ」


 決まってしまった話を今更どうこうするつもりはない。が、光輝にはまだ打算があった。まだいくらでも状況をひっくり返すチャンスはある。


「もう……ありがとうございます」


 おでこを摩りながら礼を言うクリス。良い気味だ。


 それぞれがコーヒーを飲み終え鉄板で焼かれたナポリタンスパゲティを食べ終えると、店を後にする。


 瀧から車で送っていくと言われたので、光輝はお願いすることにした。電車代が浮くのはラッキーだし、クリスも飛行機からの長旅で疲れたろう。その好意は受け取るべきだ。


 ワンボックスカーにクリスの黒い棺桶を詰めつつ、乗り込む。多分この棺桶には衣類などの日用品が入っていると思われるが、とにかくデカい。もう少しコンパクトにならなかったのだろうか。セダンタイプとかだったりしたら入らなかったろう。なお、運転手は瀧家のお抱え運転手のようだ。やっぱ金持ちだな。


 そんなこんなで、光輝は自分の住むアパートまで送ってもらっていた。……ここに本気でクリスを泊める気か。


「それじゃあ、また何か用があればいつでも言ってくれ。じゃあね」


「お二人共、さようならー」


「おう」


「ありがとうございました、それでは」


 ホリィと瀧はそのまま車で去っていった。ようやく、これでクリスと二人きりになれる。


 クリスの黒い棺桶を持ってやろうとしたがとてもじゃないが重すぎて持つのを諦めた。アパートの3階まで着くと、鍵を開け、ドアを開ける。


「着いたぞ。ほら」


「おじゃまします……じゃなくて、ただいまになるのですね。ただいま」


 やはりというかしょうがないのだが辺りをキョロキョロしながら慎重に家に入ってくる。かなり緊張しているようだ。初めて来た国の、初めて入る家だ。それはもう気が気でないだろう。


「とりあえず俺の部屋に行くぞ」


「はい、分かりました」


 台所を抜け、居間を抜け自分の部屋に入る。この家は3DK、居間に母の部屋に光輝の部屋……ようするに、自然とクリスは光輝の部屋で暮らす事になる。それはとてもとても厳しい。


 壁横に備えられたベッドに本棚に時代遅れのCDラジカセ。後は中央に小さなテーブルが、壁に押し入れがあるだけで他は特に何も無い部屋。普段から片付けてはいるから直ぐに人を招けはしたもののやはりこじんまりしててとてもじゃないが自慢できる部屋ではない。


「こ、ここが光輝さんの部屋……」


「まあ座ってくれ。飲み物はコーラでいいか?」


「あ、ありがとうございます」


 とりあえずクーラーを動かしてから冷蔵庫から缶コーラを二つ持ってくる光輝。といっても光輝の家にはお茶とコーラと母が飲むインスタントコーヒーしか無い。


「とりあえず、今日からよろしくな、クリス。お疲れ様」


「お疲れ様です」


 缶コーラのプルタブを開け、炭酸のいい音を聞いてから飲む。うむ、やはり夏に飲む冷えたコーラは最高だ。このキツめの炭酸が心を癒してくれる。


 一息着くと、光輝はもうクリスの方に意識を向けていた。


「さて。クリス、お前どういうつもりだ?」


 まずはこれに尽きる。クリスが何のために光輝の家にホームステイしに来たのか、全く意味がわからない。以前知り合いになったとはいえ、そこまで仲を深めたという印象は全く無かった。もしかすれば重要な要件があるのかもしれない。


 話してもらわなければいけない、クリス・ド・レイのその心中しんちゅうを。何らかの目的があるはずだ。話さなければならない、彼女と二人で。


「光輝に会いに来ました」


「……は?」


 ん?ちょっと待て。どういう事だ?


「私がロンドンでBレートから死に物狂いで頑張って1年でSレートになって特待留学生という名目でイクシーズを訪れたのは光輝。貴方にもう一度……違いますね。貴方とずっと一緒に居るためです」


「はぁ……」


 熱弁をふるうクリスと、よく分からない光輝。今は理解できていないので、とりあえず一通り聞いてから整理しよう。


「以前ロンドンでニュー・ジャックを倒した光輝ですが、あの時の光輝を見て決めたんです。この人みたいに強くなろう、この人の隣に居られるようになろうと。それに、光輝の図らいでレイ家は信用を取り戻しました。私は貴方と同じように強くなった。そして空港での再会、これは運命です」


「そうか」


 光輝は以前、ロンドンでクリスと一緒に連続殺人犯を捕まえたことがある。その手柄は面倒なのでクリスに丸投げしたのだが、いい方向には転がったようだ。良かった良かった。


「光輝、私と付き合ってください」


「……いや、お友達からで」


 一拍おいてからのノー。瞬時には何が起きたのか分からなかったが、なんとか飲み込んだ。現状光輝はクリスと付き合う事は出来ない。


「……え?」


 光輝がその想いを断った瞬間、クリスの表情はどんどん青ざめていき、瞳が潤い、その瞳から涙がぽろぽろと溢れだした。


「うわぁ~ん、そんなぁ~、ここまで来たのにぃ~」


 あれ。俺、泣かした?


「ま、まてまてクリス。泣くなよ、ほら、ティッシュ」


 子供のように泣きじゃくるクリスに近くにハンカチもタオルも無かったのでとりあえずティッシュを渡す。クリスは受け取ると涙を拭いたが、どんどん溢れてくる。


 まさかいきなり泣き出すとは思わなかった。予定ではそこからの質問攻めで、やんわりと受け流して最終的に絶対に断れる状況を作り出す予定だったのだが、これは予想外だ。


「……光輝、私のこと嫌いですか?」


 嗚咽混じりのクリスの声。やめてくれ、心が痛くなる。流石の光輝も、女子の涙には弱い。


「嫌いというか……そんな長く一緒に居たわけでも無いからあんまりお前の事わかってないというか。ほら、そんな状態で付き合っても楽しくないだろ?」


 実際、俺はクリスの事をそこまで知ってるわけじゃない。せいぜい、美人で、名家で、強くて。まあ、これらはいいとして。クリスとロンドンで仲良くなった光輝は、その「正義」に惹かれていた。だから仲良くなれた。

 だから、嫌いじゃない。むしろ人としてごく僅かな好きの部類に入れてもいいかもしれない。が、何よりも俺は自分自身に引け目を感じる。俺はそれが嫌だ。


「……じゃあ、友達からで?」


「ああ。まずお互いを知るに越したことはない」


「……いつか、付き合ってくれます?」


「……気が合えばな」


 こればかりは分からない。光輝には女性と付き合うというビジョンが全く見えない。なぜなら、光輝は自分が嫌いだから。自分に自信が持てないから。

 そんな自分が、仮に好きな人が出来たとして。自分がその人を幸せに出来るだろうか?……出来ない。そこにあるのは理想だけで、現実はない。


 が、完全にNOとは言えなかった。目の前のクリス・ド・レイという少女は、そんな自分に会いたくてイクシーズにまで来てくれたらしい。全否定しては、それこそ最低で済んだものじゃ無い。彼女も、一人の人間だ。想いを多少汲み取ってやらねばあまりにもむごいだろう。


「……抱きしめてください」


「……えっ」


 ドキリ、とする光輝。


「じゃなきゃ、涙収まらないです」


「……あー、分かったよ」


 半ばヤケクソに光輝はクリスの体に手を回すと、その体を抱きしめた。クリスもまた、光輝の体に手を回す。


「ん……」


 声を漏らすクリス。光輝とて、この行為に何も思わないわけではない。相手は年頃の少女だ。こうして抱きしめているだけで相手の体温が、息遣いが、鼓動が伝わり、暖かくなってくる。光輝の鼓動が、クリスの鼓動が、早まっていく。

 が、あくまで光輝は冷静でなくてはならない。雰囲気に飲まれないように、自分のコントロールを。


 とりあえずは、彼女が納得するまでこうしている予定の光輝だったが、光輝が解放されたのはその1時間後であり、二人は気づけば汗だくになっていた。

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