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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

おわん山の光水

掲載日:2026/06/30

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 自然とは、神々の墓標である。

 以前、父がそう話していたのを思い出したよ。

 われわれ、神様の姿を実際に目にすること、ないだろう? 少なくとも、私がつらいときにいくら神頼みをしても、その姿を見せてくれることはなかった。はためにはちっこくて、ありきたりな願いだったかもだけど、当時の私としては命のすべてを捧げても遂げたいでっかい願いだったのさ。

 でも、全身全霊をこめても神様は現れてくれない。本当に神様はいるのだろうか、と父に尋ねたときの答えが、先の言葉だったわけさ。

 私たちが生まれるより前からあり、その起源を目にしていない存在。それが神と自然の共通点。

 神はじかに表へ現れる役目を終えて、自然という形で裏方へ回ったのだ。私たちが神に頼らず、自分で生きていける力を育んでもらうために、と。

 しかし、直接手をくださずとも、そこに存在しているだけで神の発する力は偉大だ。無数の動植物の生殺与奪を握り、私たちもまたその影響を強く受けている。

 真に自然に頼らずに済むとき。それはまさに異なる世界からやってきた何かのみで、生活を成り立たせられたときじゃあないのかな? なんてね。

 その自然と異世界よりのものに関して、これもまた父が教えてくれた話があるのだけど、聞いてみないかい?


 あれは13歳の7月初旬だった、と父はいう。

 寝苦しさを感じて、夜中に目を覚ました父は、部屋の窓からぼんやりと外を見やっていたという。

 当時の父の住まいのまわりは平屋がほとんど。二階にある父の部屋は見晴らしがよく、かなり遠くの景色まで確認できたらしい。

 正面に臨むのは、特に父がお気に入りの遊び場にしていた「おわん山」が見える。さほど高い山ではなく、遠方から見るとひっくり返したおわんのようなシルエットゆえ、この名前にしたそうだ。


 そのおわん山の上空が、やけに黒々としていた。

 周囲の夜に比べてはっきりと判別できるほどに、濃い黒色が立ち込めている。雲がかかっているかと、このときは思ったそうな。

 その黒い領域の中心部から、にわかに赤い光を持つ点が現れる。とどまることなく、真下へ落ちたその光は、おわん山へ吸い込まれてそれっきり。時間にして、一秒あるかないかの短い間だった。

 けれども父は聞いている。

 閉め切っている窓越しにも、鮮明に聞こえた「ぼちゃん」という水はねの音を、ひとつだけ。おわん山へ光が隠れるのとほぼ同時に聞き取った。

 ただ地表にぶつかっただけなら、このような音は立たないだろう。考えられるとすれば……おそらく、「あそこ」。父には心当たりがあったんだ。


 次の日の放課後。

 父はまっすぐおわん山へ向かった。若い足腰であったなら、上り下りも苦にならない程度の高さなのも助かった。

 父の思い当たるところは、おわん山のてっぺん近くにある大きめの池。

 学校の25メートルプールの半分ほどの面積で、外から見た感じ、底が見えないほど深い。

 水たまりと呼ぶには、いささか物騒だ。誰が渡したのか、周囲には立ち入りを禁じる黄色と黒のロープが張ってあるくらい。

 その水、普段ならば泥をふんだんに含む明るめの茶色をたたえている。それが今は、空で見た光と同じ真っ赤な色に染まっているんだ。


 血、という印象はなかった。あの鼻をつく、金物めいた特徴的な香りはない。

 その代わりに漂うのは、雨上がりの臭い。ゲオスミンやペトリコール、その他の化学物質たちが混ぜ合わさった、好みの分かれる空気だ。だが、昨日の晩から今にかけて、雨粒は一滴たりとも降ってはいない。

 やはり、あの光が原因か……と、石を投げ入れるなりして反応を見ようとした父。けれどもそれより先に、池そのものがアクションを見せる。

 ぶくぶくと、池全体で細かなあぶくが、いっせいに立ち始めたんだ。

 沈んでいる何かが姿を見せるなら、そいつの真上の水面だけが局所的に泡を吐きそうなもの。そうなると、池全体にまで至る何かか?

 身構える父だったけれど、あぶくはしばらくの席巻ののち、じょじょにおさまっていく。しかし次はどんどんと池の水かさが減っていくや、自分の足もとがにわかに濡れだしていったんだ。


 池から水があふれ出したんじゃない。逆に引っ込んでいく水たちを受け止めかねて、地中から水がにじみ出てしまっている感。

 しかも、足裏がむずむず、ぴりぴりしてくる。新品のスニーカーを履いているにもかかわらずだ。穴など空いていないはずなのに。

 しかも漬かっているうちに、痛みはどんどんと増してきて、たまらず父は自宅へ退却。すぐさま靴と靴下を脱いであらためたところ、両方の足裏全体へ、じんましんかと疑うほどの細かい穴が空き、血がにじんでいたとか。

 そしてその夜。ゲリラ豪雨があった。

 ほんの数分程度のどしゃぶり。でも、その雨は家屋の屋根や壁を細かく貫き、落ちた床にさえも穴を空ける被害を出した。

 おわん山の例の池は、それ以来、空っぽになってしまっている。それからいくら大雨が降ってよそが冠水しようとも、あの元池の部分だけは底なしかと思うほど、雨水を飲み込んでわずかにも表に出さないのだとか。

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