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完結編てきな

 私には、好きな人がいる。

 現在高校二年生。思春期の真っ只中です。

 齢は十七なので、好きな人がいて当たり前と言えばたぶん当たり前の年齢。

 言い訳をさせてもらうと、べつに好きになりたくてなったわけではない。あんな奴、べつに好きになりたかったわけじゃ――。


 私の恋の相手は小学生からの幼馴染である。小学一年生の春、あいつがこっちに引っ越してきて、ご近所になって、私の通っている学校に一緒に入学して、ほとんど毎日一緒に学校に行かされる羽目になった。

 あいつのお母さんから『この子ほっといたら学校行かないからお願いね』と弱冠六歳であった私に言った。私はその言葉を真に受け、小学校の六年間、風邪でも引かない限り毎日一緒に登下校した。

 小学校を卒業する際、こいつともお別れか。やっと開放される。と肩の荷が下りたつもりだったが、もちろんそんなの錯覚だった。近所には中学校が二つしかない。一つは家から徒歩で片道三十分くらい。もう片方は一時間以上かかる。そうなると当然の如く、近所である私達は同じ中学へと進んだ。

 中学生になると毎日一緒に登下校ということはなくなったが、時々朝会ったり帰りに会ったりするのは避けようがなかった為、そうなるとどちらからともなく声を掛け一緒に行ったり帰ったりした。もっとも、時々というような言い方をしたが、週に一回は必ずだった。

 そんな日々の色気のない生活の中で私達は互いに恋人などできるはずなく、クラスの男女の浮いた話を互いに交わす程度だった。


「そういえば立花の奴また告られたらしい。二組の一河さん知ってるっしょ?」

「あー、あの美人さん」

「そそ。その美人さんに告白されたってよ。羨ましいこったねえ」

「イケメンを僻むな。どうせお前には縁の無い話だ」

「うっせえ、分かってるわ」


 とかなんとか。

 互いにたぶん青春はしたかったんだろうけど、ただどこかで面倒臭いと思う節でもあったのだろう。クラスの男女の浮いた話はしても、自分達の浮いた話など中学校の三年間一度も話題に出なかった。

 ただ数回、あいつが告白されていたのは知っている。全部断っていたことも。


 中学での三年間もあっという間に過ぎ、高校に進学する際、私達は互いに知っていたかのようにいくつかある市内の高校の中で一緒の所を選んでいた。

 学校の帰り道、どこに行くかという話を中学三年の真冬の十二月、二人で肩を並べて話した際に発覚した。

 互いに『お前が落ちろ』『いやいや、お前が落ちろ』と言い続け、結局二人とも同じところに受かった。

 残念なことに記念すべき高校生活初めてのクラスに、あいつはいた。

 中学の時は一度も一緒にならなかったけれど、それでもなぜか週に一回は一緒に行ったり帰ったりしていた。不思議なことに。

 小学生以来久しぶりにクラスが一緒になったが、別段変わったことはなく、クラス内でも言葉を交わすようになり、必然的に一緒に帰ることが多くなっていた。

 付き合っているわけでもないのに年中ベタベタベタベタしていて可笑しいと友達にはよく言われたが、『友達なんだし何がいけないの』と言った。そうすると周りにいた女の子が渋い顔をして私を睨み付けた。よく分からなかったが、後日私はそういった態度の意味を知った。

 十六年間生きてきて初めていじめというものにあった。些細なことだけれど、教科書が消えていたり、お弁当が無くなっていたり、上履きか外靴が無くなっていた。

 くだらないことをするなぁと思いつつ、面倒ながら教科書とかその他諸々は無くなった時に探し回った。


 ある日の体育時間の終わり、次の教科の準備をしていると教科書が無くなっていることに気がついた。

 またかと思い深い溜め息が出る。授業が始まるまでの五分間の間に見つけられるといいけれど……。

 とりあえず教室を出て行く際にさり気なくゴミ箱を覗いたが無かった。こんなところに捨てないか。そう思って私は早歩きというかほぼ走っている感じで教室を出て行く。

 それぞれの階の踊り場にあるゴミ箱とトイレのゴミ箱を捜したが無かった。急いでいてチラッとしか見ていないが、たぶん無かった。

 ――キンコーン、カンコーン。

 授業開始を告げる鐘が鳴る。

「あー、もうめんどくさいなぁ……」

 教科書忘れたって言おう。それより単位取るほうが大事だし。

「なにが面倒臭いわけ?」

その声にビクッっと肩を揺らす。

「なっ、……んだ、あんたか」

「あんたかとは不躾な。なにしてんだよ。授業始まってるぞ」

 私がゴミ箱の前でへたり込んでいる階段の上のほうから顔を覗かせているあいつ。

「知ってますー。今行きますのでほっといて下さい」

「うわぁ、素っ気ねえ。てか可愛くねえ」

「うるさい知ってる。さっさと戻れバカ」

 私は立ち上がりスカートの裾を手で払う。小さな埃が付いて、スカートが少し白くなっていた。

「なんだよ。いきなり教室出てくから何かと思ったらゴミ箱漁り?」

「うっせー。もういいんだよ。私も戻るから戻るぞバカ」

 ぱんぱんっと手でスカートをはたく。

「まあだいたい分かるけどさ。探し物は教科書だろ。女子に捨てられた」

 あらまあ、知っていたんですか。

「違うわ。探し物は教科書だけど女子に捨てられたわけじゃないわ。自分で無くしたの」

「……ふーん、あっそ」

 ぷいっと顔を逸らすと、階段を上がっていってどこかへ消えた。

「なんだあいつ……」

 まあいいや、戻ろう。始業開始のチャイムが鳴ってから結構経つ。早く戻らないと五月蝿そうだ。

 教室の後ろのドアから入ると、案の定クラスのみんなの視線がこちらを向いた。もちろん先生も。

「どうした野宮ー。サボりかー?」

「違いますー。サボりならもっとゆっくりしてきます。すいませんでした」

 そうか、まあいい座れ。それだけ言われた。

 良く見ると私の右斜め前にいるはずのあいつの姿が無かった。

 先に教室戻ったんじゃなかったのかあいつ。まあいっか。そんなことより、眠い。

 教科書が無いことによって授業内容がちんぷんかんぷんだったけれど、それによってかよらずか、眠かった。とにかく眠かった。もう限界だと思った授業終わり十分前、ガラガラガラッ! と授業中なのに迷惑極まりない大きな音を立ててドアを開けたバカがいた。

「おー、下津ー堂々とサボった挙句の今ご帰還かー」

「……」

 ――ツカツカツカツカ。ズカズカズカズカ。

 おいおい、サボった挙句に先生無視しちゃいかんでしょうが。

 てか何故私の席のほうへどんどん歩み寄ってくる。

 ――ツカツカツカ。ズカズカズカ。ドンッ。

 うるさっ!?

「っ、なによ! 授業中なんだから静かにしなさいよ!」

 ドンッという派手な音と共に私の机に置かれたのはあいつの手と、私の――教科書。

「……どうしたの、コレ」

「拾った」

 それだけ言うと、私の右斜め前の席にガガガガッ! と五月蝿く音を響かせ椅子を引いて席についた。

 一瞬クラス中が静寂に包まれたが、先生は静かに授業を開始した。

 私は拾われた教科書をパラパラとめくった。ところどころのページに落書きがしてあった。そして、教科書にインクで書かれた文字が落書きと共に少し薄くなっていた。

 ……バカな奴。


「なに勝手に拾って来てるのよ」

 授業終わり、右斜め前にいるバカに声を掛けた。

「あ? 拾ってきてやったんだからまず最初に『下津様ありがとう』だろうが。あ、ちゃんと可愛い声作って言えよ」

「キモい死ね」

「……お前今本気で言っただろ。俺の心に何かが矢の如く降り注ぎ突き刺さったぞ」

「そんなことはどうでもいいんだよ。だからなんで勝手に拾って来たのかっていう話だっつの」

「どうでもいいって……お前は俺の心が抉られ様とどうでもいいと……?」

 実にわざとらしく顔を手で覆い隠し泣いたフリをする。イラッ。

「ちっ」

「ちょ、おまっ! 仮にも女の子が舌打ちとかしちゃダメだろうが! 仮に腹が立ったとしてもそれは自分の胸の内にだけとどめておくものだと思うぞ!」

「うるせえ黙れ」

「……」

 なんかもうクラス中から冷たい視線を投げかけられているけれどそんなの今更だから気にしない☆

「で、どこで拾ったわけ?」

「んー、べつにー。サボろうと思って屋上行ったらなんかあったからよく見てみたらお前のっぽかったから拾っただけ」

 ふむ、屋上か。視野になかったな。あとはせいぜい焼却炉のほう見て終わってただろうなぁ。

 今度から屋上も気に留めておくとしよう。

「そ、まあいいわ。ありがとね」

「いーえー、どう致しまして」

 私は教科書を胸に抱えて次の授業の準備をする為に急ぐことにした。

 自分でも気付かないうちにニヤけてて気持ち悪い顔になりながら、小走りで廊下を後にした。


 不思議なことにその翌日から、一切教科書だの上靴だの弁当箱が無くなることが無くなった。

 きっとそういったことをするのに飽きたのだろうと思った。


 少しの間いじめを経験した高校一年生の期間はあっという間に終わり、私達は二年に無事進級した。

 果たして無事と言っていいのかはアレだけれども。あいつのテストの点が赤ばかりでアレだったのはアレしておきます。

 私とあいつのクラスは四つもクラスがあるので当然と言えば当然だが離れた。

 私はとくに何も思いもしなかったが。どうせまた、朝に会えば一緒に学校に行くし、帰りに会えば一緒に帰る。それが当然のことだと私は思った。

 二年に進級して数ヵ月後、それが当たり前だと思っていた自分がバカだと思い知った。

 ある日、友達と別れた後の帰り道であいつを見つけた。家からわりと近い商店街のところで、カフェの表にあるオープンテラスにいた。友達とでも来たのかと思い、とりあえず声を掛けようとしたとき――

「ねー、下津くんは何飲む?」

 とおそらくカフェラテでも入ったパックのカップを持った女の子があいつにそう言った。

「んー、広沢は何頼んだの?」

「えーっとね、カフェラテ!」

「ぶはっ、超定番。じゃあ俺もカフェラテー」

「あいよー」

「あっ、待って、俺も行くよ」

 そう言って女子とあいつは店内へと入っていった。

 え? え? え? んー? んん? あれー?

 思わず目を凝らす。むむぅ? なにあれ? 友達? にしてはやたらと親密な感じが……。なんかやたらベタベタしてたし……。

 とりあえずどうすることもできないモヤモヤを抱えたまま、私は家に帰った。

 メールとか電話をして「あれ彼女?」と聞く勇気は無かった。

 帰り際に見たあの光景が何度もフラッシュバックして、なぜだか暗い気持ちになってその日はあまり眠れなかった。

 その気持ちの正体はよく分からなかった。ただなんとなく、嫌だということは分かった。


 翌日、あいつといた女の子が誰かということは分かった。

 友達に話すとあっさりと「あー、もしかしてその子がアレじゃない?」と。

「アレ?」

「あれ? 知らなかったの? 下津くん一昨日だっけか、クラスの広沢さんに告白されて付き合い始めたらしいよ?」

 ……はぁー、なるほどぉ。

 つまりあれはあいつと同じクラスの女子である広沢なんとかさんで、その二人は現在付き合っていると。

「うん、そういうこと」

 ……ほほぉ。

「下津くんって何気にかっこいいもんねー。顔は普通にかっこいいし性格もだよね」

「そう? 顔は普通じゃないの。てか性格もあいつのどこがかっこいいのよ」

「えー、あんたがいじめられてるの助けたんだからその時点でかっこいいじゃん」

「へー……って、えっ!?」

 え、何!? それ初耳なんですけど!?

「あれっ、もしかしてそれも知らなかったの?」

「……はい」

 なんかある日を堺にぱたりと無くなったと思ったら……。

「私ね、ちょうど具合悪くて保健室で休んで帰る途中だったんだけど、廊下歩いてたらなんか外から声聞こえてなにかなーって思って覗いたら一年のときあんたに嫌がらせしてた女子三人と下津くんがいてさ」

「うん」

「下津くんがなにやらすごい勢いで怒っててさ、『これ以上あいつになんかしたら俺も何するか分からないから』とかなんとか言ってたよー」

「……まじっすか」

「まじっす。そっかー、知らなかったんだ。なんかてっきり下津くんがあんた自身に言うか、あんたが知ってるもんだと思ってたわ」

「そ、か……」

 私はそれ以上何も言えなくて空を見上げた。私の空気を悟って、友人もそれ以上何も言わなかった。


 そっか、あいつが、私を助けたのか。

 何も言ってくれないから礼の一つも言えなかったじゃないか、バカが。

 彼女が出来たことも、私の為に怒ってくれたことも。

 何も言わないなんて、ずるい奴だ。

 私だけ、知らないなんて。

 ……なんて奴だ。


 友達と別れた私は、帰り道の途中にある歩道橋でぼーっと空を眺めていた。

 空が茜色に染まっている頃からいてもう一時間以上経つから、もう辺りは暗い。

「なんかもう……いいや……」

 ぼそっと呟いた独り言は、誰にも聞かれず空へと消えるはずだった。

「なにがいいわけ?」

「わーっ!?」

「なっ、んだよ! びっくりすんなもう! いきなり大声出すなよ」

 こっちのが吃驚したわ。

 なんであんたがこんな所で、こんなタイミングよく現れるのよ。

「な、ん……で……あんたが……いんのよ」

「はあ? 俺の家あっち側なんでほとんど毎日此処通って帰ってるんですけどぉ」

 ……そうでした。

「でも、下校時刻とっくに過ぎてるじゃん」

 どうせ彼女とイチャイチャした帰りなんだろうけど。

「担任に説教くらってたんだよ。教室で騒ぐな、テストの点がどうだって。ちょっとなめた口聞いたからってあいつすげえ勢いでキレてさ。なんかもう皆帰った学校でトイレ掃除させられてたわけ」

「……ぶふっ」

「笑うなよ」

「……すいません」

「……てか、なにがもういいわけ? つかなに泣いてんの?」

 っ、……暗いからバレてないかと思ったら……。

 そりゃ鼻ずびずびいってればバレるもんだろうけど。

 気付かないフリくらいしろや。

「知らない」

「知らないわけないだろうが」

「……本当に知らない。てか分からない」

「なにが分からないわけー? この偉大なる俺様が答えてやるから聞けや。聞け」

「自己主張の激しい奴め」

「うるせえ。だからなんだっつうの」

「……」

 思っていることを、口にしてもいいものなのだろうか。

 自分でもよく分からない気持ちを説明して、聞けるものなのだろうか。

 いっぱいいっぱいで、気付いたら泣いていたものを、どう、言ったらいいものなのだろうか。

「なに?」

「……じゃあ聞いてやるよ」

「おう」

「好きってなに? てか恋ってなに?」

「……ぶふっ」

「笑うな」

「……すいません。いやてか、お前恋したことないわけ?」

「んー……んんー……。分からない……から、たぶん、無い?」

「疑問系かよ」

 まったく、と溜め息をついて笑う。

「んー、好きっていうのはさ、幅がなんか広すぎて上手く説明できないけど、恋っていうほうはなんとなくだけど説明できるかなー」

「なによ。言ってごらんなさいよ」

「まあ今はお前のその上から目線にも突っ込まずに真面目に言ってやるよ。んー、なんつうか、そいつの隣に自分以外がいてそれが嫌だって思ったらそれが恋なんじゃねえの?」

「むぅ……」

 さり気にかっこいいことを。

 自分以外がいて嫌だって思ったら、か……。

 じゃあ、したことないっていうことはないんだろうな、たぶん。

 そう思って、きっと嫌だと思ったのだから。

「そっか。ありがと。今だけ感謝してあげるわ。ありがとう」

「いえいえ、どう致しまして。どうだ、役に立っただろう?」

「そうね、ありがとう」

「そうだぞ、もっと俺に感謝しろ。そして敬え。もうお前は一生俺に敬語を使って生きていくべきだな」

「調子に乗るな下衆が」

「……ごめんなさい」

「分かればよろしい。さ、帰るわよ」

「そうだな」



 私の想いは、恋と呼べる立派なものなのだ。きっと。


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