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四話

 鏡弥は週に一度は絶対に遊びに来るようになった。多いときは週に三日遊んでいる。

 奈津は、

「いつもよく手伝ってくれるから」

 と、遊ばせてくれる。だから、理緒は心置きなく鏡弥と遊べている。

 理緒は鏡弥と遊んでいる時間が好きだ。好きな鏡弥と一緒にいられるし、鏡弥といると、不思議と蛇と遭遇しない。思い返しても、鏡弥と遊んでいて、蛇と遭遇した記憶がない。よく蛇が出るあぜ道を歩いても、一匹も見かけない。好きな人と一緒にいられる上に、大嫌いな蛇に遭遇しないから、理緒には利しかない。

 肩を並べて歩いていると、鏡弥と手が触れた。一瞬でも、彼の手の冷たさがよく分かった。十一月、冬の入口ではあるが、理緒は寒さを感じていなかった。

「鏡弥の手、冷たいね」

「あっ、ごめん」

 鏡弥は申し訳なさそうに、手を背中側に回した。

「私が温めてあげるよ」

 理緒は鏡弥の手を取る。彼の手から、熱を感じない。手ではなく、雪を触っているようだった。

「……ありがとう。理緒の手、温かいね」

 鏡弥は、はにかみながら握り返してきた。理緒は自分の熱を与えるため、さらに強く握り返す。

「鏡弥って、寒がりなの?」

「うん。僕、寒いのが苦手だから、もう少し寒くなったら、家の中に閉じこもって外に出なくなるから、春になるまで遊べなくなる」

「私が鏡弥の家に遊びに行くのはだめなの?」

「だめ」

 と、鏡弥は首を振った。理緒は唇を尖らせる。

 出会って約三ヶ月。大分仲良くなったし、そろそろ家の場所を教えてくれるかと思ったけれど、やはりだめだった。どうしても教えられない理由があるのだろう。

「だから今日は、日が暮れるまでいっぱい遊ぼう」

 鏡弥ははにかみながら言った。

 理緒の体は燃えているかのようにカッと熱くなる。鏡弥に与えた以上の熱が戻ってきた。

「……うん。遊ぼう」

 二人は手の握りを強めると、薄茶色の葉が揺れる原っぱに向かって、駆けて行った。そして、カラスが巣に帰る時間まで思い切り遊んだ。


 翌週から寒さが本格的になった。はらはらと雪が舞うようになり、草と葉は完全に緑を失った。生き物だって寒さを耐えるために冬眠する。もちろん、理緒の大嫌いな蛇も。

 蛇が姿を消すから理緒は冬が一番好きだった。けれど、今は一番と言えなくなった。夕方まで思い切り遊んだ日を最後に、鏡弥は遊びに来なくなった。

『春になったらすぐに遊びに来るから』

 鏡弥はそう言って帰って行った。

 春が待ち遠しいけれど、待ち遠しくない。鏡弥と会えるようになるけれど、それと同時期に蛇も冬眠から覚めてしまう。鏡弥といるときは、不思議なことに蛇と遭遇しないからいいけれど、一緒にいないときはどうしても蛇と遭遇してしまう。毎日、鏡弥と一緒にいられたらいいのに。理緒は思いながら、店頭に立っていた。

 店の奥の自宅に引っ込んでいた祖父が戻ってきた。祖父は、花包みにした風呂敷を持っている。

「理緒、行くぞ」

 祖父は言いながら、店を出た。

 理緒はため息をつき、店を出た。背中を丸め、祖父の後ろをついて行く。歩みは、足に重りをつけられているように重い。

 石田家は今日、蛇様に昼餉をお供えする当番だった。たいてい、理緒が学校に行っているときに当番が回ってきているが、今日は日曜日だ。

『学校を卒業したら理緒もするようになるんだから、今のうちから覚えておけ』

と、学校が休みのときは、祖父から無理矢理蛇様が住んでいる山奥の社に連れて行かれている。

 二十分ほど歩き、山の中に入った。山の中は、背の高い木々が冬の少ない太陽光を遮っていて、鬱蒼としている。

 夏場も葉が邪魔をして、太陽光があまり届かない。日陰を好む蛇には最高な環境。以前夏に連れてこられたときは、五匹以上蛇を見かけた。今は冬眠中で出てこないから、そこだけは安心できる。

 さらに歩くこと十分。山の中にあるのはもったいないくらい立派な朱色の社に到着した。祖父曰く、蛇様の力で建てたときの姿を保てているという。

 何度見てもこの社には圧倒される。そして、蛇なんかのために、こんな立派な社を建ててあげなくていいのに、と思う。

 祖父はまず、社に向かって手を合わせた。

「理緒も手を合わせろ」

 目を閉じている祖父から言われた。

 理緒もしぶしぶ手を合わせる。理緒が手を合わせた時間は、約一秒だった。

 理緒よりも遅く直った祖父は、社の階段を上がった。そして、持ってきた風呂敷を開いた。中には、重箱と水筒が入っていた。祖父は重箱の蓋も開ける。重箱の中には、おにぎりが六つと、たくあんが入っていた。

 祖父は重箱から中身を取り出すと、社の扉の前に置いた。次に水筒の蓋を開けると、扉の前に置かれている二つの器に水を注いだ。

 板一枚の扉には取っ手がない。外からは開けられなさそうだ。もし外から開けられても、理緒は社の中を見たいとも思わない。

「どうぞお召し上がりください」

 祖父は言って階段を下りてくると、また手を合わせた。直ると、祖父は理緒を見た。

「手を合わせてないだろう。合わせなさい」

 ばれていた。理緒は唇を尖らせながら、手を合わせる。祖父から見られていたので、今度は三秒間、手を合わせた。

 祖父はしかめっ面のまま頷くと、社に背を向けて歩き出した。理緒もさっさと社を背にし、祖父の後に続いた。

 嫌なことが終わった。家に向かう理緒の足取りは舞っているかのように軽い。

 もうすぐ山から出るところで、無言だった祖父が口を開いた。

「いいかげん、蛇様の前で無愛想にするのをやめないか」

 そんなことを言われても、嫌いなものは嫌いなのだ。だが、嫌いなんて言ったらまた叱られるから言えない。

「蛇様の先祖のおかげで村は存続できた。その感謝と、また干ばつか何かがあったときに助けてもらうために、お供え物をしてるんだ。蛇様が社の中から、理緒の無愛想な顔を見て、機嫌を損ねられて、今度何かあったとき助けてくれなかったらどうする? だから、社の前では愛想よくしなさい」

「……はい」

 本当は、「はい」なんて言いたくない。理緒は仕方なく返事をする。

 大人になったら村を出て、蛇なんかを大事にしないところに住みたい。理緒はそう思っているが、祖父と庄一が許してくれそうにない。理緒は一人っ子。『石田漬物を存続させるために、婿を取れ』と言われている。店を継いでくれる弟がいればいいのに、と思うけれど、こればかりは理緒にはどうすることもできない。

 将来のことを考え、理緒はため息をつく。せっかく軽くなった足取りも、また重くなってしまった。

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