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向日葵と絵本

作者: 櫻井秋月

御伽噺の国にとある少女がいました。

その少女は、現世の少年に恋をしてしまいました。

少女は願いをかなえることが出来る能力を持っていました。

しかし、彼女の能力は御伽噺で作られた力。ルールもその御伽噺同様に同じ。

彼女は願いを叶えると、もう現実の世界に行くことは出来なくなります。

少年と出会った少女は彼の願いを聞きました。

そして、叶えてあげました。


「向日葵と絵本」


交通事故


失われた意識


空白の時間


白い部屋


白い包帯とギブス


白い天井


意識がハッキリとした時には私はもう病室の中だった。

何が起きたのか判らないが、兎に角自分は現在負傷しているようだ。


負傷の程度は?


自身を知覚してみる。負傷の程度は全身に亘るようだ。両の手以外身動きが取れない。

辺りを見渡してみる。其処は白い病室、そして窓の外には緑、そして向こうにはグラウンド。

どうやら自分は何処かの病院にいるようだ。この景色は、ふむ、若葉病院か。外からならよく見ている景色だった。


「おや、起きられたようですね。御加減はどうですか?」


医師の声。どうやら定期巡回の時間だったようだ。タイミングが良かったようだな。

しかしにしても御加減はと言われてもよく自身でもわからない。何せ、起きたのは先程だ。

と言うより何故此処にいるのかも謎なくらいだ。


「貴方は櫻井町付近で交通事故に遭ってこちらに搬送されたのですよ。

幸い命に別状はありませんでしたが、多少脳にショックがあったようです。それ以外は骨折程度で収まったようです」


そうか、自分は交通事故に遭っていたのか。


「そうですか、交通事故に…」


「そうです。意識も取り戻された事ですし、大事を取って…そうですね、2ヶ月もすればまた普通の生活に復帰できるでしょう」


「ふむ、それはどうも」


二・三言葉を交わすと医師は急ぎ足で帰っていった。医師とは忙しい仕事のようだ。

若いながらにも頭が少し禿げていたり白髪が生えていたりしても仕方の無い事かと思ってしまった。


しかし、事故か…参ったな。

私には、やらなければならない仕事があった。そして私はその仕事の打ち合わせのためにあの日出掛けていたのだ。

私の仕事は絵本作家。絵本を描いて子供たちに夢を与えるのが仕事である。

少しでも多くの子供たちに夢や希望を与える為にずっと絵本を描き続けていた。今までも、そしてこれからも。

次回作の絵本についても出版社と話し合いが終わり、さぁ仕事が始まるぞと意気込んでいた帰り道に事故に遭ってしまった。

事故で絵本が書けないのは非常にまずい。私の次回作を待ってくれている子供たちも多数居る。

そう、描かなければならない。


幸い両の手は不自由ではない。普通に食事も出来たし、両手で出来る事なら何でも出来る。

私は紙とペンを要求し、早速絵本を描き出すことにした。

描き出すことに…したのだが・・・。


何故か、何も描けなかった。


頭の中に何もイメージが浮かんでこないのだ。そう、それはスランプ期の作家よりも激しく。

イメージしようとしても何もビジョンが浮かばない。

子供たちにどうやったら喜んでもらえるのかも判らない。

昔はイメージがパッと沸いて出てきたのに、その感覚がつかめない。


絵本が、描けない?


絵本作家には致命的なことが自身に起きているらしい。

絵本が描けないだと?


(多少脳に軽いショックがあったようです)


医師の言葉を思い出す。これのせいか?

暫くすれば治るのだろうか?

私は自身に絶望しながら紙とペンを仕舞った。

暫く、療養する事にしよう。



次の日。

その日は訪問客のオンパレードだった。

先ずは私の父と母。そして出版社の担当者がやって来た。


「いやぁ、吃驚しましたよ。貴方が事故に遭ったと聞いたものですから」

「すまなかったね。私の不注意で事故に遭ってしまうような真似をして」

「いやいや、悪いのは向こうの方らしいじゃないですか。どうやら飲酒運転で信号無視して突っ込んできたとかで」

「ああ、そのようだね。昨日はすごい剣幕で謝られて吃驚してしまったよ」

「訴訟なんかは致すおつもりですか?」

「いや、そんな気はさらさらない。向こうがとても良い人でね。話はもう付いているんだ」

「ほう、それはそれは」

「ところで、次回作の話なんだが」

「ええ、打ち合わせ通りで構わないと思いますが?」

「その話なんだが、私はしばらく療養をしようかと思ってね」

「ええ、こちらも出版を遅らせるつもりではありますが」

「その、なんだ。どうやら事故の影響で絵本が描けなくなっているらしく…無期限の療養をしようかと」

「そう…ですか…」

「非常に申し訳ないと思っている。しかし、絵本を描けないのでは…」

「わかりました。ではこちらで代理を立てておきます故にゆっくりと療養なさって下さい」

「すまない…」

「いえいえ、先生には何時もお世話になっていましたから。先生ぐらいですよ、締め切りに間に合わせる作家さんは」

「絵本が描けるようになったらまたそちらに行っても良いかな?」

「ええ、いつでもお待ちしております」


そして妹。


「お兄様!」

「ああ、茜か。迷惑かけてすまなかったな」

「全くですわお兄様…私がどれだけ心配したかわかっていらして?」

「ああ、だから済まないと…」

「しかしにしても腹立たしいですわね…飲酒運転で私の大事なお兄様を…キィー!」

「まぁまぁ、落ち着くんだ茜。私はこうして生きているわけだし」

「お兄様は優しすぎますわ!告訴も取り消すだなんて…」

「話がもう既に付いているだけさ。私もその条件で良いと思ったから告訴しなかったんだ」

「全くお兄様ったら…。何はともあれ暫くはこちらに居るのでしょう?」

「ああ、恐らくそうなると思う」

「では、これからも此方に寄らせていただくと思いますのでよろしくお願い致しますわ」

「有難うな、茜」

「勿体無い言葉ですわ。では、私はこれにて」

「ああ、気を付けてな」


そして、何時も絵本を置いてくださっている保育園の方。

20台半ばくらいの可愛い保母さんで、僕の友人でもある。


「事故に遭ったと聞いて駆けつけてきました」

「ああ、まぁ命には別状がなかったらしいけどね。心配かけてすまないね」

「いえ、ところで絵本の方は暫く休業なさるのですか?」

「ああ、その心算だよ。保育園の皆には悪いけどね」

「そうですか、残念ですね。しっかり療養なさってくださいね」

「描けるようになったら直ぐにでも描くよ」

「ええ、白い服の女の子シリーズ実は私もファンなんです。期待していますね」



それから一ヶ月、やっと私も車椅子生活が出来る様になっていた。

寂しい入院生活を送るかと思いきやどうやらそうは問屋が卸さなかったらしい。

妹がほぼ毎日やってくるし、私の友人なんかがやって来るので案外一人きりになることが少なかった。

そうした毎日を過ごしていたが一人きりになるときは気分転換の為に車椅子で中庭まで行ったりしていた。

そこには白いワンピースを着た女性が一人。

年の頃は10代後半。高校生くらいか。白い肌と華奢な身体その子は麦藁帽子を被ってキャンバスに絵を描いていた。

目の前にある沢山の向日葵。


「やぁ、夏美ちゃん。絵の調子はどうだい?」

「あ、先生、来てくれたんですね。こんな感じなんですけどどうでしょうか?」

「おお、いい感じだ。やはり夏美ちゃんは腕が良いな」

「そ、そんな事無いですよ」


彼女と私は10日くらい前に出会った。

私が中庭にはじめて出たときだったか。彼女は真剣に向日葵の絵を描いている最中だった。

もともと私は美大の出だったから実は絵画も出来る。だから彼女の絵に興味が沸いて声をかけてしまったのだ。

会ってからというものの彼女はずっと向日葵の絵を描いていた。


「私も、此処で絵を描こうかな…」

「あ!先生も描くんですか?」

「昔美大に居たときには良く描いたよ。さて、妹からキャンバスも持ってきてもらったし」


私は夏美ちゃんの隣にキャンバスを構えて向日葵を描くことにした。

絵を描き続けることで私もまた絵本が描けるかもしれない。

こうやって、私は夏美ちゃんと絵を描きつづける毎日を送った。


暫くして、仲良くなった夏美ちゃんと私は色々な話をした。

夏美ちゃんは此処でずっと入院をしているらしく。外の世界をあまり知らないらしい。

だから、私は彼女に外の世界を教えてあげた。

いつか彼女が外に出たときに戸惑わなくても済むように。

彼女は私に看護婦のことやおかしな医師の事について教えてくれた。

余り人と話す機会が無かったらしくて、私と話せることを楽しんでいるようだった。


「夏美ちゃんは…」

「はい?」

「何故、この向日葵の絵を描こうとしたんだい?」

「何故でしょうか…いつの間にか描いてましたね」

「なるほど。理由は特に無く?」

「いえ、理由はあったと思うんですけど、思い出せなくなっちゃいました」



そして、私は退院をした。

完治はしたものの、未だに絵本は描けなくなっていた。

自分が書いていた白い服を着た女の子の話が全く描けない。昔はあんなにも世界が広がっていたというのに。

何故だろうか?

暫くは蓄えもあるので何とか生きてはいけるだろう。そう、焦らずにやらなければならない。

医師の話によると脳に異常は見られないらしい。何故私が絵本を描けなくなっているのかは謎だった。


退院してからも、私は向日葵の絵を描きにまた中庭に来ていた。夏美ちゃんも隣に居た。

この向日葵の絵を描くことが、何故か大切なような気がしてならなかった。自分の中にある何かを呼び戻すために。


「先生…」

「ん?」

「先生の願いって何ですか?」

「私の願い?」

「はい、先生には何か願い事があるのかなって思って」

「そうだね、私の願い事は…絵本をまた描くことなんだ」

「先生は絵本作家さんでしたね」

「うん、そうだよ」

「願いは…きっと叶いますよ」

「そうだといいね」


それから少しして、夏美ちゃんの姿が見えなくなっていった。

1日おきにやってきていたのが日が開いて、そして日が開く間隔が長くなり…

彼女は姿を消した。


「お兄様」

「ん?」

「よっぽどあの向日葵に何か思い入れがあるんですのね。入院のときからずっと一人きりであの向日葵に向かったりして」

「一人きり?隣に一緒に書いている人間が居ただろ?」

「いいえ、お兄様一人きりですわ。まさか…頭を打ったショックで…また病院に診てもらったら如何でしょう?」

「ああ、いや、気にしないでくれ。冗談だから。そう、私はあの向日葵をどうしても書きたいんだよ」


どういうことだ?彼女は妹には見えていない?

他の人間に聞いてみたが、向日葵を描いているのは自分ひとりだけだったと皆が言う。

では彼女は一体、何者だ?


そしてまた私は向日葵の絵を完成させるためにこの中庭にやってきていた。

そこに手紙が落ちている。

拾い上げて病院に届けようとしたが、裏を見ると意外なことに気付いてしまう。

その手紙は私宛てのものだった。

手紙を開ける。


先生は、もう絵本が描けるようになりますよ。 夏美


どういうことだ?

辺りを見回すが、夏美ちゃんの気配は見られなかった。

そして、その手紙の通り、暫くして私は絵本をまた描けるようになっていた。


「そうですか、そんなことが」

「いや、頭がおかしくなっているのかもしれないけど。いきなりこんなことを言ってすまなかったね」

「いいえ、おかしいことなんて無いと思います」


此処は保育園。私は友人でもあるこの保母さんに絵本を置いてもらうために毎回新作が出るとすぐにこの保育園に持ってくる。


「何でそう思う?」

「だってほら、これを」


彼女は私にとある絵本を持ってきた。

それは、私のデビュー作。

題名は『ひまわりのくにのなつみちゃん』


ひまわりのくに に なつみちゃん と いう おんなのこ が いました

おんなのこ は げんじつ の くに に いる おとこのこ を みかけました

おとこのこ は すごくこまっているようです


「あのひとを たすけたい」


なつみちゃん は そうおもって おとこのこ の くに へ やってきました

なつみちゃん は その おとこのこ に こい を していました

なつみちゃん は ねがい を ひとつ だけ かなえること が できます

でも なつみちゃん は ねがい を かなえて あげると もう この くに へ これなくなります


「あのひとを たすけられるならいいよ」


なつみちゃん は そういって ねがい を かなえて あげました

なつみちゃん は もう げんじつ の くに へ いくこと が できなくなりました

おとこのこ は おんがえし の ために なつみちゃん が ずっといられる えほん を かいてあげました


「まさか」

「先生は、絵本に助けられちゃったみたいですね。多分、夏美ちゃんは先生が大好きだったんですよ」

「そうか…」

「夏美ちゃんは、先生にずっと絵本を描いて欲しかったんですね。自分がずっと居られる絵本を」

「信じてくれるのかい?」

「ええ、信じますよ。私も先生の絵本の信奉者でもあるんですから」


笑いながら、彼女は私にお茶を注いでくれた。


「これで、私の新作の題名が決まったな」

「どんな題名ですか?」

「秘密だよ」

「あら、意地悪なんですね」


夏美ちゃん。君はもう現実に来れないのだろう。でも私とは何時でも会える。

何故なら私は絵本作家だから。

君の作品をこれからも作っていこう。

そう、生涯をかけて。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく心温まる作品です。見ていて穏やかな気持ちになれました。 [一言] 先生の次回作の題名が気になります…が、そこは読者の想像ということでしょうか? 個人的に「茜」のキャラが好きです。 …
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