File1.ブラッククィーンの登場
夕日が差し込む海辺を、黒いベンツが颯爽と走り抜ける。
僕の隣で運転するのは、絶世の美女。
これが、デートなら絶好のロケーションだが・・・。
「また、集団自殺なの?困ったものね」
話している内容に色気のかけらもない。
僕は善法寺伊作。
25歳で、これといって取り柄の無い・・・って違うって。
まぁ、とにかく監察医である。
監察医というのは、伝染病・中毒・災害による死亡の疑いのある死体、その他死因の不明な死体を、死因究明のために検案・解剖する医師のことだ。
そして僕の隣、確実に捕まるような凄まじいスピードで運転しているのが、今年23歳、大学で法医学の教授をしている年下の上司、工藤由佳先生。
その容姿もさることながら、本場ドイツで、飛び級制度を利用して法医学を学び、3年前日本に戻ってきて、そのまま大学の法医学の教授の地位に着いた、若き法医学界のホープ。今まで解決できなかった事件はなし。
そのためか、警察を
「人手だけあって推理力のまるでない石頭」
と叱咤したこともあるほど。
とにかく僕の及ぶところにいる人では無い。
はぁ、やっぱり違うよな・・・。
「伊作君はどう思う?やっぱりネット自殺かしら?・・・・・・伊作君?聞いてる?伊作君!」
急に話を振られて、はっと我に返った。
「あっ、えぇっと・・・」
「また、聞いてなかったの?まぁ、もう慣れたけどね。
いい加減にしなさいよ、自分の世界に入り込むのも。
もう一回聞くわよ。
伊作君はどう思う?やっぱりネット自殺?それともこれはただの偶然?」
「さぁ・・・どうなんでしょう?でも、偶然にしては出来過ぎていると思います」
無難で曖昧な答を返したが、工藤先生はそれについて何も言わなかった。
海辺沿いの公園に着くと、工藤先生は公道の端に車をとめた。
時期は夏。
やはり海にはたくさんの人がいたのだろう。
そして・・・その大半が警察の張ったこのkeep outの黄色いテープから中を伺っている。
工藤先生は微かに柳眉を潜めた。
興味本意で現場を見に来る人が、大嫌いなのだ。
「行くわよ」
工藤先生はそう言うと、白衣をバサリと羽織り、ハイヒールを鳴らしながら野次馬を押し退け(気付いた半分位は、顔を見て鼻の下を伸ばして道を譲ったが・・・)黄色いテープを潜った。
「ご苦労様です」
せいぜい警部補ぐらいの警官が敬礼をした。
「せんぞっ・・・いや、立花警視は?」
「あちらに・・・」
その警官が指差した方に歩いて行く。
夏草の匂いがする。
しっとりと汗ばむような湿度。
少し歩くと見知った顔が確認できた。
「仙蔵!」
男にしては長い絹のような黒髪をなびかせて、その美男子は振り返った。
「伊作か。こっちに来い」
いつもの命令口調で仙蔵はそう告げる。近寄ると他にも見知った顔がいくつかあった。
「よぉ、伊作・・・っと、誰だ?」
これを言ったのは潮江文次郎。
仙蔵の部下だ。
「はじめまして。大学で法医学教授をやっています、工藤由佳です」
僕が紹介するより早く工藤先生が言う。
「あぁ、あのブラッククィーンか。よろしく」
仙蔵が言ったブラッククィーンとは、マスコミがつけた工藤先生の通称である。
ブラックジャックをもじったものらしい。
工藤先生は曖昧な笑みでそれをかわすと、シートを被っていた死体に近付いた。
手を合わせて黙礼し、そっとシートをはいだ。
「死体の様子から見て、死後3時間。死因は一酸化炭素中毒とみてまず間違えはなさそうね」
一見しただけでそこまで読み取って、工藤先生は僕達の方に向き直った。
「聞きたいことがあるの。監察医務院までいいですか」
いつになく厳しい表情の工藤先生がそこにはいた。