6 最終試験は
「最後の試験について申し渡す」
空がすっかり赤く染まった頃、武士達が戻ってきてそう告げた。
「今夜より毎晩、一人ずつ、我らが将軍秀尊様のために祈祷を行ってもらう」
祈祷とは、初めて巫女らしい試験になった、と乃江流は思った。しかしなぜ晩にやらなければいけないのだろうか。乃江流は夜が苦手なのだ。暗くなると身体が眠りを訴えてきて、抗えない。
「夜、ねぇ……」
さゆりが嫌そうに小さく呟いた。きっとさゆりも夜が苦手なのだろうと乃江流は思った。
「五晩経過後、日本一の巫女を決定する。皆将軍様のため、しっかり勤めを果たすように」
祈祷の順番はさきほど名前が呼ばれた順だった。乃江流は五日目。一番最後だ。
どうせならさっさと終わらせたかったのにと嘆いたが、こればかりは仕方がない。
「今宵は森橋さゆり、そなたが残れ。その他の者にはそれぞれ宿を用意してある。身体を休めよ」
「お待ちください。祈祷の内容についてですが、具体的に何について祈るべきか教えていただきたいのですが」
文子が毅然とした態度で言った。武士はしばしの間沈黙したあと、もちろん決まっておろう、と返した。
「国家の安寧こそ、秀尊様の望みである」
にまりと笑んで、武士は去っていった。その答えに、五人は顔を見合わせる。随分漠然としている、と乃江流は思ったが、姫に子宝をなどと言われるよりはマシだ。
そんなことを思っていると、数人の女中が入ってきてさゆりを取り囲んだ。
「森橋様、ご案内いたします」
「……わかったわ」
さゆりは小さく息を吐き、4人の巫女を見た。
「では皆さん、またそのうちに」
乃江流が声を掛ける前に、さゆりは女中たちに連れられてどこかへ行ってしまった。残った女中が無表情で告げる。
「宿へご案内致します。お付の方は既に宿へ行っていただいております」
乃江流と他三人は、駕籠に乗せられ宿まで運ばれた。十五分程度駕籠に揺られて、到着したそこは上流階級の人間が宿泊するような豪勢な旅館だった。
「お嬢様、お疲れ様でした」
月子が待ち構えていた。他の巫女達はどこに行ったのかと聞くと、皆ばらばらの宿なのだという。担当の日になったら迎えが来るので、それまでは自由に過ごして良いということだった。
「皆もここに泊まるの?」
従兄弟や従者達のことが気になって聞くと、月子は首を横に振った。
「皆さんはここから少し離れた旅籠にお泊りです。お嬢様が将軍様に気に入られたことを伝えたら喜んでおりましたわ」
「んん……気に入られたわけじゃないと思うんですけど……」
「あら、でも最後の五人に残ったのでしょう?」
「残ったのがなんでかさっぱりわからないの。皆ものっ凄い美人さんなんですよ?居た堪れなくて」
「巫女に顔は関係ありませんわ。能力を買われたのでしょう」
そんな力はありません。
乃江流はその言葉を辛うじて飲み込み、当たり障りのない言葉に変換した。
「あまり期待しないでね。それよりお部屋は?」
月子に案内されて部屋に入ると、何畳あるのかわからないような広く高級感溢れる和室だった。掛け軸も壷も一級品だ。こんな上等な部屋には泊まるどころか、入るのも初めてで、乃江流はその場に立ち尽くす。
「お姫様の泊まるお部屋のようですよねぇ。私もおこぼれに預かれまして、全部お嬢様のおかげですわ」
月子も滅多にないほどはしゃいでいる。
「ちょっと待った、この部屋一泊いくらするのかな?」
青ざめた乃江流に月子は首を振った。
「安心してください。代金は全て将軍様持ちと言われましたから!」
「え、本当!?」
「はい!温泉もあるそうですよ!」
月子のにっこりした顔を見つめ、乃江流はやっと頬を緩めた。両手を月子のそれとぱちんと合わせる。
「やったー!ご飯も将軍持ちなんですよね?」
「もちろんですわ!すぐ準備させましょう!」
「うん!」
乃江流と月子が高級旅館を堪能し、はしゃぎ疲れて眠った頃、江戸城では二つの影が重なっていた。
ほの暗い部屋の中、蝋燭の灯りがゆらめく。
「やはり、こういうことだったのですね」
さゆりはぽつりと呟くように言った。
「……知っていたのか?」
男はさゆりの手首を掴んだまま、細い身体を引き寄せて囁く。さゆりは男を真っ直ぐ見据えて、くすりと笑った。
「もちろんです。私はその他大勢と違って、有能な巫女ですから」
男はゆっくりと口角を上げた。