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ぬくもりをあげたくて


「ノブナガがサンダルを履くと、サンダルは生暖かかった。

 そこでノブナガはトーキチローに向かって『貴様、主人のサンダルに腰を下ろしておったな!』と一喝した」

夕食後のリビングでは、サラがアミィに本を読んで聞かせていた。

アミィは文盲だ。なぜか共通語の読み書きができない。

綾子が彼女に字を教え始めたのは三歳の頃からだが、

今でもアミィが理解できるのは単語、あるいは短い文章のみである。本を読もうと思ったならサラを頼るしかない。

何を思ったのか、今回アミィがチョイスしたのは東方の歴史書だった。

「するとトーキチローは『いえ王様、これは腰かけていたのではありません。

 寒夜ですゆえに、王様が風邪などにならないよう、懐で温めていたのでございます』と言った」

「ふむ」

「ノブナガが『ならばその証拠を見せろ』と言うと、トーキチローはばっと着物の前をはだけてみせた。

 そこは砂だらけであった。感心したノブナガは、トーキチローをサンダル取りの頭に取り立てたという。

 ……さて、今日はこのくらいかな」

サラは本に銀板のしおりを挟んで閉じ、大きく伸びをした。

「もう終わりかい?」と不満そうな顔をするアミィだったが「長いんだから疲れるんだよ」と答えられれば返す言葉がない。

「さ、今日はもう寝ようよ。明日の訓練はお師さん退治だよ」

「あれは地獄だ。どうして二人がかりなのに倒せないんだろうねえ」


シングルベッドにもぞもぞと潜り込むサラとアミィ。寒さへの対処だ。

それぞれ自分のベッドはあるものの、冬の夜ともなれば山の気温は相当低くなる。

しかし綾子はまだ部屋に暖房器具を入れることを許してくれないのだった。精神修行、と言っている。

「でも、二人で寝ると狭いね」

「一人用だからねえ……」

居心地悪そうに寝返りを打ったサラを背に、アミィは一人物思いにふけり始めた。





「サラー、あがったよ」

「んー」

アミィが長い髪をタオルでこすりながら部屋に入れば、

入れ替わりにサラがアヒルのおもちゃを手に階段を降りていった。

二人が知るもっとも厳しい訓練『お師さん退治』を終えたアミィとサラはくたくたに疲れ切り、

いつもなら起きている時間ではあるが、眠る準備を始めている。

「……さて、作戦開始だ」

サラの背中を見送ったアミィは、そのままサラのベッドに横になると毛布を羽織った。


昨日読んでもらった本には、懐でサンダルを温めて王様に気に入られた男の話があった。

ならば自分もサラのベッドを体で温めておけば、サラに気に入られるのではないだろうか。

サラが自分と一緒に寝るのは、寒いからだ。寝床が狭くなることは嫌がっている。きっと喜んでくれるだろう。

冷たいベッドは容赦なくアミィの体温を奪っていたが、妄想に夢中のアミィにはさしたる障害ではない。


「ちょっと、アミィ!何私のベッドで寝てるの!?」

「違うって、サラ。これはサラのベッドを温めてあげてただけだよ」

「え、そうだったの? ……あ、ありがとう」

「お礼なんていいって、ほら、寝な。疲れただろ?」

「うん。ありがと、あったかいよ。……そうだ、今度お師さんに内緒でケーキでも焼いてあげようか?」

「え!? い、いや、ダメだ!そんなことしたら怒られちゃうだろ、勝手におやつ作ったら!」

「えー、いいじゃない、バレなければ。アミィだって食べたいでしょ?ケーキ」

「そ、そりゃあ……いやいやいや、やっぱりダメだって! 怒られるってば」

「ふーん……あ、そだ。それならケーキよりもいいことしてあげようか?」

「いいこと? ――って、サラ!?何やって……あ……」

「ほら、気持ちいいでしょ? もってしてあげるからね……」

「だ、ダメ……ダメだって、それもダメだからぁ……」

「もう、ワガママなんだから。私はアミィにお礼がしたいんだから。どっちか選びなさい」

「……それなら、その」

「どっち?」

「……選べって言うなら……後のほうが。後者のほうがいいな……」

「ん、わかった。それじゃアミィ、おとなしくしててね」

「うん……あう、あ、ちょ、ま、ふああ……」


夢というのは眠りが浅ければ浅いほど、わずかに現実感を残し、なおかつ暴走する。

思わず自主規制してしまうほどの過激な快楽に頬を緩ませ、アミィはぐうぐうと眠りこけてしまった。



「んあ」

アミィはふいに目を開けた。暖かいサラのベッドの中で、素敵すぎる夢からの目覚めを悔しがる。

そしてしばし暗闇を見つめ、自分が何をしようとしていたのかを思い出し、慌てて飛び起きた。

しまった、いつの間にか本気で眠ってしまっていた。

「やっばー……サラ、サラ、サラは?」

いつもならば同じベッドで寝ているはずのサラの姿がない。

もしやと闇に目をこらすと、予想通りそこには

自分のベッドの中で静かに寝息を立てるサラがいた。何故に違うベッドを使っているのか。

「さ、サラ、起きてよ!」

「んー……? 何、アミィ……またトイレ?」

「違うって!何であたしのベッドで寝てるのさ!」

「何でって……アミィが私のベッドで寝てたから」

「違う!そうじゃなくて!いや、そうなんだけどそうじゃなくて!」

作戦の失敗を悟れず混乱し、言動が支離滅裂になるアミィに顔をしかめ

サラは名残惜しそうに毛布から這い出て小さく身震いした。

「何で一緒に寝てないのさ!?寒いでしょうが!」

「――だって、アミィがそうしてくれって言ったんでしょ。私はその通りにしたんだよ」



サラが語るに、風呂からあがって部屋に入ると、アミィはすでに寝ていたと言う。

それ自体は別におかしいことでも何でもなく、サラはアミィを起こさないよう灯かりを消し

いつものように互いの体を湯たんぽ代わりに眠ろうとしたが、突如としてアミィが叫んだのだ。

「え!? い、いや、ダメだ!んにゃむ……」

「は……? あ、アミィ、ダメって何が……」

戸惑いながらもサラはベッドに入ろうとしたが、

「ふにゃぁ……いやいやいや、やっぱりダメだって! 怒られるってば」

「だ、誰に?」

アミィが横になったまま大声でそう叫ぶので、サラは仕方なくアミィのベッドで寝ようとした。しかし、

「むにゃ……――って、サラ!?何やって……」

「な、何って、一緒に寝たらダメなんでしょ? アミィのベッドで寝ようと思うんだけど」

「だ、ダメ……ダメだって、それもダメだからぁ……」

どことなく甘ったるい声でそう頼まれてしまったのである。これにはサラも困惑するしかない。

「わ、私に寝るなって言うの? どっちか使わせてよ、ベッド」

「……それなら、その」

「どっち?」

「……選べって言うなら……後のほうが。後者のほうがいいな……」

「アミィのベッドを使っていいんだね?」

「うん……あう、あ、ちょ、ま、ふああ……」

「はぁ……?」



「最後のほうは何言ってるのかわからなかったけど、

 とにかく『うん』って言ったからアミィのベッドで寝たんだよ。……どうかした?」

アミィは夜中でもそれとわかるほど真っ赤になっていた。

完全に覚えている。サラの話した台詞は、自分が夢の中でサラに言っていたことの一部だ。

「まさか寝言になってたとは……」

「寝言だったの? どんな夢見てたの」

「あ、いや、それは――」

言えるものか。言えば間違いなくサラは口を聞いてくれなくなる。

とにかく作戦は大失敗だ。今『ベッド温めておいたから、こっちで寝なよ』と言って何になるだろう。

いい作戦だと思ったのに、どうしてこんなことに。

「上手くいくと思ったのにぃ……うううううううう」

「あのー、アミィ? アミィちゃん? アマリネさん?」

「うっさいなあ、寝よ!もう寝よ!ほら、サラもこっちおいで!」

涙目でこちらをにらむアミィを、何がなんだかわからない様子で見つめるサラであった。


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