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5 選ばれた5人の巫女

 ほとんどの巫女達が去ってしまい、残ったのは名を呼ばれた五人の巫女だけになった。武士達はしばらく待つようにと言って出て行ったため、数人の女中だけが隅の方で控えている。

 五人はそれぞれ距離を取って好きな場所に座っていた。くっついているのはさゆりと乃江流だけだ。

「次で最後だよね?」

「さあ、どうかしら」

「もうすぐ夕刻なのに……」

 陽がすっかり傾いて、気温が落ちてきた。

 あとどのくらいここに拘束されるのだろうか。乃江流がため息を吐くと、それが聞こえたのか、乃江流の少し前に座っていた巫女が振り向いた。

「あの、どちらからいらしたんですか?」

 とても可愛らしい少女だった。長い黒髪を三つ編みのおさげにし、前髪を眉の上で綺麗に切りそろえている。二重のぱっちりした目は少し垂れ、可憐な雰囲気だった。華道川神社の巫女だと答えたが、彼女は少し首を傾げた。わからないようだ。

「私知ってるわ。最近北の方で有名な神社よね」

 右前方に座っていた巫女が乃江流を振り返って言った。大人びた風貌の美少女だ。漆黒の長髪を結わずに腰元まで垂らし、前髪は横に流している。一重の涼やかな目元が印象的だ。

「私は佐伯文子。鹿島神宮の巫女よ。ここから東の方にあるのだけど、ご存知かしら」

「ああ、とっても古い神社よね。タケミカヅチを祭るとかいう」

 さゆりが答えた。乃江流も神社の名前くらいは知っていたが、タケミカヅチとは初耳だった。

「タケミカヅチ?」

「神話に出てくる雷の神よ。今は武芸上達や国家鎮護の神とされているのよね?」

「ええ、その通りよ。あなたは?」

「私は恐山の巫女。森橋さゆりよ」

 さゆりの言葉に、文子は切れ長の目を瞠った。

「イタコね。噂は聞いたことあるけど、お目にかかるのは初めてだわ。どうぞよろしく」

 文子は微笑んで軽く頭を下げた。さゆりも微笑む。この二人は似た者同士なのだと乃江流は思った。顔は全然違うが、冷静で頭が良さそうなところがそっくりだ。

「私は宮坂乃江流です。あの、あなたは?」

 前方の可憐な美少女を放置してしまっていたことに気付いて声を掛けると、彼女は畏まって深く頭を下げた。

「私は春日大社から来ました。織田島寧々と申します」

 西の都の方に古くからある、有名な神社だ。乃江流も名前は知っていた。

「ふうん、春日大社。西の有名どころね」

 さゆりはじっと寧々を見つめた。

「知ってるわ。春日大社といえば天児(あまのこ)屋根(やね)(のみこと)でしょ?天照大神に仕えた祭神の神」

 文子が物知り顔で言うと、寧々が頷いた。神話や神社に疎い乃江流は一人混乱する。

「えーっと、なんの神様?」

「天児屋根命は神職が神事に用いる言霊の神です。古代では、良い言葉は幸運を呼ぶ力があるという言霊信仰がありましたので、祝詞を通し良い言霊を与えてくれると。祝詞には生活の知恵がこめられていますので、知恵の神――さらには開運、出世など、あらゆる願い事を叶えてくれる神と言われています」

 寧々は可憐な風貌とは裏腹にはっきりとした口調で説明してくれた。最初は気弱そうな子だと思ったが、しっかりしている。やはり有名な神社の巫女だけあると乃江流は感心した。

「恐山のイタコは私も知っていますが、華道川神社にはどんな神様がいらっしゃるのですか?」

 寧々に聞かれ、乃江流は言葉に詰まった。

 春日大社や鹿島神宮を前にしては、華道川神社は月とすっぽんだ。話題に出すだけでもおこがましい。

「えーっと、川の神様、かな……。他にもいろいろ祭ってるんですけど……」

 しどろもどろになりながら言うと、さゆりが可笑しそうに口元を抑えた。話を逸らそうと、ずっと黙っていたもう一人の巫女に声を掛けてみた。

「あの、あなたはどちらから?」

 長い髪を後頭部で一つに結わえた小柄な巫女は、頭だけ軽く振り返り、ふん、と鼻を鳴らした。

「わたくし、敵とお話しする気はございませんの」

 砂糖菓子のような可愛らしい声とは裏腹に、実に刺々しい言葉だった。敵、とは何のことだろうかと乃江流は首を傾げる。

「敵?」

「わたくしたちは勝負しているんですのよ!?日本一の巫女はこのわたくしなのですから、貴女方はみーんな敵ですわっ!」

 そう言い放ってそっぽを向いた彼女を、四人は驚きを持って見つめた。ややあって、さゆりがくすくすと笑い出す。

「何が可笑しいんですの!?」

「だって、面白いもの。あなた、藤田沙夜子さんね?」

「まあ、なぜわたくしの名を知っていらっしゃるの!」

「だってさっき名前を呼ばれたでしょ。私たち四人の他に呼ばれたのは藤田沙夜子って名前だけじゃない」

 さゆりが笑って言うと、文子も寧々も小さく笑った。沙夜子はうっと言葉に詰まったが、すぐにふんぞり返った。

「いかにも。わたくし藤田沙夜子と申しますわ。ですが、軽々しく呼ばないでいただきたいですわ。わたくしは高貴な巫女ですの。あなた方とは違うんですからね!」

 沙夜子は目鼻立ちの整ったとても愛らしい顔貌をしているが、高飛車な態度はいただけないと乃江流は思った。しかし、人に命じたり見下したりする事に慣れているようだし、まるでどこぞのお姫様のようだ。ここにいる乃江流以外の巫女は皆有名処から来ているのだが、それよりも高貴ということは、本当にどこかのお姫様なのだろうか。

「あら、沙夜子さんはどこからいらしたの?よっぽど凄いお家の生まれなのでしょうね?」

 文子がいやみっぽく笑って言うと、沙夜子は鼻を鳴らした。

「ええ、もちろんですわ!わたくしは、加賀の白山しらやま比咩(ひめ)神社の巫女。ご存知でしょう」

 白山神社は全国に数え切れないほど社があるが、白山比咩神社はその総本山だ。沙夜子の優越に満ちた表情を、文子は白い目で見ながら言った。

「確かに有名だけど、そこまで偉そうにすることかしらね。私だってこの辺ではたくさんある鹿島神社の総本社の巫女だし、春日大社だって全国に相当数ある春日神社の総本社でしょ。似たようなものじゃないの」

 沙夜子はキッと文子を睨み付けた。

「一緒にしないでいただきたいわ!私は巫女の神である菊理媛神くくりひめのかみとともに生きてきたんですからね!巫女の日本一はわたくしに決まっているでしょう!」

「くくりひめのかみ?って?」

 威勢の良い子犬のようにキャンキャン喚く沙夜子を横目に、乃江流はこっそりさゆりに聞いた。

「ちょっと!あなた!」

 こっそり聞いたつもりが、沙夜子の耳にもしっかり届いていたらしい。

「菊理媛神をご存知ないなんて!なんてこと、それでも巫女なの!?」

 驚愕の表情で責められて怯んだ乃江流を見て、さゆりがくすりと笑った。

「日本書紀に出てくる神様よ。確か真意を問う巫女の神だったような……」

 さゆりの言葉を継いで、寧々も言う。

「ええ。菊理媛神って山の神のお告げを聞く巫女の神様でしたよね」

「でも巫女の神を祭ってるからって、あなたが日本一の巫女だってことにはならないでしょうに」

 文子が呟くと、沙夜子は顔を真っ赤にして反論した。

「わたくしの家系は代々白山比咩神社の巫女として生き、何度も神のお告げを聞いてきたんですのよ!日本一にならなければ菊理媛神に顔向けできませんわ!」

 高い声で叫んだ沙夜子にさゆりと文子は生温い目を向けていた。寧々は凄いですねえ、と可憐に微笑んでいる。

 乃江流は座ったまま、膝を動かして少し後ろに下がった。

 日本一かどうかは知らないが、沙夜子も特別な巫女に違いない。だからこんなに矜持が高いのだ。皆日本で有名な寺社の巫女で、その上容姿が抜群に良い。皆それぞれ性質の違う美しさ、可愛らしさを持っている。上の上だ。最後まで残ったのも納得できる。

 それなのに、なんで私ここに残ってるんだろう……。

 乃江流の容姿はせいぜい中の上、お世辞を言っても上の下だ。睫は短いし目も小さい。部分的には整っていると言えるところもあるかもしれないが、並だ。美少女たちに囲まれては完全に霞んでしまう。五人の中で、乃江流だけが明らかに異質で浮いていた。

 ……帰りたい。

 沙夜子が名前を呼ばれた順番が気に入らない、なんで私が三番目なのかと文句を並べ立てているのを聞きながら、乃江流はこっそり俯いた。

「大丈夫?疲れた?」

 気後れしているのに気付いたのか、さゆりが心配そうに乃江流を見つめた。乃江流は慌てて笑顔を作る。

「予想外に煩い子鼠がいたから疲れたんでしょ?私もそうだもの」

「まあ!今煩い鼠と仰ったの!?わたくしに向かって失礼じゃない!」

「甲高い声で喚くのは淑女らしくなくってよ。少しお黙りなさいな」

 さゆりが言うと、沙夜子はむっと膨れて黙った。黙って見ていた文子がふと首を傾げる。

「沙夜子さん、あなたいくつなの?十五歳くらい?」

「失礼ねっ!私は十七よ!」

「ええっ!同じ年?」

 乃江流は思わず驚きを口に出してしまった。どう見ても十五歳か、もっと幼くも見える。 

「何ですの!ちょっと私が小さいからって!失礼じゃない!」

「小柄なのもあるけど、言動も幼いから幼く見えるのよ」

 文子が言うと、沙夜子はなんですって、と声高に叫んだ。文子は何か言いかけた沙夜子の口を右の手のひらで塞いでから続けた。

「私は十八よ。乃江流さんは十七で……さゆりさんは?」

「十七。寧々さんは?」

「私は十六です」

「最年少は寧々さんなのかぁ……」

 乃江流は四人を見渡して息を吐いた。人は見かけによらないものだ。

「んむっ!ちょっと!何するんですの!」

 ようやく開放された口で文句を言う沙夜子に、文子は威圧的に笑んだ。

「年長者の言うことは聞くものよ。喚く度に口を塞ぐからそのつもりで」

 沙夜子はその笑みに圧倒されたのか、声の量を落して口ごもった。

「な、なによ、そんなに喚いてないですわ。わたくしを苛めるとそのうち天罰が下るんだから。覚悟なさい」

「あら、私が貴女を苛めてないってことくらい、神様はよーくご存知でしょうよ。そんなことより、次は何をするのかしらね。もう少しまともな試験ならいいんだけど……。これまでの内容じゃ、次も期待できないわ」

「なんだか妙ですよね。どういう基準で選んでいるのかわかりません。先ほど退出した出雲大社の巫女様は予言や占いに優れた有名な方なので、彼女が落されるとは思いませんでした」

 寧々は顎に指先を当て、考え込むような仕草をした。

「何だって構いませんわ。わたくしが日本一なのは間違いないんですもの」

 小夜子が憮然と言うと、さゆりが声に出さずに笑って言った。

「まあ、なんにせよ、次で最後よ」

 乃江流はさっさと帰りたいと切に思った。




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