三話
鏡弥と出会って一週間が経った。理緒は毎日毎日、鏡弥の来訪を待ちわびているが、遊びに来てくれない。
遊びに来てくれないのかな。理緒は思いながら、オクラを収穫していると、
「理緒」
奈津から声をかけられた。
振り返る。奈津の傍らに、鏡弥が立っていた。
「鏡弥!」
理緒は顔をパッと明るくし、鏡弥に近づいた。日に焼けて肌が黒くなった理緒と並ぶと、鏡弥の肌の白さが際立つ。
「遊びに来てくれたんだね」
「うん」
鏡弥と遊びたい。理緒は口には出さず、目で奈津に訴える。
「遊んできていいよ」
「やったー!」
理緒は収穫したオクラを入れたざるを、奈津に渡した。
「行こう」
理緒は鏡弥を連れて、畑を後にした。
涼を求め、川に向かう。畑の隣に川は流れているが、理緒は奈津から見えないところで、鏡弥と二人になりたかった。だから、
「もう少し上流に行こう」
と、わざわざ上流を目指した。
太陽光を反射する川の水がきらりと光って眩しい。理緒は目を細める。
五分ほど歩いた。ここなら奈津から見えない。
「ここら辺でいいや」
理緒は、石がごろごろと転がる河原に腰を下ろした。草履を脱いで川に足を浸ける。足首から先は冷たくて気持ちがいい。けれど尻は、太陽に熱された石で焦がされる。尻だけ石焼き芋にされるみたいだ。
鏡弥は理緒の隣に腰を下ろしたが、足を水に浸けなかった。
「この間は手を貸してくれてありがとう」
「どういたしまして」
鏡弥が微笑んだ。顔がさらに熱を帯びたのが、太陽光のせいでないことが、理緒は分かった。熱を取るために、顔を洗う。けれど熱が取れた気はしかなった。
理緒は赤くなった顔を見られたくなくて、川の方を向いた。
「鏡弥って学校には行ってないの?」
「行ってない」
「何で?」
理由は訊いたらだめ、と奈津から言われたが、どうしても気になってしまう。鏡弥はうつむき、口をもぞもぞと動かすだけだった。どうやら、言いたくないようだ。
「家の事情?」
「うん」
と、鏡弥は頷いた。
「名字は何?」
「……」
鏡弥は口を噤んでしまった。
「あっ、言いたくないなら言わなくていいよ」
「じゃあ言わない」
その後も理緒は鏡弥に色々と質問した。けれど、鏡弥はほとんど教えてくれない。すんなりと教えてくれたのは、名前と年齢だけ。他のことも知りたいが、言いにくい事情があるようで教えてくれない。素性が分からない。謎ばかりを残していく。
鏡弥が答えてくれそうなこと。理緒が必死に考えていると、鏡弥はゆるりと立ち上がった。
「僕、そろそろ帰る」
「もう帰っちゃうの?」
理緒は沈んだ声で言う。まだまだ日は高い。遊べる時間は充分にある。
「うん」
「また遊ぼうよ」
鏡弥は即答しなかったが、
「いいよ」
と、言ってくれた。
「私、明後日から学校が始まるんだ。だから遊びに来るなら、夕方か、日曜日に来てね」
鏡弥はこくりと頷くと、来た道ではなく、さらに上流に向かって歩き始めた。
「そっちに行くの?」
問うと、鏡弥は足を止め、顔だけをこちらに向けた。
「こっちのほうが近いから」
言い終わると、鏡弥はすぐに歩みを再開させた。
さらに上流に行くと、山の中に入ってしまう。きっと、山を横断したほうが早いところに住んでるんだろうな。理緒は思いながら、川を後にした。
また奈津を手伝うために畑に行く。
「あれ、鏡弥くんは?」
奈津から訊かれた。
「帰った」
「こっちに来てないけど?」
「上流のほうから帰るほうが近いって」
「あっちに家があるなんて、聞いたことないけどね」
奈津は首を傾げたが、
「私も村の全部の家を知っているわけじゃないから、きっと家があるんだろうね」
自分なりに答えを出し、納得した。
夏休みが明け、学校が始まった。
朝香の頬は少しこけ、体もさらに細くなっていた。暑さに体力を持っていかれるのに、よく倒れないな、と理緒は思う。
けれど心配の声かけよりも、
「朝香は鏡弥って子知ってる? 十歳なんだけど」
と、理緒はいの一番に問うた。
「知らない。誰なの?」
理緒は鏡弥について、朝香に話した。一応、村に住んでいるけれど、学校には来ていない。どの辺りに住んでいるかも、名字も教えてくれない子だ、と。
「そんな人がいるんだ」
「綺麗な子なんだよ」
「ちょっと会ってみたいかも」
特に興味がなさそうだったのに、朝香が興味を示してしまった。もし会って、二人が仲良くなったら嫌だな。理緒は鏡弥が「綺麗な子」と教えたことをちょっと後悔した。




